化け物VSおまんじゅう戦車IT-1
さながら怪獣映画の一幕のようだった。
相手は正体不明の大怪獣。こっちは戦車とそれに搭載した対戦車ミサイルで、あの怪獣を足止めし味方の離脱まで時間を稼がなければならない。
幸い、口の中に飛び込んだ『ドラコーン改』対戦車ミサイルであの”ゾンビズメイ”は苦しむ素振りを見せた。毎度の如く自衛隊が相手にしている怪獣と比べれば、まだ倒せる望みはある、ということだ。
息を吐き、手を握っては力を抜いてを繰り返した。
この手に震えが生じなくなり、心臓の鼓動が高鳴る感覚も消え失せ、機械みたいに規則的で電子的な心音に変わって久しいが、しかしもし仮にこの身体が生身の、それこそ7~8割も機械化する前の本来の肉体だったら、俺も人間相応に震えていただろうし、脈拍も速くなっていたであろう事は想像に難くない。
本能的にヤバいと感じるような、そんな強大な相手との戦いなんていつぶりだろうか……遥か昔、ガルちゃんと戦った時以来か?
懐かしいな、と遥か昔の記憶に想いを馳せながら、ミカ達の乗るコザック-2装甲車の位置とこちらの現在位置、そしてあのクソッタレズメイの位置を頭に焼き付ける。
照準器の向こうでは、真っ黒な外殻の隙間から燻るような紅い光を漏らすズメイがぎょろりとした眼球でこちらを睨み、方向転換している最中だった。ミサイルのおもてなしを受けた口腔からは火山みたく黒煙が噴き上がっており、実際どの程度のダメージを与えられたのかは定かではない。
だがこれで、敵の狙いはこっちになった。ミカ達から注意を逸らせたならばそれでいい。
「―――Огонь!!(発射!!)」
足元の発射ペダルを義足で踏み込んだ。
命令を受けたミサイルのロケットモーターが点火、ペイロード限界まで炸薬を増量し破壊力を高めた『ドラコーン改』対戦車ミサイルが、砲塔上部に搭載されたレーザー照射ターレットの誘導に従い飛翔。本日二度目のヘッドショットを成し遂げるべく、こちらに向かってくるズメイの頭目掛けて飛んでいく。
しかし今度は、ズメイもやられっぱなしではなかった。
外殻の割れた部位や隙間から伸びている触手(何だアレは)を無数に伸ばすや、それを槍のように突き出して、あろうことか対戦車ミサイルの迎撃を試みたのである。
本体に直撃を受けるよりは触手の何本かを犠牲にした方が安上がりなのだろう。
しかしそこまでして攻撃をやり過ごそうという事は、裏を返せばさっきの一撃は効いた、という事なのだろう。微々たるものであってもダメージが入ったというのは大きな希望である。
少なくとも勝てない相手ではない。
レーザー照射に従い飛んでいくドラコーン改誘導ミサイル。しかしその進路上に現れた触手に真下から突き上げられてしまい、ミサイルの軌道が上方へとずれてしまう。
このままではミサイルが相手の頭上を飛び越してしまう―――なんてことは、ない。
ドラコーン改は、原形となったドラコーン対戦車ミサイルもそうであるが、IT-1から照射されているレーザーを検出し目標へと飛翔していく方式だ。つまり、こちらからのレーザー照射が途絶えない限りは多少の軌道修正も可能という事である。
