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新しい仲間がやってきた


「―――というわけで、今日から血盟旅団ウチで雑務を担当する事になったルカとノンナだ。皆よろしく」


「よ、よろしくお願いしますっ」


「よろしくお願いしまーす!」


 緊張しているのか、ちょっと声が裏返ってしまうルカ。それに対して妹のノンナはというと、兄と接する時と変わらぬテンションで元気そうだ。きっと裏表のない性格なのだろう。よく言えば純粋とか無垢とかそういう言葉が当てはまりそうだが、悪い奴に騙されそうで心配だ。


 さて、事前に新しい仲間を2人雇用するという話を聞いていた仲間たちの反応はと言うと、好意的……というより、随分と興味深そうな感じだった。


 話を一番最初に打ち明けたパヴェルは腕を組んでうんうんこれで飲酒できる時間も増えるぞ、と嬉しそう(コラお前)だし、モニカは俺たちと同年代の人員を雇用するものだと思っていたらしく、年上の冒険者たちに挨拶する14歳の少年と11歳の少女を目の当たりにして目を丸くしている。


 それでまあ、クラリスさんはというと。


「……」


 ―――固まっていた。


 口の端から涎を垂らし、目にハートマークを浮かべながら固まっていた。


 前々から察していた事だが、コイツどうやら”ミニマムサイズでもふもふ”な相手に目がないらしい。軽度のケモナーとショタコンorロリコンを併発する強者、それがクラリスである。


 ん? という事は、俺もショタの部類として見られていたという事か? 失礼な、こう見えてミカエル君は17歳、合法的にエロ本を買える年齢の一歩手前だぞ。


「も、もふもふ……もふもふが、もふもふが……」


「クラリス?」


「もふもふ×3……ふふっ、うふふふふ……」


 彼女の鼻から静かに紅い雫が流れ落ちてきたのをミカエル君は見逃さなかった。常に携帯しているハンカチをそっとクラリスに差し出し、みんなに見られる前に(そして彼女の性癖が知られる前に)鼻血を拭かせる。


「というわけで、2人には雑務全般をこなしてもらう。厳密には家事とか機関車の運転、物資の買い出しや搬入、車両内の掃除。パヴェルが今まで一手に引き受けていた仕事の一部を負担してもらう事になる」


 というか、今までそれ全部やりながらギルドのマネージャーにオペレーター、”裏稼業”では強盗に入る屋敷の事前調査に情報工作までこなしていたパヴェル氏マジで何者なのか。とても24時間以内に終わるような業務内容じゃない。バブル期の日本から来たサラリーマンじゃねえんだぞ?


 いずれにせよ、業務内容の一部を負担してもらえるのだからパヴェルも幾分か楽ができる事だろう。給与の方も心配ない、リガロフ家とレオノフ家での強盗で手に入った金の一部と、普段の仕事で”運営費”として差し引かれている分の金で賄う予定だ。足りないようであれば俺の資産から追加で出すつもりである。


「ちなみにルカ、今までやってきた仕事は日雇いか?」


「うん。工場の掃除とか、石炭の運搬とか」


「そうか……前までは毎日仕事が終わったら給料が出てただろうけど、これからは毎月1回になる。その代わりにドカンと出すから期待してくれ」


「え、どのくらい?」


「現時点では7000ライブルくらいになるけど、俺たちのランクが上がって高難易度の依頼が受けられるようになればもっと上がる。そのうち1万を超えるかもな」


 この2人のためにも、俺たちが頑張らなければ。冒険者として仕事をこなし、高難易度の仕事を回してもらえるようになれば、それだけこの2人の取得も増大していくという事だ……なんかちょっと共産主義的。


 簡単に給与について説明すると、ルカとノンナは目を輝かせながらお互いの顔を見合わせた。


「え、7000ライブル!? そんなにくれるの!?」


「すっごーい! お兄ちゃん、それだけあったらいっぱい缶詰買えるよ!!」


「日雇いだとたった350ライブルだったからなあ……」


 胸が痛くなった。


 食料の差し入れは定期的に持っていくようにしていたが、それでも2人の生活は厳しいものだったに違いない。あの小屋にお邪魔した時に見たが、部屋に積み重ねられていたのは賞味期限切れの缶詰ばかり。おそらく、日雇いの給料だけでは足りないから、色んな売店から賞味期限切れの食品とか売れ残りを貰っていたのだろう。


