死闘が終わって
ちゃぶ台がある。
そう、ちゃぶ台だ。作画担当の手抜きじゃねえかと疑ってしまうほど何もない真っ白な空間のど真ん中に、ポツンと使い古されたちゃぶ台が置いてある。
表面にはラーメンのスープか何かを零して滲んだと思われる染みが残っていて、まあ随分と年季の入った一品であるという事は分かる。昭和から平成初期のちょっと古い家に置いてありそうな、そんな感じのちゃぶ台だ。
そしてそれを囲んで何やらキャッキャしている小さな影が8匹くらい。
『ミカミカ』
『ミカァ~?』
『ミカミカ、ミカァ』
『ミカァ!?』
『ミカー……ミカー……zzz』
『ミーカ、ミーカ』
ちゃぶ台を囲んでマンガの回し読みをしたり、カロリーが馬鹿高そうなスナック菓子をパクついたり、携帯用ゲーム機でマルチプレイをしたりお昼寝したり……あんなにフリーダムな謎の生き物は1種類しかいない。
そう、ミカエル君の脳内に生息している(という事になっている)二頭身ミカエル君ズだ。
キュートなミカエル君をデフォルメして二頭身にしたような、なんかのキャラクターグッズとかにありそうなゆるーい感じの二頭身ミカエル君ズ。呆然としながら大小さまざまなサイズの二頭身ミカエル君ズをぼんやりと眺めていると、眠ったままこっちにゴロゴロ転がってきた二頭身ミカエル君に寝相でジャコウネコパンチされた。なんで?
本体に対して何たる無礼を、と憤りながら二頭身ミカエル君をひょいっと持ち上げるミカエル君(本体)。昔のマンガみたく鼻提灯をぷうぷう膨らませながら眠っていた二頭身ミカエル君が目を覚ますや、ビー玉みたいにくりくりとした愛嬌のある目に涙を浮かべた。
『ぴえー!!』
「!?」
ゆるーいコメディアニメっぽい顔つきから、一気に迫真のリアル作画に変わる二頭身ミカエル君。その顔の変わりようにも驚きだけど、コイツら「ミカミカ」以外に鳴き声出せるのか……。
さて、そんな親とはぐれたハクビシンの仔みたいな、どこか防犯ブザーを思わせる鳴き声で泣きわめくものだから、そんな声につられて親玉がやってくる。
ぽん、とミカエル君の肩に置かれる大きな手。どうせラージサイズの二頭身ミカエル君なんだろとか、そんなありきたりなオチを想像しながら後ろを振り向いた。
そこには確かにミカエル君ズのうちの一匹がいた……と思う。
でもソイツだけ、明らかに姿形が違った。
なんというかこう、他の二頭身ミカエル君ズがゆるーくデフォルメされたマスコットっぽい感じなのに対し、何故かソイツだけは筋骨隆々の八頭身。体格はがっちりしていて身長はぜったい180cmオーバー、迷彩模様のコンバットパンツに上半身は半裸という何とも露出度の高い格好をしている。
そしてその顔はと言うと、どういうわけか首から上だけガチのハクビシンという謎の生命体である。
「……」
『……』
な ん か い る 。
え、ナニコレ。ガチのハクビシンの顔で俺の顔めっちゃ覗き込んでるんだけどナニコレ。
しかもこの変なやつ……『八頭身ミカエル君(仮)』の右手にはお皿に盛りつけられたクリームパイが。うん、何で?
『ミ゛ガ゛ァ゛?゛』
「うわ声ひっく」
つーかアレ? コイツの声パヴェルじゃね?
あの、八頭身ミカエル君(CVパヴェル)やめてもろて。
お前パヴェルだろ、とツッコミを入れようとしたのを察したのか、次の瞬間にはお皿に並々と盛り付けられたクリームパイがミカエル君の顔面に迫っていた。
「うわっぷ!!!!!」
「にゃぷ!?!?」
思い切り起き上がったミカエル君と、心配そうにこっちを覗き込んでいたモニカと思い切りおでこがぶつかった。ごちーん、とそれはそれはもう痛そうな効果音と共に頭に凄まじい衝撃が走り、眩む視界に星が散る。
ぷしゅー、と湯気を発しながら再びベッドにぶっ倒れるミカエル君と辛うじて踏み止まるモニカ。アレか、質量の問題か。ミカエル君の方が質量的に控えめだからモニカとの力比べに負けたのか。そういう事なのか二頭身ミカエル君ズ(八頭身ミカエル君含む)。
口から抜けそうになるミカエル君の魂を、同じく口からひょっこり顔を出したカウボーイ姿の二頭身ミカエル君が投げ縄で拘束。そのまま喉の奥へとぐいぐい引っ張っていく。
「よ、よかった、目が覚めたのね?」
「お、おう……」
なんつー目覚めか。
さて、俺は何でこんなところで寝てたんだっけ……身体を起こし、列車の寝室にある二段ベッドの一段目、いつもはクラリスが使っているベッドの周囲を見渡すと、俺の上にかかっている毛布に寄り掛かるようにして寝息を立てているクラリスの姿が目に付いた。
「クラリスったら、ミカの事心配してずっと看病してたのよ?」
「クラリス……」
なんか、いつも面倒ばっかりかけてるよな……。
いつもありがとう、と感謝の気持ちを込めて、すうすうと寝息を立てる彼女の頭をそっと撫でようとする。
「……でゅふ」
「「……」」
そっと手を引っ込め、モニカと視線を交わしてからとりあえず何も見なかったことにする。
コイツ寝てるんだよな? よもやご主人様からのなでなでを下心丸出しで虎視眈々と待っていたわけじゃないよな、違うよな?
