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一時共闘


 一時共闘、という言葉に真っ先に眉をひそめたのは、他でもないヴラジーミル・レーニンその人だった。


 話には聞いていたが、黒豹の第一世代型獣人……というより肉食獣の第一世代型獣人というのは迫力が違う。『獣の特徴を残した人間』というよりは『二足歩行で歩く獣』といった感じの容姿で、骨格や筋肉含めてだいぶ獣に近い姿をしているものだから、威圧感が違う。


 まあ、骨格がほぼ獣そのもので人語の発声に適した形状ではない事もあり、彼等の話す言葉には独特な()()()ような訛りがあるのだが(これは範三も同じである)。


 それはまあ、どうでもいい。


 持ち掛けた提案は、彼ら共産主義者ボリシェヴィキにとっては魅力的な話である筈だ。


 元々、連中は俺を自勢力に取り込むつもりで接近してきた。そりゃあ、貴族出身とはいえ庶子として忌み嫌われ、そこから成果を積み重ねていった異名付き(ネームド)の冒険者となればプロパガンダ用の広告塔としてはうってつけだろうし、単純な戦力強化にも繋がるだろう。あるいは敵対勢力に対する抑止力としても期待していたのかもしれないが、まあそれはさておき。


 では、今はどうか。


 もちろん今の方が、連中の期待する効果としては大きいだろう。ゾンビズメイの一件で、俺たち血盟旅団の名声は一気に右肩上がり。皇帝陛下ツァーリから勲章と竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の称号を受賞した事で、知名度もこれ以上ないほど向上している。


 プロパガンダに使われるとクッソ迷惑だが、戦力として考えればかなり大きなプラスになる。


 が、今の弱体化したノヴォシア共産党にとって重要なのはそこではない。


 それは俺とクラリスが血盟旅団を代表して来ているのではなく―――()()()()()()()()()()()()()()()


 知っての通り、イライナは『世界のパンかご』と言われる程農作物に恵まれた地域だ。それを可能としているのは世界一肥沃な土がほぼ全域に広がっており、農業に適した地域が大半を占めているためだが、何でそうなったのかまで話すと長くなりそうなのでこの辺で勘弁してあげようと思う。


 ノヴォシア帝国の食糧生産量のうち8割は、イライナが担っている。


 つまり帝国の胃袋はイライナ産の農作物が支えているという事であり、帝国からの独立を目論むイライナからの支援を取り付ける事が出来れば食糧問題は解決したも同然となる。


 それだけではない。イライナにはノヴォシアからの投資で発展した、マルキウやザリンツィクといった大規模工業都市が存在し帝国の先進技術を取り扱っている。帝国騎士団が保有する戦闘人形オートマタや小銃の大半はイライナ製なのだ。


 それが帝国ではなく、共産主義陣営を支援する―――それがどれだけ大きなプラスになるか、言うまでもないだろう。


 ざわつく会議室の中、レスバ一撃で敗北したトロツキー(ミカエル君2号)とレーニンだけが、押し黙ってこちらに視線を向けていた。


「イライナがこちらに?」


「連中、ついに独立を考えるまでになったか」


「ということは、帝国の力は着実に弱まっているという事では?」


「それよりもリガロフだ。奴がこちらにつけばどれだけ―――」


「静粛に」


 ざわつく党幹部や高官たちを、低く、しかし凛とした声で制止するレーニン。ふむ、と小さく呟くと、レーニンはこちらを真っ直ぐ見たまま問いかけた。


「……確かに魅力的な提案だ。で、こちらは見返りに何を用意すればいい?」


「イライナ独立の支援をお願いしたい」


 クラリス、と彼女を呼ぶよりも早く、クラリスは持参したカバンの中から取り出した数枚の資料を近くにいた共産党の兵士の1人に渡していた。受け取った兵士は小走りでレーニンの元へと向かうや、その資料を彼の前に広げて一礼、後ろへと下がっていく。


