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天誅


 山のように集まった特効薬の瓶を眺め、いったいこれでいくらになるのかな、とばかり考えてしまう。赤化病の感染者たちにはまさに生命線なのだろうが、こっちからすればこれは金の山。金持ちの貴族や工場の経営者相手に売り捌けば、かなりの額になるだろう。


 金もまともに持っていない労働者や農民、スラムに住む貧乏人共なんぞ、俺たちは初っ端から客として見ちゃあいない。


 とにかく金になればいい、それが全てだ。


 農業から工業への強引な転換、それによる経済の混乱、漂ってくる他国との全面戦争の噂。今このノヴォシアという大国は醜く腐り、地に堕ちようとしている。ただでさえ少ない富を貴族や皇帝の一族のみが謳歌し、下々の者たちのところまでその光が届くことは無い。そうしてこの大国は、偉大なる帝国は足元から腐り行く。


 度胸のある奴は法を平気で無視し、金をとにかく稼ぐ手段を模索する時代。知ってるか、首都の方じゃあ麻薬の密売でかなり儲かるのだそうだ。この転売で得た金を元手に、そっちの事業に手を出してみるのも悪くないのではないか。


 外から集めてきた雪を被せて保存している特効薬の瓶を眺めながら、これからの計画を考える。


 今回の価格設定は前回の2倍。1瓶につき6000ライブルだったから、今回は思い切って12000ライブルで売ろうと思う。買い手は渋い顔をするだろうが、たった12000ライブルで家族や恋人の命を救う事が出来るのだと考えれば安いものだろう。人間の命は尊いのだ、値段など付けられない程に。


「今回は儲かりそうですね、ボス」


「ああ。安心しろ、お前らにもちゃんと分け前はくれてやる」


 部下への分け前が少ないと、仲間割れの原因になったりするからな……。


「それにしても、”あの人たち”も随分と真っ黒な事を考えるものですね」


 バッファローの獣人―――ヴァレリーがニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべながら、そんな事を言い出した。こいつはこの転売を始めた時から一緒に稼いでる奴だ、だから色々と知っている。


 知るのは別にいい。ただ、余計なことまで知られているとなれば、その時は……。


「見事なマッチポンプだ。今まで見たことがない」


「そうだな」


「この状況を利用すれば俺たちはもっとビッグになれますよ、ボス」


「ああ」


 そりゃあそうだろうな。


 何しろ、この疫病の流行の原因は―――。


 コトン、と床に何かが落ちるような音がその思考を断ち切った。まるで中に水がたっぷり入った花瓶が、割れない程度の高さから床に落ちたような―――どこか硬質で、無機質な音。


 何事かと振り向くと、そこには真っ黒に塗られたスプレー缶みたいな、奇妙な物体が転がっていた。誰かがいたずらで窓から投げ込んでいったのかと思った次の瞬間、プシュッ、と空気の漏れるような音が聞こえ、そのスプレー缶のような物体から真っ白な煙が吹き出てきた。


 煙幕かと思ったが―――違う、煙幕ではない。


 煙幕であれば視界を遮られる程度で済む。だが……目に無数の小さな棘を突きさされているような、この痛みはなんだ!?


「ゴホッゴホッ、ボス、なんですかこれは!?」


「知るか!」


 いたずらなんてものじゃない、これは襲撃だ。


 そう確信するに至り、俺はズボンのポケットからフリントロック式のピストルを引き抜いた。親指で撃鉄ハンマーを起こしいつでも発砲できる体勢を整えるが、奇襲を仕掛ける側と受けた側ではどちらが有利なのかは明白だった。


 ドタッ、と何かが―――ヒトが倒れるような音がして、ヴァレリーがぶっ倒れたのだという事を悟る。


 次は俺だ―――そう思うと、額に嫌な汗が浮かんでくるのが分かった。どこかから音もなく忍び寄った死神が、この首に鎌をそっとかけているかのような、微かな手の動きだけで首を狩られるかのような危うさ。心臓の音がバクバクと高鳴り、生きている心地がしない。


 ドッ、と小さな衝撃が胸に走った。ぎょっとしながら視線を胸に下ろしてみると、そこには異物が突き刺さっていた。


 乾電池とも何とも言えない、親指くらいの太さの円筒状の物体。それを引き抜こうとしたが、もう遅かった。身体中に痺れとも痛みとも言える奇妙な感覚が走り、身体中の筋肉が硬直して―――気が付いた頃には、意識を手放していたのだから。













 テーザーXREP。


 相手に着弾すると同時に電撃を発し、命中した相手を行動不能にする低致死仕様の銃弾。12ゲージの散弾を使用するショットガンから発射可能なそれは、敵の命を奪わずに無力化する事が可能な、新時代の兵器と言っていい。


