雷獣降臨
機甲鎧4号機のメインアームをオートに切り替え、サブアームのコントロールに意識を集中させる。
メインアームがAC6000CWの車体を持ち上げている間に、サブアームを使って電気配線やら燃料の配管やらを弄る。ノヴォシアの鉄道規格に合わせて車体をサイズアップするのは骨が折れるが、それだけじゃあ面白くない。
やるならもっと面白くしないとな、と視線を機体の脇に置いてあるコンテナに向けた。
そこには『Вогонь суворо заборонений, оскільки це небезпечний предмет(危険物につき火気厳禁)』と赤い文字で記載されており、その下にはイライナ語で『анігіляційна енергія(対消滅エネルギー)』とこれ見よがしに記載されている。
そう、対消滅エネルギーだ。
対消滅エネルギーを燃料とした機関車に、コイツを作り変える―――何とも頭のぶっ飛んだ、ウォッカを適量キメていなければ出てこない発想だろう。
こっちの世界の人間たちは対消滅エネルギーを圧倒的な破壊の力としているが、しかしテンプル騎士団では違う。”真空中において増殖する”という特徴を持つ対消滅エネルギーを燃料として用いた『対消滅エンジン』を実用化しているのだ。
事実、俺が現役だった頃もそういう動力機関は目にしてきた……とはいえ要塞の中枢動力レベルという、極めて大規模なものだったが。
しかしコイツを稼働させる事が出来れば、少なくとも燃料に困る事は無くなる。エンジンを密閉し内部の真空を維持する事さえできれば、内部の対消滅エネルギーは際限なく増殖する。それを燃焼させて発電機を回し電力を生み出す―――頭の中に浮かんだ図面通りに組み立てる事が出来れば、コイツは文字通りの化け物と化す。
サブアームのコントロールをオートに切り替え、工具を腰に提げて外に出た。
「お」
ピリッ、と空気に触れた頬が痺れるような感覚を覚えた。
劇薬を浴びたとか、感電したとかそういうのではない。これは雷属性特有の魔力の反応―――どこかの誰かが盛大に魔力を放射して、その際に生じた魔力の残りカスが肌に触れて起こる現象だ。
雷属性だから痺れるような錯覚を覚えるが、これが炎だったら灼けるような熱を、氷ならば凍てつくような冷たさを……といった具合に、錯覚の種類は属性ごとに異なるのだそうだ。
今のところ、血盟旅団には雷属性の魔術師は2名しか所属していない。ミカとルカのジャコウネコブラザーズだ。
そしてこれほどまでに鋭く、武骨で威圧的な魔力を発する事が出来るのはミカだけだ。
「おぉ……」
大地で弾けた蒼い雷が、天へと駆け上っていった。
それはまるで、中国をはじめとする東洋における龍の伝説を思わせる光景。
そしてその只中にいるのは間違いない、ミカだ。
こんな事が出来るのはアイツしかいない。
「いいじゃあねえか」
いいねいいね、こうじゃなくっちゃあ面白くない。
お前のために尽くした甲斐があったってもんだ。
戦闘中のミカの姿に見とれながら、機甲鎧の上にまで登ってきた空気の読めない黒騎士をノールックでヘッドショット。ロシア製大型リボルバー、RSh-12から放たれた12.7×55mm弾をバイザーに受けた黒騎士は、センサー部を撃ち抜かれそのまま機体の上から転がり落ちると、朽ちたレールの上で錆色の粉末へと姿を変えていった。
邪魔すんじゃねえよ、せっかくいいところなんだ。
ところでこの感じは、おそらく新しい触媒を得たのだろう。ミカは触媒を持っていなかった……大方、ルカかノンナ辺りが勝手に俺の研究室から未完成のミカ用の触媒と祈祷に使う素材を持ち出して、戦闘中のミカに渡したに違いない。
何と危険な事をと説教してやりたいところだが、まあ今日のところはミカの窮地を救ったのだ、許してやろう。トイレ掃除1ヵ月で勘弁してやる。
「さあ、魅せてくれよ」
ははは、と笑い声を発しながら、俺は両手を広げた。
「お前の力を魅せてみろ、ミカエル!!」
大気が痺れる感覚に、シャーロットはただただ困惑していた。
