尋問の時間
転売ヤーの連中のアジトから拝借したトラックをクラリスに運転してもらい、まず最初はパヴェルとの合流予定ポイント……ではなく、寄りたいところがあるので最初にそっちに向かう事に。
クラリスに車を走らせてもらうこと15分。ザリンツィクの街並みの雰囲気が変わり始めてくると、住んでいる人の格好もまた変わってくる。豪華な服を着た貴族から、薄汚れた服を身に纏う労働者階級。そして更にスラムに近付くと、冬だというのにボロボロな服を身に纏い、廃材を燃やして暖を取る貧民たち。
スラムの一角でトラックを止めてもらい、助手席から降りた。そのまま荷台の方へと向かい幌を開け、荷台に積み込んであるダッフルバッグを拾い上げる。揺らすと中から瓶がぶつかり合うような音が聞こえた。
こいつらが転売しようと保管していた特効薬はダッフルバッグ5つ分。よくもまあこんなに集めたもんだと感心するが、それも金のためだ。高額転売して利益を得る―――疫病に苦しむ人々を食い物にできるような連中だ、こいつらのモラルは地に堕ちている。
荷台で気絶している連中を見ながらそう思った。テーザーXREPによって気を失った転売ヤーたちは、念のため番線で手足を縛っているが、パヴェルの所に送り届けるまで目を覚ます事はまず無いだろう。
ダッフルバッグを抱え、ルカの家の前まで来た。コンコン、とドアをノックすると、中から聞き覚えのある少年の声が聞こえ、バタバタと足音が近づいてくるのが分かった。
軋むドアを開けて俺の顔を見たビントロングの獣人の少年の顔に笑みが浮かび、特徴的なもふもふで長い尻尾がひょこりと動く。
「ミカ姉!」
「特効薬持ってきたぞ」
「え、え!?」
抱えているダッフルバッグのうちの1つを床に置き、チャックを開けた。ダッフルバッグの中にぎゅうぎゅうに押し込められた、緑色の半透明な液体が収まった瓶たち。それを目にしたルカの表情が変わり、やがてそれは笑みへと変わっていった。
「こ、こんなにいっぱい……いったいどこから!?」
「ちょっとな。とりあえず、必要な分だけ使ってあとはスラムに居る他の人たちにも分けてやりな。コレで大勢が救われるはずだ」
「ありがとう……ありがとうミカ姉!」
「それじゃ、俺はこれで」
これでノンナも、そして多くの人々が救われる。
この街から恐ろしい疫病が去りますように、と祈りながら、踵を返してトラックへと戻った。助手席に飛び乗ってシートベルトを締めると、クラリスは再び車のエンジンをかけ、シフトレバーをバックに切り替えた。
スラムから車を出し、大通りにある車道へ。セダンの前に割り込む形で入り、点滅し始めた信号をアクセル全開で突っ切るクラリス。相変わらず乱暴な運転は変わらない。パトロール中の憲兵に見られたら呼び止められ、良くて厳重注意、悪くて減点だ……あ、そういやこの人免許持ってないんだった。俺もだけど。
「クラリス、クラリス?」
「何でしょうか、モニカさん?」
後部座席でクラリスの運転を見ていたモニカが、困惑したように声をかけた。
「随分乱暴な運転ね?」
「誉め言葉として受け取らせていただきますわ」
「免許は?」
「……ございませんわね」
絶句しながらこっちに目線を向けるモニカ。うん、知ってる。クラリスの運転が乱暴なのも、免許を持ってないのも。キリウから逃げてくる時だってそうだった。隣町のボリストポリへ向かう峠道、急カーブの度にセダンでドリフトをキメるやべー運転だったのだ。彼女がハンドルを切る度に何度も車内に頭をぶつけ、まともに休む事すらできなかったのはいい思い出である。
せめて街中では安全運転で……。
ヒヤヒヤするドライブを経て、端末にパヴェルが送ってくれた集合地点の場所を参照。合流予定ポイントは西側の居住区の一角、閉鎖された労働者向けの格安アパート。ザリンツィクは豊富な鉱物資源と熟練の鍛冶職人たちの技術、そして人間たちのテクノロジー解析の実績で工業都市として発展してきた街だ。イライナ地方では北方の”アーキウ”と並ぶ重工業の基盤として、ノヴォシア帝国の産業の一翼を担っている。
つまりは仕事がいくらでもある街なのだ。だからかつては、イライナ中から職を求めて労働者たちが出稼ぎに来ていた。仕事は過酷だが給料はそれに見合った額が支給されていて、ここで働くことが出来れば一家は安泰、とまで言われる程だったのだそうだ。
赤化病が、この街で流行するまでは。
疫病がザリンツィク市民に猛威を振るうようになると、みんなそれを畏れて出稼ぎに来ることが無くなった。疫病の恐怖と給与を天秤にかけ、給料に傾いた労働者だけがここに来る状態。だからかつては満員だった労働者向けの格安アパートも居住者が減り、ついには無人の状態で放棄されるアパートも出始めている。
