リ ガ ロ フ 砲
なんかウチの歴代主人公ズ、筋肉ムキムキの巨漢か男の娘しかいない気がするけど気のせいだよね(白目)
珍しい客が来たものだ。
ノヴォシア帝国騎士団特殊部隊『ストレリツィ』の兵舎、その一角にある執務室。私の趣味で持ち込んだ旧式の銃剣付きマスケットが見下ろすその部屋の一角に、応接用のソファとテーブルが置かれている。
元々は騎士団の高官とか他の部署の指揮官を座らせる席なのだが、今日に限っては騎士団の部署どころか、違う組織の人間が応接用のソファに腰を下ろしてはブラックコーヒーの入ったマグカップを両手でちょこんと持ち、ちびちび飲みながらどんよりとした空気を放っている。
そう、私の弟のジノヴィである。
白を基調に蒼いアクセントの入った法務省の制服姿はこの騎士団本部では珍しい。彼がやってきた時は部下か、あるいは上官が何かやらかしたのかとちょっと心配(上官ならばワクワクであるが)したものだが、しかし部下を引き連れずに1人でやってきた事、そしていつもはピンと立っているライオンのケモミミがぺたんと倒れている事から、まあコイツがやってきた目的は察した。
ジノヴィの奴、家から逃げてきたな。
「あのイケメンが中将閣下の弟さん?」
「へぇー、良い男じゃない」
「でも元気ないわね」
「似てる」
そんな声が周囲から聞こえてきて恥ずかしくなる。
だがまあ、姉として言わせてもらうとジノヴィは確かに良い男だ。端正な顔立ちと落ち着いた雰囲気、そして幼少の頃からしっかりと叩き込まれた貴族としてのマナー。更には勉学でも剣術や魔術でも好成績を叩き出す文武両道ともなれば女受けは良いのだろう。
しかしそんな彼は今、猛烈に元気がない。
目はしおしおになってるしケモミミはぺたんと倒れ、いつもの百獣の王を思わせる貫禄はどこへやら。今の彼には獅子というよりは、雨の中母親を探し求めて泣きわめく仔猫のような、そんな弱々しさがある。
「クッキー食べるか?」
「がうがう」
「そうか食べるか、よし。ヴォロディミル、悪いがクッキーを」
「了解です」
副官に頼み、クッキーを持ってきてもらう。確かあっちの棚にあったはずだが……。
「コーヒーは?」
「がうがう」
「おかわりな、分かった。オリガ」
「はい、閣下」
部下のオリガにマグカップを渡しコーヒーのおかわりをお願いする。ジノヴィはコーヒー派、それもブラックを好むので砂糖もミルクも無し。コーヒー豆の産地から挽き方にまでこだわるガチ勢であるが、果たしてここのコーヒーは彼の中では何点くらいなのだろう?
「お前も大変だな、ジノヴィ」
「がうがう」
……さっきから残念なイケメンと化した私の弟が、人語を発していないのには理由がある。
実はジノヴィの奴、ストレスが限界を突破すると急に人語を発しなくなるという変な癖があるのだ……なんというか、人間の姿をしたライオンを相手にしているような気分になる。
ちなみにこれはエカテリーナもマカールも、そしてミカエルも知らない事だ。弟のこの癖を知っているのは私だけ。
幼少の頃、一度だけこうなった事がある。剣術、魔術、ピアノにバイオリン、バレエ……ミカエルを除く私たち4人は幼少の頃からとにかく習い事をさせられたわけだが、中でも私とジノヴィは一族の希望の星だった。
この2人ならば没落した一族に更なる栄光をもたらしてくれるだろう、と父上も母上も期待せずにはいられなかったのだろう。とにかくマカールやエカテリーナ以上に習い事をさせられたわけだが、そうなると自分の時間というものが確保できなくなる。平日だろうと週末だろうと、祝日だろうと何かの記念日だろうとお構いなしにスケジュールをギッチギチに、それこそ詰め込み過ぎたあまり中の水分が滲み出るんじゃないかと心配になるレベルでスケジュールを詰め込まれればストレスも溜まるというものだ。
私はまだ剣術や魔術の鍛錬がストレス解消になっていたからよかった。自己を高め精神をより強靭にでき、更に楽しみを見出す事が出来たので少なくとも鍛錬は苦ではなかった(ただしダンスとピアノとバイオリンは全然ダメだったのでストレスがアカンかった)。
しかしジノヴィはというと、静かな部屋で音楽でも聴きながらコーヒーを飲み、小説を読んで時間を潰す事を趣味にしていたので、習い事で時間を潰されると彼のストレスは溜まるばかりである。それが限界に達して一度こうなり、私のところに泣きついてきた事があった。
母上に『アナスタシア、貴女部屋でライオンでも飼っているの?』と言われ屋敷の中で謎のライオン騒動に発展したのも今ではいい思い出である。
「がうがう、がお。がおがおがお」
「うむ、さすがに私も最近の母上はしつこいと思う」
「がおがおがーおがお」
「そうだよなぁ……私も嫌になるよ。実家暮らしのお前たちも大変だろうに」
「がおーん……」
なんかジノヴィ泣きそうな顔になってるんだが……そんなにヤバいのか、うーむ。
え、なぜ人語を捨てたジノヴィの言葉が理解できるかって? たわけ、そりゃあ血を分けた弟だからに決まっているだろう? 何年一緒に過ごしてきたと思っている?