 もう、そんな心配はしなくていい。


 俺たちがそんな事させるもんか。


「それだけじゃない。夏と冬にはボーナスもあるぞ。こっちはいつもの給料と比較にならん金額になるし、お前らの頑張り次第で更に増額する。それと休暇は完全週休二日制、基本的に土日は休み。他に何か都合があって休みたい場合は気軽に相談してくれ、俺とパヴェルで何とかする」


「い、いいの!?」


「お金払ってもらってるのに!?」


「いいさ、いいんだ……これが普通なんだ、今までが異常だっただけで……」


「―――さ、我らが団長からのお話はこんなところだ。何か質問は? 無かったらシャワーを浴びてこい、この食堂車の下にシャワールームがある。タオルと着替えも用意しておいたから遠慮なく使え」


「は、はい」


「はーい!」


 元気よく下の階へと降りていくノンナと、申し訳なさそうにぺこりと頭を下げて妹の後を追うルカ。2人の後ろ姿を見送ってから、頭の後ろを掻いて息を吐いた。


 











 シャワーなんて使うの、何年ぶりだろうか。


 用意してあったタオルを手に、シャワールームに入る。だいぶ前に『汚いから』という理由で、職場にあった水垢だらけのシャワールームを使わせてもらった事がある。けれどもお湯は出ず、出てきたのは冷水。身体を洗うのも使いかけで、随分小さくなった石鹸一つ。ほんの少しだけ石鹸の香りがするようになった程度だった。


 けれどもミカ姉が率いるギルド―――血盟旅団が所有する列車『チェルノボーグ』のシャワールームはというと、前に使わせてもらったシャワールームとは大きく違った。


 そりゃあ工場の従業員向けに解放されているシャワールームと列車のシャワールームではスペースが違う。前使ったところはそれなりに広さはあったけど、こっちは列車の中という限られたスペースを有効活用しなければならないから、各所にとにかく工夫が見られる。


 シャワーもちゃんと防水カーテンとプレートで区切られていて、お互いのプライバシーはしっかりと守られるようになっていた。


 それに清掃も徹底的に行っているようで、床や排水溝周りには水垢一つ見当たらない。シャワーの近くにある小さな棚には石鹸だけでなく、透明なケースに入った白い液体(何だろうコレ?)がいくつか備え付けてある。


 まあいいや、と思い、つまみを捻って水を出す。


 外は寒いけど、シャワーを使わせてもらえるだけありがたい―――てっきり水が出るものだと思って、やがて襲来する冷たさに備えていたけれど、頭にかかったのは冷たい水ではなかった。


「―――え」


「お兄ちゃん、これお湯だよ。お湯が出てる!」


「え、嘘……」


 お湯……!?


 熱すぎず、かといって温いわけでもないお湯。シャワーからいつまでも溢れ出るそれを全身に浴びながら、しかしまだ俺は目の前の光景が、そしてこの温もりが信じられなかった。


 好意的に接してくれる雇い主の人がシャワールームを貸してくれたりするおかげで、ごく稀にだけどシャワーを浴びる機会はあった。そうじゃない時は近くの川に行って水浴びをするか、大人しく我慢するのが当たり前。おかげで身体中痒いし、服の中が汗でべたべたしてとにかく気持ち悪かったのを思い出す。


 ミカ姉……どうして俺たちにそこまで……?


 ガラッ、とシャワールームのドアが開いた。ぺたぺたと誰かがこっちにやって来る足音が聞こえる。気になって防水カーテンから顔を出すと、湯気が充満しつつあるシャワールームの中に小柄な人影があった。


 俺と同じくらいかちょっと小さいくらい。セミロングくらいの長さの黒髪で、しかし前髪の一部が雪のように真っ白になっている。その特徴的な前髪から覗く眉毛や睫毛もまた、雪のように真っ白だ。


 耳の形状と頭髪の色から、ハクビシンの獣人であることが分かる。一見すると女の人に見えてちょっとばかりドキリとしてしまったけど、首から下はちゃんと鍛え上げられていて、思ったよりも筋肉でがっちりしているようだった。無駄のない、引き締まった身体と言うべきだろうか。


 俺の視線に気づいたようで、そのハクビシンの獣人―――ミカ姉の綺麗な銀色の瞳と目が合う。


 同性だろうと異性だろうと、ドキリとさせてしまう不思議な魅力がミカ姉にはあるらしい。


「湯加減はどう?」


「う、うん……ちょうどいいよ」


 そっか、と安心したような笑みを浮かべながら、彼は隣のシャワールームに入っていった。ちなみにシャワールームの中には既にそれなりの量の湯気が充満していて、ミカ姉の”大事なところ”をうまい具合に隠していたんだけど何なのこの湯気。何の配慮?