パヴェルが集合場所に指定したのは、そうしたアパートの一室だった。
「それにしても、パヴェルの奴は何で列車じゃなくてこんなところを指定したのかしらね」
段々と見えてきた労働者向けの格安アパートを見つめながら、ちょっと不満そうにモニカが呟く。
「報復を避けるためだろ」
「報復?」
「もし転売ヤー共の背後に後ろ盾となる組織が居るのだとしたら、今回の一件で報復を受ける恐れがある。だから俺たちの拠点を晒すような真似は出来ないんだ」
「なるほど」
こういう事には慎重にならなければ。
顔を隠す前提の強盗装束で襲撃に及んだのも、そのためだ。
トラックを停め、エンジンを切るクラリス。シートベルトを外して助手席から降り、再び荷台へ。今度下ろすのは特効薬ではなく、荷台で気を失っている転売ヤーの連中だ。こいつらには色々と喋ってもらう必要がある。まあ、お喋りが嫌いだというならばそれでもいい。じきに好きになるさ……。
一番小柄な鹿の獣人の女性を抱えるミカエル君。すると信じがたい事にクラリスは一気に6人も抱え、まるで空っぽのダンボールでも持っているかのような身軽さで、アパートの階段をひょいひょいと上っていった。
金庫の扉をパンチでぶち抜いたり、500kgはあるであろう6人の転売ヤーを平然と運んだりと、最近はウチのメイドさんの異常な筋力を見せつけられているような気がする。
いや、でも分かる気はする。特にキリウの屋敷を出てからはクラリスと密着する事が多くなったんだが、その度に感じていたのだ。彼女のその……筋肉のヤバさを。
割れてるからね、クラリスの腹筋。普段は何ともないけど、力を入れるとそれがもうくっきりと見える。モデルのような体形というよりは、アスリートみたいな体形というべきか。
いやでもさ……だからってさ、パワーあり過ぎじゃない?
そんな事を考えながら、仲間たちと共に2階へ。廊下は随分と痛んでいて、一歩踏み出す度に床がギシギシと軋む音を響かせる。下手したら床が抜けるんじゃないだろうかと心配になるレベルで、天井を見上げてみると蜘蛛の巣がある。
アパートの中の部屋もなかなか酷い状況だった。中にはドアが外れて部屋の中の様子が見える場所もあるんだが、よく見ると中に随分と髪の長い女の人が座ってたり、部屋の中で赤い光が延々と輝いていたり……え、みんなには見えない? う、嘘だよね? そうやってミカちゃんの事怖がらせようとしたって駄目だぞ。
そんな現実か怪奇現象かも見分けがつかぬ部屋の前を通り過ぎ、一番奥の部屋へ。”209”というプレートが下げられた部屋をノックすると、中からパヴェルの声が聞こえてきた。
『はいさ』
「来たぞ」
『入れ』
それじゃあお言葉に甘えて。
ドアノブを捻り部屋の中へ。随分狭い部屋の中、ボロボロのソファの上に寝転がってウォッカの空瓶を周囲に転がしていたのは、やっぱりパヴェルだった。こんないかにも幽霊が出そうな(というかもう既にそれっぽいの見たんだが)ヤバいアパートの中、酒なんて飲んでる余裕があるのだろうか。それともただ単に霊感がないだけか。
「こいつらか」
「首謀者はこの狼のやつで間違いない」
「分かった」
ソファの下から何かを引っ張り出し、ニヤリと笑うパヴェル。それには何だか見覚えがあった。金属製の棍棒で、先端部には敵を引き裂くための荒々しいスパイクが幾重にも取り付けられている。第一次世界大戦中、兵士たちが塹壕戦で振るうために用意した棍棒をちゃんと作り直したような……そんな代物だった。
「よーし、こいつらの尋問は俺に任せろ」
「……そうするわ」
何をするつもりなのか、大体察しがついた。
拷問とかよりも遥かに非人道的なやつだ。非人道的行為に定評のあるナチスとソ連が真顔になって首を横に振るレベルのやつだ。世界中の人権団体がブチギレるような行為を、彼は今からこの一室で始めようとしている。
「ちなみにだけど、女も居るからな」
「ふーん……で、それが何か問題?」
「あっいえ何でもないです」
男女平等主義……うん、そうだね、今は男女平等の時代だからね。女だからって特別扱いするのもよくないよね、うん。
「ご主人様、パヴェルさんは今から何を?」
「さ、帰ろう」
「キッチンに飯準備してたから先に食べてな。夜には戻る」
「はいさー」
クラリスとモニカの背中を押し、部屋の外へ。
いやあ、とにかく帰ろう。うん、帰ろう。帰ってご飯食べよう。そしてコタツでゆっくり休もう。ね、ね?
