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竜人激突


 ごう、と空気を引き裂いて、錆び付いた貨車が宙を舞った。


 この路線が廃線になる前は貨物を山ほど積載し、帝国の流通の一翼を担っていたであろう古びた貨車。もちろん宙を舞う事など微塵も想定されていないそれが、クラリスの腕力によって投擲されたものであると言われて信じる人間は何人いるだろうか。


 常識では考えられない光景に、しかし対するシェリルも臆さず前に出る。


 姿勢を低くしてスライディング。直後、頭上すれすれを投擲された貨車が掠め、ヂッ、と微かに彼女の頭の角と接触して火花を散らした。


 ごしゃあっ、と金属がひしゃげ、へし折れる耳障りな轟音を背に、今度はこちらの番だとばかりに銃剣付きのAK-12を構える。PK-120の紅いレティクルの中心にクラリスの頭を捕え、引き金を引いた。


 テンプル騎士団のホムンクルス兵は総じて戦闘力が高く、実戦経験も豊富であり練度も申し分ない。部隊にもよるが、ただの一般部隊の兵士であってもコマンド部隊クラスの実力を発揮する事も珍しくなく、まさに彼女らの世界において”世界最強の軍隊”を名乗る所以となっている。


 シェリルも例外ではなかった。


 彼女は訓練段階から、徹底的に標的の頭を狙う訓練を受けていた。中距離だろうと、相手が動いている状況だろうと、アサルトライフルの射程距離内であれば百発百中だという自負もある。


 通常、軍隊では敵の胴体を狙うように教育される事の方が多い。小さく、揺れるが故に狙いにくい頭に1発叩き込む難易度の高い射撃よりも、大きく狙いやすい胴体に数発叩き込んで相手を黙らせる方が簡単だし、より確実であるからだ。


 しかし、テンプル騎士団は違う。


 敵を生け捕りにする必要はなく、皆殺しにする方が当たり前のテンプル騎士団。故に「相手を確実に殺す」ための教育を受けるのは当然であり、兵卒であっても的確かつ素早いヘッドショットの訓練を受けるのだ。そしてそれで合格点を出すまで訓練課程の修了は許されず、多くの兵士がふるいにかけられる。


 故に彼らの世界の軍事関係者は皆、口をそろえてこう言う。


 『テンプル騎士団に弱者なく、彼ら以上の強者なし』と。


 最新のフライト140に属するシェリルもまた、優秀な兵士の1人だった。


 シャーロットのような()()()を生み出してしまった反省として、技術的冒険はせず、堅実な設計として生み出したホムンクルス兵のフライト139。そこから更に細かい部分を再調整し、より戦闘に最適化させた最新ロットのフライト140、その最新型ホムンクルス兵の1人として生み出された事に誇りも感じているし、最高の訓練を受け力をつけたという自負もある。


 だから負ける筈などなく、壁など生じる筈もない。


 ―――しかし、『上には上がいる』とはよく言ったものである。


「!」


 必中を期して放った、5.45mm弾のヘッドショット。


 距離にして30m未満の至近距離。いくら相手が激しく動いているとはいえ外しようのない距離だった。


 事実、彼女の放った弾丸は命中した。クラリスの頭部、左側のこめかみを右斜め後方へと抜けていく角度で命中した一発の弾丸。常人であれば頭蓋骨を叩き割られ、タンブリングを引き起こした弾丸によって脳をズタズタに引き裂かれるという無残極まりない死を遂げる筈だった。


 しかしシェリルの耳に聞こえてきたのは、ガギュンッ、ととても被弾した生物が発する事のない、まるで装甲車を銃撃したかのような跳弾の音だった。


 5.45mm弾は確かに命中した―――しかしその弾頭が彼女のこめかみを撃ち抜くよりも早く、彼女の柔肌は蒼い外殻によって防護され、事なきを得ていたのである。


 ホムンクルス兵の外殻。


 ホムンクルス兵の原型オリジナルとなったテンプル騎士団初代団長、『タクヤ・ハヤカワ』の種族は人間でありながら竜の遺伝子を併せ持つ新人類、【キメラ】であった。その能力をそのままに複製コピーしたのが今のホムンクルス兵たちであり、彼と同じ能力を自由に扱う事が出来るのである。


 高い身体能力も、そして肉体を自在に硬化させ攻撃を弾く能力も、原形オリジナル譲りの能力というわけだ。


 特に外殻の防御力は凄まじく、条件次第では重機関銃や機関砲の近接射撃にも耐えるほどだ。モース硬度換算では推定14~15とされており、外殻諸共撃ち抜くのであれば戦車砲か、それこそ対戦車兵器の類を直撃させることが求められる。


