巨竜激突
大怪獣バトルの始まりです。ポップコーンと飲み物を準備してお楽しみください。
ガノンバルドには”縄張り”という概念がない。
生まれ落ち、親の元で戦い方を学んで独り立ちした後は、遊牧民の如く世界各地を移動しては餌を喰らい、目に映るすべての外敵を完膚なきまでに粉砕して、ただ焼け野原だけを残していく。
その生態こそが、彼らが『征服竜』と呼ばれる所以である。
恵みを求め世界を征き、立ち塞がる全てを粉砕していく―――雄々しく、力強く、敵からすれば侵略者としか思えぬその立ち振る舞いは、文字通り”征服者”のそれだ。
そしてガノンバルドは、何よりも目に映る全てを敵と認識する。
卵から孵化した直後、傍らに居る親(最近ではガノンバルドは子育てをしないのではないかという説も有力視されている)以外を全て敵と認識し攻撃する―――独り立ちした後は、それが同族であったとしても敵と思い込み攻撃するほどだ。
そしてその凶暴性は、幼体の頃から備わっている。
故に決して調教できず、誰にも手懐けられない孤高の狂戦士―――それがガノンバルドという竜の常識であり、覆される事はないであろうとされてきた。
しかし、これはどういうことか。
そのガノンバルドは確かに調教されていた。獣人の手によって育てられ、躾けられ、戦力として組み込まれた征服竜ガノンバルド―――ノヴォシア帝国騎士団の巨大な甲冑を身に付けたガノンバルドの眼がぎょろりとゾンビズメイを睨むや、大きく口を開けて咆哮する。
『ゴォォォォォォォォォォォォォッ!!!』
『ギャオォォォォォォォォォォンッ!!!』
それに呼応するように、在りし日の姿に近い形態へ変異したゾンビズメイも咆哮を返す。
さながら武士同士の名乗り合いのような咆哮を合図に―――2つの山のような巨体が、真っ向からぶつかり合った。
何百、何千もの銅鑼を耳元で一斉にぶち鳴らしたような轟音に、陣地転換中だった砲兵隊も、周囲を旋回し2つの巨竜を見守っていた飛竜隊も、そして機甲鎧の機内にいたミカエルたち血盟旅団の面々も、思わず耳を塞いだ。
本気で突進したガノンバルドとゾンビズメイ、双方の弾丸や砲弾をも弾く外殻が、巨竜の圧倒的脚力と質量を背にしてぶつかったのだ。その衝撃たるや数隻の超弩級戦艦が全力で艦砲射撃をしているかのようで、ゾンビズメイの侵攻を防ぐためにやってきたはずの騎士団や冒険者たち全員が、その戦いのスケールの大きさに唖然としていた。
この世界において、食物連鎖の頂点は竜であるとされている。
しかし近年、人類も旧人類の遺跡等から得た技術を解析し技術水準を着々と向上させており、飛竜すら叩き落せるガトリング砲や水冷式機関銃も実用化、大規模配備されている事から「もう人類は竜を超え食物連鎖の頂点に立った」と豪語する軍関係者も存在する。
だが……。
(こりゃあ無理だよ……)
装甲に覆われた機甲鎧のコクピットの中、グローブ型コントローラーを握りながらミカエルは……いや、彼だけではない。この作戦に参加したすべての冒険者に将兵たちが思った―――本能で理解したのだ。
どれだけ高性能な銃や爆弾、大砲を発明して配備したところで、人類は未だ竜の足元にすら及んでいないという事を。
掴みかかろうと前足を伸ばすガノンバルド。しかしゾンビズメイの外殻を掴み、そのまま押し倒すよりも先にゾンビズメイの前足に阻まれ、全長120m超の巨体同士が至近距離で押し合う。
帝国騎士団が投入したガノンバルドは全長122m―――記録上最大とされている全長130mの個体と比較するとやや小ぶりではあるものの、それでもサイズは平均値をオーバーしており、何より人工飼育に初めて成功した個体である。
それに対しゾンビズメイは121m―――ほぼ同サイズであり、これからさらに”本来の姿”に変異する余地もあるとはいえ、ガノンバルドと比較するとやや小さい。
力比べであれば勝てると踏んだのだろう。ガノンバルドがそのまま体重を預けると、ゾンビズメイの巨体が揺らいだ。ぐぐっ、とゾンビズメイが押され、地面に巨大な轍が刻まれる。