下から突き上げられこそしたものの、弾頭の重量のおかげもあって大きく逸れる事は無く、何とか持ち直したミサイルがそのまま急降下。図らずも上方から相手を殴りつけるトップアタックの格好で、ズメイの頭部を強かに殴打していく。
ドムッ、と重々しい爆音が轟いた。
メタルジェットですら、ズメイの外殻を穿つ事は叶わなかったらしい。別にそれは驚く事ではない、想定の範囲内だ。しかしどれだけ堅牢でも被弾の衝撃までは完全には殺せないもので、対戦車ミサイルの直撃を受けたズメイは軽くふらつくような素振りを見せた。
腐敗しゾンビ化したとはいえ、脳を激しく揺さぶられれば軽い脳震盪も起こすというものだ。とはいえヘビー級ボクサーに顎を思い切り殴られたようなレベルのものではなく、たまたまそれなりの威力のラッキーパンチが入った程度。これくらいでは決定打とはなり得ない。
だが―――対戦車兵器が比較的有効、というのは確定だ。
一発目は口の中に、そして二発目は頭に命中し軽度の脳震盪……命中したアングルが良かった、というのもあるが、しかし利き目はある。
それに、だ。
列車内で行った実験で、奴から採取した肉片に聖水を垂らした結果、肉片が焼け爛れ動かなくなったという結果が出ている。つまりゾンビ化してしまったあのズメイの首の一つには、通常のゾンビ同様に聖水(そしておそらくは教会の鐘や聖歌、水銀、光属性魔術など)が効果を発揮するのだろう。
それも見越して、特注のミサイルを数発持ってきた。
「次弾、聖水弾頭を装填」
無線機に向かって言いながらコンソールを操作。自動装填装置が通常弾頭ではなく―――炸薬の代わりに聖水をたっぷり充填した、対ゾンビ用の聖水弾頭ミサイルを発射機に装着。すぐさまミサイルを収容したコンテナ諸共発射機が車外に露出して、コンテナのカバーがパージされる。
聖水弾頭―――ゾンビの集団などに遠方からミサイルを発射、空中で炸裂させることで聖水の雨を降らせ広範囲を攻撃、アンデッド共を殲滅する事を想定して試作していたミサイルだ。開発に際してはシスター・イルゼに協力を依頼し、彼女の監修で試作に漕ぎ着けている。
本来は少量の炸薬を内臓し敵の頭上で炸裂させることで聖水の雨を降らせるという運用を想定していた兵器だが、相手が大型の魔物である事を考慮し、攻撃範囲よりも単体の敵への攻撃力を重視した事から、出撃前に急遽仕様を変更。炸裂用の炸薬を全て外し、空いたスペースにも聖水をたっぷり充填しておいた。
直撃させて弾頭をぶち壊し、直に聖水を浴びせるためだ。
なるほど確かにあの外殻は脅威だが、しかし多くのアンデッドが忌み嫌う聖水に対してはどうか?
分かりきった事だが、まあ、今回はギャラリーもいるし、やられっぱなしでさぞ鬱憤も溜まっている事だろう。ここでいっちょ盛大に憂さ晴らしをしてやるのもまた一興。
「カーチャ」
『これ撃ったら移動でしょ?』
「話が早くて助かる」
『ギアは後進に入ってるわ』
「了解」
ホント、優秀な女だ。
ミカの奴、結果論ではあるが良い人材を引き当てたもんだ。彼女を敵と断定し殺さなくて本当に良かったと心の底から思うよ。
さて……強大な敵がこちらの一撃で怯んだ時、どうすればいいか知っているだろうか?
昔、俺がテンプル騎士団で現役だった頃はこう教育された。
【泣きを入れたらもう一発】だ!