近くにいるだけで感電してしまいそうな、そんな危機感すら覚える。
だがそれ以上に―――ミカエルの発する威圧感と魔力に、怯えていたのかもしれない。
(誰だ、こいつは)
全くの別人のようだった。
姿形は確かにミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフその人だった。小柄な身体にくりくりとした愛嬌のある目、前髪の一部が白い特徴的な頭髪の色にハクビシンのケモミミ。とても戦場にいる戦士としては愛嬌があり過ぎ、武器を手に戦うような人間とは思えない。
しかしその双眸には、確かな怒りが滾っていた。
気にかけていた弟分を傷付けられた、ギルド団長としての怒り。
仲間を大切にするミカエルだからこそ、仲間をそこまで追い詰めた相手に対し怒り狂う事が出来るのであろう。
まるでミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフという獣人の皮をかぶり、神話や伝承で語り継がれる百戦錬磨の武人が目の前に現れたかのような、そんな威圧感。
しかしシャーロットとてテンプル騎士団の一員、かつて”メサイアの天秤”と呼ばれる秘宝の正体を暴き、世界を救った大英雄タクヤ・ハヤカワの血から生まれた彼女の子供たち、その末席に連なる1人なのだ。常に戦と共に世代と栄達を重ねてきたテンプル騎士団の1人として、この程度の相手に後れを取るなど―――ましてや恐れを抱く事など、あっていい筈がない。
その矜持こそが彼女の士気を支える、最後の砦の正体であった。
「向かってくるか」
ゆっくりと、シャーロット目掛けて歩き出したミカエルに彼女はそう言い放つ。
「真正面から向かってくるか、このシャーロットに!」
足元に転がる機械の触手―――今しがたミカエルによってすべて切断されたテンタクルMk-2の切れ端を掴んだ。
彼女の手に触れた途端、切断されていたテンタクルが息を吹き返す。水揚げされた魚の如く、特殊ゴム製の被覆で覆われた触手をばたつかせると、それを振るう彼女の動きに従って、鞭のようにしなりながらミカエルへと牙を剥いた。
当たれば人体の骨など容易くへし折ってしまいそうな一撃は、しかしミカエルには届かない。
身の丈以上のサイズの剣槍を抱え、ゆっくりと歩くミカエル。その小柄な肉体を打ち据えるよりも遥か手前で、機械の触手は不可視の壁に阻まれたかのように弾かれるや、その衝撃で破れた被覆からスパークを発してのたうち回る。
「……?」
そんな馬鹿な、とシャーロットは握っているテンタクルに意識を介してアクセス、システム診断プログラムを起動する。
電気回路全損、理由は許容量を超過した過電流による回路の溶断……信じられない診断結果に目を見開くシャーロットは、動かなくなった触手を投げ捨て、足元に転がっていたRPK-16を拾い上げた。
普段は機械の身体で戦うシャーロットだが、しかしAK系列の銃の扱い方は訓練をしっかりと受けている。シェリルほど手馴れてはいないものの、それでも十分熟練と言える手際の良さでセレクターレバーをフルオートに弾き、ドラムマガジンを装着したそれから5.45mm弾を景気良くぶちまけた。
小口径でこそあるが、命中すれば弾丸は被弾した対象者の体内でタンブリングを引き起こし、回転しながら相手の筋肉を、骨を、内臓を、身体の内側をズタズタに引き裂く殺傷力の高い悪辣な弾丸だ。
機動力低下を嫌ってか、ボディアーマーの類すら身に付けないミカエルが被弾すればひとたまりもない。彼女にはキメラのような外殻は無く、防御する手段は魔術に頼らざるを得ないのだ。
そしてそのミカエルの魔力量はCランク程度、適正相応のものでしかない。最初の内は防げるだろうが、分隊支援火器の弾幕を果たしていつまで防ぎきれるか。
が、しかし。
―――唐突に、ミカエルが消えた。
(―――え)
ぼとっ、と何かが地面に落下する音。
そこに転がっていたのは、RPK-16のグリップを握るシャーロットの右腕―――機械で再現された、その一部だった。
「!?」
いったい今、何が起きた?
