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リベンジマッチ in 操車場


 以前とは違う、という事はすぐに分かった。


 ボクと最初に戦った時、ミカエルは本気を出したボクに対して恐怖を抱いていた。真っ向から戦ってはならない、と本能でその力の差を察していたのだと思う。


 けれども、今はどうか。


 あの時、最終的に戦車砲に吹き飛ばされこそしたものの、あれだけ力の差を見せつけてやったというのに―――ボクの頭の中に流れ込んでくるミカエルの思考には、そういった恐怖が全くと言っていいほど混じっていない。


 ただ静かに弱点と隙を探り、慎重に間合いを推し量りながら反転攻勢に転じる機会を虎視眈々と狙っているような、さながら戦い慣れした戦士のような空気が漂っている。


 面白い……そうでなくてはつまらない。


 せっかくの再戦なのだ。ボクはパワーアップしたミカエルと戦いたい。そして全力を総動員した戦いの末に撃ち破り、あのバチクソに生意気なドチャクソ害獣を完全に屈服させたい。ボクの尊厳を踏み躙ったのだから、決して楽には死なせてやるものか。


 心を折り、それから苦痛を与えて殺してやる。自ら死を懇願する無様な姿を晒すのが楽しみだよ、と嗜虐的な事を考えていると、流れてくる彼の思考に変化が生じた。


 まるで電波の受信がぴたりと止まったかのように、何の思考も流れてこなくなる。


 なるほど、何も考えなくなったか。


 ボクには他人の思考を読み取る特殊な能力がある。オリジナルにはない要素をてんこ盛りにした結果、これ以上ないほど盛大に爆死し歴史に汚名を残す事となったホムンクルス兵、そのフライト138。総生産数3485体、その中で何の障害もなく期待通りにスペックを発揮したのは実に僅か12%に留まる。


 ボクは残念ながら88%のエラー個体……生まれながらにあらゆる生涯を抱えてきた。


 まあ、そんな事はどうでもいい。ボクにはこの能力と頭脳、それから戦闘用に調整したハイエンドモデルの機械の身体がある。


 思考を読み取る能力があるという事はミカエルも把握しているのだ。だからこちらに考えている事を悟られぬよう、頭では何も考えないようにしたのだろう。


 あんな弱者にそんな武術の達人じみた芸当ができる事に驚くが、しかし有効な作戦だ。これでボクに手の内を明かさずに済む……が、しかしその状態で満足に戦えるのだろうか?


 今のミカエルには、魔術の触媒すらないというのに。


 早く出て来い、と炙り出すようにRPK-16を連射した。背中から生えた触手―――テンプル騎士団製、新型サブアームユニット『テンタクルMk-2』のマニピュレータがマウントする合計12丁ものRPK-16のフルオート射撃。5.45mm弾の集中豪雨が、大破し擱座した装甲列車の警戒車、その砲塔を打ち据える。


 これだけの銃撃に晒されてもなお、ミカエルの思考には何も変化は―――。


【アイツ胸小っさいな】


「……は?」


 戦闘中……それも銃撃を受けている状態だというのに、何かの聞き間違いかと思ってしまうほど場違いな思考が頭の中に流れてくる。


 誰か別の人の思考を拾ってしまったかな、と戸惑ったが、しかしどこからどう見てもそれはミカエルの思考だった。アイツこんな時に何を考えているんだろうか。


 アイツって、アレか。まさかこのボクの事か。


「……」


 ちらりと自分の胸を見下ろした。


 首から下は機械の身体だから、そこにあるのは自前の胸ではない。戦闘に関係のない機能を思い切って削った、無駄のない機械の身体がそこにある。


 もちろんバストも無駄な要素として削りに削った。だってあんな脂肪の塊、邪魔ではないか。ちょっと動く度にブルンブルン揺れるし、大きいと肩が凝るらしいし、何よりチェストリグとかボディアーマーとか、そういう装備品を身に着ける際の邪魔になる。


 だから胸は小さい方がいい。別に後悔はない………………後悔はない。


【やっぱりエロ同人みたいにえっちな機能に特化した身体とかあるんだろうか】


「ないよそんなの」


【またまたぁー? そう言いながらひっそり造ってたりするんじゃあないのォ~?】


「人を変態みたいに言わないでくれるかな?」


「え、俺何も言ってないんですけど?」


 予想外の反論に言葉を詰まらせている間に、ミカエルが砲塔の陰から飛び出した。


 AK-19(AK-12の5.56mm弾モデルだ)を構え、ドットサイトを覗き込みながらのセミオート射撃。基本に忠実な、教科書通りのお手本のような射撃が飛来するが、しかしそれにテンタクルMk-2にマウントされたRPK-16たちがすぐに反応。飛来する5.56mm弾を、アクティブ防御システムの如く5.54mm弾のセミオート射撃で迎撃、相殺する。


「勝手に1人で変な想像するのやめてくれます?」


「……は?」


「俺そういういやらしい人嫌いなんですけど???」


 ……は、腹立つねアイツ。


 確かにそうだ、アイツは()()()()()。思考でこそ考えたけれどもミカエルは()()()()()