そうだよなクラリス? とりあえずクッソ下手な寝るふりをしながら毛布ごとミカエル君の足を吸うのをやめろクラリス?
「いやー、でもアンタ本当に凄いわよ」
「え」
「いや、『え』じゃなくて」
ずいっ、と顔を近づけてくるモニカ。こつん、と軽く額がぶつかる程の至近距離で、モニカが囁く。
「アンタ、英雄よ?」
「いや、あの、え……」
久しぶりに陰キャに戻った気分だった。
何があったのかはやっと思い出せた。そうだ、ゾンビズメイとの戦いで俺は全力を使い果たして、それから……。
そんな事よりも、すぐ目の前にあるモニカの瞳を直視するだけで顔が赤くなってしまう。雄大な海原を思わせるコバルトブルーの瞳は、見ているだけで魂までもが吸い込まれてしまいそう。
「可愛いだけじゃなくて強いなんて反則よ、ミカ」
「モニカ、その……」
「ん……」
め っ さ ク ラ リ ス が こ っ ち 見 て る 。
なんというか、今までに見た事がないくらい目力がヤバかった。胃袋の中に重石でも詰め込まれたんじゃないかなってくらいの威圧感に気まずくなるミカエル君。モニカも額から滝のように冷や汗を流しつつ、わざとらしく額を俺の額に押し付けた。
「う、うん、熱はないわね!?」
「お、おう」
「あたしの温度測定は正確なのよ! あはは、前世は体温計だったんだから!(?)」
テンパって発言が意味不明になってるのホント草。
「こほん……モニカさん、あなたもしや……?」
「ふぇ? にゃ、にゃによ? あたし別にミカの唇奪おうとか思ってにゃいんだけど???」
嘘つくの下手すぎるだろお前……。
「―――それなら大丈夫ですわ☆」
嘘 だ ろ オ イ 。
クラリスも簡単に騙されんな。そしてモニカ、額の汗拭いながらこっち向いて親指立てるな、腹筋が逝くから。
セーフじゃねえんだよアウトなんだよどう見ても。判定ガバガバだけど。
「おーうお前ら楽しそうだなオイ」
「うわ出た八頭身ミカエル君の中の人!!」
「「「???」」」
やっぱりCV同じじゃん、中の人コイツでしょ絶対。
確信に至るミカエル君だったが、しかし返ってきたのは3人同時に首を傾げる真顔×3だった。現実は非情である。
「それよりミカ、これ」
「え」
パヴェルが持ってきたのは、俺の仕込み杖だった。
賢者の石で作られた刀身を持つ、ミカエル君の触媒である。これのおかげで魔力損失はまさかの0%に達し、無駄な損失を出さない魔術をバカスカ撃ちまくる事が可能になっていたというわけだ。
製造者たるパヴェルからそれを受け取った俺は、ひんやりとした金属の感触だけで何が起きたのかを察した。
自分専用の魔術触媒を手にした時、他人にはうまく説明できないが……なんというかこう、確かな熱のようなものを感じるのだ。身体の一部がやっと手元に戻ってきたというか、親しい家族との再会というか……言語化がものすごく難しい感覚だが、そんな感じがするものである。
けれどもパヴェルが持ってきてくれたその仕込み杖からは何も感じない。
抜け殻だ。
そっと鞘の中から刀身を引っ張り出すと、パキン、と音を立てて刀身が折れた。
世界で最も硬く、『決して壊れない』とまで言われた賢者の石の刀身が―――折れた。
「―――」
何が起きたのかは、わかっている。
ゾンビズメイとの戦いの最終局面―――街中の電力を使い、それでも足りなかった分を落雷から力を借りて放った一撃。その際に生じた魔力量は莫大なもので、それこそ触媒がその想定以上の過負荷に耐え兼ねて機能を停止、自壊してしまったのだ。
「……その、ミカ。触媒なら」
「ああ……まあ、あんな使い方をすればこうもなるよな」
折れた刀身を見下ろしながら、そっと笑みを浮かべた。
ありがとう……お前のおかげで、あの怪物に勝てた。
道具に情をかけるような趣味は無かったつもりだけど、今回ばかりは特別だ。
「……パヴェル、悪いけど新しい触媒の準備をお願いしたい」
「仰せのままに、英雄様」
にっ、と笑みを浮かべながらわざとらしくお辞儀をするパヴェル。やっぱりコイツは他人に頼られるとやる気を出すタイプらしく、目(本人の申告では左右どちらも義眼だそうだ)にはやってやろうというやる気の炎がみなぎっていた。
「もっと高出力で、過負荷にも耐えられる絶対ぶっ壊れない逸品を作り上げてやる。幸い最高の素材も手に入ったしな……」
「最高の素材?」
「見るか?」
来いよ、とパヴェルに呼ばれ、ベッドから起き上がって彼の後についていく。
何気なく窓の外を見て見ると、ゲラビンスク駅のホームはやけに騒がしかった。
あれ、ここって在来線のホームじゃなくてレンタルホームよね?