バカな、とシャーロットはその未知の力に恐怖した。
確かにミカエルは目の前にいた。テンタクルの一撃を防ぎ、それでもなお正面から歩いて彼女へ向かってきていたのだ。それがいきなり姿を消したかと思えば、次の瞬間に右腕を切断されているなど―――。
ホムンクルス兵の動体視力をもってしても見切る事の出来ない電光石火の一撃に、彼女はただただ驚愕する。
「―――ルカ、大丈夫か」
いつの間にか、ミカエルはシャーロットの後方―――腹を押さえたまま崩れ落ち、動けなくなっているビントロングの獣人の少年、ルカの傍らに跪き、彼にエリクサーを差し出していた。
すぐ近くまでやってきたミカエルの声に、苦痛に喘ぎながら死を待つばかりだったルカの顔に笑みが浮かぶ。それは絶望と苦痛の泥濘の中、もがく彼へと差し伸べられた救いの手に他ならない。
錠剤タイプのエリクサーを呑み込むと、腹の中でもぞもぞと何かが動くのをルカは感じていた。折れた骨が元の位置へと戻っていき、内臓から肋骨の一部が抜け、出血が止まって傷口が急激に塞がっていく―――回復用のエリクサーの効果で、死者の世界へ片足を突っ込んでいた彼は生者の世界へと引き戻されたのである。
「あ、ありがと……」
「……礼を言うのはこっちだ。お前のおかげで間に合った」
まだ残る痛みに苦しむルカの手を励ますようにぎゅっと握り、ミカエルは微笑む。
ルカの視線が、ミカエルの右手にある剣槍へと移る。それは紛れもなくパヴェルの研究室から無断で持ち出してきた、あの大剣なのか大槍なのか判別がつかない大型の武器だった。穂先の一部はまだ未完成となっていて、ゾンビズメイの外殻がはめ込まれていない部分からは賢者の石の紅い光が漏れている。
「よくやった、後は任せろ」
「うん……勝てよ、ミカ姉」
「―――おう」
ぽん、と今ではすっかり自分より背が大きくなってしまったルカの頭に小さな手を置き、ミカエルは無線機へと告げる。
「シスター、ルカとノンナの保護を」
《了解しました、位置は?》
「西部の操車場、地面にぶっ刺さってる貨物車両の近くにいる。巻き込まれる前に手早く頼む」
《分かりました。ミカエルさんは?》
「俺は―――」
そっと立ち上がり、見開いた目から紅い光を曳きながらゆらりとシャーロットを振り向くミカエル。
苦しみに喘ぐ者を救う天使から、敵対者に対する悪魔へと姿を変えた瞬間だった。
「―――俺は、このホムンクルス兵をぶち殺してから行く」
「ぶち殺す? このボクを?」
思考も同時に垂れ流した。彼女には伝わっている筈だ……俺の意思が。
案の定、RPK-16を残った左手で拾い上げていたシャーロットはけらけらと嗤う。他者を見下す、俺の一番嫌いな笑い方だったが―――しかしその目には、確かな憤怒が宿っていた。
しかし……機械の身体というのは便利だな、と思う。
右腕を斬り落とした―――常人であれば激痛に悶え、苦しんでいる筈だが、しかしシャーロットは違う。機械の身体であるが故に痛みを感じないのだろう。片腕だけになってもけらけらと嗤う余裕があるのは、機械の身体である事も理由なのだろうが。
ならば、文字通りのスクラップにしてやろう。
散々”文明の間借り人”だの”原始人”だの見下していた相手に鉄屑にされるのは、さぞ屈辱だろうよ……。
と、ドスの効いた声で演じてくれる二頭身ミカエル君。もちろんこれも思考駄々洩れで、全部シャーロットは受信している筈だ。
やはり、彼女の表情に変化が見られた。
格下と見下していた相手の思考を読み取り、憤慨したシャーロット。ビキッ、と血管が浮き出るほどに憤慨した彼女は、左足を大きく振り上げるや、その足にあらんばかりの魔力を込めて地面を踏み締める。
