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青天の霹靂


 さてさて、この世界における人類の脅威は何も魔物だけではない。


 苛酷な冬とか雪解けが始まった際の泥濘だったりといった自然現象もなかなかの脅威で、それによって命を落とす人々は後を絶たないものだが……時にはまた、人間そのものも脅威足り得るものである。


 例えば昨年が凶作で食べるものに困り、止むを得ず略奪に走ってしまった人だとか、騎士団とかから脱走したはいいものの食べるものがなく略奪に手を染めた人だとか、単純に利益を求めて略奪を始めた正真正銘の悪党だったりとか(最後の事例に関しては俺たちも人の事は言えない)。


 まあいずれにせよ、盗賊団やら野盗やらが村落に牙を剥いたりするので何とか退治あるいは殲滅してほしい、という仕事は定期的に上がってくるものだ。


 廃品で作った愛用の潜望鏡(頭を上げずに遠くを見通したりできるので結構便利で愛用している)を覗き込むと、向こうには廃墟があった。廃線になった路線の駅舎のようで、コンクリートを盛り上げて造った崩れかけのホームの傍らには半壊したボロ屋が佇み、休憩用ベンチではボロボロの服に身を包んだ数名の男たちが、ドラム缶の中で燃え盛る焚火を囲んで何やら品物を広げている。


 何の変哲もないネジからバイク用のタイヤ、穴の開いた鍋といった微笑ましいものばかりだが、やがて戦利品自慢が白熱してきたのだろう、その戦利品の中に金の延べ棒や豪華な装飾が施されたサーベルが出てきた時にはもうクロだと悟った。依頼書にあった情報と合致する。


 援護頼む、とサプレッサー付きのステアー・スカウトを構えるカーチャに小声で言い、麻酔弾を装填したパヴェルお手製のネイルガンをスタンバイ。


 銃口付近に麻酔弾の連なるベルトとドラムマガジンがあり、その後方には圧縮空気が収まったタンクが斜め後方へと突き出る形で伸びている。側面にあるのは圧縮空気の圧力計だ。これがなければ麻酔弾はちゃんと飛ばない。


 ストックは自転車のサドルを流用しており、鉄パイプと磨いたガラスを組み合わせたお手製ドットサイトまで付属する無駄に豪華な仕様となっている。


 全体的なレイアウトはクリス・ヴェクターが近いだろうか。マガジンの位置に圧縮空気のタンクが、その前方にドラムマガジンがあるような感じとでも言うような外見をしている。


 こんな武器を持ち出した理由は単純明快。依頼主クライアントは憲兵隊なのだが、『背後関係も含めて捜査したいため可能な限り生け捕りにして欲しい』という追加注文があったためである。そういう依頼だからなのだろう、生け捕りにした人数に応じて追加報酬を出すという文言が契約書に明記されていたのでこっちとしてはパーフェクトを狙いたいものだ。


 しかし、ノーキル案件は久しぶりである。


 草むらに紛れて駅舎に接近、その辺にあった石ころを遠くへと投擲した。茂みに落下した石がそれなりに大きな音を立て、戦利品を自慢したり譲れだの何だのと話し合っていた盗賊たちが一斉にそちらを振り向いた。


「何だ?」


「見て来いよ」


「ちぇっ……オイ、見に行ってる間に俺の戦利品盗んでたら承知しねーからな」


「はいはい」


 盗賊の1人がその場を離れ、十分に距離を取ったところで草むらから飛び出した。ネイルガンを構えると同時に時間停止を発動、静止した時間の中でこちらを見て目を見開く盗賊の1人にミカエル君☆スマイルを向けながら引き金を引く。


 圧縮空気で麻酔弾が押し出される。申し訳程度に銃身バレルが設けられたが滑腔銃身である上に短い事もあって命中精度は散々なものだった。以前のモデルと比較するとまだマシだが、ドットサイトにあるサークル内の()()()()()()()()()というレベルで、即席の武器の限界を痛感させられる。


 だが下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、とはよく言ったものだ。静止時間1秒の間にとにかく撃ちまくった結果、大量の麻酔弾がドラム缶を囲んでいた盗賊3名にまとめてヒット。時間停止が解除され、対人用の麻酔弾を撃ち込まれた盗賊たちが何が起こったのかも理解できぬまま眠りに落ちていく。


「ヌッ」


「あああいいいえええ!」


「うんぬ」


 なんだコイツら。


 とにかく2人目が麻酔弾で撃たれたとは思えないほどのクソデカボイスを発したものだから、さっき様子を見に行った1人が慌ててこちらを振り向いた。


 目が合うと同時に、こちらに古びた錆だらけのフリントロック・ピストルを向ける盗賊。手入れが行き届いていないようで暴発したりしないか心配になりそうな見た目だった。


「地獄だ、やあ!」


 しかしそれが、キュートなミカエル君に火を噴く事は無かった。


 引き金にかかった指が動くよりも先に、すこーん、と鋭い一撃が側頭部にめり込んだのである。


 深く刺さり過ぎないようクッションが設けられた、スナイパーライフル用の5.56mm麻酔弾。深く食い込み過ぎて相手を殺傷してしまわないよう、パヴェルが細心の注意を払いながら丹念に装薬ガンパウダーを調整したそれは側頭部に注射針の部分だけを潜り込ませ、シリンダー内に充填された麻酔薬を彼の側頭部にドバッと投与、そのまま眠りの世界へと引きずり込んでしまう。