 あくまでも、ボクが相手の思考を読んだだけであって、それを立証できるものは何もない。だから大多数の人間からすれば、ボクが勝手に変な想像をして独り言を言っているだけという、何が何だかわからない構図になってしまう……。


「はぁー……」


 溜息をついた。


 まったく……ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ、お前という奴は。








「―――心の底からムカつくねェ」








 大きく跳躍した。


 脚部に搭載した人工筋肉と、それが生み出すパワーに耐えうるだけの人工骨格の強度―――それらがあってこその、ホムンクルス兵の限界を超えた跳躍にミカエルが驚いているのが分かる。


 咄嗟に銃口を上へと向け、無意味な迎撃を試みるミカエル。でも、彼がどれだけ銃弾を放っても、その5.56mm弾がボクに届く事はない。着弾するよりも前にテンタクルMk-2のマウントしているRPK-16が迎撃し、そのことごとくを相殺してしまうからだ。


 そのままくるりと縦回転しつつ、両足に内蔵したブレードを展開する。


 ジャキンッ、と金属音を発しながら、黒塗りで艶の無い剣身が露になった。


 慌てて後ろへとバックジャンプして回避を試みるミカエルへ、ブレードを展開したまま直上から急降下―――。


【あ、パンツ見えてる】


「……は?」


 こんな時に何を見て……!?


 アイツの思考に考えを乱されている間に、いつの間にかミカエルの姿はいなくなっていた。


 ぎょっとしている間にそのまま地面へと急降下、地面に敷設されていた錆だらけのレールを枕木諸共寸断して、地面にそれなりのサイズのクレーターを穿つ。


 レールの千切れる金属音と砲弾が落下したような轟音、舞い上がる土煙。


 五感が著しく制限される中、唐突に左から何かが突っ込んでくる気配がして、ボクはぎょっとしながらRPK-16をそちらへと向けた。


【今だ、反撃のチャンス!】


 馬鹿め。


 好機と見て焦ったか―――思考が駄々洩れだ!


 隙を晒したのはお前の方だ、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ!







「―――はぇ?」







 ごう、と土煙に穴を穿って飛来したのは、人間ですらなかった。


 それは錆び付き、強度も大きく劣化した線路―――それを構成する、錆色のレールだったのである。


 しまった、デコイか!


 という事は本物は反対側から……!


「ッ!」


 ドンッ、と空気の焦げる臭いを纏いながら、やはり背後からミカエルが突っ込んでくる。


 おそらくあのレールは磁力魔術で引き寄せたものだ。雷属性、その中でも磁力特性を持つ系統の魔術は、金属製の身体を持つ機械系の敵や周囲にスクラップの類が置いてある環境において真価を発揮する。


 触媒が無く、魔術が大きく弱体化している状況とはいえ、レールの切れ端程度を引き寄せてデコイに使う程度は造作もない、という事か。


 なるほど、確かに雷獣ライジュウ異名付き(ネームド)。触媒を失ったところで、手元にある武器だけで何とかしようというその創意工夫、そして力の差を前にしても揺らがない士気には敬服するよ。


 だが―――それがどうした?


 ボクの能力を把握し、冷静に対処できるようになったところで―――力関係が逆転した訳でもあるまいに!


 にぃ、と勝利を確信しながら左足を上段に振るった。斜め下からの、摺り上げるような軌道で放った上段回し蹴り。しかもブレード展開済みだから、喰らえば間違いなくミカエルの首から上がすっ飛ぶ。


 苦しんで殺してやると思っていたが―――残念だよ、楽に死なせる結果になるのは。


 けれどもその笑みも、ぐい、と左足を下から持ち上げられるような感触にすぐ曇る事となった。


「―――」


 磁界だ。


 ミカエルの奴、この反撃を見越して首から上の空間に磁界を展開していたのだ。


 強力な磁石同士の反発の如く、必中を確信して放った蹴りがミカエルの頭の上を滑るように空振りしていく。左足に伝わるのは、空気を切り裂くただただ虚しい手応えだけだった。


「この―――!」


 RPK-16を向けようとしたけれど、そうなる前にがくん、と身体が大きく揺れた。


 視界の先にあのクッソ憎たらしい害獣ハクビシンの獣人の顔ではなく、夜空に広がる星空が映る。


 何が起きたのか―――それは背中に打ち付けられる地面の感触で把握した。


 転倒したのだ。いや、違う。転倒()()()()()のだ。


 左の上段蹴りを放つために地面に残した右足を、足払いで綺麗に()()()()()()


 ―――失念していた。


 ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフという冒険者の中身が転生者である事を。


 そしてその中身が、転生前に格闘技を―――空手を習っていた、という事を。


 無論それだけでは大した武器にはならない。身を守るための武術では、相手を殺すための身体破壊に重点を置いた軍隊格闘を相手にするには役不足だからだ。


 しかし―――格闘技の経験があるという事は、つまり。


 ―――()()()()()()()()()()()()()()()という事。


 そして下地が出来ているという事は、如何様にも派生させることが可能、という事だ。


 このボクが―――こんな、こんな害獣に……!?