 サプレッサー付きのヴェープル12モロトから放たれたそれは、これ以上ないほど正確に、相手の意識を刈り取った。もちろん余計な外傷を与えることなく、命を奪うことも無く、だ。電撃の強さはちょっと調整が加えられており、筋肉の硬直による無力化から”気絶による無力化”となっているが、こっちの方が都合は良い。


 最初の獲物となったのは、何の因果か例のバッファロー氏(仮名)だった。そう、俺が尾行してた例のあの人だ。あのいかにも魔王でっせ的な角がチャームポイントの獣人だった。


 パスッ、とサプレッサー付きのヴェープル12モロトから放たれたテーザーXREPは、催涙ガスの充満する中を真っ直ぐに突っ切って、心臓の辺りにその先端部をめり込ませた。バヂッ、といかにも身体に悪そうな音と、一瞬だけ閃く蒼いスパーク。どさりと崩れ落ちる音が、相手の意識を刈り取るに至ったのだと確信し、銃口を次の獲物へ。


 室内に充満する催涙ガスの中、口元を押さえながら涙目でピストルを引き抜こうとする獣人のお兄さん。頭から伸びる尖ったケモミミと尻尾の形状、あと全体的な雰囲気からなんか狼っぽいなー、などと思いながら、ピストルで応戦される前に胸板にテーザーXREPを叩き込んで黙らせる。


 あ、コイツ首謀者だわ。ブリーフィングで見た。


『クリア』


『クリア! そっちは!?』


「クリア!」


 さて、次は2階か。


 ガスマスク越しの呼吸にはもう慣れた。催涙ガスの中で行動するわけだからこれが本来の使い方だが、俺たちからすれば顔を隠すための道具ツールであり、ガスからの防護効果はおまけのようなものだ。場合によっては、憲兵隊はこのように催涙ガスを使ってくる恐れがあるからである。


 仲間に無線で合図し、2階へと続く階段へ。事前のパヴェルの偵察で把握した構造を頭の中に思い浮かべ、階段の前で2階を警戒しながら仲間を待つ。


 いつかこういう本格的な室内戦のトレーニングもやらないとな、と強く痛感する。強盗や冒険者として魔物と戦うだけが血盟旅団(俺たち)ではない。室内戦、CQB、クリアリング……今の俺たちには欠けている技術があまりにも多すぎる。


 懐かしいな、と思った。キリウの屋敷に居た頃、大書庫に行く途中で1人で室内戦ごっこやってたっけなあ、と。当時は将来的なトレーニングのつもりだったが、今となってはただの痛い記憶である。封印推奨。


 階段に着いてからすぐに、クラリスとモニカもやってきた。ゴム弾装備のMP5に強盗装束姿の2人を確認し、続けて2階の制圧に移る。


 さっきの物音を聞いて、2階にいる連中は間違いなく異常事態に気付いている筈だ。こんな騒ぎだというのに平常運転だったとしたらある意味で大物、やべー奴である。


 息を吐き、物音を立てないように階段を上った。L字に大きく右に曲がった踊り場で立ち止まり、顔だけちらりと曲がり角から出して上の階を確認。どたどたという足音が聞こえてくる事から上にも誰かいるのは確実として問題は武装しているか否かだが―――その答えはすぐに出た。


 踊り場の向こう、階段を上から見下ろすような形でピストルを構えている鹿の獣人が見え、咄嗟に頭を引っ込める。


「!」


 弾丸が壁際を掠め、目の前の壁面に随分とまあ大きな風穴を穿った。


 単発式、黒色火薬使用のフリントロックピストル。この時代の銃器にはよくある事だが、火薬の威力不足を彼らは口径の大きさで補っていた。現代で50口径と言われれば随分とサイズの大きな弾丸に分類カテゴライズされるが、マスケット全盛期から見ればまだまだ小さい方。大英帝国の標準的なマスケットだったブラウン・ベスは破格の75口径だったのである。


 さてさて、普通だったらここで一策を講じるべき局面であるが、ミカエル君は強気に踊り場から飛び出た。


 さっきの一瞬で、相手の持っていた銃器の特徴を把握していたのだ。相手の携行している銃器は60から70口径のフリントロックピストル、いつぞやのペッパーボックスピストルみたく連発できる代物ではない。一発撃ってしまえば、撃鉄ハンマーを起こして火皿に火薬を補充、銃口内の掃除と火薬、弾丸の再装填という、敵の目の前でやるには随分と隙だらけの作業を終わらせなければならない。


 だから当時は複数のピストルを持ち歩くのが当たり前だったのだ。撃ったら次のピストル、撃ったら次のピストル……といった具合にだ。海賊とかがやたらと大量のピストルを持ってるのも、「グハハハ強そうだろ」というわけではないのである。


