全面衝突の引き金
ミカエル→相手をなるべく苦しませないよう急所を狙い一撃で仕留める
パヴェル→相手を確実に殺すために急所を狙い一撃で仕留める
書いてて気付いたけどこの2人、目的は違うけどそのためにやってる手段が全く同じ
「この街は2つのギャングの支配下にある」
ガラマの街の地図の上に、パヴェルは数枚の白黒写真を置きながら静かに説明を始めた。
「片方はみんなご存じ”トロゾフ・ファミリー”。今のボスはエフゲニー・コンドラートヴィッチ・トロゾフ、先々代の”スピリドン・アレクセーエヴィッチ・トロゾフ”の代に今のトロゾフ・ファミリーとしての事業を始め、今では街を二分する勢力の片割れだ。伝統的なギャングだが、まあ悪く言えばもう片方のギャングと比べると色々出遅れている。今の地位に甘んじて胡坐を掻き続けた悪い例だな」
容赦なくバッサリ評するパヴェル。赤いマークでハイライト表示されている地図の上には初代ボスのスピリドンと今のボスのエフゲニー、そしてそのバカ息子ことオレグの白黒写真が置いてある。スピリドンは服役していた過去があるようで、彼の孫と曾孫が酒場にいる写真や車に乗り込もうとしている写真であるのに対し、初代ボスだけは囚人服姿だった。
ノヴォシア帝国は広大で、それを管理する警察組織もまた規模が大きい。何か新しい装備が採用されても完全更新にかなーり時間がかかる事で有名で、辺境の警備隊なんかはまだ1、2世代前の装備を身に付けている事もあるのだそうだ。
そのレベルの規模なので、当然監視の目の行き届かないところでは腐敗も生じる。ガラマの憲兵隊が良い例で、彼等はギャングと仲良しなのだ。賄賂さえ渡せばどんな行為でも見て見ぬふりをする……それが路上で麻薬を密売していたり、車を盗んだり、ギャングにとって都合の悪い相手を殺したりしても、金の縁が切れない限りはお咎めなしなのだ。
少なくともこのガラマでは、帝国の法律は機能しない。帝国の版図にありながら法の及ばぬ治外法権。ここでは労働者は安い賃金でただひたすらに搾取され、上に立つ者がその富を吸い上げる地獄と化している。
「それで、もう片方は?」
カチ、カチ、とHK13Eの40発入りマガジンに5.56mm弾を装填しながら問いかけるモニカ。彼女に促され、パヴェルは新たに青くハイライト表示された勢力圏に数枚の白黒写真を置く。
「もう片方は”チェレベンコ・ファミリー”。こっちは比較的新しいギャングのようでな……現在のボス、”ヴィクトル・チェレベンコ”がその辺のゴロツキや失業者を組織しまとめあげた勢力だ。今はこっちのほうが勢いがあるが、まあ新興勢力ゆえに”石橋を叩いて渡る”という言葉を知らん猪共だ。いずれ痛い目を見るさ、今月の給料全額賭けてもいい」
「……仮にその、トロゾフ・ファミリーとの全面戦争になった場合、こっちのチェレベンコ・ファミリーはどう動くと思う?」
スナイパーライフルの準備をしていたカーチャが問う。
個人的に気になるところはそこだ。今、ガラマの街はこの2つのギャングが牛耳っている事は周知の事実だが、仮にその片割れと全面戦争に突入しパワーバランスの崩壊に至った場合、座して待つチェレベンコ・ファミリーがどう動くのか。
漁夫の利を決め込むだろうな、とは個人的に思っている。何も手を下さなくとも商売敵が崩壊に至るというならばそこまで美味しい話もあるまい。そのまま座して待ち、俺たちが街を離れた後に美味しいところを全部掻っ攫う腹積もりなのだろう―――というより、もし俺がボスならばそうする。
座しているだけで損害ゼロでの完全勝利が手に入るというのならば、変に行動を起こして要らないリスクを呼び込む必要もないからだ。
そしてすべてが終わったら、ガラマ全域を支配下に置く―――文字通り、街全域が彼らの帝国になるのだ。
「―――まあ、静観だろうな。んですべてが終わったらガラマ全域の支配に動く、そんなところか」
パヴェルも同じ結論に至っていたらしい。
少なくとも、ピンチの商売敵を助けようなんて事にはならないと断言できる。裏社会はきっと、そんなお人好しではやっていけないだろうから。
「だから俺たちが仮にトロゾフ・ファミリーを潰しても、ガラマはギャングの支配下に置かれるし憲兵の腐敗も変わらない」
「……」
1号車の1階に設けられたブリーフィングルームは異様な雰囲気に包まれた。カチ、カチ、とモニカが機関銃のマガジンに5.56mm弾を装填する音が、リズミカルに、それこそメトロノームみたいに響く。
