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家族への仕送り


 小銃弾の潮目が変わりつつあるような気がする。


 長い事、アサルトライフル用弾薬の王様は5.56mm弾、東側なら5.45mm弾、そして中国独自規格の5.8mm弾と言ってもいい状態が続いていた。アメリカがベトナムでM16を運用し始め、ソ連が「時代は小口径弾だ!」と息巻いてから今日に至るまでずっと、だ。


 しかし最近になって、より長距離での命中精度や威力を重視した新型弾薬をテストする機会が増えているらしい。


 ACOGのレティクルの向こう、仕留めた鹿の毛皮を腕で強引に剥ぎ取り、露になった真っ赤な肉にかぶりついているオークの肩に弾丸が着弾、血飛沫を上げながらオークが巨体を揺るがす。


 5.56mm弾とは手応えが確かに違うな、という印象を受けながらも、続けざまにもう一発。5.56mm弾や5.45mm弾、それから5.8mm弾のそれとは違う、少しばかり”重い”反動リコイルがストック越しに右肩を蹴飛ばしていく。


 しかしそれに見合う威力と命中精度は、確かに備えているようだった。


 突き飛ばされたかのように怯むオーク。レティクル越しに目が合うが、その顔には怯えが浮かんでいるように思えた。


「ルカ、やってみろ」


 いつでもバックアップに入れるよう照準を合わせたまま言うと、隣で土嚢袋にその辺の土を放り込んでいたルカが地面に伏せ、土嚢袋にAKを預けて依託射撃を始めた。


 ガンッ、と彼のAKが吼える。微かに跳ね上がった銃身から一発の銃弾―――『6.02×41mm弾』が躍り出たかと思いきや、凄まじい速度で真っ直ぐに飛翔、先ほどから繰り返される執拗な銃撃でこちらの位置を特定、応戦を試みるオークの身体に容赦なく突き刺さる。


 オークが脅威とされているのは、そのパワーや圧倒的な膂力が生み出す破壊力もそうだが、強敵たらしめている所以はその打たれ強さにある。


 オークも生物だ。体重は500kgを優に超え、その超重量の肉体を支える骨格は強靭の一言に尽きる。更にその上に鎧の如き筋肉が纏われており、生半可な攻撃は筋肉で受け止められるか、そうでなくとも堅牢無比な骨に真っ向から砕かれてしまい、まともなダメージにすらなりはしないというのも珍しくはない。


 信じがたい話だが、騎士団の戦列歩兵の斉射を3回受けても猛然と突っ込んできた、なんて事例も確認されている(さすがにそれは当たってないだけだと思うが……詳しい人いたらぜひ見解をお伺いしたいものである)。


 そのオークが、立て続けに被弾して怯んでいる。


 それもそのはず、この『AK-22』から放たれる6.02×41mm弾はより長距離での戦闘に適合した弾丸だ。貫通力、命中精度共に従来の小口径弾を上回っており、遠距離の敵のボディアーマーも貫通が期待できる新時代の弾薬である。


 いくらオークが化け物とはいえ、それは黒色火薬に滑腔銃身という悪条件が重なったマスケット、そしてその使い手たる戦列歩兵が相手をした時の話。最新のテクノロジーで製造された次世代小口径弾薬の前では、どうやらその限りではないらしい。


 あの大熊みたいなオークが、気のせいなのか今は哀れな仔猫に見えた。


 バンッ、バンッ、と立て続けに発砲するルカ。そのうちの1発が偶然かどうかは定かではないけれど、左の眼孔を撃ち抜いた。


 どんなに頑丈な筋肉や骨格を有する化け物といえど、眼球は無防備だ。しかもその眼球と神経で繋がっているのは脆弱極まりないピンクのメロンパンこと脳味噌である。


 まあそんなところに弾丸が飛び込んだらどうなるか、なんて考えなくても分かる。


 ACOGのレティクルの向こうで、ルカ君のラッキーパンチ(という名のミラクルショット)を受けたオークが崩れ落ちる。6.02×41mm弾に脳を破壊されたのだ、苦痛を感じる事無く逝けたのがせめてもの救いなのではないだろうか。