 一応駅舎の中も確認してみたが……どうやらこの4人で全員のようだ。


「仕事は終わりだ」


 無線機に向かってカーチャに告げたのと、遠くからクラリスの運転する回収用のトラックのライトが見えたのはほぼ同時だった。


 後はこいつら全員を憲兵に引き渡して仕事は終わり。基本報酬と生け捕り×4の分の追加報酬に期待だが……直接契約ではないし、それほどの額にはならないだろうなと思いながら、迫ってくるトラックに手を振った。


 さあ、早いとこ列車に戻って温かいボルシチでも食べよう。


 もうそろそろ初夏だけど、夜のノヴォシアは未だ肌寒い。
















 ウルファの街はガラマと同じく、工場の煙突がいくつも見えた。


 製鉄所や機械部品の工場だけでなく、戦闘人形オートマタの製造ラインを備えた軍需工場もあるらしい。市街地の6割を工業地帯が占めるこの街はとにかく労働者が多く、冒険者よりも労働者のための街とノマド界隈では言われる程なのだとか。


 窓を開けるだけで鉄と油と排煙の臭いが漂ってきそうな工業都市ウルファではあるが、しかし郊外に出ると別の表情を見せる。郊外には農村が広がり収穫物を多く街に卸しているそうだが、中でもハチミツが絶品なのだそうだ。


 どろりと濃厚で黄金に輝くウルファ産のハチミツはもちろん特産品となっており、帝室御用達の品なのだとか。もちろん価格もそれ相応で、少なくとも労働者の口には入らないらしい。


 とはいってもハチミツにもグレードがあるそうで、最高品質のものはさすがに買えないが、一般的なものや低グレードのものは売店などで買い求める事が出来るのだとか。


 世界最高レベルの糖度を誇るウルファ産のハチミツ、楽しみである。


 列車がレンタルホームに入っていくと、ほどなくして在来線ホームの中央にある通過線を特急列車が通過していった。大型蒸気機関車の重連運転、客車には豪華な装飾があった事から貴族用の列車だったのだろう。


 列車が完全に停車すると、モニカがスキップしながら外に飛び出していった。


「ミカ、ほら早く行きましょ! ハチミツよハチミツ!」


「はいはい今行くよ」


「楽しみネ、蜂蜜だけじゃなく巣も食べれるヨ」


「……マジ?」


 楽しそうに通路を通過していったリーファがさらりとそんな事を言った。いや、蜂の巣を食べるって話はちらほらと聞いた事があったけれど……アレ本当の話だったんだな。


「本当ネ。種類にもよるけど幼虫も絶品ヨ」


「Oh……」


 すまん、俺には難易度がベリーハードだわ。


 食文化の違いなのか、それともリーファがチャレンジャーなだけなのか。多分どっちもじゃないかな、と困惑しながらも護身用の最低限の装備だけを身に付けて、クラリスと一緒に列車の外に出た。


 まあ、ここに立ち寄ったのはガラマではできなかった日用品や燃料の補充だ。結局ガラマでは必要な物資が手に入らない事はないが、ギャング排除後の混乱の最中にあった事もあって注文してから実際に納品されるまでの期間ラグが無視できないレベルであった事からガラマでの物資補給を見送り、ウルファで行う事になったのである。


 だから物資が揃うまではしばらくここに滞在する事になる。仕事をしてギルドの収入に貢献するもよし、郊外の農村に繰り出して名産品として名高い絶品のハチミツを堪能するもよし、というわけだ。


 いやー楽しみだ。ミカエル君的には甘いものがね、好きなんだけどね。ハチミツなんて用意されてたら罠だと分かっていても引っかかりに行くレベルでね、好きなんですよハチミツ。


 無意識のうちに尻尾とケモミミをぴょこぴょこ動かしていたようで、傍らを歩いていたクラリスが盛大に鼻血ブーしていた。ハンカチを差し出して鼻血の処理をさせておく……そのままではまるで()()()終えてきたような感じになってしまう。


 獣人ってケモミミと尻尾の動きに本音が現れてしまう分、人間と比較すると感情豊かなのよな。おかげでほんしんをかくすのは相当骨が折れる。


 ハクビシンのケモミミをピコピコさせながら改札口へと向かい、駅員さんに冒険者バッジを提示。改札口では冒険者バッジが身分証明になるので、冒険者ノマドの場合は改めて切符を購入する必要が無いのである。


 さあハチミツを堪能しに行くか、と改札口を通過しようとしたその時だった。


「あの、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフさんですか?」


「にゃぷ?」


 やっべ変な声出た。


 このまま通過できるもんだと思っていたから、油断したせいでロリボ担当の二頭身ミカエル君が声帯からロリボを発する痛恨のミスをかましてしまう。


 おかげでクラリスは本日二度目の鼻血ブー、ついでに駅員さんも鼻血ブー……うん、なんで?