 どれだけ手際が良くとも、フリントロック式の銃の再装填リロードは1分弱はかかる作業。こうしてショットガンやSMGで武装した兵士を目前にしてやれる事ではなかった。


 相手が2丁目のピストルを持っているわけではない事も確認済み。踊り場から飛び出しつつヴェープル12モロトを構えると、案の定攻撃手段を喪失して慌てふためく相手の姿が見えた。


 背を向けて逃げようとする女の獣人の背中へ、容赦なくテーザーXREPを撃ち込む。パスッ、と空気の抜ける音と、機関部レシーバーの中で部品が稼働する金属音。その前奏の後にどさりと人間が崩れ落ちる音がして、全てが終わる。


 念のために2階の部屋の中もチェックしてみるが、特に彼女以外に人がいる様子もなかった。ただ、俺たちにとっては魅力的な物がそこに置いてあった。


「あっ」


「これは」


「お金ぇ↑☆」


 ―――金庫である。


 もちろん、真っ先に飛びついたのはモニカだった。貴族のお嬢様である筈の彼女だが、お金を目にすると性格が変わるというか、金に異常な執着を見せるの本当に何なんだろう。お金なんて実家に大量にあっただろうに。


 ダイヤルを回して金庫を開けようとする彼女を制し、クラリスは何も言わずに金庫を持ち上げ、それをぶんぶん振り始めた。


「……空っぽですわね」


「はぁ、空ぁ!? 金庫なのに!?」


 確認なさいます? と問いかけてくるクラリス。首を縦に振りつつ何をするのかと見守っていると、唐突にクラリスは金庫の扉に向かって渾身の右ストレートを叩き込みやがった。腰を入れ、肩の捻りと適切な体重移動も合わさった、いわゆる”武道家の正拳突き”。クラリスさんの力が桁外れなのは知ってたが、ここでまたその力の片鱗を見せつけられることになる。


 ポコォンッ、とまるで徹甲弾が戦車の装甲をぶち抜くような金属音と、旋盤とかやったことある人なら分かるだろうけど、金属が溶けるというか焼けてるような異臭。そして微かな煙が金庫の周囲に漂い、クラリスはそっと突き入れた右手を金庫から引き抜く。


「……」


「……」


 目を丸くしながら、モニカと顔を見合わせた。


「ね、ねえ……ハハハ、アンタのメイドすごいわねえ」


「すごいでしょ、ウチのメイド。我が家の誇りなんですよぉ」


 無論、棒読みである。


 いったい世界のどこに右ストレートで金庫の扉を貫通する(抜く)メイドがいるって……ああ、ここに居るか。


 ひしゃげた扉をべりべりと剥がし、中身を晒すクラリス。確かに金庫の中身はすっからかんで、一応札束が入っていた形跡はあるが……。


「えー、何よそれぇ! 話が違うじゃない!!」


「……いや、案外そうじゃないかもしれん」


「どういう事ですか、ご主人様?」


《―――この転売ヤー共には後ろ盾(バック)がついてる、そういう事だ》


 無線機越しにパヴェルが、俺の考えている事を一字一句違うことなく代弁してくれた。


「……後ろ盾?」


「考えてみろ、奴ら転売ヤーのくせになんで銃なんか持ってた?」


「それは……そうね、確かに変だわ」


「それだけじゃない。パヴェルがドローンで盗聴した音声を覚えてるか?」


「確か、”前回は26万ライブルだった”と」


「そう、それだ。その前回っつーのがいつだったのかは分からんが、利益はあった。じゃあその利益はどこに消えたのか?」


「もう奴らの懐に入ったんじゃない?」


「その可能性もある。が、俺はこう考えてる」


 2階の部屋の中にあったソファに腰を下ろし、頭に思い浮かべた疑念を口にする。もしこれが事実なのであれば、これは単なる転売行為では済まない可能性が出てくる。


 俺たちが襲ったこいつらは氷山の一角―――おそらく、この一件の根は深い。


「こいつらの後ろ盾(バック)の元へ送金された……その可能性がある」


「送金?」


《よくある話だ。背後にいる親玉の所へ全額送金し、そこから分け前が分配される。もしこいつらが何らかの組織の末端構成員で、あのピストルも組織から支給されたものなのだとしたら辻褄は合うだろう……まあいい、そいつらと”お喋り”すれば色々分かる筈だ。特効薬と気絶してるそいつらを全員回収して、予定ポイントまで来てくれ》


 お喋り、ねえ。


 まあいいさ、色々探らせてもらおう。


 根元まで探らなければ、この一件は解決しないだろうから。




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