ミカエル君突撃ス
現場はさながら花火大会のようだった。
”祖国戦争”の戦勝記念日みたいに賑やかだが、しかし花火は撃ち上っていないし軍楽隊の勇ましい行進曲も、国民的人気歌手の国歌独唱も聞こえてこない。聞こえてくるのは爆音と銃声、そして観衆の声援の代わりに聞こえてくるのは男たちの悲鳴だ。
派手にやってるなぁ、というのが正直な感想だ。血盟旅団の戦いのクライマックスはいつもそうで、大体アクション映画の終盤の戦闘みたいな感じになってしまう。
けどまあ、それが俺たちらしいやり方か。
刻むのだ、俺たちの足跡を―――大量の火薬と弾丸で。
「カーチャ、憲兵隊の動きは?」
《まだないわ》
ヘッドセットの向こうからカーチャの声が聴こえた。風の音も混じっていたので、きっと狙撃ポイントに陣取って先行した範三とリーファ、それからシスター・イルゼを支援しているのだろう。
支援狙撃と情報収集、索敵を並行してやるとは、カーチャもなかなか化け物じみている。
本当に仲間に恵まれたもんだ……俺は幸せ者だな。
さて、これだけの騒ぎになっているにもかかわらず憲兵隊に動きが見られないのにはもちろん理由がある。襲撃の決行前、事前に憲兵隊の司令官に賄賂を渡していたのだ。ギャングと癒着している腐敗憲兵とはいえ相手がギャングだから良いのではなく、金払いの良い相手だったら誰でも良いらしい。
なのでパヴェルが『ギャング連中の倍、いや3倍払う』と取引を持ち掛けたらあっという間に鞍替えだ。内容はもちろん、ギャング連中を襲撃している間はこちらの違法行為の一切に目を瞑るという事。だからどれだけ市民からの通報を聞いても憲兵の皆さんは全員そろってお口チャック、詰所でだらりとしながら成人向け雑誌でも読んで時間を潰す事だろう。
まあ、約束はしたがもうじき手筈通りに姉上率いる帝国騎士団特殊部隊『ストレリツィ』が腐敗憲兵の摘発に動く予定となっているので、約束は最後まで守れないというのが正直なところだ。取引の話を公にされてもこっちは知らぬ存ぜぬを決め込めばいいし、姉上もその辺は汲み取って粛々と処分してくれるだろう。
いやあ国家権力の担い手に身内が居るというのはなかなか良いものだ。
というわけで、思い切り暴れて良い。そのお墨付きを得た仲間たちはそれこそ水を得た魚のように暴れ回っているのがここからでも分かる。
というか、さっき向こうにある雑居ビルが倒壊したように見えたんだが……確かあれ、チェレベンコ・ファミリーの本部があの辺にあったはずなんだがパヴェルの奴まさか……いや、まさかね? もう終わったなんて言わないよね?
『ご主人様、間もなく突入しますわ。お支度を』
「了解。モニカ、派手にぶちかませよ」
『待ってました!』
コンコン、と砲塔を叩きながら言うと、中からモニカの元気そうな声が聴こえてきた。
俺たちが乗っているのは、今回の戦闘に初めて投入する事になる兵器だ。
第一次世界大戦でフランス軍が主に運用した、『ルノーFT-17』と呼ばれる軽戦車である。小ぶりな車体と車体側面の大きな履帯、塹壕を乗り越える際に車体が引っかからないよう搭載された後部のソリ、そして車体の上に乗っている360度旋回可能な小型砲塔が外見上の特徴だ。
今にして見てみると『随分と小ぶりで可愛い戦車だなぁ』という印象だけど、コイツが登場した当時はかなり革命的な兵器だった。
当時の戦車と言えばイギリスの菱形戦車やドイツのA7V、フランスのサン・シャモン戦車などのように、車体の両サイドに砲郭を設けそこに主砲を搭載するか、車体前方に主砲を搭載する突撃砲、あるいは自走砲スタイルが主流で、こんな感じに旋回可能な砲塔を持っている戦車の方が珍しかった。
最終的にこのルノーFT-17スタイルがのちの戦車の主流となり、その流れは現代にも受け継がれている。
本来の仕様であれば、武装は37mm戦車砲かホチキス8mm機関銃を搭載していたが、血盟旅団仕様となったコイツは砲塔にブローニングM2重機関銃を1丁、それから砲塔側面に発煙弾発射機を1基ずつ搭載している。
以前まで運用していたⅠ号戦車に代わって用意された代物だ。小型で機動性に優れ、扱いやすく、更には12.7mm重機関銃を搭載しているため十分な戦闘力がある。小規模な戦闘や偵察に用いるには十分すぎる性能と言えるだろう。
乗員は原形と同じく2名。車体前方に操縦手が、砲塔内に機関銃手が乗り込む。
クラリスが操縦を手掛けるルノーFT-17が増速、ホテル・ガラマの正面入り口へと、車体前方に搭載されたスパイク付きの突入用ドーザーブレードをめり込ませた。ガラスが木っ端微塵に砕け散り、砲塔を旋回させたモニカが景気良く12.7mm弾をロビー目掛けてばら撒いていく。
