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真冬のザリンツィクにて


「うわでっか」


 痛まないようにそっと毟り取ったエルダーハーピーの尾羽を見ながら、思わずそう口にしてしまう。もふもふとした、いかにも防寒性に優れてまっせ的なボリュームの尾羽。まだ1本毟っただけなのだが、それでも十分すぎるほどのサイズである。


 触り心地は何に例えればいいのだろうか……もふもふの絨毯みたいな感じ、とでも言えばいいのだろうか。希少部位として取引される通常の尾羽よりもデカいので、これも高値で売れそうだった。


 さて、卵そっちのけでなぜこんな事をしているかと言うと、ギルドへ証拠を提出するためである。


 特定の魔物を討伐する依頼であれば、スタッフが現場で確認する際の目印となる信号拳銃も一緒に支給される。フリントロック式のピストルに特殊な信号弾を装填したものだ。討伐後、それを空に向かって撃ち上げる事によって、近隣に待機している管理局のスタッフが確認を行い、討伐が規定数に達している事を確認でき次第報酬が支払われる。


 だがそれは特定の魔物を討伐する依頼を契約している場合の話。今回は卵の回収が依頼の目的だから、信号拳銃は支給してもらっていない。


 だから管理局に情報に無いエルダーハーピーとの戦闘と、その討伐を証明するためには、証拠品となるものが必要なのだ。これはそのために持ち帰る必要がある。


 さてさてこんなもんですかね、とポーチに尾羽をそっと突っ込んで、お楽しみの卵回収へ。


 ふわふわの巣の上に並んだ卵は、確かにバスケットボールくらいの大きさがあった。学生の頃、体育の授業でドリブルしていたのを思い出す。結局、転生前のミカエル君は運動神経が悪すぎて走りながらドリブルできなかったんですけどね。クラス対抗の試合とか体育祭の時とかは特にやる気もなかったものだから、陰キャの皆を集めて「今期のおすすめアニメ何?」とか「あのヒロイン尊いよね」とか「同志たちよ立ち上がれ!!」とか喋ってキャッキャウフフしていたものである。


 あーやだやだ、体育祭なんか消滅すりゃいいのに。あんなの陽キャの祭典じゃねえか。無くすか陰キャの祭典も用意しろやオイ? できねえのかオイ?


「ご主人様、見てくださいこの卵! オムレツにしたらいったいどれくらい食べられるのか……楽しみですね、うふふ♪」


「お金っ、お金っ☆」


 人間の欲望が溢れ出ている。


 ギルドへの納品用の卵とお持ち帰り用の卵をダッフルバッグへ詰め込んでいくが、3つくらい入ればいいだろ的なノリで用意したダッフルバッグに無理矢理5つも放り込んだものだから、ダッフルバッグはパンパンだ。学生の頃、教科書やら問題集を全部学生鞄に詰め込んで持って帰ってた頃を思い出す。教科書忘れたりするなら全部持っていればいいじゃない、という理論で全部持ち歩いていたのだよ昔のミカエル君は。おかげで学生鞄がもはや鈍器と化していたのは良い思い出である。


 ダッフルバッグに収まりきらない分は手に持つことにした。両手にバスケットボールくらいの卵を抱え、仲間と共に巣を後にする。さすがに今は無防備すぎるから、他の魔物に襲われない事を祈るのみだ。


「さあ、帰ろう」


 帰ってとっとと温かいシャワーでも浴びて、珍味とやらに舌鼓を打とうじゃないか。













「確認が取れました。こちら、報酬の9800ライブルと追加報酬の8600ライブルです」


 ライブル紙幣をカウンターで受け取り、枚数を確認。卵回収の報酬の9800ライブルと、エルダーハーピー討伐の追加報酬となる8600ライブル。これでかなりの額になっている。


 こりゃあしばらく懐はホカホカだろう。さーて何に使おうかな。とりあえず、分け前は列車に戻ってから……。


 と、仲間たちと踵を返したその時だった。


「おい、ちょっと待ちな」


「?」


 唐突に、乱暴に声をかけられた。


 何か粗相でもありましたかね、と臨戦態勢に入りながら振り向くと、そこには酒を飲みながら椅子に座っているツキノワグマの獣人が居た。彼も冒険者のようで、腰には随分と年季の入った棍棒クラブがある。大型の魔物の骨に革を巻き付け、牙を埋め込んだずいぶんと荒々しい得物だ。