「ええ、そうですが……アッハイハンカチ」


「すみません……」


 鼻血をハンカチで拭き取り、駅員さんは意外過ぎる用件を伝えた。


「ええとですね、帝国騎士団の方から伝言を預かっておりまして」


「はあ……騎士団から?」


「はい。駅に着いたらこの電話番号まで連絡を寄越すように、と」


 そう言いながら差し出されたメモ用紙には、何やら見覚えのある電話番号の走り書きがあった。この電話番号、単なる数字とハイフンの羅列なのに漂ってくるこの寒気、間違いない。


 駅員に礼を言い、クラリスと共にUターン。せっかくの特産品、世界一の糖度を誇るウルファ産のハチミツがお預けになったのは辛いが、そこはモニカたちが土産を買ってきてくれる事を期待しよう……お願い、ホントマジでお願い。買ってきてくれたら何でもするから。


 閑散としたレンタルホームに戻ってくるや、すぐに電話ボックスの中へと駆け込んだ。財布の中から10ライブル硬貨をいくつか取り出してコイン投入口にぶち込み、ダイヤルを回してメモ用紙に記載されている電話番号をかける。


 通常、遠方との通話の際は一旦電話局にいる交換手を挟み、どこの誰に電話をかけたいのですがと言って通話を中継してもらう必要があるのだが、この電話番号であればそれは関係ない―――直通の電話だ。俺と相手、その間に介入する者は存在しないから記録にも残らない。


 しばらくすると、受話器を手に取る音と男の声が聴こえてきた。


《はい、こちら”ストレリツィ”本部”》


「……ミカエルです」


 聴こえてきた声はヴォロディミル氏だ。アナスタシア姉さんの副官でイライナ出身者、姉上の腹心にして同部隊唯一の常識人……なんともまあ胃が痛くなりそうな役職である。


 名を名乗ると、彼はそれだけで用件を察してくれたようで、何も言わずに電話を姉上へと取り次いでくれた。


《Ви Михайло?(ミカエルか?)》


「так, це я(ええ、私です)」


 イライナ語だ―――公用語となっている標準ノヴォシア語ではない。


 現在、ノヴォシア帝国の公用語はノヴォシア語(厳密には標準ノヴォシア語である)という事になっている。なので帝国の版図であればこの言語さえあれば通じるのだが、しかしかつての戦争で強引に併合を受け、今なおノヴォシアからの独立を望むイライナ地方の人々はノヴォシア語ではなく、イライナ語で会話をする。朝の挨拶も他愛のない雑談も、何もかもをだ。


 他者から押し付けられた言葉ではなく自分たちの言葉で―――それには両国の歴史から話さなければならなくなるし長くなるので割愛するが、まあ要約すると『テメーが押し付けた言葉で話なんかできるかボケ! めんどくせえから俺らの言葉使うわ!』という事である。


 そういう事もあって、言葉を押し付けた側となるノヴォシアではノヴォシア語の教育しか行わないが、言葉を押し付けられた側のイライナでは形式上のみのノヴォシア語とは別に、自分たちの母語たるイライナ語の教育も行っている(というか8割方イライナ語の教育をガチで行っている)。


 そのため『ノヴォシア人はイライナ語が分からず、イライナ人はイライナ語もノヴォシア語も理解できる』という一方的な関係が出来上がっているのだ。


 つまり何が言いたいかと言うと、だ。


 姉上がわざわざイライナ語、つまりノヴォシア人には理解できない言語で話しているのは、他人に聞かれては困る話題だということだ。


 今の短すぎるやり取りだけでそれを察し、身構える。


 絶対これ只事じゃないよ、と。


《Оскільки ви подзвонили мені, здається, ви благополучно прибули в Урфу, чи не так?(私に電話をかけてきたという事は、ウルファに到着したようだな?)》


「Я щойно приїхав в Урфу(ええ、今ウルファです)」


 ガラマで顔を合わせたばかりだから大方の進路は予測していたのだろう。だから駅員に伝言を預ける事も出来た、というわけだ。


「Сестро, щось сталося?(姉上、何かあったんですか?)」


 慣れ親しんだイライナ語で問いかけると、姉上は溜息を挟んでから告げた。







《Коротко... Катерина втекла з особняка(手短に言うが……エカテリーナが屋敷から逃げ出した)》





 

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― 新着の感想 ―
[一言] これは盗賊たちがヌカとFEVに感染してますね間違いない。持ってる装備や「錆びたピストル」というあたりであっ…と思いましたが。そしてこう言う秘密通話のときに便利なイライナ語。ノヴォシアの識字率…
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