「……ぇ、ちょ……ぇ、今の当たった?」


「バッチリ当たってた」


「え、じゃあ今の俺のスコア?」


「そういうこと。おめでと」


「おっし!!!!!!!!!」


 うーん220㏈くらいかな? モニカと比べると全然音圧が足りない。あとしゃもじは殿堂入り。


 隣でジャコウネコの舞いを始めるルカを尻目に、さーて我らがパヴェル大佐はどうなってるのかなと視線を彼の方へと向けた。


 それはまるで、人の姿をした殺戮兵器のようだった。


 姿勢を低くしたまま正確な射撃姿勢を堅持、本当に人間なのかと思ってしまうほど精密な動作で淡々と引き金を引き、今回が初投入となるAK-22で草原の向こうのゴブリンたちを狙撃するパヴェル氏。


 銃の保持は本当にしっかりしていて、揺れは全くない。呼吸での身体の揺れも感じられず、さながらロボットの兵士のよう。


 銃声が響く度に、草原の向こうではゴブリンやらオークが次々に頭を撃ち抜かれて倒れていた。


 ちなみにさっき俺とルカが射撃していた距離は650m程度(潜望鏡に内蔵されているレンジファインダーで確認したから間違いない)。


 それに対し、パヴェルがゴブリンを狙撃している距離はなんと800m……もうアサルトライフル(特にAK)の距離ではない。それはもうSVDとかM14とか、マークスマンライフルとか専用設計のスナイパーライフルが猛威を振るう間合いである。


 何でこの距離でバカスカ当たるんだよ、と彼の技量に困惑している間に、彼の隣で覗き込んでいた潜望鏡(廃品で自作したミカエル君お手製である。もちろん非売品)のレティクルの向こうに居たゴブリンやオークがみんな頭を撃ち抜かれた死体と化し、動かなくなっていた。


「おぉ……お見事」


「んー60点」


「ストイックだな」


「いや、納得できないだけだ。照準が少しもたついた」


 もたついた……今ので?


 西部劇のガンマンみたくガンガン撃ちまくっていたのに?


「ところでミカ、どうだった」


「なんというか、遠距離の敵にもちょっかいを出せるのはいいなって」


 AKはどちらかというと近距離向きの小銃だ。それにより遠距離の敵への攻撃手段を付与するのは欠点を補うものであるし、弾丸自体の威力も良好。もう少し弾道に慣れれば頼もしい武器になってくれるだろう、というのが正直な感想だ。


 しかし弾薬が独自規格というのも大きなネックで、他の武器で弾薬を使い回しできない―――互換性がない、というのは結構痛いものである。


 まあいい、早いとこ死体を処理して帰ろう。


 これだけ討伐すればそれなりの金にはなるだろうから。


















 до мами(お母さんへ)


 Це Міхаель. Як справи?(ミカエルです。お元気でしょうか?)


 Сьогодні вранці я приїхав до Гелавинська. Всюди заводи, а по всьому місту багато гармат(今朝ゲラビンスクに到着しました。どこもかしこも工場だらけで、ここには大砲がたくさんあります)


 Це місце називається «Гарматне місто»(ここは「大砲都市」と呼ばれているそうです)


 Чи життя в Ареті буде таким самим?(アレーサでの暮らしはお変わりないでしょうか?)


 Новосія - це холодне місце. Хоча вже червень, мені все одно потрібні ковдри вночі(ノヴォシアは寒い場所です。もう6月なのに夜になるとまだ毛布が必要になります)


 Оскільки пори року змінюються, будьте обережні, щоб не втратити своє здоров’я(季節の変わり目ですので、体調を崩さないようお気をつけて)


 Я сьогодні знову працював. Можливо, це небагато, але я надішлю тобі гроші. Будь ласка, використовуйте його для покриття витрат на проживання та догляд за дітьми вашої сестри(今日も仕事をしてきました。少ないかもしれませんが、今回もお金を送ります。生活費やサリーの養育費の足しにしてください)


 Тоді я купив багато меду в місті Урфа. Я купив більше, ніж можу використати, тому надішлю трохи разом із грошима. Будь ласка, насолоджуйтесь, це солодко та смачно(それからウルファの街でハチミツをたくさん買いました。使い切れないくらい買ったので、お金と一緒にいくらか送ります。ぜひ堪能してください、甘くて美味しいですよ)


 Ну тоді, якщо у мене буде можливість, я надішлю тобі ще одного листа. Бережи себе(それでは、機会があったらまたお手紙を送ります。お元気で)


 Від Михайла(ミカエルより)

