ああ、モニカも装填上手くなったよな―――そんな事を考えながら天井を見上げた。照明を兼ねた室内ファンがゆっくりと、くるくる回っては天井に影の姿を描き続けている。
「―――両方潰す?」
そんな言葉が口から漏れ出た。
モニカとシスター・イルゼがこちらをぎょっとしながら振り向く一方、クラリス、カーチャ、リーファ、範三、そしてパヴェルといった戦い慣れている面々は眉ひとつ動かさない。
薄々勘付いていたのだろう。ここで片割れを潰したところで、根本的な解決には至らないという事に。
「こりゃあリガロフ砲の出番かねえ」
傍らにあるロッカーの中からPPSh-41とかいう骨董品を引っ張り出し、ドラムマガジンを開けてトカレフ弾の装填を始めながら言うパヴェル。PPSh-41はSMGの中でも大型、大重量で扱い辛い(その分連射速度、大弾数で高い火力を誇る)部類に入るが、ヒグマみたいなパヴェルが持つとしっくりくる。不思議である。
「……まあ、それは相手の出方次第としよう」
テーブルに手を置きながら仲間たちに言った。
「トロゾフ・ファミリーが穏便に済ませてくれるような冷静な連中だったらそれで良し……戦争を望むならば、こっちもそれに応じるまでだ」
このまま、こっちが提示した不可侵条約を守ってくれるようであればそれでいい。
しかし、もしこちらを舐めてかかり攻撃を仕掛けてくるようならば徹底的な排除を実行するほかあるまい―――トロゾフ・ファミリー、チェレベンコ・ファミリー、そして腐りきった憲兵連中に対する鉄槌はその時に下そう。
それまでは少し、試してみてもいいかもしれない。
連中が信用に足る連中か、否か。
ガラマの空に、星を見た事はない。
工場の煙突から高く立ち昇る噴煙は常に空を薄暗く染め、煤で黒ずんだ空には開放感の欠片もない。常に薄暗く、さながらスモークのかかったサングラス越しに空を見ているかのような、そんな感覚に陥ってしまう。
それに加え、ガラマ駅はそれほど明かりが多いわけでもない。
在来線が停車するホームは僅か2つ、中央には通過列車用の線路が上下線の分用意されていて、冒険者向けのレンタルホームはその脇に目立たぬよう4つ、ひっそりと用意されている。
ここで働く労働者やギャングの関係者以外に利用客は少なく、仮に興味本位でここを訪れた旅行者も早々に立ち去っていく―――駅前の利便性の欠片もない、観光客お断りと言わんばかりの飲食店や宿泊施設の少なさも、先代のボスが部外者の門前払いを期待してそうしたものなのだという。
以前は出稼ぎの労働者向けの安宿や、低価格でとにかく量が食えるような飲食店が軒を連ね、胃の中にドカンと溜まるような力強い料理が旅行者向けに一定の人気を誇っていたのだそうだ。それを先代のボスが部外者排除のための一環として店や宿屋を片っ端から追い出し、今の殺風景なガラマに至るというわけである。
そういう事もあって、ファミリーの重役たちも無警戒ではあった―――まさか新たな脅威が、商売敵であるチェレベンコ・ファミリーではなく、よりにもよってその外部からもたらされるなどと。
ボストンバッグから取り出した望遠鏡を伸ばし、私服姿の男は№1と記載されたプレートのあるレンタルホームをズームアップした。冒険者も滅多に立ち寄る事の無いガラマのレンタルホーム、そこには我が物顔で佇む重装備の列車が停車しているのが見える。
二階建ての客車に大砲を搭載した火砲車、そして後部に連結された貨物車両……さながら軍用の装甲列車を思わせるほどの威圧感がある。”動く要塞”とはよく言ったもので、真っ向から攻めるのであれば攻城砲の1門や2門、最低でも野砲の類は欲しくなるものである。
他の仲間たちにハンドサインを送り、配置につくよう伝達する。
(最近の冒険者ってのは随分と重装備なんだな)
昔の記憶を思い起こしながら、男は観測を続けた。
仕事柄、色んな人種を手にかけてきた。弁護士に憲兵、ファミリーを裏切った臆病者にジャーナリスト。ボスが殺せと命じてきた相手は確実に始末し、ファミリーの機密保全に貢献してきた。
しかし今回の案件は、そういった過去の仕事と比較すると難易度が段違いだった。
あんな要塞みたいな列車をなかなか離れない標的を全員仕留めろと言うのだ―――昔の、それこそ手回し式のガトリング砲が払い下げられるよりも昔の冒険者であればもっと列車も軽装で、仕留めるのもそう苦労しなかったものであるが、しかしこんな要塞みたいな装甲列車が相手となれば話は別だ。