まあ確かに母上もしつこい、とにかくしつこい。
一族のためなのか、それとも孫の顔が早く見たいのかは定かではない(多分前者だろう、あの人はそういう人だ)。しかし毎日毎日毎時間毎分毎秒、365日年中無休の24時間営業で「お見合いの話があります」「お見合いの件です」「この人なんて素敵ですよ」「早く結婚しなさい」と言われ続けて時間を潰されまくれば嫌にもなるというものだ。私だってそうだ、はっきり言ってあの人嫌だ。
私も体験済みなので彼の気持ちはよく分かるが、しかしそれで750㎞も離れたモスコヴァまで出張の名目でよく逃げてきたものだ……お前確か今日非番じゃなかったっけ?
次にお見合いの話を持ち出されたら札束で母上をビンタするか、私もストレスの余り人語を捨ててしまいそうだ。がおがお。
「がぉーん……」
「はっはっは、私もミカが羨ましいよ」
アイツ元気かな、と腹違いの妹……あれ、弟だっけ? ついてたっけアイツ? オス? メス? まあいいや、うん、ミカは今何をしているのかなと思いを馳せてみる。
確かノヴォシア地方に居た筈だが、モスコヴァには来ないのかな?
なんだかそれはそれで寂しい気がする。手紙を出そうにも各地を転々としているからな……。
はぁーミカに会いたい。モフモフしたり吸ったりとまあ、堪能したい。アイツの体臭バニラみたいな甘い香りがするので、ジャコウネコ吸いは心身共に良い影響を与えるのだ。医学書にも書いてある(大嘘)。
「中将閣下」
「んぁ」
いかん、ミカを吸う妄想をしていたせいで変な声が出た。
「お電話です」
「誰からだ」
「その……”ミカエルと言えば分かる”と」
「!!」
ガタッ、とソファから立ち上がった。
ミカから電話? 私に???
ひゃっほう、お姉ちゃん嬉しい。
スキップ……したいところだがキャラ崩壊が酷い事になるのでとりあえず平常心を装って電話機のところまで歩く。後ろからなんかクッキーをボリボリ噛み砕きながら人語を捨てたジノヴィもついてくるんだがこいつもアレか、ミカの声を聴きたいとかそんな感じなのだろうか。
受話器を部下から受け取り「もしもし、私だ」といつものクールな声で応じると、向こうから今猛烈に聞きたかった声が聞こえてきた。
《お久しぶりです姉上。ミカエルです》
「今どこだ?」
《ガラマです。今ちょっと面倒な事になっていまして》
「ガラマ……どうせアレだろう、ギャング絡みの事案だろう?」
《さすが姉上、話が早い》
えへん。
しかしガラマか、アイツも物騒なところに立ち寄ったものだ。あそこはギャングの巣窟で司法機関もすっかり腐敗、今となっては帝国国内にありながら治外法権と化している場所だ。
そこでギャング絡みの事案とは、アイツもなかなかトラブルを招きやすいものである……というか、行く先々でトラブルに巻き込まれてないかミカの奴。こうして私のところに電話してくる回数もそれなりだが、現時点で一番ミカから電話を貰っているのはマカールの奴らしい(ジノヴィ調べ)。
いいなぁいいなぁマカールの奴、幼少期はギスギスしてたそうだが最近ではなんだかんだで一番ミカに頼られているのではないか? いいなあ羨ましい。お姉ちゃんにもちょっと分けてほしい先っぽだけでいいから。
《実はトロゾフ・ファミリーと全面戦争になってしまいまして……》
「……マジ?」
《マジです。こちらとしては平和的解決のために手を尽くしたのですが、向こうは戦争を望んでいるようで……2つのギャングの片方だけを潰してパワーバランスを崩してしまうのもアレなので、いっそのこと両方潰してしまおうと考えています》
「お前……いや、ミカお前……」
パワーバランス崩すのもアレだから両方潰すって本気かミカ。
《姉上にはその、腐りきった憲兵隊の方を何とかしていただきたいのです》
「分かった。それでギャングの方は……?」
《それはこちらで》
「大丈夫か?」
《問題ありません。私自身も鍛錬を積みましたし、何より頼れる仲間がいる。ミカエルは1人ではありませんよ、姉上》
「むぅ……わかったが無理だけはするな、いいな?」
《分かりました》
「それとミカ」
《なんです》
「その……寂しいから、今度モスコヴァにも寄れ」
《あはは……ええ、いつか立ち寄ります》
「うむ、待っている。では」
《ええ、ではお願いしますねおねーたま》
ガチャ、と電話を切った。
うん……うん?
