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感電注意!


 意外と、ハーピーの卵は冬が狙い目だったりする。


 というのも、ハーピーは冬眠シーズンになると卵を産み、冬眠しながらそれを温めるという習性があるのだ。春になれば卵も孵化して雛が生まれ、雪解けと共に活動を始めた他の動物や魔物を餌としてすくすくと成長、短い夏の終わりごろには巣立ちとなる。


 だから卵を狙うのであれば、温めている最中の冬場が狙い目。春に取りに行っても良いが、時期をミスるとハーピーの卵でバロットを食べる羽目になる。鳥の卵であればまだいい、食べ物を食べているという感じがする。だがハーピーの卵は……鳥の翼と脚を持つ人間の女性みたいな姿の魔物、それの雛を食べるというのは随分とまあ、人肉食カニバリズムの香りがする。


 一応、卵だけじゃなくハーピーそのものも食用の肉として調理する地域もあるのだそうだ。イライナの北西に広がるベラシア地方、その最西端の辺りでは魔物を積極的に食べる文化があると聞く。ゴブリンもラミアも、そしてハーピーさえも例外ではなく、人間に似た姿の魔物が調理され、変わり果てた姿で食卓に並ぶ事など当たり前。なかなかの魔境である。


 俺は遠慮したいな、などと思いながらガリヴの岩山の洞窟を進んでいく。壁面は積み上げられた岩石と氷ですっかり補強され、簡単には突き崩せない天然の要塞と化していた。ここを崩落させたいならC4爆薬を5ダースくらいは用意しなければならないだろう。あるいは空爆でも要請してみるか。


 とりあえず何が言いたいかと言うと、氷が岩山を補強してくれているおかげでちょっとやそっとじゃ崩落の危険はない、という事だ。アサルトライフルの流れ弾に手榴弾、その程度で生き埋めになる心配はない。


 空気の流れが変わり、息を呑む。洞窟の最深部が近いのだろう。外から現在進行形で流れ込んでくるフレッシュで冷たい空気が、顔の表面の皮膚をひんやりと突き刺していく。


 白い息を吐きながら、そっと最深部の広間を覗き込んだ。


 透き通った氷と白い岩石のコントラスト。不規則な形状の岩石が織りなす大聖堂を氷が補強し、天井に空いた穴から差し込む日の光を受けて氷が輝くその光景は、まさに氷の幻想そのものだ。


 それほど美しいと思える場所だからこそ、異形の存在がそこを根城にしていれば目立ちもする。


 その”氷の大聖堂”のど真ん中に、凍てついた藁が敷き詰められていた。おそらく近隣の村を襲った際に家畜用の藁を持ってきて作ったのだろう。緩やかな円環を成し、丸みを帯びた藁の塊。大人の人間がベッド代わりに使ってもなおスペースが空いてしまうほどのサイズのそれには大きな卵が並べられていて―――それを抱きしめるかのような姿勢で、人間の女性が眠りについている。


 いや、違う。


 それが人間の女性ではない事は、一目瞭然だった。


 鳥のような翼があるからだとか、足の形状が人間のものではなく鳥類のそれだとか、そういう外見的特徴以前の問題だ。


「……なんか、でかくね?」


 ―――そう、卵を抱きしめながら眠る女性のサイズが、一般的な女性よりも遥かに巨大なのである。


 遠近法のせいだとか、周囲にある物体との対比でそう見えるだけなのではないかと自分の目を最初に疑ったが、どうやら視力がバグったわけではないらしい。その藁の塊の中で眠る女性―――ハーピーは、マジでデカいのだ。


 一般的なハーピーの身長は、個体差もあるが概ね150から160㎝代。地域によってはそれ以上のサイズの個体も確認されたという事例が散発的にあるが、この辺が平均値と見て良いだろう。いずれも人間の女性基準を逸脱しない程度のサイズである。


 しかしそこで眠りにつくハーピーはというと、目測だが余裕で3mくらいはありそうなのだ。


 嘘だろ、と呟いた。だってクラリスですら183㎝である。なのにそこに居るハーピーはクラリスのおよそ2倍、つまり2クラリスである。クラリスの2倍くらいデカく、2倍くらいおっぱいが……あ、いや、おっぱいはそんなじゃねーわ。やーいやーい貧乳貧乳ー。


「あれってもしかして、”エルダーハーピー”じゃないでしょうね?」


「もしかしなくてもエルダーハーピーだな」


 いわゆる”エルダー個体”というやつだ。


 ゴブリンの中にも、年齢を重ねることで肉体的にも精神的にも成熟し、他の若い個体よりも比較的高い知能を獲得するに至った”エルダーゴブリン”という個体が存在する。それはゴブリンだけの話ではなく、他の魔物にも共通する特徴である。


