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邪竜


 その威容に、古来よりヒトは畏れ、平伏し、しかし時には挑んだ。


 破壊と蹂躙、絶望の具現。


 人々は、そして獣人たちはそれを『ズメイ』と呼んだ。





 ミハイル・トローシン著『ノヴォシアの邪竜、その名はズメイ』より抜粋


















 その威容は空からならば、より一層鮮明に見えました。


 焼け焦げた……というよりも、闇が集まり龍の姿を成したかのような漆黒の外殻と、その繋ぎ目からちらつく血のように紅い光。それはまるで未だ闇の中で燻り続ける火種のようにも見えて、何ともおぞましいように見えます。


 ノヴォシア、イライナ、ベラシアといった帝国を構成するあらゆる地域に伝承が残る邪竜、ズメイ(ズミー)


 ノヴォシア語では『ズメイ』、イライナ語では『ズミー』と呼ばれ恐れられているそれは、しかし今から150~160年前、テンプル騎士団による旧人類滅亡よりも以前にご主人様の祖先、イリヤー・アンドレーエヴィッチ・リガロフと、その盟友ドブルィニャ・ニキーティチの活躍により、本来は3つあったという首の1つを斬り落とされ弱体化、その後に封印されたとされています。


 それが、なぜここに?


 土を盛り上げながら姿を現したズメイ(ズミー)の上空を旋回しながら、私は次の一手を選択できないでいました。


 普通ならば発砲するべきところだとは思います。このキラーエッグには、破格の威力を誇る30mmチェーンガンが1門搭載されているので、攻撃力に関しては申し分ないでしょう。


 しかしそれは歩兵、あるいは装甲車を相手にする時の話で、明らかに首の長さだけで推定50~60mもの巨体を誇る破壊の化身、”邪竜”とも呼ばれるエンシェントドラゴンを相手にするには豆鉄砲に過ぎました。


 それだけではありません。相手の力が未知数である以上、迂闊に攻撃して刺激するのもどうかと思い慎重にならざるを得ないのが実情でした。


 ご主人様に指示を仰ごうと思い、機体を旋回させたその時でした。


「……?」


 血のように真っ赤な夕陽に向かって咆哮するズメイ(ズミー)。その姿に、クラリスは違和感を覚えたのです。


 昔、キリウの屋敷でご主人様の読んでいた図鑑を一緒に読んでいた時の事でした。その図鑑には古今東西あらゆるドラゴンのデータがイラスト付きで掲載されていたのですが、その一番最後のページにエンシェントドラゴンの中では最も強大な存在として掲載されていたのが、このズメイ(ズミー)だったのです。


 書籍によりデータにばらつきはありますが、全長は推定で250~280m。最大の個体でも130mとされていたガノンバルドを鼻で笑うほどの威容を誇り、中でも特徴的なのが全てを焼き尽くすブレス攻撃と、胴体から伸びた3つの首とされていました。


 そう、ズメイ(ズミー)には頭が3つあるのです。


 しかし、地中から姿を現し天空に向かっておぞましい咆哮を発するこのズメイ(ズミー)はどうでしょうか。


 3つあるとされていた首は1つしかなく、しかも眉間から伸びるブレード状の角は折れ、いたるところに傷が生々しく残っています(これは封印された最期の戦いの際の古傷なのでしょう)。


 しかし特徴とされている3つの首はどこにもなく、首は1つしかありません。


 地上に露出したのは3つの首のうちの1つだけで他の部位は埋まっているのかと思い機体を旋回させながら観察していたのですが、その真相が明らかになったのは咆哮を終えたズメイ(ズミー)が方向転換をしたその時でした。


「……!」


 バランスを崩したかのように、地面に思い切り倒れ込むズメイ(ズミー)


 その長い首から下には、胴体も何もありませんでした。


 2人の大英雄に切断されたと思われる生々しい古傷だけが、そこにあったのです。


「まさか……」


 そう、この怪物は確かにズメイ(ズミー)ではありますが、ズメイ(ズミー)そのものではありませんでした。


 大英雄たちとの戦いの折に切断された、3つある首のうちの1つ―――それがゾンビ化し復活したのがこの怪物の正体であるようでした。


 さしずめ『ゾンビズメイ』とでも言うべきでしょうか。


 この怪物はあくまでも腐敗した切れ端の1つに過ぎず、本体はまた別の場所に封印されているという事になりますが……そうでなければ説明がつきませんし、『3つある首のうちの1つを切断され封印された』という伝承とも合致しない事になります。


 しかしその伝承には、切断された首も別に封印されたという記述が多く見られており、こちらも厳重に封印されていた事が分かりますが……なぜ復活したのでしょうか?


