デモリッション
ズン、と重々しい爆音が、ここにも聞こえてきた。
見てみると、ホテル・ガラマの最上階にあるスイートルームの辺りで火の手が上がっている。どうやら血盟旅団の攻撃が始まったようだが、初手からミカも随分とエグい事をする。
アイツとはそれなりに長い付き合いになったから、何があったのかも何となく分かる。大方、戦闘開始前に降伏勧告でも突きつけたのだろう。アイツはやる時はやるが根は優しい奴だ。どうしても救いようのない悪人ならば話は別かもしれないが、それなりの悪人に対しては一応手を差し伸べる。そういう男である。
そして敵がそれを拒否したからこそ、遠慮なく戦車砲か何かをぶちかました……そんなところだろう。
「えっぐ」
やるねぇ、と思いながら、葉巻に火をつけた。
さてさて、可愛い教え子たちが派手にやっているのだ。俺もたまにはカッコいいところを見せなければ。
運転してきたヴェロキラプター6×6を路肩に停車し、そっと降りた。
工業地帯の一角、錆び付いたフェンスには掠れた文字で「Частная земля отныне, проникновение запрещено(この先私有地、立ち入るべからず)」と記載されたプレートがある。その隣にはドクロマークを添えて「Если ты войдешь, я убью тебя(入ったら殺す)」という、まあ随分と元気なノヴォシア語が書かれていてパヴェルさん嬉しくなっちゃう。
我慢できなかったので、ポケットから取り出したニッパーでフェンスの格子を切断してそのまま中へと入った。チェレベンコ・ファミリーはこの先にある廃ビル、かつては製鉄所の営業部だか本社だかが入っていたビルを占拠して使っているのだそうだ。
工業地帯、それも廃工場が連なる一角にあるので一般人はまず入って来ない。だからまあ、派手にやっても一般人を巻き込む心配がない、それだけは本当にありがたい。
「オイ」
連中の本部に向かって歩いていると、声をかけられた。
視線を向けてみると、そこには薄汚れた私服姿の青年が立っている。金髪で、顔の左半分にはまあ随分とセンスのないタトゥーがあった。
なんというか、うん……その、主張の激しい見た目をしている。
「おっさん、ここ私有地なんだけど?」
そう言いながら俺を睨み、こっちに歩いて寄ってくる。
チェレベンコ・ファミリーは新興のギャング集団だ。トロゾフ・ファミリーが世代を重ねてきた伝統的なギャングであるのに対し、チェレベンコ・ファミリーはその辺のゴロツキをかき集めて結成された連中だ。
凶暴ではあるがそれだけで、仲間との連携も取れていない。銃やナイフをちらつかせてイキるだけのクソガキの集団、というのが俺の正直な評価だった。ギャングというよりはちょっと規模のデカくなったゴロツキ、と言ったところか。
青年はこっちを威圧しながら肩に手を乗せてきた。
「ダメじゃん? 勝手に私有地に入って来ちゃったらさぁ」
「……俺さ、今28なんだけど」
「え?」
「お前人を見る目ねえなぁ」
スマイルを浮かべながら左足の内側、ちょうど膝の辺りに膝蹴りを叩き込んだ。
バキャ、と骨の外れる音。さっきまで人をナメた態度だった青年の表情が苦痛に変わるが、しかしその口から絶叫が迸る事は無かった。
そうなる前に後ろに回り込み、ちょうど跪くように姿勢を低くした青年の首元に両手を絡みつかせて、そのまま力のままに捻っていたからだ。ほんのわずかの抵抗はあったが、しかし柔らかい肉の中で何かが外れるような手応えを覚えた瞬間には、青年は叫び声どころかじたばたと暴れる間もなく事切れていた。
首の骨を折られて事切れた死体をその辺のゴミ箱に押し込んで、そのまま先へと進んだ。
やがて見えてきたのは、落書きされまくった壁が特徴的な雑居ビルのような建物だった。随分とアレンジされたノヴォシア語の落書きや、なんかドクロとかゾンビとか、まあアレだ……エネルギッシュな感じにアレンジされた落書きが1階の壁にびっしりと描かれていて、なんだかとても楽しそうだ(遠い目)。
俺には理解できないが、まあ感性は人それぞれ。他人の感性を自分の物差しで推し量る事ほどナンセンスな事はない。コレ、創作とかオタクとかやってるとよく分かってくる事だが、結局のところ意見の合う人と会わない人との”棲み分け”が大事なのだ。そのラインを弁えないと界隈でよく衝突とか起こるのでこれを見ているオタク諸氏は弁えるように。特にカップリング論争は程々に。そういうのはお茶菓子と紅茶を傍らに忍ばせながら楽しむ事が望ましい……待てコレ何の話だ。