ドガガガガガッ、とアサルトライフルには無い重厚な銃声に背中を押されながら、砲塔後部にある手摺に引っ掛けていたフックを外した。血盟旅団の車両には、こうやってタンクデサントした際に搭乗した人員が転落する事を防ぐためにフックを引っかけるための手摺が用意されているのだ。
ルノーFT-17から降車、重機関銃の支援を受けながら俺もPPSh-41を散発的に射撃してロビーの柱の陰に滑り込む。
「早かったネ!」
JS9mmのセミオート射撃で戦闘員をヘッドショットしながら、リーファが笑みを浮かべ出迎えてくれた。
「クラリスが飛ばしてくれたもんでね。で、状況は」
「敵さン烏合の衆ヨ。今押せば崩れるかもネ」
ちらりと柱の陰から顔を覗かせた。
確かに敵の攻撃は思っていたよりもずっと弱々しいものになっていた。銃撃も散発的で、床には範三とリーファが仕留めたと思われる戦闘員の死体が何人も転がっている。天井に首から上がめり込んでいる人たちはまあ……うん、パンダは熊の仲間なのでまあ、うん、そういう事だろう。
「きえぇぇぇぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ウゲッ」
気合を迸らせながら前に出た範三が、三十年式銃剣を着剣した九九式小銃の銃剣突撃を敢行。ギャングの戦闘員の喉元を一突きにするや、そのまま相手を蹴飛ばして銃剣を引き抜き、その後方にいたもう1人の戦闘員にまた銃剣突撃を敢行する。
「ヤァァァァァァァァァァァ!!」
「ギャッ」
「バンザァァァァァァァァァァァイ!!!」
「ぐあっ……!」
なんだろ、範三の背後に旭日旗が見えるのは多分気のせいではないと思う。アレか、アレが大和魂の極致なのか。
銃撃より銃剣突撃で仕留めた敵の数の方が多いのではないだろうか。範三何なんだアイツ。
さて、立て続けに銃剣突撃を敢行しそのことごとくを成功させている銃剣突撃の申し子こと範三氏もそうだが、凄まじいのは今回が初陣となる血盟旅団仕様のルノーFT-17もだった。
なにせ主砲として搭載されているのはホチキス8mm機関銃ではなく、より大口径でパワーがあり、今なお現役のブローニングM2重機関銃というオーパーツである。軽装甲車両から航空機まで何でも蜂の巣にしてしまう歩兵の味方は異世界でも健在だ。
戦車に向かって果敢にレバーアクションライフルを射かける戦闘員の姿もあったが、全ては徒労に終わっていた。銃弾は装甲で弾かれ、逆に射撃位置を晒す結果となり、重機関銃による反撃を招く。遮蔽物に隠れようとするも、使用弾薬は12.7mm―――重機関銃や対物ライフルの弾薬として使用されている代物だ。机とか多少の柱程度ならばお構いなしにぶち抜いてしまう威力がある。
唐突に、倒したテーブルの陰に隠れて掃射をやり過ごそうとしていた戦闘員の上半身が弾け飛んだ。傍から見ればまるで人体が風船のように割れたようにも見える。それがたった1発の12.7mm弾による破壊だと聞いて、一体どれだけの人が信じるだろうか。
柱の陰に隠れていた戦闘員も、柱の破片が舞ったと思った次の瞬間には胸の左半分を大きく欠損、着弾の衝撃で吹っ飛ばされそのまま動かなくなった。
圧倒的火力の重火器と銃弾を通さぬ装甲、そして十分な機動力を兼ね備えた移動砲台―――それが戦車だ。
対策されれば脆いものの、十分な対策がない相手に対しては脅威でしかない。実際に戦車を運用した経験を踏まえて言わせてもらうが、対戦車ミサイルやドローンがどれだけ普及しようと依然として戦車は強力な兵器である事に変わりはなく、それは未来永劫変わる事はないだろう。
だから戦車など不要と言う連中の言う事は全く理解できない。彼等はきっと現場を知らないのだ。
人間をさながらトマトのように砕いていくルノーFT-17の機銃掃射。たまらず戦闘員たちが逃げの体勢に入ったのを、俺は見逃さない。
「一気に決めるぞ!」
「了解!」
リーファが制圧射撃をかけ、その間に俺が前に出た。
悪いが戦場での一番槍はこの俺が貰う。
そして戦場を一番最後に去るのもこの俺だ―――それが団長としての責務なのだ。
前に出て、上階へと続く階段を駆け上がりながらPPSh-41を射かけた。アイアンサイトの向こうに見えるのは逃走する戦闘員たちの、スーツに覆われた背中ばかり。中には土埃をかぶり灰色に染まった背中や、味方の返り血を浴びて赤黒くぬらりと光る背中もあった。
逃げるばかりの相手を撃つのは気が引けるが、しかしやらねばならない。武器を捨て降伏の意思を示した相手ならばまだしも、依然として武器を持ち背を向けて逃げているというのは、いったん後退して体勢を立て直し防衛戦に備えるという意志があるからだ。ここで撃ち漏らせば後々ツケが回ってくる。
戦闘中は非情な決断を強いられる時もある―――だから俺に出来るせめてもの情けは、相手が苦しまないように一撃で、楽に死なせてやることだけだ。何が起こったのか死者が理解できないレベルである事がきっと望ましい。