 資料を手に取ったレーニンの目の動きに合わせ、こちらも説明を始めた。


「我々イライナの農民や労働者が、帝国からの抑圧に長年苦しめられている事はご存じでしょう」


「ああ、歴史を見ればそれは明らかだ」


 農民とか労働者とか、そういう共産主義的な言い回しは連中も好みだろう。やはりこういった交渉は勝ち取りたいところは譲らんが、それ以外は相手の好みの味付けで勝負してやってもいい。


「帝国でも腐敗が蔓延し、もはやノヴォシア帝国は以前までのような軍事大国とは呼べなくなりました。このままではどこまでも、腐敗の底へ沈んでいく一方です……我々イライナ人としても、泥船と一緒に沈んでいくつもりはない」


「その前に独立を、と」


「ご名答」


 この帝国は、例えるなら沈みゆく豪華客船だ。そのまま留まっていれば腐敗はイライナにも波及して、運命を共にする羽目になるだろう。嘲りと罵倒を毎日のように受け、連中に食料を献上してきた果ての運命がこれでは、さすがに救いがない。


 そうなる前に救命ボートで脱出する―――イライナ独立は、まさにそういう状況である。


 まあもちろん、共産主義に染まるつもりもないのでそこは線引きをしておく。ウクライナがそうであったように、一緒に共産化したら悲惨な歴史をまた重ねるだけだ……これ以上の悲劇はもうお腹いっぱいである。


 だから()()()()という言い回しにした。共通の敵と戦っている間は協力するが、それが終われば関係はそれっきりだ、と。


「……なるほど」


「つきましては、こちらの独立宣言に合わせて革命を実行に移していただきたい。あるいはこちらが、あなた方共産党の革命に呼応して独立宣言をしてもいいでしょう。いくら軍事大国たるノヴォシアといえども、内と外の異なる敵を同時に相手にするのは骨が折れる筈。腐敗し弱体化の一途を辿る現状では猶更でしょう」


「革命成就の暁には」


「ええ、帝国は好きにしていただいて構いません。共産主義、富の平等分配……あなた方の掲げるイデオロギーで国家を染め上げ、世界にその成果を示すのです。我々としては、イライナの独立を維持できればそれでよい。お望みならば革命後も食糧支援を続けましょう」


 こちらの要求はこうだ。


 まず【イライナ独立の支援】である。


 イライナが『イライナ第二公国』として復活、在りし日のキリウ大公国の復古を宣言すればノヴォシア帝国も黙ってはいないだろう。武力で以てこれを鎮圧、帝国へのより確実な併合を行うべく軍隊を差し向けてくるはずだ。


 確かにイライナは食料生産量、軍事技術において優秀な水準を堅持している優等生ではあるが、しかし兵力の差は実に1対110。兵卒全員が1人で110人の雑兵を相手に無双できる異世界転生チート勇者であるならばともかく、結局のところ戦争とは数であり、人材、物資、資源、資金の莫大な消費量に耐えうる国が最終的な勝利を収めるということは歴史を見ても明白であろう。


 その点、イライナは不利だ。真っ向からノヴォシアと戦えば、磨り潰されるのはこちらである。いくら姉上や兄上たちのように優秀な魔術師が前線に出てもそれは変わらないだろう。1人の最強の兵士が戦況をひっくり返すなど、そんなのはアニメや漫画、アクション映画の中にしか存在しない。


 なんか今パヴェルのくしゃみが聞こえたが気のせいだよな……そうだよなパヴェル? お前1人で戦況ひっくり返した事ないよなパヴェル? パヴェル???


 まあいい、話を戻そう。


 いくら独立の機運が高まり、キリウ大公の末裔を祭り上げて独立を宣言しても、軍事力で鎮圧されれば全てが水の泡だ。


 しかし、もし開戦というタイミングで、()()()()()()()()()()()()()すればどうなるか。


 ノヴォシアは隣国イライナと、国内で勃発した共産党の革命……外と内、2つの敵に対処しなければならなくなる。いくら軍事大国とはいえ、二正面作戦がどれだけの負担を強いる事かは理解できるはずだ。