「ああ、一応言っておく。そこの棚にある容器の中に入ってるの、上からシャンプーとリンス、ボディソープな」


「しゃ、しゃんぷー? りんす?」


「ぼでぃそーぷ?」


 え、何それ聞いた事ない……俺たち石鹸しか知らないんだけど……?


「ええと……あれだ、シャンプーは髪を洗うやつ、リンスも髪に使うやつ、ボディソープは身体を洗うやつ。液体状の石鹸だから」


「え、初めて見た……」


「すっごーい」


 アレなんだろうか。俺たちの今までの生活が貧しすぎただけで、今ではこういうのが一般的なんだろうか。そういえばミカ姉も元貴族だって言ってたし……貴族の屋敷ではこういうのが流行ってるのだろう。


 とりあえず、ありがたく使わせてもらおう。


 せっかく雇ってもらった上に寝床まで用意してもらえたのだ。身体の汚れをしっかり落として、明日から頑張らなければ。













「おー、綺麗になったじゃーん!」


 シャワーを浴び終え、着替えも済ませたルカとノンナに真っ先に駆け寄ったのは、意外にもモニカだった。まるで面倒見の良い姉が弟妹たちとじゃれ合うように、身体中の汚れをすっかり落としてさっぱりした2人の頭をわしわしと撫で回す。


「ふあ~」


「んあ~」


「あー……2人とももっふもふで気持ち良いわぁ~……クセになりそ」


 いやいや目的そっちかい。


 下心を隠すつもりのないモニカを見て苦笑いしていると、彼女は俺の顔と2人の顔を交互に見てから首を傾げた。


「そういやアンタらさ、なんか雰囲気似てない?」


「え?」


「もしかしてミカの生き別れの兄妹だったりとか!?」


「それはさすがに無いだろ」


 俺には姉と兄が2人ずつ。しかもみんなライオンの獣人で、俺だけハクビシンという状態なのだ。しかも屋敷にハクビシンのメイドはレギーナ1人しかおらず、もうね、幼少期のミカエル君でも一発で分かった。「レギーナがぼくのママだ」って。


 自分の妻が妊娠中で押し倒すわけにもいかず、この性欲どうにかならぬかと考え抜いた結果、地方から出稼ぎに来ていた立場の弱いレギーナに手を出してしまい、一晩限りのお楽しみの結果ミカエル君が生まれてしまったというわけだ……いや、こんな父親だったのだから、他のメイドにもワンチャン手を出してそうだ。さて、リガロフ家にビントロングのメイドとパームシベットのメイドはいただろうか。


 というのはさすがに冗談だ……冗談だよね?


「ルカはビントロングの獣人、ノンナはパームシベットの獣人だ。同じジャコウネコ科だから雰囲気が似るのは当然だろ」


「ああ、そういう……」


 ハクビシンはジャコウネコ科に分類されている。んで、そのジャコウネコ科にはビントロングとパームシベットも含まれているので、分類的には俺たちは同類というわけだ。色々と違うところはあるけれど、同じジャコウネコの仲間なんだにゃ。


 こっちを見ながらすたすたとやってくるモニカ。何をするつもりかと思いきや、いきなり風呂上がりのミカエル君の頭をわしわしと撫でまわし始めた。


「ふにゃっ!?」


「あ~……こっちも気持ちいい……」


「ず、ずるいですわモニカさん!」


 そして飛び入り参加するクラリス氏。結局美少女×2に頭をもみくちゃにされ、せっかく整えた髪型が早くもボサボサに……。


 なんでや。なんでミカエル君に集中砲火なんや。毛のボリュームだったらルカの方がもっさもさやで?


 いや、実際体毛のボリュームだったらハクビシンよりビントロングの方があるからね? もふもふするのに適しているのはビントロングだからね?


「ほーらお前ら、もふもふするのも良いが飯にしよう」


 もみくちゃにされるミカエル君のところにやってきたパヴェルが、カウンターの上に大きな皿を置いた。香ってくるのは卵とバターの混じった香り。微かにケチャップの香りもする。ということは、今夜の夕飯は……!?


 期待しながら皿の上を見ると、そこにはやはり美味しそうに湯気を上げるオムライスがあった。野菜や豚肉と一緒に炒めたケチャップライスの上に、随分と色の濃くふんわりとした卵が乗っている。しかも焼き加減は半熟で、少しスプーンでつつくだけで中身がとろりと溢れ出てきそうだ。


 試しに皿を少し揺らしてみると、まるでプリンのように卵がぷるぷると揺れた。え、何だこの絶妙な焼き加減は……絶対美味いやつじゃん!!