 だからエルダーラミアだって居るし、目の前にいる通りエルダーハーピーもまた存在する。


 年齢を重ねた魔物はとにかく危険だ。肉体は成熟し知能も向上、他の通常個体を統率するリーダーシップまで発揮している場合があるが、獣人たちにとって面倒なのは、こういうエルダー個体はほぼ確実に『人肉の味を覚えている』という事だ。


 獣人たちの生活圏とラップしないような山奥で暮らしている魔物であれば、別に知能が高かろうが肉体が成熟していようがどうでもいい。俺たち獣人に害を成さないのであれば別に好きに生きてくれ、という感じである。


 しかし人肉の味を覚え、獣人を”餌”と認識してしまっている個体は別だ。どんな手段を使っても排除しなければならない。


 言語もなく、人語を理解する知能も無い魔物に意思の疎通は不可能。故に人類と魔物との間では”殺すか殺されるか”というルール以外には何もない。条約も、法律も、暗黙の了解もクソも無いのだ。


 エルダー個体に限って、人肉の味を覚えている―――これが何を意味するか、言わなくても分かるだろ?


《エルダー個体……面倒だな。雪解けのシーズンになったらザリンツィクが危険だ》


「どうするよ」


 AK-19のセレクターレバーがフルオートに入っているか確認し、パヴェルに問いかけた。あくまでも目的はハーピーの卵の回収―――夕飯の食材でも買いに来たかのような軽いノリで引き受けた依頼だが、こりゃあ話が変わってきそうだ。


《よし、ついでだ。エルダーハーピーをぶっ倒して卵を全部いただけ》


「無茶言うなぁ」


《管理局には報酬の上乗せを打診してみよう。情報に無いエルダーハーピーとの遭遇エンカウントだ、ちょっとくらいサービスしてくれるだろ》


「お金増えるの!? よーし、とっととアイツぶっ倒すわよ!」


「お金が絡むと元気になりますわねぇ……」


 ちょっと呆れるクラリスだったが、報酬の上乗せというのは魅力的な話だ。将来的な脅威を摘み取る事で、ザリンツィク側にも色々と恩を着せられるというのも大きい。


 そうと決まれば、やる事は一つ。


「モニカ、やれ」


「了解!」


 先手必勝!


 傍らにあった壁面から突き出た岩にHK13のハンドガードを乗せ、モニカが依託射撃で戦闘の火蓋を切った。


 エルダー個体とはいえ、成長して年齢を重ね、身体がデカくなっただけのハーピー。防御力にはそれほど違いは無い……とは、侮らない。身体のサイズが大きいという事はそれだけ質量が増大しているという事で、増大した重量を支えるためにその骨格はより強靭に発達するのが当たり前。デカいだけ、と侮ってはならない。


 それが分かっていたからこそ、こっちも素早い対応が出来た。


 モニカのHK13による5.56mm弾の掃射を浴び、卵を抱いたまま眠っていたエルダーハーピーが胸板から血を流しながら飛び起きる。5.56mmNATO弾、現在のアサルトライフルの主流となっている弾薬は十分な威力があるが、それは人間相手の話。猛獣が相手となると、さすがに威力不足が露呈してくる。


 その相手が魔物ともなれば、なおさらだ。


「うぇ、あんまり効いてない!?」


 ガガガガ、と5.56mm弾でエルダーハーピーに絶え間ない銃撃を叩き込みながら、モニカが驚愕した。


 彼女の攻撃は確かに命中している。その証拠に、およそ3mの巨体が被弾の度に痙攣し、胸板を中心に紅い血飛沫が噴き上がっている。5.56mm弾は確実に命中しているが、いまひとつ決め手に欠ける―――そんなところか。


 そろそろランチャー系の武器の扱いも覚えておいた方が良いよなあ、と思いながら、俺とクラリスはエルダーハーピーを左右から挟撃するように散開。モニカの弾幕の切れ目をカバーするように、銃撃を開始する。


 胴体を撃っても無駄だ。狙うべきは頭である。いくら強靭な骨格を持っているとはいえ、頭を潰されれば死ぬのは人間と共通の筈だ。


 クラリスも同じ考えに至ったようで、銃口を上に向けて射撃を開始。シュカカカッ、とサプレッサーで銃声を軽減された空気の漏れるような音が響き、数発の5.56mm弾がエルダーハーピーの側頭部を捉える。


 やったか、と思ったが、そんなことは無かった。確かに被弾した瞬間に頭を揺らし、ダメージを受けたかのような素振りを見せたエルダーハーピーだったが、命中した部位を見て俺は息を呑む。


 確かに血は出ていた。肉も見えていた。人間の女性に限りなく近い側頭部―――というよりはこめかみの辺りに傷が刻まれたのを確かに見た。しかし弾丸が与えた損害はどうやらそれだけのようで、皮膚と肉を浅く穿つのが精一杯のようだった。


 まさかとは思うが、頭蓋骨で止められたのか……?