在来線のホームならば利用客がたくさんいるから騒がしいのは分かる。けれども冒険者向けに解放されているレンタルホームは利用者が冒険者ギルドや関係者くらいのもので、基本的に閑散としている(そういう事情もあってレンタルホームには電話ボックスと休憩用ベンチくらいしか設備がない)。
しかし俺たちの列車が停車しているレンタルホームにはどういうわけか、カメラを持った報道関係者と思われる人たちが集まっているようだった。数名の憲兵がロープを張って報道関係者を押し留めているようで、なんだか事件の野次馬の群れを見ているような気分になる。
その時、カメラマンの1人と目が合った。
『あ、もしかしてあの子がミカエル!?』
『雷獣だ! 雷獣のミカエル!』
『あの大英雄イリヤーの子孫らしいぞ!』
『英雄だ! 英雄の再来だ!!』
そんな声が口々に聞こえ、パシャパシャとシャッターを切る音が連鎖した。ストロボの光がバチクソに眩しい。
とりあえず無表情でガン無視というのもイメージダウンになりそうなので、ファンサのつもりで笑みを浮かべながら彼らに手を振っておく。数名のカメラマンが何故か鼻血を出してぶっ倒れたんだけどアレ報道関係者じゃないよね?
「まったく、困るねえああいうの」
肩をすくめながらパヴェルが言った。
「取材とか撮影とか、そういうのは俺を通してもらわないと」
「あ、あはは……そだね」
たぶんそれで取材の大半はシャットアウトできると思うよ……パヴェル顔怖いし。
そんなこんなで彼のラボへと案内され、薄暗い室内に足を踏み入れる。室内には修道服姿のシスター・イルゼもいて、パヴェルの研究室には絶対になさそうな少し大きめの壺からは澄んだ香りのする煙が立ち上っていた。
教会とかで嗅いだ事のある香りだ……お香だろうか。
あの壺もシスター・イルゼの私物なのかな、と思いながら部屋の中を見渡し―――すぐにパヴェルの言う”最高の素材”とやらが何なのか理解する。
研究室の真ん中に置かれた作業台。その上には白く染まり、繋ぎ目から桜色の光を漏らすドラゴンの外殻のようなものが置かれており、腕を組みながらそれをアナスタシア姉さんが険しい顔で見つめている。
「姉上」
「ん、ミカか。此度の戦い、ご苦労だったな」
もう身体は良いのか、と問いかけられながら早くも吸われたのでとりあえず「大丈夫ですよ」と引きつった笑みと共に答えておく。そしてすんすんもふもふと姉上の容赦ないジャコウネコ吸いが始まるのだ。
さて、それよりもこの外殻だ。
ゾンビズメイの外殻である事は確定だろう……対消滅エネルギーを吸収し、さらなる力を手にしたゾンビズメイの変異形態。それが身に纏っていた、あの白い外殻がここにある。
「お前が気を失っている間にゾンビズメイの死体は回収した」
前髪の白い部分をモフモフしながら姉上が言った。
「帝国の連中に取られる前に、死体の大半は秘密列車でイライナに運んだ。今頃フリスチェンコ博士が大喜びで調べてるだろうよ」
フリスチェンコ博士……ああ、あのメスガキ博士か。元気だろうかあの人?
「で、その死体から剥ぎ取った素材の一部は報酬として俺ら血盟旅団のところに供与されたって事だ。コイツを使えばミカだけじゃねえ、全員分の触媒が用意できる」
「全員分? ソイツは凄い」
「それだけじゃない、テンプル騎士団から奪った賢者の石の在庫も山ほどある。組み合わせればエグい性能の触媒が作れそうだ」
伝説の竜を打ち倒して得た力を触媒にする―――多くの英雄がやってきた事だ。
そうか、俺も……俺もやっと……。
自覚がなかったけど、やっと実感が湧いてきた。
歴史に名を遺した名だたる英雄たち。
その末席に、ちょこんと佇むくらいはできたのかなって。