 そして2つ目が【イライナ独立の維持】である。


 もし仮にイライナ独立が成し遂げられても、お隣に爆誕するはこの世界で最大級の共産主義国家。暴力と恐怖による支配を得意とするノヴォシア共産党の事だから、国家を掌握したらやりたい放題やるだろう。それこそイライナを隷属させようと恫喝してきたり、政治工作をしてきたり、あるいは再度の併合を目論んで開戦……はっきり言って信用できない。


 だから一応、明文化して釘を刺しておくのだ。どうせ守らないだろうから、こっちも別のカードを用意しておくが。


 その見返りに、こちらは共産党の革命支援を行う。具体的には武器、物資の提供や帝国内部の情報提供など。弱体化した連中は泣いて喜ぶ事だろう。


 革命や独立宣言はまあ、お互いの状況や国際情勢を見て要相談という事になるが……。


 もちろん革命後はゴタゴタするだろうから、革命後の支援や資金提供も条文に盛り込んである。


「まあ、悪い話ではない」


「でしょう?」


「しかし君も……そしてゴーサインを出した姉君も強かだな」


 レーニンはそう言いながら、口元に笑みを浮かべた。


 おそらく視界に入っているのは禁止事項の条文だろう。


「この禁止事項、イライナ領内での共産主義の宣伝禁止と血盟旅団、特に君の名前を使ったプロパガンダの禁止……こちらの思想には賛同しては貰えないか」


「残念ながら」


 さらりと言うと、室内の空気が凍り付いた。


「ですがイライナに危害を加えない限り、ノヴォシア国内であなた方が何をしようとこちらは一切干渉しませんし、独立支援と独立維持を担保していただけるのならば我々も支援は惜しみません」


 いかがです、と続ける。


 本当だったらイライナでもプロパガンダやりたいんだろうな、というのはレーニンの微妙な表情の変化で分かった。それと、ミカエル君の名前を使った宣伝もだ。英雄の末裔、ゾンビズメイ討伐に参加した異名付き(ネームド)の冒険者が党の思想に賛同しているといった感じでプロパガンダを展開すればどうなるか……多くのイライナ人はこう思うだろう。「血盟旅団が賛同しているならば正しいのかもしれない」と。


 あるいは、共産主義の危険性を知っている人の目には我々が判断を誤ったと映るかもしれない。


 どちらにせよ、血盟旅団やミカエル君の関係者に対する社会的な悪影響が計り知れないので、そこは禁止事項に盛り込んだ。イライナ国内でのプロパガンダ活動を禁止した理由は言うまでもない。


「一つ、質問をしても?」


「どうぞ」


「君たち血盟旅団の保有する先進的な兵器、あの連発銃や移動砲台のような兵器、それから聞く話によると空を飛ぶ兵器も保有しているようだが……」


 空を飛ぶ兵器だって、と何名かの共産党幹部がざわついた。


 無理もない、こっちの世界では空は未だ竜の領域だ。飛竜にでも跨らない限りヒトの子に空を飛ぶ手段は存在せず、飛行機も実用化されていないのである。そんな彼らに俺たちの保有する戦闘ヘリはまさにオーバーテクノロジーの象徴として映るのだろう。


「―――そういった兵器類は、供与に含まれるのかね?」


「残念ながらそれは含まれません」


「自分たちだけで強力な兵器を独占する、と?」


 共産主義者コミュニストとしてそれは許せんな、と言外に滲ませながら、レーニンは目を鋭くした。黒豹の獣人が威嚇するかのような目つきで睨んでくるのである、こっちはハクビシンの獣人だからビビってしまいそうになるところだが……何だろう、何とも感じない。慣れたのだろうか。


 あーはいはいいつものね、的な感じでヤバい空気だけを受け流し、頭の中で言葉を選びながらそれっぽい理由を並べ立てておく。


「できる事ならば我々もそうしたいところです。味方が強ければそれだけ独立もやりやすくなる」


「ではなぜそれをしない?」


「あの兵器類ですが、性能相応にコストがかかるのです。整備を始めとした維持費も嵩みますし、何より製造には希少な素材と高性能な設備、それから熟練の職人の技術を要します。それらが複合した場合の費用は相当なものでして……」