 信じられんという思いもあるが、頭の片隅では納得もしていた。身長3mの巨体に筋肉がみっちり詰まっていれば、それを支える骨格も必然的に頑強なものとならざるを得ない。重い筋肉を支え、身体の動作に支障がないレベルの骨格ともなれば、その耐久性はちょっとした装甲にも比肩すると考えて然るべきだろう。


 5.56mm弾では威力不足―――これはあくまでも人間を殺すための弾丸だ。大型の猛獣相手に撃つ弾丸ではない。


「!」


 ぶわり、と強烈な風圧が巣の中で荒れ狂う。エルダーハーピーが巨大な翼を広げ、空中へと舞い上がったのだ。クラリスは何事もなかったかのように踏ん張っているが、体重が軽く体格もミニマムサイズなミカエル君は体勢を崩し、尻餅をついてしまう。


「あ―――」


『キィィィィィィィィィィィ!!』


 雄叫びを上げ、両足の鋭い爪を広げて急降下してくるエルダーハーピー。クラリスよりも、未だに執拗な攻撃を続けてくるモニカよりも確実に仕留められる相手―――それはミカエル君だと判断したらしい。


 こんにゃろ、よりにもよってキュートなミカちゃんを真っ先に狙うとは。良い趣味してるじゃねえかお母さん!?


「ご主人様!」


「ミカ!!」


「―――ッ!」


 歯を食い縛り、イリヤーの時計に時間停止命令を送る。唐突に世界の全てがぴたりと静止し、静かになった。エルダーハーピーの喧しい鳴き声も、急降下してくる巨体が風を切る音も、そして窮地に陥ったミカちゃんを案じる仲間の声も―――ほんの1秒の間だけ、全てが静止する。


 それをぼんやりと過ごす俺ではない。とにかくすぐに起き上がり、急降下してくるエルダーハーピーの真下を潜る形でスライディング。左の太腿からお尻にかけて冷たい感触が滑っていったと思った直後、時間停止が解け―――世界は、再び動き出す。


 ズンッ、と重々しい物体が落下してくる音が背後から聞こえ、背筋にとんでもなく冷たい感触が走った。危なかった、もし咄嗟に回避していなかったら今頃あの爪で……。


 振り向くと、やっぱりエルダーハーピーの爪が地面にぐっさり突き刺さっていた。ショートソードみたいなサイズの爪が、岩石と氷でできた硬い地面に深々と刺さっているのである。人体なんぞ障害とすらなり得ないだろう。


 とはいえ、あんなに深く刺さったら抜くのも苦労するようで、エルダーハーピーは随分と脚を引っこ抜くのに難儀しているようだった。


「チャンス!」


 AK-19のハンドストップから左手を放し、指先を地面に這わせた。まるでアンダースローでボールを投げるようなモーションで左手を振り上げつつ、雷属性の魔力を本気で放出する。


 雷属性魔術”雷爪”。久々の出番である。


 5つの雷の斬撃が扇状にバラけながら、エルダーハーピーへと向かって直進。完全に拡散するかどうかという際どいタイミングで斬撃がハーピーの足を直撃し、バヂンッ、と破裂するようなスパークの音が洞窟の中を震わせる。


『ギィィィィィィィィ!!』


 今のは効いた。


 ボンッ、と岩盤ごと左足を強引に持ち上げ、怒り狂ったようにこっちを振り向くエルダーハーピー。顔まで人間の女性にそっくりだからなのか、ずいぶんと表情豊かに見える。今の彼女はまるで、最愛の夫の浮気が発覚し、これから現場に踏み込んで修羅場に発展させようとしているような……まあ、男女の愛の闇が形になったような、そんな顔をしている。