「お前ら、新参の冒険者だろ」


「ええ、それが何か」


「新参者ならよお、まずは俺に挨拶するのが筋ってもんじゃねえか」


 指を鳴らしながら立ち上がるツキノワグマの冒険者。隣にいるクラリスはとっくに臨戦態勢になっていたようで……普段はヘッドドレスで隠れているドラゴンの角が、ゆっくりと伸びていくのがここからでも分かった。


 彼女の角はどうやら感情に連動して伸びるらしい。感情が高ぶると伸び、落ち着くと髪に隠れる程度の長さまで縮むというユニークな特徴がある。


「いや、あの……誰?」


「俺を知らねえってのか!?」


「自己紹介も無しに迫られても困ります。まず名を名乗るくらいの常識がない人に筋を通せって言われてもね。クラリス、モニカ、行こう」


 パヴェル曰く『こういうのはよくある事』なのだそうだ。地方の管理局で冒険者の元締めを気取る奴に目を付けられると色々厄介なので、スルーするか二度と声をかける事が出来ないレベルでぶちのめす事。ミカエル君は平和主義者なのでスルーを選択する。


 無視して去ろうとすると、ツキノワグマの冒険者は近くにいたクラリスに―――よりにもよって一番ヤバい人の肩を強引に掴んだ。


 あ、馬鹿、と声をかけようとしたときにはもう遅かった。掴んだ腕と相手の胸倉を一瞬で掴んだクラリスが、胸倉を掴んでいる方の腕を相手の脇の下に差し込んで背負うような格好になったかと思いきや、そのまま見事な背負い投げを披露していたのだから。


 身長2m超えの巨漢VS身長183㎝の竜人メイド。クソデカ人類バトル自由形の決着は、メイドさんの勝利で終わったらしい。


 びたーん、と派手に背中を床のうち付けられた冒険者が、驚愕と痛みの入り混じった表情でこちらを見てくる。外の屋根に降り積もった雪がばさばさと落ち、屋根に留まっていた鳥たちが慌てて飛んでいく音が建物の中にまで聴こえた。


 クラリスも、さすがにそこから追撃まではしない程度の情けを持ち合わせているようで安心したけど、床に倒れ伏して目を白黒させている相手の顔面に、いつでも渾身の右ストレートを叩き込めるんだぞと言わんばかりに拳を握り締めていて、ああやっぱりこのメイドさん味方でよかったわと心の底から思った。


「外だったらこのままクマ鍋にして差し上げているところですが……命まで取らないのは、ご主人様の情けゆえの事。せいぜい感謝なさい」


「は……はい……」


「クラリス、その辺にしとけって」


「はい、ご主人様」


 そっと手を放し、冒険者から離れるクラリス。まだ床に倒れている男に「これに懲りたらもう絡むなよ」と捨て台詞を残し、管理局を後にする。


 ザリンツィクは相変わらず寒いが、外よりはマシだ。駅まで徒歩10分の距離に管理局があるのが本当にありがたい……早く列車に戻ってコタツで丸くなりたいものだ。猫だけじゃなく、ジャコウネコだってコタツで丸くなりたいのだから。


「それにしても、本当に無礼な輩ですねっ」


 フンス、と憤慨しながら歩くクラリスを宥めつつ、まあそんなもんだろうな、とは思う。冒険者にも派閥だとか縄張り意識だとか、そういうものが存在するという話はちらほら聞いている。冒険者同士での激突が絶えないのもそのためである、と。


 特に特定の地域に拠点を構える冒険者にとって、各地を移動しながら仕事をする俺たちみたいなノマドは目の敵にされがちだ。こっちはただ仕事をしているだけという感覚だが、向こうからすれば仕事を横取りしていく余所者以上の何物でもない。そうなれば、ああやって余所者を威圧したくなる気持ちも分かる。


 まあ、だからと言って素直に従うつもりはない。ああいうのに一度でも弱いところを見せたら最後、完全にマウントを取られて面倒な事になる。だからああいう相手は無視するか、こっちが上だという事を見せつけてやらねばならない。


