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獅子姫の恋


「どうでしたエカテリーナ、お見合いは」


 ステーキをナイフで切り分けながら母上がそう言った途端、場の空気が変わった。


 まーた始まったよ、とマカール君は頭を抱えたくなる。というか脳内で一緒にステーキをもぐもぐしていた二頭身マカール君ズに至っては頭を抱えてのたうち回ってる。


 母上のお見合いだの何だのと言った話はいつ何をしていても関係なく始まる。食事中どころか入浴中も扉越しにお見合いの話を始められた時は壁に頭を思い切り打ち付けたくなったし、最近ではトイレで用を足している最中にもドア越しに『マカール、次のお見合いの話ですが』なんて声が聴こえた時はこのBBAマジ氏ねと心の底から思った。


 いっそのこと食事は部屋で摂ろうかなと真面目に検討するマカール君ではあるが、ミカのような立場でもない限りそれは許されない……イライナにおいて、貴族には「食事の際は家族全員で」というしきたりがあるのだ。だからアナスタシア姉さんのように兵舎で生活している場合を除いて、実家暮らしの俺たちはこうして家族全員で食事をしなければならない。


 それが貴族のしきたりで、部屋で一人で食事をとるというのは何かやましい事がある、という意思表示に受け取られかねないのだ(※つまりその点ミカは両親に”家族”という扱いを受けていなかったという事になる)。


「うーん……お話で伺っていたような方ではございませんでしたわ」


「あら、そうだったのね」


「ええ、何か下心のようなものが透けて見えましたの」


「そう……エカテリーナ、あなたがそう言うのならそうなのでしょうね」


 ステーキをナイフとフォークで切り分けながら、母上からの問いかけにさらりと忖度なしで応える姉上。よく平然と受け答えできるもんだよなぁ、と思いながら付け合わせのグリンピースを口に運んでいると話の矛先がこっちに向いた。


「マカール、あなたもそろそろ結婚を考えなければなりませんよ真面目に」


「アッハイ」


 うごあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁお見合い砲の砲門がこっちに向けられておりますぞ艦長ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


「いいですかマカール、あなたももう19。来年になれば成人になるのです。早いうちに理想の伴侶を見つけなさい」


「ハイ……ガンバリマス」


「名のある一族の元に行くなり相手をこちらの家に嫁がせれば、それが一族のためになるのです。祖先たる英雄イリヤーの栄光をもう一度―――」


 ああ、うん。そうッスねと適当に返事を返しつつケモミミをぺたんと倒しシャットアウトモードに入るマカール君。もう嫌この親、何とかして誰か。


 ホントやだよねと思いながら兄上の方に視線を向けると、ジノヴィおにーたまもかなり精神的に参っているらしく、ケモミミを倒してしおしおになりながらステーキを切り分けているだけだった……何あのしおしおライオン、ウチの兄貴?


 切り分けられた白パンの上にイクラの塩漬けを乗せ、サワークリームと一緒に口へと放り込む。


 そうだ、明日はLサイズの容器に入ったイクラを1人でお腹いっぱい食べよう……そういう小さな幸せを積み重ねていかないとマジやってられない、やんなっちゃう。マカール君も兄上みたいなしおしおライオンになっちゃう……え、もうなってる? うっせー。


 パンをもぐもぐしていると、ある事に気付いた。


 隣で食事をしている姉上のようすがおかしいのだ。いつもは堂々と、幼少の頃から叩き込まれたマナー通りに食事をする姉上が隣にいるのだが、今日に限っては違う。


 なんというか、どこか遠くを見ているというかボーっとしているというか、他の事を考えていて目の前の事が頭に入って来ないような、そんな感じだ。


「……エカテリーナ?」


 さすがに様子がおかしいと思ったのだろう、母上が案ずるように言った。


「体調が悪いのですか?」


「え? ああ、いえ……何でもありませんわ。考え事をしていましたの、ふふふ」


 そう言って誤魔化すが、本当だろうか。


 エカテリーナ姉さんは昔からみんなに優しかった。姉上にも、兄上にも、俺にも……そして当時、庶子という立場故に冷遇されていたあのミカにもだ。


 だから誰にも愛された。エカテリーナ姉さんは俺たち姉弟にとっての太陽だった。


 そんな姉上をいつも見てきたから、その異変には俺も兄上もすぐ気付いた。今日のエカテリーナ姉さんは何かがおかしい……母上とお見合いの話をしている最中に考え事をするなど、今まで果たしてあっただろうか?