 疑問は尽きませんが、しかし封印から目覚めた邪竜の首はどうやらお腹を空かせているようでした。


 古傷や外殻の割れ目から伸びた触手を一斉に、観測所から逃走を図るコザック-2装甲車へと差し向けたのです。血のように紅く染まる平原で、銃座に座るモニカさんのブローニングM2のマズルフラッシュが断片的に煌めくのがここからでも見えました。


 それに呼応するように、首だけとなったズメイ(ズミー)もさながら大蛇のように首をくねらせ、平原に幅8~10mほどの轍を深々と刻みつけながら装甲車を追い始めます。


 派手に地面を盛り上げ、腐敗した体液を撒き散らしながら装甲車を追うズメイ(ズミー)


 このままでは救出に成功した観測所の兵士もろとも、ご主人様たちまで餌食になってしまいます。


 攻撃許可は下りていませんが、相手が明確な敵意を向けている以上は一刻の猶予もありませんでした。操縦桿を倒してキラーエッグの高度を下げ、加速を乗せて降下しながらチェーンガンで攻撃。ドフドフドフッ、と機関銃とは違う重々しい砲声を発しながら榴弾がズメイ(ズミー)の背に火花を散らします。


 榴弾を装填していた事が仇になりました。榴弾はあくまでも直撃のダメージより、炸裂した際の破片や爆風で歩兵の群れ、あるいは満足に防護されていない榴弾砲や野砲、敵の機銃陣地といった目標を攻撃する事を目的としており、堅牢な装甲を持つ相手への攻撃、つまり貫通力は二の次にされているのです。


 だからなのでしょう、考えるまでもなくズメイ(ズミー)に30mmチェーンガンの掃射は全くと言っていいほど効果がありませんでした。強いて言うならば着弾した部位の近くから伸びているあのワームみたいな触手の数本が破片で千切れたくらいでしょうか。


 旋回し、効果が無いのを承知の上でもう一度チェーンガンを射かけますが、結果は同じです。恐竜みたいな突起の生えた首の背に着弾した榴弾が炸裂、虚しく爆風を広げるだけに終わります。


 ズメイ(ズミー)の注意をこちらに向ける事すら叶いません。


 モニカさんや、装甲車の窓から身を乗り出したご主人様たちがズメイ(ズミー)に銃弾を射かけますが、そちらも結果は同じでした。貫通力も威力も劣る12.7mm弾や9mm弾では全くと言っていいほどダメージを与えられず、足止めにすらなりはしません。


 しかし今は攻撃する他ないのです。


 そうでなければ、ご主人様たちが危険なのですから。


















 ズメイ(ズミー)の様子がおかしい、というのはクラリスのキラーエッグが撮影している映像を見てすぐに分かった。


 伝承では巨大な翼に長大な尾、そしてどっしりとした胴体から3つの首を生やした全長280mほどの巨大な邪竜とされているズメイ(ズミー)。しかしコイツには首は1つしかなく、しかもその首だけで50~60mある巨体に続く筈の胴体や、他の部位も見受けられない。


 おそらくだが、これはズメイ(ズミー)そのものではない―――伝承の中にある、大英雄イリヤーの手により切断された首の1つなのだろう。その際に斬り落とした首も個別に封印したという伝承はいくつか見られたことから、おそらくその可能性は高い。


 それにしても、首の1つでこれか。この威容なのか。


「来るぞ、来るぞ!!」


 助手席の窓から身を乗り出し、後方から迫りくるあのワームみたいな触手をキャリコM960Aで撃ち落としながら叫んだ。


 あんな触手、ズメイ(ズミー)には無かったはずだ。おそらくだがパヴェルの検査で判明した、奴がゾンビ化しているという情報が本当であるとするならば、あのワームみたいな触手はゾンビ化した際に変異したものなのだろう。


 時折、ゾンビ化は大きな変異をもたらすという。


 本来ならば生命活動を停止し、朽ち果てている筈の肉体が再び生きているかのように動き始める―――生命いのちの在り様を歪ませる現象であり、それはまた肉体の本来の姿形をも歪ませてしまう。


 その影響なのだ。遥か昔、この世界において最初期に生まれた竜、その1体とされているズメイ(ズミー)の姿と似ても似つかないのは。


 モニカが豪快にブローニングM2で折ってくるズメイ(ズミー)を銃撃するが、全くと言っていいほど効果がなかった。人体を容易く抉り、引き千切る12.7mm弾の掃射は、しかしあの巨大な化け物―――もはや”怪獣”と称するのが適切なレベルの怪物には全くと言っていいほど効果がない。


 ワームみたいな触手が、ろくろ首みたく一気に伸びて装甲車に追いすがってくる。キャリコM960Aで弾幕を張りながら叩き落とすが、しかしきりがない。かといって無視できる脅威でもないのが実情だった。


「も、もっと速度は出ないのか!?」


 後部座席でぶるぶる震えていた生存者の1人が、怯えた声で言った。


「既に最高速度です!」


 シスター・イルゼの足はアクセルをベタ踏みしている状態だった。いや、舗装された道路ならばともかく不整地でこれだけの速度を出せているのだ、本来であればコザック-2の性能を褒めるべきところなのだろうが、如何せん今回は相手が悪い。


