号砲一発
往復ミサイルの中の人は工業関係の仕事をしているのですが、安全教育を徹底して受けたせいでアニメとかで可動部が剥き出しのメカとか見ていると「アレ作業時巻き込まれない?」とか「うわ、この組織労災ヤバそう……」とか「せめて接触防止カバーつけて」という思考が邪魔をするせいで純粋にアニメを楽しめなくなりました。
特にスチームパンク系の作品にその影響が顕著に出ています。職業病って怖いですね(血涙)
「急げ、15分で発射態勢に持っていくぞ!」
アナスタシアが声を張り上げるまでもなく、ゲラビンスク駅から少し離れた位置に停車した列車砲の周囲では、彼女が連れてきたストレリツィの隊員たちだけでなく、リガロフ家で雇っている私兵部隊も総出で砲撃準備に取り掛かっていた。
28㎝攻城砲は強力無比な兵器だ。文字通り、城壁諸共撃ち抜くほどの威力がある。運用上の制約は多いものの、それを列車に乗せて移動させ、最適な砲撃地点で砲撃を行えるというのは、今の時点ではこれ以上ないほどの利点であった。
4900億ライブルという値段には卒倒しそうになるが、しかしそんな最悪の衝動買いの産物がこの窮地を打開するカギになろうとは、誰も予想しなかったであろう。
「ジャッキ下ろせ!」
「ジャッキ下ろしまぁす!!」
列車砲の側面にあるハンドルを回す兵士たち。列車砲を地面に固定するためのジャッキがゆっくりと下降を始める様子を眺めるアナスタシアの元に、ヒグマのような体格の男がやってくる。
見覚えのある男だった。迷彩模様のコンバットパンツに、上には黒いタンクトップ姿というラフな格好ではあるが、むしろ実戦経験豊富な軍人といった雰囲気を醸し出している。
確かパヴェルという男だった筈だ、とアナスタシアは思い出す。ミカエルの腹心で、本人は『ギルドのマネージャー』を名乗っているものの血盟旅団の中では随一の実力者であり、そしてミカからの手紙では度々「何でもできる万能選手」と呼ばれている。
「悪いな、急なおつかい頼んじまって」
「なあに、可愛いミカからの頼みだ……それにあの化け物を仕留められるのだろう?」
「理屈では、な。だが確証がない」
賭けになるな、と咥えていた葉巻を携帯灰皿に押し込みながらパヴェルは言った。
賭け―――確かにその通りだ。
ミカエルの言っていた『生まれ変わりの泉』の伝承はアナスタシアも知っている。が、しかし以前にミカエルがそこを訪れた際に採取したサンプルをシスター・イルゼが調べた結果、「普通の水よりも若干カルシウムの含有量が多い程度」であり、何の変哲もないただの水であったのだという。
果たしてそれが、あの変異を繰り返す怪物に引導を渡すロンギヌスの槍となり得るのか―――しかし対消滅爆弾もいよいよもって通用しなくなった以上、それに賭けるしかないのも事実だった。
「博打は嫌いだ」
腕を組んだまま、アナスタシアは冷たい声で言った。
「しかし今はそれしかないのであろう?」
「そうなるな」
「ならば賭けよう……なあに、ミカならば正解を手繰り寄せてくれる」
アイツは幸運の女神に好かれているからな、と笑いながらアナスタシアは続けた。
「で、砲弾は」
「格納庫にある。採取した泉の水もここに来る途中に充填した」
「仕事が早い」
器用なものだ、とパヴェルは思った。
キリウからアレーサを経由し、ゲラビンスクまで休憩なし、最高速度でノンストップ運転だった筈だ。列車も揺れに揺れるであろう事は想像に難くなく、そんな中での泉の水を充填する作業は困難を極めたに違いない。
到着後に充填作業があるだろう、と最初から手伝う気で居たパヴェルも、そして今回は役目がないので力仕事を担当する事となっていた範三も、仕事が無くなって肩透かしを食らったような顔をしていた。
「範三、装填を手伝うか」
「うむ、任せてくれ……といっても、何をすればいい?」
「俺の指示通りにやればいい。復唱と安全確認は徹底しろ」
「お、おう」
充填が終わっているならば、後は砲弾を装填し発射するだけでいい。
小走りで装填用のクレーンの方へと向かっていく2人の様子を見送ってから、アナスタシアは街のすぐ近くで暴れるゾンビズメイの方に視線を向けた。