 自分の愛娘の変化にも気付かないとは、本当に見る目の無い親だ……母上に対しそう思いながら、俺は切り分けたステーキを口へと運んだ。


 何かあって落ち込んで考え込んでいるというよりは、何か……こう、何かに恋焦がれる乙女のような、そんな感じの表情だ。


 まさか男でもできたのかと思ったけど、でもさっき姉上本人の口から「下心が透けて見えた」「話に聞いていたような相手ではなかった」と明言していたし、少なくともザヴォリーダでお見合いしてきた相手の事ではないのだろう……たぶん。


 じゃあ誰なんだろうな?


 まあいい……他人の恋路に足を踏み入れる事ほど野暮な事はないだろうさ。


















「はぁ……」


 食事を済ませ、シャワーも終えて部屋に戻ってから、窓の外を見つめて溜息をついた。


 本当、何であの時助けてくれたあの人の名前を聞いておかなかったのか、と後悔する。せめて名前さえ知っておけば、後からこうして思い出す時に「名も知らぬ剣士」としてではなく、その人としてしっかり思い出せるというのに。


 それにしても、あの人は本当に絵本に出てくる騎士のようだった。


 幼い頃、爺やが読み聞かせてくれた絵本の登場人物。お姫様の窮地に颯爽と現れ魔物を退治し、恐ろしいドラゴンすらも退けてお姫様を救い出した勇敢な騎士の物語……あの人はまさに、そんな感じだった。ああいう騎士が現実に居たのならばきっと、あの人のようなのだろうな……そう思うと、窓に映る自分の顔が少しばかり赤くなっている事に気付いて恥ずかしくなる。


 叶う事ならばもう一度あの人に会いたい。会って、しっかりお礼を言って……それから、もう少しお話がしてみたい。あの人の事をもっと知りたい。


 何なのかしら、この感情は。


「……」


 でもきっと、母上はそんな事は許さないでしょう。


 母上が認めるのは権力のある貴族や名門の血筋の相手だけ。それ以外の相手なんて絶対に認めないでしょうし、むしろ邪魔してくるのは想像に難くない。私たちの母親―――オリガとは、そういう人だから。


 そしてあの時、私たちを助けてくれたあの人は冒険者。それもマズコフ・ラ・ドヌーに居たと言っていたから、おそらくは各地を転々としながら仕事をするノマドなのでしょう。


 そうなのだとしたら、彼は次の仕事を求めて既に旅だった筈。もしそうならば、二度と再会する事は叶わない。


 遊牧民ノマドとはそういう人たちだから。


 仕事を求め、広大な世界各地を転々としながら戦う根無し草。故に彼らは、一ヵ所には絶対に留まらない。


 頭では分かっていても、心がそれに従わない。


 もう一度会いたい。


 彼の事を思い出す度に、その気持ちはより一層強くなっていった。


















 すっかり遅くなってしまった。


 仕留めたヴォジャノーイやルサールカから足の肉を剥ぎ取って、残った部位は焼いて処理(足の肉は珍味だが他の部位は食えないらしい。泥臭いそうだ)してからザヴォリーダを発ち、列車に乗って終点のキリウまで来たらもうこんな時間だ。日付が変わるギリギリである。


 それにしても、キリウはイライナ公国時代の首都であっただけに煌びやかで、大きな街だった。


 深夜であるにもかかわらず建物の明かりはついたままで、車のエンジン音の喧騒も昼間と変わらない。遠くに見える大きな尖塔にはライトアップされた大きな旗―――黄色と蒼の二色を背景に三又槍が描かれた、イライナ公国時代の国旗が掲げられている。


 今では隣国ノヴォシア帝国に屈し併合されたイライナ公国ではあるが、併合され時が経ってもなお帝国からの独立を望む声は大きいのだそうだ……まあ、彼等の歴史を学んでみればそれもそうなるだろうな、とは思う。


 「帝国臣民」という称号は形ばかりで、結局イライナの人々は搾取されているのだ。豊富な農作物も、彼等の富も、何もかもすべて。


 それでいてノヴォシア人は彼らを見下す―――『土いじりしか能の無い農民』と。


 反感を抱き、独立を望むのも無理のない話であろう。だから街中には堂々とイライナ公国時代の国旗がはためき、イライナ公国時代の軍歌が響き渡り、人々は押し付けられたノヴォシア語ではなくイライナ語を話す。