 戦車並みの防御力と歩兵の機動力、そしてトラックや貨車すら投げ飛ばすほどの怪力―――ホムンクルス兵やキメラの兵士たちが『人間サイズの戦車』と呼ばれる所以である。


 そしてその『人間サイズの戦車』同士の激突というのもまた、前代未聞であった。


 銃撃は命中する。が、クラリスの反射神経か、それとも動体視力が凄まじいのであろう、どんな距離でどんな角度から射撃しても、銃弾は片っ端から外殻で防がれ跳弾してしまう。


 ならば、とシェリルは果敢に前に出た。


(接近戦ならば!)


 シェリルの武器は射撃だけではない。接近戦、魔術戦、あらゆる分野で優秀な成績を残してきたシェリルは戦い方を選ばないオールラウンダーだ。


 選択肢の多さこそが彼女の武器なのである。


 PPK-20を構えるクラリスに対し、シェリルは頭を軽く右へと傾けた。紅い瞳が残像を残す中、一瞬前まで彼女の頭があった空間を一発の9×19mmパラベラム弾が駆け抜けていく。


 筋肉と視線、銃口から弾道を予測、発砲タイミングは相手の殺気と指の動きから推測した。一瞬でそこまで反射的に分析し近距離射撃を回避した事にクラリスは驚愕するが、しかしクラリスもまたベテランの兵士―――初代団長タクヤ・ハヤカワと共に戦場を駆け抜けた、ホムンクルス兵たちの記念すべきフライト1個体である。


 相手が接近戦を挑んでくると悟るや、PPK-20から両手を放した。ロシア製SMGがスリングでぶら下がり、空いた両手を握り締めてシェリルの顔面へ右ストレートを叩きこもうとする。


 ごう、と空気を切り裂きながら突き出されたクラリスの右の拳に、しかし直撃する手応えは無かった。空振りしたと彼女が理解するよりも先に、さながら獲物を捉えんと牙を剥いた大蛇の如く、細くしなやかな腕が絡みつく。


「―――」


「―――っ!!」


 ボクサーのようにパンチを回避、それと同時に腕を相手の腕に絡ませての一本背負い。標準的な体格のシェリルの一手に、183cmというホムンクルス兵基準で見ても大柄なクラリスの身体が宙を舞う。


 ダンッ、と背中が堅いレールの上に打ち付けられる。外殻を急速展開しダメージを軽減させたものの、しかし衝撃までは完全には殺せない。不可視の矛となったそれは彼女の背骨を突き抜け、何とも鈍い苦痛をいつまでも彼女の背に残し続けた。


「!」


 それだけで終わるシェリルではあるまい。


 ぎらり、と光るものがあった。それがロシア製のAK用銃剣、6Kh4の刀身の輝きであると看破すると同時に、咄嗟に頭を左へと傾けるクラリス。


 ズドン、と重々しい音と共に、振り下ろされたナイフが操車場の枕木へとめり込んでいた。


 逆手持ちにし振り下ろしたナイフの一撃が外れたと悟るや、強引にそれを引き抜き再度攻撃を試みるシェリル。だがしかしクラリスも黙って見ている筈がなく、咄嗟に突き出した右手の拳をシェリルの無防備な腹へとめり込ませていた。


「かっ―――」


 ミシリ、と骨が軋む手応え。突き込まれた拳の衝撃に内臓が圧迫され、目を見開いたシェリルの顔に苦悶の表情が浮かぶ。


 外殻も展開していない状態で、咄嗟に出したとはいえクラリスのパンチをもろに受けたのだ。


 まるで巨大なバットで殴打されたかのごとく、シェリルの身体が吹き飛んだ。ドパァンッ、ととても人体を殴りつけたとは思えない乾いた音と共に、彼女の華奢な身体が宙を舞う。錆び付いた貨物コンテナに背中を叩きつけるや、しかし未だ十分すぎる運動エネルギーによって貨物コンテナをぶち破ったシェリルは、そのままレールの敷かれた地面に何度も身体を打ち付けながらやっと止まった。


「くっ……!」


 何という馬鹿力、と悪態をつく。


 彼女の属するフライト140は、戦闘向けに調整し総じてハイレベルな性能に仕上がっているものの、一番の売りはシャーロットの属するフライト138のような特殊能力の類ではなく、『安定した強さ』である。


 軍事関係者からすれば、これ以上ないほど優秀な兵士と言えるだろう。どのような分野においても、100点満点とはいかないが90点を安定して叩き出す上位の常連、それがフライト140の強みだ。