今は前線でミカたちや砲兵隊の攻撃を受け、意識が完全にそちらに向いているゾンビズメイ。しかし何度も砲撃していれば、あの怪物の意識はこちらへと向けられるだろう。そして一撃で仕留める事が出来ず、攻城砲を最大の脅威と認識されてしまえば、次に狙われるのはこちらである。
砲撃時の反動対策のため、列車砲の部分をジャッキで地面に固定、更に砲身を旋回させなければならない関係上、砲撃後の即座に移動というのは無理な話だ。最低でもジャッキによる固定は解除しなければならない(そうでなくても砲身が半端な角度に旋回している場合はバランスの崩壊を招き大変危険である)。
用意してある特殊砲弾は3発―――タンクいっぱいに採取した泉の水は、全て3発の砲弾に充填した。
つまりこれで仕留めきれなければ、今度こそ終わりという事だ。
「砲弾装填作業、開始!」
私兵部隊の砲術長が野太い声を発するや、装填要員が駆け足でクレーンの方へと向かっていった。砲弾格納庫の天井が解放され、その中へするするとクレーンアームが降りていく。
「フック固定ヨシ!」
「フック上げ!」
「フック上げぇ!」
クレーンに搭載されたモーターが唸り声を発した。甲高い音と共にクレーンアームが巻き上げられ、和室神にされた状態の特殊砲弾(識別用に紅いラインが描かれている)が朝日の下に顔を出した。
そのままクレーンがアームを伸ばし、砲尾にある閉鎖機の近くへと砲弾を下ろしていく。
「フック解放ヨシ!」
「装填装置起動!」
「砲弾前進します!」
近くに居た装填要員が目の前の操作パネルにあるスイッチを弾き、レバーを倒した。
巨大なスプロケットが回転、それに装着されている大型のチェーンも同じく回転を始め、それにより装填装置が目を覚ます。後方から伸びてきた巨大な金属製ロッドが砲弾の後部を押し、そのまま砲身内部へと砲弾を送り込む。
その間にも、装填チームは次のステップに進んでいた。
装薬用格納庫へとクレーンが旋回するや、解放された天井ハッチの近くでパヴェルがクレーンを誘導、大きな声と手旗信号を交えてクレーンの操縦士に指示を出す。
「クレーン下ろせ!」
「クレーン降下!」
クレーンアームが装薬用格納庫へと降りていくや、今度は巨大なドラム缶のようなカートリッジが掴み上げられてくる。
砲弾用の装薬だ。砲弾を発射するために必要な火薬があの中に詰まっている。手順としてはまず先に砲弾を装填、その次に装薬を装填して砲尾の閉鎖機を閉鎖。後は観測要員からの観測に従い砲身を旋回、仰角を調整し砲撃という手順になる。
再装填時はその逆の操作を行い砲身を元の角度に戻した後、クレーンを用いてまた装填する必要がある。そのため砲撃と再装填には極めて長い時間が必要になり、その間は移動もできないため完全に無防備となってしまうのだ。
いくら巨大で強力な攻城砲でも、この状態で攻撃を受ければひとたまりもない。相手が巨大怪獣ならば猶更だ。
「装薬下ろせ!」
「装薬降下!」
クレーンアームに保持された装薬が下降、砲尾へと降ろされたところで装填手たちが固定用のフックを外す。
そして再び装填装置が作動、金属製ロッドに押される形で装薬も砲身内部へと姿を消していった。
「よし、閉鎖機を閉じろ!」
「閉鎖機閉鎖!」
砲尾で作業していた装填手が2人がかりで巨大なレバーを右へ90度倒した。それに連動して砲尾の閉鎖機が左へとスライド、防爆扉さながらの分厚さのそれが装薬の後端部を完全に覆い隠し、砲身後部を閉鎖してしまう。
「中将閣下、装填完了しました」
「よし、砲身旋回!」
声を張り上げると、大型の測距儀を三脚の上に展開して観測していた観測班も同じく声を張り上げる。
「観測班より砲手、旋回角度右103度、仰角12度!」
観測班からの指示が入るや、砲手たちが手元の操作盤のスイッチを弾いた。いくつものランプとメーターが並ぶそれのスイッチを弾く度に、圧力を表示するタコメータの針が右へと震えながら移動していく。
ゆっくりと、金属の軋む音を響かせながら28㎝攻城砲が旋回を始めた。旋回にはおそらく油圧を使っているのだろう、重い物体を動かすには最適の設備ではあるのだが、如何せん動作は緩慢極まりない。まるで亀の歩みを眺めているようで、どちらかと言うとせっかちな性格のアナスタシアはそれが歯がゆくて仕方がなかった。