 

 んー、こんなもんでいいか。


 書き終えた手紙を机の上に置き、思い切り背伸びをした。するとちょうどよくそこにクラリスがやってきて、笑みを浮かべながら傍らにハチミツ入りのアイスティーを置いてくれる。


「ん、ありがと」


「いえいえ。レギーナさんへのお手紙ですか、ご主人様?」


「まあね」


 いつも、こうやってアレーサの家族に手紙を出し、一緒に仕送りをしている。


 母さんだって心配しているだろうから生存報告の意味もあるし、受付嬢の仕事をしているとは言っても幼い娘を育てながらの生活は大変だろうから、少しでも暮らしが楽になりますようにという祈りを込めた、俺なりの親孝行のつもりだ。


 冒険者の仕事は苛酷だ。いつ帰らぬ人になるかも分からない、ハイリスクハイリターンの極致と言ってもいい。しかし一度実力が認められれば高収入を維持できるので、商売が軌道に乗ればもう勝ち組だ。そして血盟旅団はその勝ち組に属している。


 これもみんなのおかげだ。


 さて、これ飲んだら郵便局に行って手紙を出してくるか……そう思いながらマグカップを手に取り、ハチミツの甘味が加わったアイスティーを堪能する。


 ウルファのハチミツはとにかく味が濃くて甘い。これでも庶民が手を出せる低グレード品だそうだが、その辺で売ってるハチミツとは大違いだ。まるでありったけの砂糖、あるいはじっくり煮詰めた濃厚なシロップを口いっぱいに詰め込んでいるかのようで、全世界の甘党が大喜びしそうな甘さをしている。


 これで低グレード品―――貴族や帝室御用達の最高グレード品になるとどんな味になるのだろうか。噂では一滴でしばらくは口の中から甘さと香りが消えなくなるほど濃厚だと聞いているが……たぶん、一生味わう機会がないであろう。実に口惜しい。


 一口、もう一口と飲んでいる間に、マグカップの中身はあっという間に空になった。


「……もうこれ以外のハチミツは口にできないな」


「ふふふっ。では、旅が終わったら取り寄せしなければなりませんね」


「それもそうだけど、どこかに出張販売してるお店とかないかな。買い占めたいレベルの美味しさなんだけど」


「ではパヴェルさんに依頼して探していただきましょう」


 本当、これは美味しい。そしてできる事なら母やお祖母ちゃん、サリーにも堪能してほしい。


「今、ノンナさんが厨房でクッキーを焼いていますわ。生地にこのハチミツを練り込んだ特別なものなのだとか」


「じゅる」


 いかんいかん、よだれが……。


 まさかこのミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ、不覚にもクラリスと全く同じリアクションをする事になるとは思わなかった……恐るべしハチミツ。


 というか、うん。俺も血盟旅団(この変人集団)にだいぶ染まってきたな。


 さーて郵便局行ってきましょ、と手紙とお金の入った財布、それからさっき食堂から貰ってきたハチミツの瓶を5つ手に部屋を出ると、廊下ではなかなかカオスな光景が繰り広げられていた。


 通路で腕立て伏せをする範三とその上に胡坐を掻くモニカ、そしてモニカに肩車してもらっているルカ。さながらブレーメンの音楽隊みたいになってるが範三大丈夫なのコレ?


「9072、9073、9074、9075ぉ……!」


 うへぇ何回やるつもりだコイツ。10000?


 鍛錬するのは良い事だけど、やり過ぎると体壊すからその辺気をつけてね範三……って言っても多分言うこと聞かないと思う。範三さんは頑固なのです。


 外に出ようとすると、シスター・イルゼに呼び止められた。


「あ、ミカエルさん」


「ん?」


「すいません、お客さんがお見えです」


「仕事?」


「たぶん……騎士団の方でした」


「分かった、すぐ行くよ」


 クラリスに手紙とハチミツの瓶を預け、シスター・イルゼの後に続いて応接室となっている空き部屋へ。


 にしても、騎士団の人か……おそらくは管理局を介さずに直接仕事を持ち込んでくる直接契約なのだろうが、にしても随分とタイミングが悪いな。


 まあ、向こうにも向こうの都合があるのだ。それに高い金を払ってもらえるならば、その分家族への仕送りも増額できる。


 悪い話じゃあないだろう、と自分を納得させ、応接室のドアを開けた。





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