まあいい、脱線したけど仕事にとりかかろう。
なんか今日は早く帰れそうだ。
気配を消し、懐に忍ばせたマカロフPBをいつでも引き抜けるようにしながら、建物へと近付いた。
建物の周囲の警備はそれほど厳重でもなかった。というか、数名のゴロツキがたむろしている程度である。もっとこう、軍隊の重要施設とか、そうじゃなくても補給基地やら物資集積所レベルの警備を期待していたのだが、これじゃあただのゴロツキ集団と変わらない。悪い方向に人の期待を裏切るのホントやめてもろて。
傍らに落ちていた石を掴み、適当な方向へと放り投げた。スクラップか何かにあたったようで、ガンッ、と随分大きな音が遠くから聞こえてくる。
「何だ今の」
「知らねえよ」
「トロゾフの連中だったらどうする」
「チッ、一応見てくるか」
めんどくさそうに、ドラム缶の中で燃え盛る焚火を囲んで煙草を吸っていたヤニカス×4が重そうな腰を上げて歩いていった。ドラム缶の周囲には大量の吸い殻がそのまま捨ててあり、まあ随分と素敵なマナーの持ち主たちである事が分かる。
こういうモラルが底辺レベルだから社会的地位もド底辺なのだ……なんて説教しても連中は聞く耳を持たないので、結局のところ暴力が一番の最適解である。うん、暴力万歳。
見張りというか、入り口の辺りでたむろしていた連中が居なくなった隙に入り口から中へと入った。
こういうタイプの雑居ビルはよく見ているので、内部構造もそれなりに察しが付く。
枯れてしまった観葉植物、その鉢の陰になるように、柱にバックパックから取り出したC4爆弾をセット。お手製の信管もブッ刺して準備を終える。
さてさてまず1つ目。次行こう。
『オイ、なんか外が騒がしいな』
『トロゾフの連中が襲われてるらしい』
『何だ、他のギャングの連中か?』
『しらねえよ』
以前は事務員の部屋だったのだろう小部屋からは、男たちの話声が聞こえてくる。むせ返る程のニコチンの香り。中を覗き込んでみると灰皿から溢れんばかりのシケモク☆マウンテンが出来上がっており、ありゃあ世界遺産に登録したくなる。
だがまあ、余計な事はしなくていいだろう。とっとと終わらせてミカ達に加勢して、後は夕飯の仕込みをしなければならない。ちなみに本日のメニューはイライナハーブのサラダと唐揚げで、鶏肉はもう仕入れてある。ニンニクと特性のタレに漬け込んで、あとは揚げるだけにしておきたいのだ。
でもウチの奴ら食べ盛りだし、もっとカロリーマシマシのものを追加した方がいいかもしれない。もう一品なんかないだろうか。和、洋、中、色んな料理のレシピを頭の中で思い浮かべながら、廊下の曲がり角でばったり出くわしたゴロツキの喉をカランビットナイフで切り裂いて仕留め、その辺のロッカーの中へと押し込む。
トイレの脇にある大きな柱にC4爆弾を2つ設置、信管もセット。
そういや中華料理ってあんまり作った事ないよな……本場出身のリーファ居るし、今度本格的な中華料理の作り方でも学んでみるか。四千年の歴史の中で淘汰と洗練を繰り返してきた食文化、美味さは約束されている。
野菜も摂らせたいし回鍋肉とかいいかもな、と思いつつ爆弾設置にクッソ邪魔になりそうなゴロツキ2人組をマカロフの早撃ちで素早く射殺。そのまま部屋の角にある柱にC4爆弾をセット、信管も刺しておく。
そういや”信管”ってワードで『新刊』を連想して思い出したけど、次に出す予定の薄い本は予告通り『ミカエル君ビリビリ感電えっち本』にしようと思う。アイツ普通に生活しているだけで捜索に必要なインスピレーションを過剰分泌してくれるから、一緒に過ごしてて退屈しないのだ。
ちなみにクラリスからは『NTRとリョナだけはやめて』というリクエストを受けているのでその辺はジャンルとして回避するよう意識している。リョナは嗜むパヴェルさんだがNTRに関しては俺も嫌いだ、何故ならばイチャラブ原理主義者だから。分かるか、純愛こそ至高なのだ。だから日焼けしたり金髪だったりとにかくガラの悪い間男がコマに登場するだけで憤死する自信あるからねパヴェルさんは。