ドン、と彼女の足元に巨大なクレーターが生じた。放射状に広がる亀裂から、地面や足元のコンクリートを押し退けるように、次々に蒼い炎が火山さながらに噴き上がる。
まるで火山の火口に近付いたかのような熱風に、俺は少し目を瞑った。
高熱のせいなのだろう、シャーロットの身に纏う、あの大きくてぶかぶかした軍用コートが燃え―――その下から、どこかSFアニメのパイロットスーツやレオタードを思わせるインナーに覆われた、相も変わらず代わり映えも無ければ胸もない、無駄のない(笑)すらりとした身体が露になった。
「消えろ、害獣!!!」
亀裂が足元にまで広がり、火柱が眼前にまで迫る。
後ろをちらりと見た。サイドカー付きのバイクで駆けつけてきたシスター・イルゼがルカをサイドカーに乗せ、ノンナを後ろに乗せた状態でこちらを見て頷くや、そのままフルスロットルで走り去っていく。
―――これでいい。
これで、巻き込まずに済む。
「魔術の触媒は新たな肉体の一部である」とよく表現されるが、だからこそ分かるのだ―――自分用にチューンされた触媒、それを用いた魔術がどれほどの規模になるのかというのが、本能的に予測できるし理解できる。
スペック通りならば、今の俺の魔術は―――!
姿勢を低くし、息を吐いた。
背面に二層の磁界を形成―――双方ともS極に。
次の瞬間だった。
ヂッ、と微かにスパークが散るような音が聞こえたかと思いきや、身体が凄まじい速度で前方へと押し出されたのだ。周囲で吹き上がる火柱の周囲を縫い、一気にシャーロットへ肉薄していく。
彼女の目を見た―――シャーロットはまだ、さっきまで俺が居た場所を凝視している。
俺の動きを、目で追えていない。
これぞ磁力魔術の新たな可能性だ。
磁界の反発を用いて肉体を急速に任意の方向へと撃ち出す、さながら人力リニアカタパルト。
魔術の教本にも記載されていない、俺だけの魔術―――名付けて、創作魔術『雷歩』。
勢いを乗せ、空中で一回転しながら剣槍を前方へと突き出す。
穂先がシャーロットの華奢な身体を、易々と貫いた。外殻の防御どころか、俺の姿すら捕捉できていない彼女に防御する術などあろうはずもない。攻撃を受けてやっと、彼女は俺の姿に気付いた。
だがもう遅い。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
その勢いのまま、彼女を操車場の車庫の壁へと叩きつけた。それでも全く衰える気配を見せない運動エネルギーはついに車庫の壁すらぶち抜いて、停車していた貨物車両を3両ほどぶち抜き―――回転台の上に放置されていた蒸気機関車の残骸にぶち当たって、ようやっと止まる。
「が……ぁ……ば、馬鹿……な……っ!?」
「本気を出せよ、三下」
驚愕する彼女を至近距離で見つめながら、俺は言った。
「さもなきゃ獣に喰われちまうぞ」
おまけ
ミカエル「本気を出せよ、三下」
シャーロット「が……ぁ……ば、馬鹿……な……っ!?」
ミカエル「さもなきゃ獣に喰われちまうぞ」
クラリス「バッチコイですわァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
ミカ&シャ「」
完
ミカエルの剣槍(未完成)
テンプル騎士団から接収した人工賢者の石と、討伐したゾンビズメイの素材を用いてパヴェルが製造したミカエル専用の触媒。今までは剣や杖の形態をとっていたものから一転、大剣とも大槍ともとれる独特な形状をした大型の武器と化した。全長2m。
サイズの割に非常に軽く、しかし堅牢で穂先は鋭利。長大な柄は伸縮式で、縮めた状態では大剣としても振るう事が出来る。
未だ未完成であり性能は未知数だが、魔力損失0%の賢者の石とゾンビズメイの素材を用いている事から、その性能は従来の触媒からは大きく隔絶したものであると思われる。