 今回はクラリスが秒殺でやっちまったが……。


 駅に入り、改札口で冒険者バッジを提示しホームへ。レンタルホームへ繋がる階段を上がって通路を進んでいると、天井にぶら下げられた案内板には【Юя Дёукгзжт Вммгяк(本日以降の列車の運行はありません)】という文字が表示されていて、いよいよ冬が本格化するな、と思った。


 例年より早い気もするが、もうあらゆる往来がぴたりと止まる季節。食料の調達もラストスパートに入る。


 階段を降りてレンタルホームに降りると、コートとウシャンカを身に着けたパヴェルがホームの除雪作業に精を出していた。


 ちなみに除雪作業に使っているのはスコップではなく、『LPO-50』というソ連製の火炎放射器。背中にいくつかタンクを背負い、まるで軽機関銃のようなフォルムの火炎放射器を抱えた彼は、ホームまで燃やしてしまわないよう細心の注意を払いながら……いや、払ってない、全然注意払ってないぞアイツ。だって片手にウォッカの酒瓶あるもん。アルコール堪能しながら火炎放射してるよアイツ。


 おい、誰かアイツをホームから摘まみ出せ!


「おー、おかえりー」


「ただいまー」


 火炎放射器で除雪作業という普通では考えられない光景に、しかしクラリスもモニカも驚いているような素振りは見られない。


 それもそのはず、ノヴォシアではこれが普通なのだ。


 そりゃあ列車やら車やらの往来が完全にストップするレベルの積雪に毎年悩まされる雪国である。スコップや除雪車でせっせと雪を退けても、半日もしない間に元通り。ならばと火炎放射器を持ち出すのはまあ、分からんでもない。


 ちなみにパヴェルはソ連製の火炎放射器でヒャッハーしているが、普通の人はマスケットを改造した火炎放射器でヒャッハーする。背中に燃料タンクと酸素タンクを背負い、銃口付近に燃料噴射ノズルを装備したものだ。燃料と酸素を噴射し、それに黒色火薬で点火する仕組みらしい。


 うん、キリウでも見た。信じがたい事にそれも庭師の仕事なのだ。普通の家でもやる事なので、ノヴォシア国民の大半は「銃の使い方は知らんが火炎放射器なら使える」という世紀末な状況になってる。もうやだこの国。


 2号車に向かい、1階の後ろ半分を占める倉庫に卵を持っていく。床に敷いてある藁の上にそっと卵を置き、軽くなった両手をやっとの事で休ませた。これで良し、今日の夕飯が楽しみだ。


 後は1号車に移動、今回の依頼で稼いだ金を全額パヴェルの部屋へ。これもギルドを運営するうえで決めたルールで、マネージャーであるパヴェルの元に一旦報酬を全額預け、そこからギルドの運営費として必要なものを差し引いて、残った金を平等に分配するというシステムになった。