アパートの外に出て、トラックに乗る。助手席に座ってシートベルトを締め、クラリスがエンジンをかけると、気のせいなのかアパートの方から「アッー!」という、色々と身の危険を感じる魂の叫びが聞こえてきた。
何やってんだパヴェルよ……。
「何だ、どこなんだここは!?」
手足を縛りつけられた狼の獣人が、周囲を見渡しながらパニック気味に叫ぶ。まあ、それはそうだろう。得体の知れない連中にいきなりアジトを襲撃されたかと思いきや、次に目覚めたのは見知らぬアパートの一室と来た。そして目の前に、いかにも痛そうな棍棒を持った27歳のアニキが居ればパニックにもなるだろう。
ゴンッ、とわざとらしく棍棒を床に強めに打ち付け、注意をこっちに引いた。まるで見知らぬ家に放り込まれて怯える仔犬のように、狼の獣人はぎょっとした表情で視線をこっちに向ける。
「……聞きたい事がある。正直に答えてくれ」
「何なんだてめえは!? 俺にこんな事をしてただで済むわけ―――」
「―――ただで済ませてほしかったら質問に答えろ。さもなきゃ」
床に打ち付けていた棍棒をそっと持ち上げ、柄にあるスイッチをOFFからONに。バチンッ、と何かが破裂するような音と共に棍棒の表面を蒼い電撃が走り、狼の獣人の顔が真っ青になるのが分かった。
「お前ら、背後にいる組織はなんだ?」
「……だ、誰が言うかよ」
「そうかい。じゃあバチバチタイムだ」
「いやあ待て、待て! 言えねえ、言えねえんだ! 迂闊に喋ったらこっちだって首が飛ぶ! な、勘弁してくれよ!」
「言わなきゃ今ここで首が……あー、いや、尻が飛ぶぞ」
「オイ今なんて」
「尻が飛ぶ」
「尻が飛ぶ」
「Yes、フライングヒップだ。分かったか」
何だフライングヒップって。
まあいい、いきなり喋れないなら簡単な質問からだ。
「お前ら、特効薬買い占めの目的は転売だ。そうだな?」
「あ、ああ、そうだ」
「だが金庫に金は無かった……金は今どこに?」
「……い、言えねえ」
「バチバチ」
「わ、分かった! 組織だよ! ボスの所に送ったんだ!」
「ボス?」
「あ、ああ、そうだ」
諦めにも似た表情を浮かべながら、狼の獣人は情けない声で返事を返す。ここまで喋ったことが”組織”に露見すれば、この男は消されるだろう。所詮は末端の取りまとめ役、その気になればいくらでも斬り捨てられるし、失って痛い駒でもない。代えはいくらでもいる―――それを自覚しているのだろう。組織は利益を与えてくれるが守ってはくれないという、その一方的な関係を。
「そのボスってのは何者だ?」
「……俺も会った事は無い。連絡役を通じて金と命令だけを出してくる」
徹底しているな……情報漏洩の対策に、連絡役を何人か挟んで指示を出しているのだろう。顔も、声も知らぬとなればボスの正体が末端から露見することは無い。
”前の職場”でも諜報部隊の連中がやっていた手口だ。
まあそうだろうな。末端の連中を尋問したところで、いきなり本命は掴めないか。
知らんというならば仕方がない……ただ、脅した程度で口から出てきた情報はまだ信用ならん。多少の痛みは必要だろうが、勘弁してくれ。
「まあいい、だったら知ってる事を話してもらおうか」
「え、いやだから何も知らないって」
「信じられんな」
棍棒をそっと持ち合上げ、わざとバチバチとスパークを散らせた。狼の獣人の顔が、どんどん恐怖に染まっていく。
知りたいことは色々とある。連絡役の特徴、買い手、組織からの他の司令……どんな些細な事でもいい。情報は一つ残らず絞り尽くす。
さーて、お楽しみの時間だ。
これ以上ないほどのスマイルを浮かべながら、俺は問いかけた。
「情報吐いてボコボコにされるのと、棍棒でメス堕ちしてボコボコにされるの、どっちがいい?」