 人間だったら規制ピー音必須の罵倒でも飛んでくるんだろうなと思っていると、唐突にその右目が弾けた。


『ギッ―――!』


「うわ」


「―――頭蓋骨が弾丸を阻むというのなら、こうすれば良いのです」


 QBZ-97のセミオート射撃でエルダーハーピーの眼球を撃ち抜いたクラリスが、ゾッとするような声で確かにそう言った。弾丸は堅牢な頭蓋骨に阻まれる。ならば頭蓋骨に守られておらず、顔の表面から露出している部位―――すなわち眼球を狙い撃ちにしてしまえばよいのだ、と。


 視界も奪えるし、深く貫通すれば脳を損傷させる事すら可能な、しかし動き回る相手の眼球を狙い撃つという高難易度の射撃を平然と成功させるクラリス。彼女の戦闘力の高さには脱帽だ……いったいそんな技術をどこで身に着けたというのか。


 しかし、攻撃はそれだけでは終わらない。


 大気中の魔力が大きくうねる。力を失い残りカスとなった大気中の魔力を攪拌するかのように、高濃度の、それでいて波形の安定した魔力の塊が捻じ込まれたのを、俺は風の流れを頼りに感じ取っていた。


 透き通った巨大な雫―――球体状に形成された水の塊が、砲弾みたいな速度でハーピーの背中を派手に濡らす。


「ちょっと、このあたしを無視してもらっちゃ困るわよ!」


「モニカ!」


 分隊支援火器による射撃を中断し、魔術による攻撃にシフトしたモニカ。高速で飛来した水の塊による殴打は確かにダメージを与えただろうが、彼女の狙いはそれではないだろう。


 ちょっとした軽自動車みたいなサイズの水の塊が命中し、収束を解除された水がエルダーハーピーの羽を盛大に濡らす。まるでプールにでもダイブした後のような濡れっぷりだった。あれだけ羽を濡らされれば飛べないか、良くても飛行に大きな支障が出る。


 しかし、それすら副産物だろう。モニカの本当の狙い―――このタイミングで水属性の魔術を放つ事には、別の目的がある。


「あたし、電気には詳しくないって言ったけど―――”濡れた状態では感電注意”って事くらいは知ってるのよ!」


 そういう事だ。


 お膳立てありがとう、モニカ。


 AK-19をぶっ放しながらダッシュ、攻撃を命中させたモニカにエルダーハーピーの注意が向かないよう、奴の意識をこっちに釘付けにする。


 知ってるか、人間って下手したら1Aでも電流が流れたら死に至るのだ。


 さて、ここでちょっと思い出してほしい。キュートでバチバチなミカエル君がリーネで機能停止に追い込んだ戦闘人形オートマタ、あれの定格電流は果たして何Aだったでしょうか?


 そう、28A。それをトリップさせ機能停止に追い込めるのだから、少なくともミカエル君は28A以上の電流を発する事ができるという事です。


 ではそれを、びっしょびしょに、それこそ女の子だったら上着が透けて見えるレベルで濡れている魔物に全力でぶっ放したらどうなるでしょう?


 濡れた翼を振るい、薙ぎ払おうとするエルダーハーピー。しかしその肩口にクラリスの放った5.56mm弾が吸い込まれ、攻撃は途中で中断される。


 凍り付いた地面を蹴って大きくジャンプ。左手を全力で伸ばし―――随分と大きな、人間の女性にそっくりなエルダーハーピーの眉間を鷲掴みにする。


「―――バチバチしちゃうゾ☆」


 ウインクしながら宣言し、全力で魔力を放射した。


 銃声にも似た破裂音と、エルダーハーピーの巨体を焼き尽くす蒼い電撃たち。やがて羽が燃え、肉が焦げるような悪臭が漂い始め、エルダーハーピーの身体中の筋肉が硬直し、収縮していって―――。


 着地して顔を上げると、ぐらり、とエルダーハーピーの巨体が揺れた。残った片目は白目を剥き、身体中から白い煙を発する巨大な魔物が仰向けに崩れ落ち、洞窟の中を鳴動させた。天井で凍てついた巨大なつららがいくつか落下し、パキンッ、と小さな音を奏でる。


「やった……の……?」


「さすがはご主人様ですわ」


「……みんなのおかげだよ」


 俺1人の手柄じゃあない。


 クラリスとモニカの援護があったからこそ、だ。俺はただ美味しいところを持っていっただけ―――むしろ申し訳ない気持ちになる。


《ナイスなチームプレイだった、いいぞ。さあ、後は卵を持って帰るだけだ》


「ああ」


 今の戦闘で、卵は1つも割れていない。


 繁殖されても困るし……9個と言わず、全部持って帰ろう。


 こりゃあしばらくは卵料理だな!



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