本来の姿ではなく、あくまでも3つの首の1つが変異しただけの存在とはいえ、ゾンビズメイも文字通りズメイの端くれだ。が、ガノンバルドは相手が伝説の邪竜であっても容赦なく襲い掛かる。彼にとって目の前の全ては敵なのだから。
パワーで負けているにも関わらず、吼えながら抗うゾンビズメイ。ダメ押しと言わんばかりに、ガノンバルドの特徴でもある剛腕―――6本ある前脚のうち特に筋力が発達した一対の巨腕が振り上げられたかと思いきや、その先端部にある握り拳が力任せにゾンビズメイの頭へと振るわれた。
バガンッ、と何かが割れる音と共に、夜空に大量の飛沫と肉片、それから金属片のように鋭利な欠片が撒き散らされた。
体液に肉片、それから頭部を覆う外殻の一部だ。
どれだけ砲撃を撃ち込み、対戦車ミサイルを叩き込んでも割るどころか掠り傷を与えるので精一杯だったゾンビズメイの外殻。特に堅牢な頭部のそれが割れたのである。
『危ない!』
「!!」
カーチャの声に、ミカエルとモニカは機体を後方へバックさせた。
直後、目の前の地面にフレシェット弾の豪雨の如く、今のガノンバルドの一撃で割れた外殻の破片や体液、吹き飛んだ肉片などが落下して、大地をズタズタに引き裂いた。
あんな運動エネルギーの拳で叩き割られたのである、吹き飛んでくる破片の威力も相当なものだろう。
ほんの少し動いただけでも周囲に甚大な被害を及ぼす巨竜たち。それがお互い、闘争本能を剥き出しにしてぶつかり合えばどうなるか。
少なくとも、「人類こそが食物連鎖の頂点」だなどと寝言を言ってはいられない状況になるのは確かだった。
(クソッタレ、マジで怪獣映画に出演した覚えはねえぞ)
胸中に悪態をつくミカエルの視線の先では、両者の殴り合いは更に激化していた。
負けじと尻尾を振り払うゾンビズメイ。どちらかと言うと人間の格闘家(当然骨格は全く異なるものである)に近いガノンバルドに対し、ゾンビズメイは巨大な頭と長い首とのバランスを長大な尻尾でとる、ティラノサウルスに近い体格をしている。
当然、その長く鋭利な突起のついた尻尾は強力な武器として機能した。
遠心力を乗せて振るわれた尻尾が、更に追撃を図らんとするガノンバルドの顎を右斜め下から直撃したのだ。
ルビーにも似た結晶がそこかしこから突き出たそれは、さながら巨大なフレイルを思わせた。遠心力と外殻及び結晶体自体の硬度、更にはゾンビズメイの筋力で振るわれたそれは破滅的な破壊力を生み、優勢だったガノンバルドに致命的な結果だけを与えた。
ボゴンッ、と鈍い音と共に外殻の破片や折れた牙が吹き飛び、ガクンッ、とガノンバルドが大きく頭を揺らす。
ドッ、と陣地転換を終え、砲撃準備に入ろうとしていた砲兵隊の眼前に巨大な欠片が落下する。
それは牙だった。
ガノンバルドの口内に生えている牙―――火花を生じやすい、火打石に近い性質を持つガノンバルドの牙だった。
予想外の反撃が与えた結果は、それだけに留まらない。
体勢を立て直そうとするガノンバルドだが、しかしその巨体を支えるこれまた巨大な両脚は覚束ない。まるでアルコールの過剰摂取で朦朧としているかのようにふらりふらりと身体を揺らすばかりで、あれほどまでに敵意で燃え盛っていた双眸も焦点が合っていなかった。
―――脳震盪だ。
下顎に強烈な衝撃を受けた事により、ガノンバルドの脳が頭蓋の内側で激しく揺さぶられた結果だった。如何に120m超えの竜であっても、脳を揺さぶられてしまってはたまらない。
ここぞとばかりに、今度はゾンビズメイが攻勢に転じる。
巨大な口を開け、ふらつくガノンバルドに喰らい付いた。
腐敗し、変質した牙ではあったものの、それでも化け物じみた咬合力で鋭い牙がガノンバルドの外殻へとめり込んでいく。
深紅の三日月の下、さながら獲物の血を啜る吸血鬼のようにも思えた。
負けじと剛腕を薙ぎ払い、ゾンビズメイを引き離そうともがくガノンバルド。偶然か、はたまた狙って当てたのかは定かではないが、振るわれた剛腕の一撃がゾンビズメイの側頭部を打ち据えると、ゾンビズメイもその衝撃に耐えかねて牙を放してしまう。
息を大きく吸い込み、口を開けるガノンバルド。
実際に交戦経験のあるミカエルとモニカは、その予備動作に見覚えがあった。
(ブレスだ!)