やっとのことで砲身旋回を終えた攻城砲が、今度は獲物に狙いを定める大蛇の如く砲身を上げ始めた。仰角12度―――比較的近距離の敵を砲撃するため、ほぼ水平射撃となる。
「照準固定ヨシ!」
「警報鳴らせ! 装填要員は直ちに退避!」
アナスタシアが命じるや、攻城砲の周囲にブザーの音が鳴り響いた。
役目を終えた装填要員たちに退避を促すためのものだ―――28㎝砲ともなれば重巡洋艦、あるいは巡洋戦艦の主砲クラスにもなる。そんなものを発砲すれば衝撃波は凄まじく、周囲の物体を容易く吹き飛ばしてしまう。
生身の人間など簡単に吹っ飛んでしまうだろう。
アナスタシアも副官のヴォロディミル達と共に車内へと退避、防爆構造になっているハッチを閉鎖した。装填要員や観測要員たちの退避が終わった事を装填手が砲手に報告し、砲撃準備が整う。
数秒間、沈黙が続いた。
聴こえてくるのは遠雷のような砲声と、銅鑼を鳴らしたようなゾンビズメイの咆哮のみ。
その直後、新たな轟音がすぐ近くで生じた。
28㎝攻城砲が、ついに火を吹いたのだ。
さながら、ドラゴンが火を吹いたようだった。
ゲラビンスク駅から少し離れた位置、ちょうど市街地からウルファ方面へと伸びる線路の待避所に居座る列車砲からの砲撃だった。
ヒュゴッ、と俺の機甲鎧の頭上を一発の砲弾が駆け抜けていく。おそらくあれが、砲弾内部に生まれ変わりの泉の水を充填した特殊砲弾なのだろう。28㎝ということは、口径だけで言うならばドイツの戦艦シャルンホルストと同等であろう。
頼むからこれで決着がついてくれ……そう祈りながら後方へと退避する俺の目の前で、攻城砲がその破壊の牙をゾンビズメイに突き立てる。
それはまるで、流星が落ちたかのようだった。装薬に押し出されて飛来した一発の砲弾は微かに左に逸れたものの、それでもゾンビズメイの左肩の付け根を直撃し、そして期待通りに泉の水をぶちまけた。
ごしゃあっ、と金属の塊が砕け散る轟音が響き渡る。さすがにゾンビズメイも戦艦の主砲クラスの砲撃を受けるとは思っていなかったようで、まるでヘビー級ボクサーの右ストレートをもろに受けたかのように、全長121mの巨体を大きく揺らした。
被弾した際の衝撃か、左肩の外殻はいくらか砕けており、内部で光りながらも脈打つ肉が覗く。
通用……していない……?
そんな馬鹿な、と思ったその時だった。
ずるり、と肩の外殻が、まるで油を塗られているかのように滑り落ちてくる。
今の被弾の衝撃で剥離したわけではない事は、すぐに分かった。
今しがた落下した外殻につられるように、他の部位の外殻も、そしてその内側で脈打つ肉塊もまるでバターのように溶け、崩れ始めたのだ。
《効いてる……効いてるわ!》
《不要放鬆警惕、還沒時候!(油断しないで、まだよ!)》
リーファの言う通りだった。
左肩を中心に肉体が崩壊し始め、苦痛の雄叫びをあげるゾンビズメイ。既に崩壊は胸板や左の脇腹にも達しており、剥がれ落ちた外殻の下からは肉のこびりついた肋骨や、その内側でドクンドクンと脈打つ臓器類の姿が覗えた。
やがてずるりと左の前脚が肩の付け根から崩れ、腐敗した体液を撒き散らしながら地面に落下した。
やはりそうだ、生まれ変わりの泉の作用を受けているのだ―――水を浴びた部位が影響を受け、元の姿に戻ろうとしている。大英雄に斬り落とされ、生命活動を停止した首の本来あるべき姿に。
だがしかし、まだ死んだわけではない。
怒り狂ったように身体を大きく捻り、ブレード状の外殻がついた尻尾を振り回してくるゾンビズメイ。
辛うじて攻撃を回避するが、傷口から拡散する体液や肉片がゴツゴツと機甲鎧の装甲表面を殴りつけ、先ほどからひっきりなしに衝突警報のブザーがコクピット内で騒ぎ立てる。
肉体の崩壊は、それ以上は進まなかった。
「くそっ!」
《ミカ、もう一発よ!》
「パヴェル、聞こえるか!?」
《ああ、どうだ!? やったか!?》
「命中、されど目標は健在! 更なる砲撃の必要性を認む!!」
相手に対し、泉の水が不足していたのか―――それともズメイの生命力が影響しているのか、何かしらの耐性を持ち合わせているのかは定かではない。
頼むぞ、決めてくれ……!
次で決めてくれ……!