 個体差によるばらつきが少なく、それでいて戦闘に適した身体能力と精神構造―――よく言えば戦争に適した兵士だが、悪く言えば『ハイレベルな器用貧乏』といったところだ。


 しかしそれに対して、クラリスの属するフライト1は不安定にも程があった。


 製造された当時はホムンクルス兵にも人権を認めていた事、更には法律でホムンクルス兵を戦闘を前提に製造する事を禁じていたなどの制約もあり、その個体差は大きかった。戦闘に適した者もいれば凡人以下の落ちこぼれも存在しており、失礼な言い方ではあるが『当たりハズレ』が大きかったのだ。


 そしてクラリスは―――”当たり”の個体だった。


 得意な分野こそ限られるものの、得意とする分野においては200点の結果を叩き出す事もある、それが初期ロット個体の強みであった。


 クラリスにとってはそれが、()()()()()()()()であっただけの事である。


 どれだけ性能がハイレベルでまとまっていても、特定の分野において200点をたたき出す怪物に敵う筈も無いのである。


 だからこそクラリスは、シェリルにとっては越えるべき壁であった。


 ドンッ、と思い切り地面を蹴るシェリル。踏み締めた足元のレールが折れ曲がる程の力で一歩を踏み出した彼女は、左手を地に這わせるや足元のレールを掴み、力任せに引っこ抜いた。


 錆び付いたボルトが悲鳴を上げて断裂していく音を聴きながら、かつては列車の足場であったレールを、槍投げの選手さながらに構えて思い切り投擲する。


 メイド服のロングスカートを翻しながら追撃してきたクラリスは、予想外の一撃に、しかし機敏に反応して見せた。咄嗟に身を捩ってレールの投擲を紙一重で回避、そのまま外殻で覆って硬化した右腕をシェリル目掛けて振り下ろしたのである。


 ドカンッ、と砲弾が着弾したかのような衝撃に操車場が揺れた。足元のレールがいくつも断裂し、枕木の破片やボルトの一部が衝撃波に乗って周囲に飛散、車庫の窓を盛大に叩き割っていく。


 両手で頭を庇うシェリルの目の前、舞い上がる土埃を突き破ったクラリスが顔を出す。


「!」


 突き出されたジャブを受け流し、ならばと振り払われたフックを上半身を後方に逸らして回避。逸らした上半身を戻す勢いを乗せて、クラリスの顔面に渾身の一撃を叩き込む。


 ドンッ、と彼女の左の頬に右のストレートがクリーンヒットする。


 だが、しかし。


「……!」


 クラリスは吹き飛ばなかった。


 強靭な脚力と体幹が、鉄板すらぶち抜く本気の右ストレートに耐えるだけの力を彼女に提供しているのだ。


 ぞくり、と身体中を駆け巡る死の予感に、シェリルは咄嗟に後方へと飛び退いた。


 ―――クラリスが笑っていた。


 戦いの最中に。


 命のやり取りの最中に。


 なぜ、笑うのか。


 しかしその疑問は、彼女の中ですぐに霧散した。


 その答えに―――思い当たる節があったからだ。


 先ほどから身体の奥で、心の内で沸々と湧き上がるこの感覚。


 強敵との戦いを、”楽しい”と思ってしまうこの感情。


 シェリルは知り得ぬ事だが、やはり本能なのだ。


 ホムンクルス兵は戦いを好む。どれだけ理性で否定していても、平和を愛すると言葉にしても、心の奥底では誰よりも戦いを望んでいるのだ。強敵との、ギリギリの命のやり取りを。


 自分の中にあるその感情を理解したその時、シェリルもまた笑みを浮かべた。


(ああ、そういう事か)


 今まで、任務のために生きてきた。


 組織のため、祖国のためにこの命を捧げると誓ってきた。


 だが、これも―――。


 戦いを楽しむのも、悪くない。


 無表情なロボットのようだったシェリルの顔に、しかし確かな笑みが浮かぶ。


 それはどれだけ機械のように振舞っても、ヒトの仔は決して機械にはなれぬという事実の裏付けでもあった。


 すっかり枷の外れた2人のホムンクルス兵。


 同時に大地を踏み締め踏み込む音と―――拳の激突する轟音が、操車場に乱舞した。






 



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― 新着の感想 ―
[良い点] クラリスってオリジナルの主とともに戦ったことすらある、正真正銘の最古参兵なんですよね。その上で戦闘特化であり、なおかつミカエル君との旅で戦闘以外の楽しみや経験も多く積んできた…強いはずです…
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