 ライフル銃を肩に担ぎ、隊列を作って更新する騎士団の兵士たちとすれ違い、そのまま宿に入った。


 大都市というだけあって、駅前は設備が充実している。24時間営業の飲食店や酒場に宿屋が軒を連ねており、その大半が旅人や冒険者向けの価格設定となっているようだ。看板にも相場が記載されていて、富裕層は物足りなさを感じるだろうが冒険者にはちょうどいい……いや、むしろかなり財布に優しい。


 チェックインする前に少し何か食べよう。そう思い、手頃なところにあった飲食店にふらふらと足を踏み入れた。


 さすがに深夜という事もあって客足は疎らだ。それでも席には何人かの客がいて、随分と暖かそうなボルシチを食べたり、チキンキリウをナイフで切り分けたりしている。とろりと溢れ出るバターソースが実に美味しそうだ。


「いらっしゃいませ」


「すいません、コイツで何か作ってくれませんか」


 まだ訛りの残るノヴォシア語(イライナ語で話すのがベストなんだろうが、イライナではノヴォシア語も通じるので問題はないそうだ)でそう言うと、カウンターの奥からやってきたモモンガの獣人の女性は俺から袋を受け取って中身をチェックした。


 袋の中身は今日の仕事で仕留めたルサールカとヴォジャノーイの肉だ。9割方管理局に売却して臨時収入にした(とにかく荷物を減らさなければ持ち運びがクッソ不便だった)んだが、残りの1割は自分のものにした。世界中の美食家がイライナを訪れてまで食べようとする珍味、是非堪能してみたい。


 それがヴォジャノーイの肉だと理解した店員は、笑みを浮かべて「かしこまりました」と返事を返してくれた。


「食材の持ち込みですと追加料金として200ライブルが発生しますがよろしいですか?」


「ああ、大丈夫ですよ。何か温かいやつをお願いします」


「分かりました、少々お待ちくださいね」


 彼女が厨房の方へと引っ込んで行ってから待つこと15分ほど。


 さっきの彼女が大きな器を持って、カウンター席で待つ俺のところに戻ってきた。


「お待たせしました、ヴォジャノーイとイライナハーブのスープです」


「おー……これは美味そうだ」


 大きな器の中には透き通ったスープが入っていて、底には大きめのつみれが沈んでいる。おそらくヴォジャノーイの肉を使ったものなのだろう。他の具材はニンジンにタマネギ、小さく切ったジャガイモとイライナハーブだろうか。


 スプーンで具材と一緒にスープを口へと運ぶ。


 長旅で疲れていたのと、最後に食べたのが列車の中で購入したサーロだったからなのだろう。身体中の細胞が大喜びしているような、そんな感覚を覚えた。


 ハーブの香りも素晴らしいが、濃厚で尚且つしつこくない後味のスープは絶品だった。鶏肉チキンを煮込んだ味に似ているが、牛肉ビーフのような濃厚さもある。


 ヴォジャノーイのつみれはスプーンで軽く押すとあっさりと切れるほど柔らかかった。それを他の具材と一緒に口へと運び、珍味の味を噛み締める。


 味は確かに鶏肉のようで、しかし鶏肉には無い重厚さがある。スープに溶け込んだ肉汁に、他の具材の食感とハーブの香りが程よいアクセントになっていて、北方の美食家がわざわざイライナを訪れてまで食べてみたいと言い出すのが理解できるような、そういう味だった。


 そして同時に後悔した……旅の負担が増えるのは承知の上で、もう少し俺の分の取り分を増やしておけばよかった、と。


「お客さん、外国の人ですか?」


「え? あぁ、はい。イーランドから」


「ああ、やっぱり。訛りでそうなんじゃないかなって思いました」


 カウンターの向こうから、ヒグマの獣人の料理人がひょっこりと顔を出しながらそう言った。


「美味しいでしょ、ヴォジャノーイ」


「ええ、祖国イーランドには無い味です」


 そりゃあそうだろうな、とは思う。


 俺の祖国……イーランドはあまり食事が美味しくない。ウナギゼリーとかスターゲイジー・パイとか、多分こっちの人が見たら卒倒しそうなラインナップが充実している。


 ちょっと真面目に移住しようかな、とイライナで永住権を獲得する事を検討しながら、ヴォジャノーイのスープを食べ進めていく。


 大きな器が空っぽになったのは、それからすぐの事だった。




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― 新着の感想 ―
[一言] ほんと母上いづれ’’不慮の事故’’が起きそう… 話変わりますけどCBJ-MSの100連ドラムマガジンかっこよくないですか?貫通力SMGにしては化け物ですし。え?弾薬がタングステン使用するか…
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