 どれだけ小人が全力疾走したところで、巨人の歩みには到底敵わないのが道理である。そもそもの歩幅が違い過ぎるのだ。


 空になったヘリカルマガジンを外し、新しいヘリカルマガジン(破格の100発入りだ)を装着。左側面にあるコッキングレバーを引いて初弾を装填、再び銃口を後方の触手たちに向けて引き金を引く。


 なるほど、プチ要塞とも言うべき第107観測所が手も足も出ないわけだ。


 この凶暴性に防御力、これでは37mmライフル砲や水冷式重機関銃、単発式小銃が主な装備となっている守備隊では手も足も出ないであろう。現代兵器を以てしてもこれなのだ……。


 クラリスが操るキラーエッグが果敢に突撃を敢行、30mmチェーンガンを射かけすぐさま離脱する一撃離脱戦法でズメイ(ズミー)を攻撃するが、しかし全くと言っていいほど効果がない。


 それもその筈、チェーンガンに搭載されているのは徹甲弾ではなく榴弾である。装甲を貫通する事よりも、着弾地点で炸裂し、その爆風と破片で歩兵を殺傷する事を想定したタイプの砲弾だ。しかし、それを差し引いてもズメイ(ズミー)の打たれ強さはその質量を見れば分るとおりであり、仮に榴弾ではなく徹甲弾を装填していたとしても結果はさほど変わらなかったであろう事は想像に難くない。


 向こうも本気を出したようで、ズメイ(ズミー)と全力で逃走するコザック-2装甲車との距離がじわじわ縮み始める。クラリスの機関砲掃射も全くと言っていいほど通用しておらず、このままでは奴の餌食になるのも時間の問題だった。


 どうすれば、と打つ手に窮したその時だった。


 ヒュゴッ、とコザック-2装甲車の頭上を何かが駆け抜けた。


 ―――ドラコーン対戦車ミサイル。


 ソ連が製造したミサイル戦車、IT-1に搭載するミサイルとして開発された代物だった。しかしミサイル・システムは大掛かりである事、より軽量で利便性に富む対戦車ミサイルの普及が始まった事から姿を消したそれが、しかし大型である事を逆手に取り炸薬を限界までたっぷり詰め込み威力の底上げを図った『ドラコーン改』として再設計され、今まさにズメイ(ズミー)に牙を剥かんとしていたのである。


 遠方から放たれたその一撃は、こっちに向かって口を開けながら蛇みたいに大地を這い迫っていたズメイ(ズミー)の口腔の中へと飛び込むや、腐敗して赤黒く変色した舌の付け根に着弾し炸裂。大して堅牢な外殻で覆われているわけでもない口の中をメタルジェットで貫いた。


『ゴァァァァァァァァァァァァッ!!』


 ここで初めて、ズメイ(ズミー)が苦しむ素振りを見せる。


 何があったのか、考えるまでもなかった。


 今の一撃は頼もしい仲間が放ってくれた、会心の一撃だったからだ。


















「初弾命中、次弾装填」


 照準器を覗き込んだまま、砲手兼車長席の左側にあるコンソールを義手で弾いた。その操作に従い砲塔の右側にある自動装填装置が動作、弾薬庫から引っ張り上げてきたドラコーン対戦車ミサイルのケースをそのまま発射機に装着していく。


 モニターに『Готовый(準備完了)』と表示されるや、発射機が稼働を始めた。砲塔上部のハッチが解放され、そこから発射機がぐるりと縦に回転。砲塔上部で固定されると同時にミサイルを覆っていたケースがパージされ、ドラコーン対戦車ミサイルがその姿を外気に晒す。


 砲塔上部に追加されたレーザー誘導用のレーザー照射ターレットを旋回させ、照準をあのクソッタレドラゴンに合わせた。


 さあ、かかってきやがれ。


 しこたま叩き込んでやる。





 





ゾンビズメイ(首のみ)


全長

・50~60m(推定)

首の太さ

・8m(推定)

重量

・4万5000t(推定)


 遥か昔、大英雄イリヤーと盟友ニキーティチが交戦し封印した邪竜、ズメイ。その際に切断され本体とは別に封印された首の1つ、その成れの果て。

 現状ではなぜ封印が解けたのか、どのような能力を持つのか、目的は何なのかなどは一切不明。機銃やチェーンガンの攻撃を一切受け付けない堅牢な外殻を持つ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 生首で胃袋も無いはずなのに餌を食おうってか? そんなキモいドラゴンにATMをたらふく喰わせてやれ!
[良い点] 切り落とした首一つでもゾンビ化して長年生き延び、これほどの凶悪さですか…本体がどんなものかは想像したくもないですね。重量45000トンって超弩級戦艦を相手にしてるようなものなんですよね。ジ…
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