急襲、テンプル騎士団
「ああ、もう! 何なのよコイツら!」
悪態をつきながらドアガンを連射するのはモニカだった。据え付けられた防盾の陰に隠れながら、景気良く7.62mm弾の弾雨を暗闇へと撃ちまくっている。時折曳光弾が暗闇の中で弾けると共に金属音も響いて来て、それが敵に命中したのだという事を教えてくれた。
弾薬庫から予備の弾薬箱を持ち出し、ひいひい言いながら必死に運ぶ。
「お兄ちゃん急いで!」
「んなこと言っても……!」
2段に重ねた弾薬箱を抱え、モニカの傍らに置いた。蓋を開けて中から7.62mm弾のベルトを引っ張り出すと、早くも弾薬を撃ち尽くしたモニカがそれを鷲掴みにして引っ張り、MG3へと装填して射撃を再開し始める。
ガガガンッ、と敵の放った弾丸が防盾に跳弾、予備の銃身を抱えてモニカのサポートをしようとしていたノンナのすぐ近くを駆け抜けて、反対側のドアの窓をぶち破っていった。
「きゃーっ!!」
「ノンナ!」
ええい、くそ!
下がってろ、と彼女を後ろに下がらせ、俺もAK-102で応戦。
ビントロングは夜行性の動物だ。それも反映されているようで、多少の暗闇であれば昼間のように見透かす事が出来る。だから俺やミカ姉、ノンナにとってはこの程度の暗闇なんか何の障害にもならない。
攻撃を仕掛けているのは黒い甲冑を身に纏った騎士のようだった。黒い防具の上に同じく黒い、フード付きの戦闘コートを羽織っている。バイザーからは常に紅い光が漏れていて、とてもじゃあないけど中に人間が入っているようには見えなかった。
手にしているのは剣や盾ではなく、AK-12……古めかしい格好をした騎士が銃を持っているのには違和感を感じたけれど、敵はそんなのもお構いなしにバカスカ撃ちまくってくる。あんなにフルオート射撃を多用したらすぐ弾切れになってしまうし、第一俺もそんな事をしたらパヴェルやミカ姉に怒られてしまう。
贅沢な連中め、と悪態をつきながら応戦していると、ドン、と向こうにある操車場の方から腹の底に響くような爆音が轟いた。暗闇が一瞬だけ閃光に照らされ、すぐにその余韻に取って代わられる。
向こうは確か、ミカ姉とクラリスが警戒車で警備していたエリアじゃあ……!?
「ミカ姉……!」
爆発のした方を見つめながら心配そうに呟いたノンナが、ハッとしたように立ち上がった。どこかへと走り出そうとする彼女の細い腕を、俺は反射的にがっしりと掴む。
何でそうしたのかは分からなかった。ただ、何というか、ここでノンナを止めておかなければとんでもない事をしでかしそうな気がしたんだ……何故かはわからない。けれど、血の繋がりはないとはいえ小さい頃から一緒にスラムで暮らしてきた俺の妹だ。こういう時、彼女が何をするのかは何となく分かる。
「離して!」
「馬鹿、何をするつもりだよ!?」
「ミカ姉が、このままじゃミカ姉が殺されちゃう!」
「訓練も受けてないお前に何ができるんだ!!」
今までになく強い口調に、ノンナの目がビー玉のように丸くなった。
ノンナも訓練は受け始めている……ちょっとずつだけだし、まだ銃にも触らせてもらえてはいないけれど、一応はそれなりの知識はある筈だ。
でも、それで実戦で戦えるかと言われると否と言わざるを得ない。
俺だってそうだ。実戦経験はミカ姉やパヴェルたちの足元にも及ばないし、こうして安全な列車を警備しながらみんなのサポートをする事しかできない。「銃を撃てる一般人」程度ではクソの役にも立たないのだ……残酷だけど、それすらできない一般人では何の役にも立たない。
やっぱりそうだ、そうするつもりだった……ノンナの反応を見て、彼女が武器庫から適当な銃を引っ張り出し、ミカ姉たちを助けに行こうとしていた事は、彼女の目を見て分かった。
「だって……だってこのままじゃ……!」
「ノンナ、いいか。俺だって助けに行きたい。でも俺やお前じゃあテンプル騎士団の相手は出来ないんだ、敵が強すぎるんだよ」
「でもっ! でも、今のミカ姉は触媒すら持ってないんだよ!?」
ハッとした。
そうだ、今のミカ姉には魔術の触媒がない。
触媒は魔術師の必需品とも言うべき魔術増幅装置。一応は触媒無しでも魔術は使えるけれど、よほど適正に恵まれた人でもない限りその威力や効果は実用的とは言い難いほど著しく弱体化する……魔術の基礎に関する座学でモニカから教わった事を思い出し、ノンナが抱いていた危機感が俺にも伝染したのを感じた。
ミカ姉の適正はC。可もなく不可もない、中の中、凡人と言っていいランクだ。
つまり今、ミカ姉は本来の力が発揮できない……ゾンビズメイとかいう化け物を打ち倒した、あの時の力は1mmも発揮できないのだ。
いくらクラリスと一緒とはいえ、それじゃあ……。
「ミカ姉……!」
「アンタたち!」
やり取りを聞いていたのか、モニカは防盾に隠れながら耐熱手袋で銃身を交換しながら叫んだ。
「パヴェルの工房に、ミカのための新しい触媒が置いてあるわ! まだ未完成だけど!」
「え……」
「行くなら行ってきなさい!」
バグンッ、と側面のカバーを殴りつけるようにして閉じ、モニカはこっちを振り向いてウインクした。
「このあたしが援護してあげるんだから、光栄に思いなさい?」
「モニカ……」
いつも奇声ばっかり発してるやべえ女じゃなかったんだ、コイツ……!