 とんだ金食い虫なんですよ、と肩をすくめながら言った。


「無理をすればできますが、相当な負担がかかります。兵士全員どころか、分隊に……いえ、中隊に1丁支給するのがやっとになるかもしれません。もちろん資金は全て兵器の調達費に持っていかれ、他のところにカネが回らなくなります。それよりは可能な限りコストも低く、それなりの性能の兵器を兵士全員に行き渡らせた方が現実的かと」


「……なるほど、確かに理に適っている」


「まあ、依頼があればこちらも支援に赴きます。条文にはありませんが、それも留意いただければ」


 そこまで言うと、レーニンはトロツキーの方に視線を向けた。


 さすがに二度もデカい魚を逃がすわけにはいかないのだろう。レーニンは終始冷静な口調ではあったが、手応えは確かにある。これは首を縦に振るな、という確信があった。


「―――よろしい、分かった。この一時共闘の話、受けようではないか」


「ありがとうございます、レーニン殿。姉上もきっとお喜びになる」


 席を立ち、彼の傍らまで歩いた。手を差し出して握手を求めると、レーニンも口元に笑みを浮かべながら俺の小さな手を握り返してくる。


 すかさず広報担当者と思われる党員がでっかいカメラを持ってこっちに向けてきたが、ミカエル君や血盟旅団を利用したプロパガンダは禁止している。早くも禁止事項を破るつもりか、とレーニンを睨むと、彼は「ああ、すまないが同志それはやめてくれたまえ」と言ってカメラマンを下がらせた。


「すまないね、早々に」


「いえいえ、お気持ちは分かります」


 手を放し、一歩下がった。


「本日は急な訪問にもかかわらず、色よい返事を頂けたことに感謝申し上げます」


「うむ。此度の共闘が互いに良い結果をもたらすよう努力するとしよう、()()()()()()


「ええ、そうなるようこちらも全力を尽くしますよ。()()()()殿()


 そう言い残し、俺はクラリスを連れて踵を返す。


 電撃訪問からの秘密会議は期待通りの結果を出しつつも、双方に微妙な距離感を滲ませて幕を閉じた。

















「私の出番はなかったわね」


 何よりだわ、と言いながら森の出口の辺りで待っていたのは迷彩服姿のカーチャだった。顔にはフェイスペイントを施し、手には同じく迷彩塗装を施したドラグノフ狙撃銃がある。


 どうせパヴェルが心配して派遣したんだろうな、と呼んだ覚えのない仲間の登場の理由を推測する。もし交渉が決裂、向こうがこちらに対し敵意を剥き出しにし武力行使に出たならばカーチャの狙撃で共産党首脳陣を……という、パヴェルがかけたクッソ物騒な保険。使わなくて良かったと思う天使コスの二頭身ミカエル君と、使ってしまえばよかったと嘯く悪魔コスの二頭身ミカエル君が脳内で激論を交わし始める。


「良い結果に落ち着いたよ」


「そう」


「ああ」


「でも大丈夫なの? 連中、事が済んだら約束を反故にしそうだけど」


「……まあ、だろうね」


 後ろを振り向いた。


 相変わらず、森には霧がかかっている。向こうを見透かす事の出来ない霧……それはまるで先の分からない未来のようで、あるいは全てを見透かす事の出来ない人の内面の具現のようにも思えた。


「もし、その時は」


 連中が、約束を反故にしたその時は。














「―――俺が、アイツら全員殺す」







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― 新着の感想 ―
[一言] パヴェル「ぶぇぇくっしょん」 ミカエル「誰が同志だぁゴルァ」 ここに俺がいなくてよかった、共産党と手を組むってなってたら「お前、船じゃなくて列車降りろ」になってた
[良い点] ミカエル君。以前のマフィア相手の交渉でタフネゴシエーターに育ったなあと思いましたが、より視野が広がり、肝が座りましたね。パヴェルとベクトルはやや違いますが、常に戦い続けてきた主人公って覚悟…
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