 当然だが、ギルドの運営にも金がかかる。列車の修理費に食料の買い出し、資材の補充に燃料の買い込み……どれが欠けていたら、血盟旅団は活動できない。


 これでよし、と彼の部屋を出ようとしたその時だった。


『デェェェェェェェェェェェェェェェェェェン!!!』


 かなりソビエトを感じた。


 マナーモード解除したっけか、と自分の記憶を疑いながら端末を取り出す。パヴェルからの着信だった。


「はいもしもし」


『あー同志?』


「あ、自分共産主義者じゃないッス」


『待て待て切るな。夕飯の食材の買い出し頼めるか? 最後に買い込んでおきたいんだが除雪作業もあるしな……』


「ああ分かった。それとさパヴェル」


『あ?』


「従業員増えたら助かる? 困る?」


『急にどうした? いや、そりゃあ助かるよ。俺の仕事も減ってお前らのサポートに徹する事ができるし、食料も余裕はある』


「そうか……いや、ちょっとな、ウチに雑用で引き入れたい奴が居るんだ。2人ほど」


『もしかしてアレか、お前の財布盗んだガキ×2か』


「妹の方は無罪だ」


『はいはい、まあ……良いんじゃね? クラリスたちには話通しておくわ』


「すまん、助かる」


『それにしても、お前も随分とあのガキ共を気に掛けるもんだねえ』


「……ああ、キリウの惨状を見てるからな」


 結局、社会において最初に犠牲になるのはいつだって貧民なのだ。次に労働者や農民たち……金と権力を持つ連中は、いつも安全圏から指示ばかり。もううんざりだ。


 俺はそういう連中にはなりたくない。


 富める者としての義務を、ノブレス・オブリージュを全うしたいだけだ。


 キリウでは結局何もできなかったが、ここでならば―――今ならば、きっと。













「ふう……」


 タイムセールのおばちゃんたちの圧、確かに凄かったな……。


 先ほど経験した激戦を思い出し、買い物袋にぎっちりと収まった食材に日用品を見下ろす。缶詰に黒パン、ライ麦パンにソーセージ。それらの2割引きのタイムセールが始まった途端、買い物しながら雑談に花を咲かせていた主婦の皆さんが一斉に猛牛と化した。商品売り場は地獄絵図である。


 けれども、この時ばかりは身長150㎝のミニマムサイズに生まれた事を心の底から感謝した。おばちゃんたちの押し合いへし合いを潜り抜けて、気付かれぬうちに目的の食品を詰められるだけ詰め込んで会計を済ませる事が出来たのである。


 大は小を兼ねる、とはよく言ったものだが、小にしかできない事もある。デカけりゃいいってわけじゃあないのだ。


 スーパーを出て帰路へ―――その前に、スラムへ。


 しっかりと除雪が行われている市街地と比較すると、スラムはまあ酷いもんだった。除雪が行われている場所とそうじゃない場所があって、歩く度にまるで街の外みたいにザクザクと音が鳴る。ブーツがすっかり雪に埋もれるくらい降り積もっているが、近くに高熱を発する工場があるだけまだマシなのだろう。


 すっかり見慣れた道を進み、ルカたちの家のドアをノック。いるかな、と思いながら待っていると、中からどたどたと足音が聞こえてきた。


「はーい……あ、ミカ姉!」


「よっ」


「どうしたの?」


「いやあ、実はちょっとな……ノンナは?」


「ああ、いるよ。ノンナ! ミカ姉来た!」


「やっほーミカ姉! お薬ありがとう!!」


 小屋の奥の方で、缶詰を整理していたノンナが元気いっぱいに手を振っているのを見て、心の中に沈殿していた不安が一気に全部吹き飛んだ。赤化病の症状も、特効薬のおかげですっかり消え去ったらしい。


 再び彼女の元気な姿を見れて、心の底から安堵した。


「元気になったか、よかった」


「ミカ姉のおかげだよ。本当にありがとう!」


「はははっ、こちらこそ、無事でいてくれてありがとう……ところでさ、今日は2人に話があるんだが」


「?」


 耳を動かしながら、ノンナもこっちにやってきた。ルカの隣で可愛らしく首を傾げ、こっちを見上げている。


「―――お前たち、血盟旅団ウチで働かないか」


「え?」


「いや、その……俺たち、冒険者3人とマネージャー1人でギルドを運営してるんだが、料理やら家事やら列車の運転やら、マネージャーに任せっきりでな。そういう仕事を任せられる人材を探してるんだ。給料もちゃんと出すし、ボーナスだって用意する。休日も寝床も用意できるんだが……どうだろうか?」


 やっぱり考えるのに時間かかるよな……少し、返答までの時間を考えた方が良かったか。


 迷惑だったかな、と思いながら返事を待っていると、2人の兄妹は顔を見合わせながら首を縦に振った。


「分かった、行く!」


「私も!」


「決定早ッ!? あ、いや、じっくり考えてもらっても―――」


「だってミカ姉のギルドで働けるんだろ!?」


「ミカ姉とずっと一緒に居られるって事でしょ!?」


「え? あ、ああ……」


「「じゃあ行く!」」


 即答だった。


「待っててお兄ちゃん! 荷物まとめてくる!」


「俺も手伝うよー!!」


 ばたばたと忙しそうに小屋の奥へ走っていくノンナとルカ。その小さな背中を見守りながら、俺はちょっとばかり苦笑いを浮かべた。


 まあ、これでいい。


 パヴェルの負担もコレで減るし、こっちも列車を留守にする時に見張りを任せられる。


 荷物をまとめたジャコウネコ科の兄妹が戻ってきたのは、それから3分後の事だった。




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