ありがとう、と礼を言い、ノンナを連れて工房へと走った。
パヴェルの工房の中はごちゃごちゃしていた。作りかけの発明品と思われる、一見よく分からない見た目の機械が所狭しと並んでいて、奥の方にある窯の近くにはまだ未完成と思われる剣のようなものがあるけれど、おそらくそれではないと思う。
作業台の上に、”それ”はあった。
「え、これ……?」
”それ”は魔術の触媒と言うよりは、大きな武器と言うべきだった。
傍から見れば柄の長い大剣で、あるいは大槍のようで……両者の中間、あるいは両者の特徴を兼ね備えたような、そんな武器だった。
全体的に黒く、けれどもまだ未完成だからなのか、部分的に外れている剣身の奥からは紅い輝きを発する半透明のプレート状のものが覗いている。
おそらく、賢者の石だ。
それを内側に配置して、その周囲をゾンビズメイから採取した素材を加工したもので覆っているんだろう……竜を打ち倒した英雄、その武器に相応しい。
持ち手のところには誰のものなのかを識別するためなのだろう、『Міка(ミカ)』と殴り書かれたラベルが貼り付けてある。
それを剥がし、作業台の上にあったそれを両手で抱えた。
「……軽い」
いかにも屈強な、筋骨隆々の大男が両手で抱えてそうなそれ。けれども重厚で武骨な見た目に反して、それはまるで果物ナイフのようにすんなりと持ち上げる事が出来た。見た目のイメージと実際の重さのあまりにものギャップに、頭の中がバグりそうになる。
「お兄ちゃん、早く!」
「お、おう」
俺からミカ姉用の大槍を奪い取るようにして、ノンナは大急ぎで走り出した。俺もAKを抱え、一緒に置いてあった触媒化の祈祷に使う素材をポケットに突っ込んで彼女の後を追う。
これはミカ姉用の触媒なんだろうけど、このままじゃあ使えない。水銀と動物の骨を焼いて砕いた粉末を用いて、触媒化の祈祷を施さなければ、どんなにいい素材を使っていてもそれは魔術師にとっての増幅装置や補助演算装置ではなく、ただの”物体”でしかない。
列車を飛び出すと、すぐにテンプル騎士団の黒騎士がこっちに反応した。ノンナが抱えている大槍が目立つのか、それとも動くものに反応したか……連中がどういうプログラムを組まれているかは知った事じゃないけど、次の瞬間には弾丸の掃射が俺とノンナの頭上を駆け抜けていった。
バチバチンッ、と勢いよく枯れ枝を踏み折るような音が聞こえてくる。
しかしそれはすぐに、別の銃声に塗りつぶされた。
「!」
ドガガガガガガ、と凄まじい勢いで飛来する弾雨。7.62mm弾の土砂降りのような弾幕に、黒騎士たちの注意が再び列車の方へと向けられる。
「ほらこっちよ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
推定音圧、破格の300dB。
爆音で叫びながら機関銃を連射するモニカの方が脅威度は遥かに上と判断したようで、黒騎士たちが彼女の方へと銃口を向ける。
その隙に、俺とノンナは操車場の方へと向かった。
待っててね、ミカ姉……!