「―――人を舐めるからだ」


 もちろん、ボクを転倒させた程度でミカエルの攻撃は終わらない。


 何とかして起き上がろうと力を込めるよりも先に―――ハクビシンの肉球が、眼前に迫っていたのだ。


「この―――」





「―――シリアスとギャグの温度差でヒートショック起こして氏ねェェェェェェェェェ!!!」





「ぎゃぷ!?」


 腰を落とし、肩を捻り、体重を乗せ―――そして命中する瞬間に力を込め、相手の肉体に衝撃を伝える。全身を使って放つ格闘家特有の一撃、それも見事なジャコウネコパンチがボクの顔面を直撃。まるでただ殴られただけではなく、頭の内側から金槌で乱打されるような激しい痛みに意識が飛びそうになる。


 違う、衝撃だ。


 凄まじい衝撃が、頭の中で……?


「チィッ!!!」


 歯を食いしばり、悲鳴を上げる身体を無理矢理動かした。


 直後、一瞬前まで頭が軽くめり込んでいた地面に9×19mm弾がめり込み、小さな風穴を穿った。ミカエルを振り向くまでもない、グロックか何かの拳銃による銃撃だ。ジャコウネコパンチ(というか掌底だよねアレ冷静に考えて)で動きを止めてから確実に殺しに来たか。


 なるほど、侮るのは確かに危険だ。


 RPK-16で弾幕を張りながら一旦距離を取り、ミカエルを睨む。


 やはり身体能力の差なのか、彼の口は開いていた。


 鼻ではなく、口で呼吸をしている。


 つまりは息が上がっているという事。


 ボクの動きについてくるのですら、長続きはしないという事だ。


 なるほど……ならば長期戦になればなるほど、こっちが有利になる。


 ならば嬲り殺しにしてやろう。その方が、アイツも苦しむだろうから。


















 なーんて事考えてるんだろうな、と思いながら牽制目的でグロック17Lを射撃、跳躍して銃撃で反撃してくるシャーロットから身を隠し、廃棄された貨物車両の陰にスライディングで滑り込む。


 ガンガンとかパチンとか、貨物車両を打ち据える音に周囲の地面で銃弾が弾ける音が恐怖を煽るが、なんか最近こういう音にも慣れてきた。なんだかんだでミカエル君、敵から命を狙われ過ぎているのでその、変な言い方になるが逆境に慣れてしまったのかもしれない。


 さてさてどうするか、と武器をAK-19に持ち替えながら呼吸を整え少し考える。


 とりあえずパヴェルの部屋にあった薄い本や成人向け雑誌の内容、その中でも特にアブノーマルな性癖を思い浮かべつつシャーロットに反撃。しかし弾丸は命中するよりも先に、あのアクティブ防御システムみたいに作用する触手と、それが保持しているRPK-16に迎撃されてしまう。


 参ったなとは思うが、しかし。


「?」


 頭の中でちょっとその、あまりメジャーではないというか、普通の成人向け雑誌とかエロ同人ではまずお目にかからないような特殊な性癖(※俺のじゃないよパヴェルの薄い本にあったやつだからね)を思い浮かべていると、シャーロットの表情がなんというか、あの他人を見下す俺の一番嫌いなタイプの人間の表情ではなく、未知の性癖にただただ圧倒されるだけの狼狽しているような表情になってなんか楽しい。


 それはそうと、俺アイツの弱点分かったかもしれない。


 もちろん触媒ナシ、魔術ナシという縛り状態で勝てるほど優しい相手ではないが……まあ、一発キツいの喰らわすくらいはできるだろう。


 分かったぞ、シャーロットの弱点が。



 

サブアームユニット『テンタクルMk-2』


 テンプル騎士団が製造したサブアームユニット。身体を機械化した兵士向けの装備品であり、神経を接続する事で背中から生えた腕のように器用に動かす事が可能となり、従来のサブアームユニットよりも精密かつ器用な動きが可能となった。設計に際してはタコやイカなどの触手の構造や動きなどを参考にしたとされている。

 前身となるのは同じくサブアームユニット『テンタクル』。こちらは前作(異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる)にて一時的に力也が使用、敵兵の肉体に特殊な針を撃ち込んで神経や電気信号をジャック、対象の肉体を操るという特殊な用途に使用していた。テンタクルMk-2の開発に当たり、この身体ジャック機能はコスト高騰と製造の不安定さからオミットされ、腕としての機能強化にリソースを割り振った形となる。

 原型となったテンタクルはフィオナ博士が、Mk-2への改良はシャーロットが行った。



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― 新着の感想 ―
[良い点] シャーロットの手口ってなまじ有効なだけに、それを止めることが出来ず、寧ろ判断力を低下させちゃってますねえ。何より嬲って痛めつけて屈服させると、余計なことまで考えてるので…多分カーネルが目に…
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