後頭部に7.62mmトカレフ弾を叩き込んで戦闘員の1人を撃ち殺し、死体の上を跨いで階段を駆け上がった。
後ろからはリーファが、そしてその後方からは口から白い息を吐き、目つきがすっかりキマった状態の範三(待って何アレめっさ怖い)が駆け上がってくる。
2階で銃撃を受けた。咄嗟に壁際に隠れ手榴弾を取り出す。安全ピンとレバーを外して2つ数え投擲、コトン、と床の上に手榴弾が落下する音の直後に爆音が轟いて、銃声が悲鳴や呻き声に変わっていく。
「ダンチョさん、相手の親玉は最上階ヨ!」
なんか勝手に銃剣突撃していく範三を援護しながら、リーファが大きな声で言った。
相手は烏合の衆、訓練を受けた騎士や憲兵と比較すると動きは悪く、士気をへし折るのは容易い……が、しかし数が多いのが面倒だった。あれだけロビーで殺したというのに、2階にはおびただしい数の戦闘員が控えている。
どうやら相手はガトリング砲まで持ち出したようで、ガガガガ、と連続的な銃声が響いてきた。吹き抜けの向こう側に手回し式のクランクを回転させている射手の姿が見える。
「ここはワタシと範三で何とかするネ、ダンチョさんは親玉を!」
「分かった、頼む」
とっとと終わらせよう。
頭を潰せば、戦いも終わる。そうなれば余計な流血も回避できるはずだ。
ボスを潰した後で、改めて降伏を勧告しよう。
PPSh-41でガトリング砲の砲手に応戦、制圧射撃をかけてから走った。目指すはエレベーターだ。
ぴったりと閉じられた扉に、太腿にある革製のホルダーから取り出したマイナスドライバーを差し込んだ。そのままてこの原理を使ってぐりぐりと扉を押し広げ、小柄なミカエル君1人が十分に通過できるくらいの隙間を確保する。
中にあったのはエレベーターを吊り下げている極太のワイヤーと、鉄骨が浮き出たエレベーターシャフトの壁面。
さて、やれるかな……。
両足から魔力を放射、そのままブーツの底をエレベーターシャフトの内壁、そこから露出している鉄骨に押し付ける。
試しに足を離そうとしてみるが、ぐいぐいと引っ張られる感触を覚え安堵する。まずは第一関門、問題はここからだ。
腹筋と背筋を総動員して身体を起こし、そのままエレベーターシャフトの内壁を鉄骨に沿って、『壁を歩いて』上がっていく。
アニメとか漫画で平然と壁を歩くキャラとかいるけれど、あれって実はとっても大変な事なんだなって実感する。壁を歩くのはまだ良いとしても、その間自分の体重分の負荷がかかる上半身を腹筋と背筋で支えていなければならないのだ。既に今の時点でミカエル君の顔は茹蛸みたいに真っ赤になっているに違いない。
その調子で3階、4階、5階、6階を通過。7階のドアが見えるやさっきと同じようにマイナスドライバーを差し込んでドアをこじ開け、最上階の通路へと出た。
さて、スイートルームは戦車砲で吹っ飛ばしてやったわけだが……しかし吹き飛んだドアの中を見てみると、死体は転がってこそいるがエフゲニーらしき人物の死体は見当たらない。おそらく別の部屋に移ったか。
風の音に混じり、取り乱した男の声が聴こえてきたのをミカエル君のケモミミがキャッチ。間違いない、先ほどまで電話で話をしていたエフゲニーの声だ。
足音を立てないようにドアの前まで移動、背負っていたハクビシンを模したバックパック(ちょうど口のところがチャックになっている)から突入用の爆薬を取り出して、ドアに優しくセットする。それこそガールフレンドのためにサンドイッチを作ってあげるくらい優しく、だ。
信管を差し込んでスマホを取り出し、通話をタップして起爆。ドムンッ、と重々しい爆音が轟き、ドアが内側へと吹き飛んでいった。
それと同時にイリヤーの時計に命じ時間停止を発動、空中で吹き飛んだドアがぴたりと静止している異様な空間へと足を踏み入れる。
中にいた護衛の頭目掛けてPPSh-41を撃ったところで時間停止が解除された。
静止した世界の中、動きを取り戻したトカレフ弾が護衛のこめかみにめり込む。被弾した護衛が頭を大きく振って倒れ、そのまま動かなくなった。
「う、うわ!?」
「Добрый день, босс(ごきげんよう、ボス)」
「き、貴様は……なっ、な、なぜここに!?」
俺の姿を見て取り乱すエフゲニー。そんな彼を冷淡な目で見つめながら、トカレフを突きつけ言い放つ。
「―――Привет от Михаила Стефановича Лигалова, командира Бригады Крови(―――血盟旅団団長、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフが挨拶申し上げる)」