「ぱ、パヴェルさん、これまさか……!」


「そう、取ってきたばかりのハーピーの卵を使ったオムライスさ!」


「おむ……らいす?」


「おう。ほらガキ共、お前らの分も用意してあるから腹いっぱい食べな!」


 どんっ、とルカとノンナの分もカウンターに置くパヴェル。座りなよ、と目配せすると、2人は少し躊躇しながらも、ちょっとばかり高い椅子に腰を下ろした。


 たぶん、オムライスをこうして目にするのも人生初なのかもしれない。どうやって食べるのかは察しが付くだろうが、どんな味なのかまでは予想もつかないに違いない。


 全員分のオムライス(ちょっとまてクラリスのだけ異様にデカい)が行き渡ったところで、俺たちはやっとハーピーの卵を贅沢に使ったオムライスに手を付けた。


 つんっ、とスプーンで卵を軽くつつくと、ケチャップライスを完全に覆い隠していた卵はあっさりと破れた。中から半熟の黄身がどろりと溢れ出て、卵の表面に金色の池を作っていく。


 卵と一緒にケチャップライスをスプーンで掬い取り、口へと運んだ。


 なるほど、この濃密な香り―――鶏の卵とは比較にならない程の強い香りだ。これなら味もさぞ濃厚なのだろう。珍味だと言われるわけだ。


 一口食べた瞬間、全員が目を見開いた。


「「「「「「うっっっっっっっっっっっっっっっま!!!!」」」」」」


 魂の叫び×6。ついにはモニカだけの専売特許ではなくなってしまったが、これは叫ばずにはいられない。


 オムライスが全員の皿から姿を消したのは、それからすぐの事だった。













 暗く、どこまでも暗い部屋の中。


 闇が全てを支配する空間の中を流れるのは、不気味な部屋には決して似合わぬピアノの旋律だった。優しく、慈愛に満ちた曲調はさながら母の子守唄のようだが、中に何が潜んでいるかも分からぬ闇の中で流すにしては、ミスマッチとしか言いようがない。


 ドビュッシーの『月の光』―――そう、クラシックである。


 異世界には決して存在する筈の無いその旋律に心身を委ねていた男の脳裏に、低い声が届く。


《尻尾を掴まれたようだな?》


 失敗を犯した部下を叱責するというよりは、まるでゲームが意外な局面を見せ、その動きを冷静に見定めようとしているような口調だった。計画から逸脱しつつあるが、未だ予測の範疇であり、計画の修正は可能―――取り返しのつかないレベルの失敗でないのなら、過剰に叱責する必要もない。


 むしろそうして部下を追い詰めれば、ミスは更に深刻なものとなる。それは過去の歴史、特に権威主義国家の失敗例を見れば明らかであろう。


 だからその声の主にも、そして音楽を聴いている部下の方にも、まだまだたっぷりと余裕があった。


『始末いたしましょうか』


《いや、まだ泳がせておけば良い。真実を知ったところで、我らに勝てる道理などないさ》


『承知しました』


 音楽が終わり、リピート再生が始まる。いつまでも決して終わる事の無いピアノの旋律は、まるでこの闇が明ける事など無いと暗示しているかのようだ。決して光の差す事の無い闇。永遠に暴かれる事の無い闇……彼らはまさに、闇の住人であった。


『しかしこれで、資金調達の手段が1つ潰えましたな』


《構うことは無い、他にも手段はある。それに転売しか能の無い連中など、いくらでも使い捨てにできるさ》


 用件を伝え終えたのか、男の低い声はそれっきり聞こえなくなった。


 彼の意識は再び、上官との対話から音楽へと引き戻される。闇の中にありながらも、美しく、優しく、慈愛に満ちたピアノの旋律。


 それは認めたくない現実を、苛酷すぎる現実を覆い隠してくれる。傷ついた心を癒してくれる。少なくとも、”彼ら”はそう信じていた。













『―――我らの”100年の理想”のため、計画成就のために』












 第四章『工業都市ザリンツィク』 完


 第五章『果てない闇の先に』へ続く



ここまで読んでくださりありがとうございます!




作者の励みになりますので、ぜひブックマークと、下の方にある【☆☆☆☆☆】を押して評価していただけると非常に嬉しいです。




広告の下より、何卒よろしくお願いいたします……!

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