もうね、NTRビデオレターが送られてきたらもうダメよ。そこからR-18G指定待ったなしの皆殺し☆復讐劇・臓器&生首ポロリエディションが始まってしまう。
NTRと言えば俺も昔、本当に昔に女を他の男から奪った事がある。まあ、あれは彼女が望まぬ政略結婚に利用されるのを嫌がって望んだことだったのだが。
いやー懐かしい、本当に懐かしい……今となっては良い思い出である。
などと許婚から奪い取った彼女を連れての逃避行を思い出しつつ、背後に回り込んでチェレベンコ・ファミリー構成員の首の骨をへし折って殺害。死体は隠したいところだが、早いとこ夕飯の仕込みをしたいのでそのまま次に行く。
階段の裏側にC4爆弾を設置、信管もセット。
そういやこのC4爆弾、信管を介しての起爆でなければ絶対に爆発しない安全な爆弾だったりする。だから銃で撃ち抜いても穴が開くだけだし、火の中に入れても燃えるだけなのだ。ちなみに止むを得ず燃やして燃料代わりにする場合は換気を徹底すること。それから有害なので絶対に舐めたり食べたりしないこと。
もちろんC4爆弾えっちも厳禁だ……何だよC4爆弾えっちって。
どう頑張ってもリョナ展開しか思い浮かばなかった自分の想像力の無さに絶望しながら、腹いせにたまたま近くでタバコ吸ってたヤニカス1名をマカロフPBで粛清。とりあえず手持ちのC4爆弾を全部設置し終えた事を確認し、正面玄関からフツーに外に出た。
「あ? オイお前」
さっき入り口の前でタバコ吸ってた4人とばったりエンカウント。
トロゾフ・ファミリーとは異なりチェレベンコ・ファミリーはゴロツキの集まりだ。だからスーツ姿とか制服姿ではなく私服姿なのだが、しかしそれでも部外者なのか仲間なのかは見分けがつくらしい。さすがにこの人相の悪さで「あっ自分新人ッス」なんて嘘は通じないだろう。
困ったなぁ、どうしようかなぁ、と悩みながらとりあえずマカロフを抜いた。
パスパスパスパスッ、と4回スライドが後退。専用のサプレッサーで減音された銃声が静かに染み渡り、合計4発の9×18mmマカロフ弾がチェレベンコ・ファミリーの手下連中の眉間を直撃して風穴を穿っていた。
やっぱりだが、一度染み付いた癖はそう簡単には消えない―――テンプル騎士団時代からそうだった。捕虜を取る暇があるならば殺せ、と教育を受けたもんだから、相手を確実に殺せるようにヘッドショットの訓練を徹底していたのだ。
胴体に2発撃ち込むよりも頭に1発撃ち込んで黙らせろ―――通常の軍隊とは真逆の教育のおかげで、もはやヘッドショットは反射的に行えるようになっていた。殺す必要がない場合も急所を咄嗟に狙ってしまうからオンオフが難しい。
参ったね、と左手で頭を掻きながらマカロフを内ポケットに戻し、動かなくなった4人の死体を跨いでチェレベンコ・ファミリーの本部を離れた。
2ブロックほど離れたところでスマホを取り出し、画面をタップ。登録済みの連絡先の中からC4爆弾の信管を選択して通話をタップすると、数回の呼び出し音の後に爆音が轟いた。
ズズン、と腹の奥底へ響くような爆音。視線をチェレベンコ・ファミリーの本部に向けてみると、連中の本部である雑居ビルの足元で土煙が噴き上がったかと思いきや、6階建ての雑居ビルが地面へと吸い込まれ始めたのである。
デモリッション―――アメリカなどで行われる、爆発物を用いた建物の爆破解体。
重量が集中する柱などの脆弱点に爆弾を設置し起爆、そこを吹き飛ばす事で、あとは建物自体の自重で倒壊を促すというものだ。
ただ柱に設置すればいいというものでもなく、建物の強度や重量が集中するポイントを事前にしっかりと計算・把握したうえで適切な量の爆発物を用いなければならない。そうでなければあんな綺麗に崩壊はせず、脇に向かって倒壊したりして危険なのだ。
正確な計算、適切な爆薬。その他の要素が複雑に融合する事で生まれる爆破芸術の極みである。
自重で完全に崩壊し、濛々と土煙を吹き上げるばかりとなった倒壊現場。いずれここも蜂の巣をつついたような騒ぎになるだろうから、早めに退散するとしよう。
しかし、退屈だったな。
単独でのチェレベンコ・ファミリー襲撃を思い返してそう評価する。
これ、ミカ達の方について行った方が面白かったんじゃないだろうか。
まあ、早く終わったんだし良しとしよう。
とりあえずミカ達に加勢して、後は早く終わらせて夕飯の仕込みをだな……。