「Огонь!!(発射!!)」
発射ペダルを踏み込んだ。
ボシュ、とロケットモーターが点火、弾頭にエレナ教(シスター・イルゼの宗派だ)由来の幾何学模様を弾頭識別のために描かれた聖水弾頭弾がぐんぐん加速して、ズメイに直進しながらトップスピードに達していく。
またしても触手たちが、ミサイルの軌道変更を試みるべく無駄な努力を費やし始める。しかし先ほどのトップアタックが未だに尾を曳いていたらしく、軽度の脳震盪の影響なのか、触手たちがミサイルを捉える事はついになかった。
ぐしゃあっ、とミサイルがズメイの眉間、ちょうど半ばほどから折れた角の根元へと直撃するや、弾頭部がひしゃげる音を響かせた。あれだけの速度で、しかもあれだけの硬度の外殻に真正面から激突したのだ。弾頭が無事である筈もない。
潰れた弾頭から充填されていた合計4リットルの聖水が、ズメイの眉間に降りかかる。
やはりゾンビ化していたが故に、その一撃は明確な効果が確認できた。
『グォァァァァァァァァァァァァ!!!』
ジュウ、とまるで濃硫酸で焼かれているかのような煙を発しながら、ズメイの眉間の外殻、その表面が変色していった。闇のような黒だったそれが、しかし命中した部位だけ灰色に変わっていったのである。
効いてる、とカーチャが喜ぶような声を発したのが聞こえたが、しかし俺は別の事に目が向いていた。
咆哮を発し悶え苦しむズメイ、その大きく開かれた口腔の中。
ドラコーン改対戦車ミサイルの初撃で抉られ、それなりのダメージを受けた筈の口内。あれだけの威力なのだからせめて舌くらいは千切れているだろうと見込んでいたのだが、しかしそれが覆されたのである。
口内に傷らしきものはあった。
舌も千切れかけていた。
だが―――しかし。
ゆっくりと、ごくゆっくりとではあったが―――その傷口が、通常の自然治癒と比較すれば圧倒的ともいえるほどの速度で急激に塞がり、再生していたのである。
傷の断面から細かな触手のようなもの(おそらくは筋肉の繊維だろう)が伸び、反対側の繊維と絡まり合うや、互いを引き寄せ合って結びつき、そのまま傷口を抑え込むように塞いでしまう。
千切れかけていた舌も同じように塞がり、再結合しつつあった。
決して不死ではないのだろう。殺せない事はないのだろう。
だが―――しかし、少なくとも失血死を強いるような戦い方はあの化け物には通用しない、むしろ時間をかけるだけこちらが不利になるという事が明らかになり、何とも面倒な相手だと悪態をつきたくなった。
指示通り、カーチャがIT-1を全速後退させる。同じ場所から合計3発もミサイルを撃ったのだ、通常の敵との交戦では陣地転換が遅すぎるほどである。
履帯が激しく回転、今朝の雨の水分を未だに保持していた土をべちゃべちゃと抉りながら、ソ連製のミサイル戦車が全速後退しズメイとの距離を保とうとする。
その時だった。
咆哮を発していたズメイの口腔、その奥に紅い光が瞬いた。
「カーチャ!」
『!?』
叫んだ頃には、その紅い光は勢いを増していた。
圧力を限界までかけられた炎―――いや、それはもう”炎”などとは言えないレベルに達していた。
―――”熱線”とも言うべきレベルのそれが、文字通り光の速さで解き放たれたのである。
怒り狂ったズメイが放った苦し紛れのブレス攻撃。発射される寸前、咄嗟にカーチャがIT-1の後退に角度をつけてくれていた事が功を奏し、幸いにも直撃だけは避ける事が出来た。
圧倒的な熱量を伴い空間を一閃したそれは、接触していないにも関わらず地面や草木を熱だけで発火、焼き払いながら直進。そればかりか周辺の大気をもプラズマ化させ、さながら赤々と燃え盛るレーザービームのような姿となってIT-1の右側面を掠めた。
猛烈な熱にレーザー照射ターレット及び各種センサーが焼損、コンソールには高温による高熱警報が幾重にも表示され、焼損したセンサー類の一覧が次々に飛び出してくる。
そればかりではない―――砲塔の旋回機構も熱のせいでどこかが固着したらしく、旋回を試みてもおまんじゅうのようなIT-1の砲塔はうんともすんとも言わなかった。ダメ元で手動旋回に切り替えても結果は同じである。
「無事か!?」
『こっちは何とか……!』
「クソッタレ、あやうく燻製になるところだった……!」
直撃せずとも、ただの一撃でこっちの戦闘力を喪失させるとは……!