そう、ブレスだ。
ガノンバルドのブレスは独特だ。体内にある臓器から分泌した可燃性の液体を肺から放出される高圧の空気に乗せ、更に首の筋肉を締め上げて圧力をかける事によって口内へと噴霧。その際に牙を打ち鳴らして火花を生じさせることで着火、相手をブレスで焼き尽くす……というのがガノンバルドのブレスを吐き出すメカニズムになっている。
ベラシア地方での戦いでも辛酸を舐めさせられたそれを思い起こしていると、負けじとゾンビズメイもブレスの発射態勢に入った。見せつけるかのように大きく開け放った口腔の中に、血のように紅い光が充填されていく。
ガチンッ、と牙を打ち鳴らしたガノンバルドがブレスを放つのと、ゾンビズメイの口腔から光が溢れたのは同時だった。
限界まで加圧された炎の奔流と地獄のような熱線が、真正面からぶつかり合う。
溶鉱炉の中を覗いたかのような熱風が平原のど真ん中に吹き荒れた。熱と衝撃波が荒れ狂い、それだけで周囲の草木が発火、さながら罪人を焼く地獄の如き業火を地上に出現させてしまう。
機外温度が瞬く間に300℃に達したのを、ミカエルは見逃さなかった。
(は……?)
あの2体の大怪獣が熾烈なデスマッチを繰り広げている現場からは4.8kmほど離れた距離だ。それだけ離れているというのに、機外温度を現すアナログの温度計の針は300℃を指し示したまま振り切れており、機内のメインモニターにも高熱警報が表示され、パワーパック及び本体の冷却システムが緊急冷却モードへと移行している。
もっと近くに居たら、火傷なんてものでは済まない筈だ。
結局、あれがゾンビズメイの本気なのだ。人間相手の時は、全く本気など出していなかった。
「これ……どっちが勝つんだ」
《どっちが勝っても同じだよ、ミカ》
無線機で応えたのはパヴェルだった。
どっちが勝っても同じ―――きっとそうなのだろう。
あのガノンバルド、同格かそれ以上との敵との戦いですっかり闘争本能に呑まれている……我を忘れて暴れている状態だ。
真正面からぶつかり合ったブレスに、変化が生じたのはその時だった。
ゾンビズメイの背中からびっしりと生えている、深紅のルビーのような結晶体。
それの内側に一瞬だけ紅い幾何学模様が浮かんだかと思うと、一気に輝きを増し―――それに背中を押されたかのように、ゾンビズメイの口から放出されていたブレスが一気に勢いを増したのである。
さながら巨大なダムの放水のような勢いを得たそれは、拮抗状態にあったブレスの押し合いを一気にゾンビズメイ有利に傾けた。ガノンバルドのブレスが押されに押され、どんどんガノンバルドの方へと押し込まれ始めたのである。
ガノンバルドも無理を承知の上でブレスの勢いを強めるが、しかしそれはごく僅かな延命にしかならなかった。
深紅の閃光がガノンバルドの上半身を呑み込んだ。灼熱の閃光の中、ガノンバルドの巨体を覆う黒曜石のような外殻が溶け、砕け、剥がれていく。やがては閃光の中にシルエットを残し、征服竜の異名を欲しいがままにしたガノンバルドの姿が完全に、ゾンビズメイのブレスの中へと消えていった。
それだけでは終わらない。
ガノンバルドを完全消滅させたブレスは勢いをそのままに、ムガラグ街道の外れにあった廃屋を掠めただけで炎上させるや、そのまま地面に直撃。前日の雨で湿った地中の水分を瞬く間に蒸発させ大爆発を引き起こす。
《衝撃波、来るぞ!》
「対ショック体勢!」
ミカエルが仲間たちに叫んだ直後、ごう、と火柱の出現に遅れて猛烈な衝撃波が飛来、機甲鎧を揺さぶった。
立ち昇る火柱はやがて巨大な黒煙と化し、そのままキノコ雲へと姿を変えていく。
ムガラグ街道にはもう既に、ガノンバルドの姿は影も形もなかった。
ただ、巨大な竜が1体立っていた。
自らが生み出した巨大なキノコ雲を睨みつけ、天を割らんばかりに咆哮を発する邪竜、その片鱗が。
「あんなの……どうやって倒せってんだ」
身体中の外殻を松ぼっくりのように開き、ブレス後の冷却を始めるゾンビズメイ。
その化け物を見つめながら、ミカエルは絶望の言葉を口にする事しかできなかった。
”それ”は丸い形をしていた。
鋼鉄の卵と表現したくもなるが、しかしびっしりと周囲に埋め込まれたプラグのような突起がそれを許さない。栗やウニと表現するにしても突起が短すぎ、何とも言えぬ姿をしている。
合計14体の飛竜、その足に括りつけたワイヤーで吊るされているそれこそが、帝国騎士団の真の切り札。
人の手で調教されたガノンバルドなど、陽動―――ゾンビズメイをムガラグ街道に釘付けにするための囮であり、つまるところ前座でしかないのだ。
血のように紅い三日月が浮かぶ夜空を、帝都から派遣された飛竜隊が悠然と飛んでいく。
ただ、英雄譚から飛び出した怪物を完全消滅させるためだけに。
その爆弾には、こう記載されていた。
『противоаннигиляционная бомба(対消滅爆弾)』と。