三途の川を見る事も無ければ、走馬灯を見る機会もなかった。
実際の死はこんなものなのか、とは思ったけれど、どうやらただ単にまだお迎えが来ていなかっただけらしい。
朦朧とする意識の中、ジャスミンのような香りが微かに鼻腔へと流れてくるのが分かった。ああ、クラリスの匂いだ……いつも嗅いでいるそれが、混濁する意識を現実へと引っ張り上げてくれた。
「クラリス……?」
狭い、ヤタハーンの砲塔内部。
そこにメイド服姿のクラリスが横たわっていた。
先ほど車内へ投げ込まれた、2つの手榴弾の上に覆いかぶさる形で。
「クラリス!」
俺に傷一つないのも、砲塔内部が全くと言っていいほど損傷していないのも……彼女が手榴弾の上に覆いかぶさって、守ってくれたからだ。
「ああ、そんな、そんな……っ! クラリス、クラリス! しっかりしてくれクラリス!」
なんて無茶を、と半ば錯乱しつつも彼女の身体を揺すった。
頼む、こんなところで死ぬな……俺を1人にしないでくれ、と今にも泣きそうになりながら彼女の名前を呼んで身体を揺する。
「―――あー、死ぬかと思いましたわ」
ムクリ、とまるで冬眠明けの熊みたいに身体を起こし、ふう、と息を吐くクラリス。お前生きてたのかと目をぱちくりさせている俺と、彼女の紅い目が合う。
「ああ、よかった。無事ですのねご主人様」
「ぇ、ぁ、ぁぇ……ぇ?」
何で生きてんの、と困惑したミカエル君だったが、爆発で抉られ千切れたであろうメイド服のお腹のところから覗くクラリスのお腹を見て、なぜ彼女が無傷なのかを理解する。
外殻だ。
クラリスのようなテンプル騎士団のホムンクルス兵は、身体の表面をドラゴンの外殻で覆う能力があるのだ。パヴェル曰く「一時的に肉体を飛竜に近付け変異させている」との事だが、原理はともかくとしてその防御力は戦車並みであるとされている。
手榴弾の上に覆いかぶさって俺を守りつつ、外殻で身体を覆って自分自身を守った―――それが一連の事の顛末なのであろう。
な、なんだよ……危うく闇堕ちミカエル君になるところだったじゃないか……。
「……ありがとう、クラリス」
「ふふっ、礼には及びませんわ」
ご主人様のメイドですもの、と言いながら砲塔内のサバイバルキットを解放、中からPPK-20と予備マガジンを取り出すクラリス。俺も自分で持ち込んだAK-19を用意し、車外に出て戦う準備をする。
「―――参ります」
「了解」
さあ、反撃開始だ。
砲塔のハッチを右ストレートでぶち破り、VLSから発射されるミサイルの如く勢い良くジャンプして飛び出すクラリス。すぐに外で待ち構えていた敵兵が銃撃を開始したようで、砲塔の外から激しい銃声が聞こえてくる。
彼女が敵の注意を引きつけてくれている間に、俺も砲塔の外へと出た。
「!」
ガガガンッ、と連なる銃声。砲塔に跳弾した5.45mm弾の金属音に、咄嗟に砲塔の陰へと転がり込む。
「―――おやおや。生きてたのかい」
「……シャーロットか!」
聞き間違う筈もない。今の声は賢者の石の一件で交戦、最終的に戦車砲の直撃で下半身を失い撤退する羽目になった、ホムンクルス兵の1人にして今のテンプル騎士団の技術担当、シャーロットだ。
砲塔から身を乗り出し、声の聞こえた方向へと銃撃を見舞う。
そこには確かに彼女が居た。テンプル騎士団の制服の上に、サイズのやけに大きい将校用コートを羽織っている小柄なホムンクルス兵。おかげで手はすっかり袖の中に隠れていて、萌え袖のようになっている。
銃撃を、シャーロットは避けようともしなかった。
放った弾丸は、けれどもシャーロットに命中すらしない。
全て撃ち落とされたのだ―――彼女の背中から生えている装備に。
「……!?」
それはまさに、異形としか言いようがなかった。
将校用コートの背中を突き破るように、小柄な少女の背中から生えているのは黒く艶の無い被覆で覆われた、さながら蛇のような機械の触手だった。蛇腹状のメカアームなどではなく、生物の如きしなやかな動きを実現したそれの先端部には3本指のマニピュレータがあって、そこにはドラムマガジンを装備したRPK-16が握られている。
触手の数は合計12本―――その全てがRPK-16を装備して、こちらへ銃口を向けていた。
首から下が全て機械でできている、シャーロットだからこそできる自由な肉体改造。
という事はエロ同人にありがちな、いわゆるえっちなボディもあるのかな……などとオタク特有の妄想をしたところで、不快に思ったらしくシャーロットがこっちに向かって銃撃してきた。
慌てて砲塔の陰に隠れ、息を吐く。
なるほど、しっかりと思考は読まれているらしい……厄介だな、迂闊に変な事は考えられない。
「悪いけど、そんなエロ同人みたいなオプションはないよ」
「あったら許してたんだが……」
「”許す”? クックックッ……キミもジョークが下手になったねぇ」
殺気が一気に膨れ上がった。
「―――許しを請うのはキミの方だよ、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ」
「そうかい」
残念だな、えっちなボディがあったらエロ同人するだけで許してやったんだが。
まあいい……出会ってしまったならば、やるだけだ。
今日こそ息の根を止めてやるよ、クソ野郎。