ハッチを開け、身を乗り出した。
右側面から煙を吐き出しながらも、IT-1は辛うじて走行を継続していた。堅牢で信頼性の高いソ連製兵器の長所が遺憾なく発揮された事は東側兵器ユーザーとして喜ばしいところであるが、問題はそこではない。
ミカたちの安否を確認するべく後ろを振り向いた俺は、生まれて初めて―――心の底から、その破壊力に圧倒される事になる。
「―――は?」
遥か後方、地平線の向こうにうっすらと覗いていた山。
その一角まで半円状に削り取られ、赤々と燻る地面が続き―――その山も円形に削り取られ、なんとも歪な姿を俺たちに晒していたのである。
「……こいつはちょっと」
ウチの妻並みにヤバいかもしれん……だから俺、妻とは喧嘩しなかったんだよ絶対に。
ははは、と乾いた笑いが零れた。
しかし肝心なズメイの方もただでは済まなかったらしい。
それはそうだ、今のアイツはズメイとはいえ3つ生えていた首のうちの1つでしかなく、いわば本体から切り取られた”切れ端”なのだ。しかもその肉体は腐敗し、喰らう必要もないのに本能のままに捕食を繰り返す化け物と化している。
そんな不完全極まりない肉体で、身体に多大な負荷をかける威力のブレスを放ったのだ。ノーリスクでいられる道理もない。
その証拠に、ズメイの身体を覆う外殻の切れ目が松ぼっくりさながらに開き、そこから蒸気のような真っ白なガスを噴射して、そのまま動けなくなっているのである。
『パヴェル、ドラゴンが……!』
「あれだけの熱量を生じる一撃だ、撃つ側も命懸けなんだろう」
今、ズメイは身体に蓄積された熱を体外に逃すため、放熱をしているのだ。身体中の血流、あるいはその他の体液の類との熱交換を行い、それでも賄いきれない分はああやって外殻を解放、表面積を増やすと共に外気を取り入れて急速冷却を行っているのだと思われる。
つまりあのブレスは破壊力こそ凄まじいが、決して連発できる代物ではない……という事だ。
果たしてそれが本体たるズメイも同様なのか、それとも首だけとなり不完全になった挙句、身体も腐敗し各種機能が喪失した今の状態だから冷却が追い付いていないだけなのか、それは定かではない。
今が攻撃チャンスではないか、と強欲な自分が声を荒げる一方で、理性が冷静にそれを説き伏せる。センサーや照準器もダウン、砲塔の旋回も出来ず自走が精一杯で、定数一杯とはいえあんな怪獣じみた化け物を倒すには心許ない数のミサイルしかない今の状況でどう戦えと言うのか。
今はただ、逃げるしかない。
今のうちに離脱して、態勢を立て直すのだ。
化け物討伐の算段を立てるのはそれからでも遅くはないだろう。
IT-1(血盟旅団仕様)
全長
・6.7m
全高
・2.2m
全幅
・3.4m
重量
・38t
武装
・対戦車ミサイル『ドラコーン改』
・対人クラスターミサイル
・補給カーゴ
・聖水弾頭ミサイル(試作)
※自爆ドローンの発射にも対応できるようアップデートを計画中(パヴェルのメモ帳に記載)
・ブローニングM2(主砲同軸)
かつてソ連で製造されたミサイル戦車、IT-1をベースにミカエルとパヴェルが中心となり、様々な機能を盛り込んで改造した戦闘車両。破壊力を向上させた対戦車ミサイル『ドラコーン改』をはじめ、各種ミサイル、補給カーゴの発射に対応しており、対戦車戦闘から火力支援、歩兵支援に至るまで幅広い任務に投入可能。乗員は2名(操縦手、車長兼砲手)。
なお改修に際し、ウクライナで運用されているT-62AGやT-64BMブラートなどの改修パーツの多くを流用しており、原形車両から大幅なアップデートが図られている。
ミカ曰く『おまんじゅう戦車』。