アレ、最後ミカの奴なんて言った? ……『おねーたま』?
しかもなんかアレだ、甘い感じの声ではなかったか? ミカにしてはちょっと幼いような、いわゆるロリボではなかったか???
甘ったるい感じの声で『おねーたま』? この私に?
このアナスタシア・ステファノヴァ・リガロヴァに向かって『おねーたま』?
「……がうがう?」
「―――はぁぁぁぁぁぁちゅき♪」
「がう!?」
鼻血を出しながら、私はぶっ倒れた。
よもやウチの末っ子に萌える日が来ようとは……がくっ。
お 姉 さ ま が ア ッ プ を 始 め ま し た 。
これで根回しはヨシ。腐りきった、それこそ消費期限を5、6年くらい超過した状態で湿った場所に置いてた生鮮食品並みに腐りきった腐敗の温床、少し小突いただけでコバエが飛び出すようなレベルの憲兵隊は姉上が盛大に燃やしてくれるだろう。
憲兵隊の対処は我らがおねーたま、アナスタシア・ステファノヴァ・リガロヴァ氏(22)に任せよう。とりあえずあの人を1人突っ込ませるだけで大抵の事は何とでもなるので、こっちはギャングとの全面戦争に専念できる。
電話ボックスの受話器を置き、外で警戒の目を光らせていたクラリスと一緒に車内に戻った。1号車の1階に向かうや、既にそこには血盟旅団の仲間たちが集合していて、各々武器の準備をしている。
「首尾は?」
「 リ ガ ロ フ 砲 が 発 射 シ ー ク エ ン ス に 入 り ま し た 」
「あっ……」
リガロフ砲で何があったのか察するのホント草生える。
「さて、んじゃ作戦を説明する。作戦目標はトロゾフ・ファミリー及びチェレベンコ・ファミリー、2つの反社会的勢力を排除する事だ。どうせここは治外法権、全てが暴力で解決するというのならばこっちも暴力で解決しよう」
目には目を、暴力には暴力を。
いきなり殴りかかってきた相手には、口の中に拳銃を突っ込んで永遠に黙らせてやってもいいのだ。法が機能せず暴力が全てを支配するというのならば、まさに正しいやり方である。
「トロゾフ・ファミリーが根城にしているのは”ホテル・ガラマ”。どんな手段を使ってもいい、ここを襲撃して連中の活動基盤を滅茶苦茶にしてやれ、再起不能にするんだ。反撃してくる奴は皆殺し、金品や金になりそうなものの略奪も許可する」
「……まあ、散々奪ってきたんだ。奪われる覚悟もしてるだろ」
「そういう事だ、ミカ」
実質的に強盗に入るようなものだ。ただ今回はいつものように余計な人命を奪わないといったような配慮は必要ない。迎え撃ってくる連中は皆殺し、金品は全部こっちが頂いていく……。
「で、チェレベンコ・ファミリーの方はどうする」
「そっちは俺1人で対応する」
「パヴェル殿1人で?」
俺以外の全員が、ぎょっとしたようにパヴェルの方を見た。
たった1人でギャングの片割れを丸ごと相手にする―――そんな1970年代のアクション映画じゃないんだから、とツッコみたくもなるが、しかしパヴェルならばそれができるのだ。銀幕の中、デカい銃を豪快にぶっぱなし派手なアクションで悪の組織を相手に無双する、アクション映画の主演俳優みたいな真似が。
「だからお前らはトロゾフ・ファミリーの壊滅に全力を挙げろ。どんな手を使っても構わん」
「……了解」
パヴェル以外の俺たちでトロゾフ・ファミリーを潰し、パヴェルが1人でチェレベンコ・ファミリーを潰す……そしてアナスタシア姉さんには腐敗しきった憲兵隊を排除してもらう、これが今回の作戦の大まかな流れになる。
襲撃の細かな段取りはこれから詰めるとして……まあ、大体の方針はこれで決まりだ。
ガラマ解放のための襲撃作戦実行は、着々と近付きつつあった。