ボストンバッグの中からライフルを取り出し、息を呑む。
機関部上にあるブリーチブロックを解放し、薬室内に弾丸を装填しながら息を呑んだ。
今回の”仕事”に取り掛かるにあたり、弾丸の材質から火薬の質に至るまでこだわり抜いた弾丸だ。より速く、より確実に相手を仕留めるため、黒色火薬の量も許容量ギリギリまで増量してある。猛獣相手ならば一撃で仕留める事も可能な、それほどの威力があった。
憲兵隊から横流しされた、新型の後装式小銃。その機関部から銃口付近に至るまで、長大なスコープが取り付けてある。
こういった光学照準器の類も、ダンジョン内から旧人類の技術が発見された事を受けて急速に解析・研究が進められている装備品だ。それが手に入るのもファミリーの財力ゆえであろう。
最高の装備は与えられている―――後はそれに見合う働きをして、ボスへの忠誠を示すだけだ。
スコープを覗き込み、照準を客車へと向けた。
2号車の2階は食堂になっているようで、明かりが見える。こうして狙撃される事も知らず、窓の向こうでは小柄なハクビシンの獣人(あれが血盟旅団の頭目、ミカエルなのだろう)がやけに大きいメイドに抱き抱えられているのが見える。
あんな子供がファミリー相手に対等に取引をしようとしているのだ。それもオレグを人質にして―――その傲慢さにボスが怒り狂うのもよく分かるというものだ。
(身の程を知りな、クソガキめ)
黙ってキリウの屋敷に引きこもっていればこうもならなかったものを。
呼吸を整え、目を細める。
あの程度の窓ガラスならば撃ち抜けるだろう。まず最初の一撃でミカエルを、続く一撃で可能であればあのメイドを狙う。こちらの攻撃を察知すれば列車からの反撃が来ることは想像できるが、そうなったら突入部隊の出番だ。狙撃班が列車の攻撃を引き付け、手薄になった方向から突入部隊を突っ込ませる。
後は各個撃破だ。一対一にはならず、必ず複数人でかかる―――困難な仕事だが、これならば行ける筈だ。
今回の仕事も計画通りに―――と引き金に指をかけた男だったが、しかし視界の端に映ったそれを見た途端、背筋が凍り付いた。
「……!?」
それほど倍率の高いわけではないスコープのレティクルの端、ちょうど列車の反対側に見える給水塔の上にいる仲間の狙撃手。こちらの狙撃に呼応して向こうも狙い撃ちする手はずだった仲間が、いつの間にか物言わぬ死体と化しているのである。
給水塔に背中をもたれかけ、スコープもろとも右目を撃ち抜かれた状態で絶命している仲間の狙撃手。まさかと思いもう1人の狙撃手の方へと視線を向けると、やはり空き家の屋根の上に陣取っていた狙撃手も同様にこめかみを撃ち抜かれ、雨樋に自らの鮮血を垂れ流している状態で絶命している。
間違いない、敵側の狙撃手だ。
(いつの間にやられた……? 銃声なんて聞こえな―――)
スコープのレティクルの向こうに、狙撃手が映る。
女だった。女の狙撃手が、やけに未来的な狙撃銃をこちらに向けてスコープを覗き込んでいる―――向こうはもう既にこちらに狙いを定め、引き金を引くばかりの状態だった。
「―――ああ、クソッタレ」
レティクルに亀裂が生じ、スコープが割れる。
彼が最後に見た光景は、そこまでだった。
《―――お客さんは始末したわ》
「……そうかい、ありがとう」
カーチャからの短い報告を受け、スマホの画面をタップして通話を切った。
彼等は期待を裏切らなかった―――もちろん悪い意味で。
何もかもこちらの思い通りに事が進む。予想通りすぎて、誰かがここまで含めて仕込んでいるのではないかと疑いたくなるほどだ。
やはりというか、トロゾフ・ファミリーの連中は交渉に応じるつもりはなかったらしい。
暗殺部隊を送り込み、武力でこちらの排除とオレグの救出を済ませようとした……これは明確な敵対の意思表示とみるべきだろう。何かの間違いだ、と相手に期待して回答を待つほど、さすがにミカエル君もお人好しではない(というかそのレベルはさすがに受精卵からのやり直しを推奨するレベルの馬鹿である)。
「やるのですね、ご主人様」
「ああ」
仕方ない―――相手が話の分かる相手だったら、見逃してやっても良かったのだが。
しかしこうなってしまった以上、もう流血を回避する手段は無いのだろう。一度燃え上がった炎がそう簡単には消えず、やがては全てを焼き尽くすように。
「―――宣戦布告と受け取った」




