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全面衝突の兆し

執筆しながら思ってるけどなんかテンプル騎士団が絡むとSFっぽくなってしまう……。


 SF小説などで、時折「人間と機械の境界線はどこなのか」というテーマが取り上げられる事がある。


 何が人間を人間足らしめているのか。どこまで肉体に手を入れ機械に置き換えれば人間という枠組みから外れ、機械という別の存在にシフトしていくのか。


 そういった類の哲学的なテーマを作品に落とし込んだ作者はいったいどんな心境だったのだろう、という疑問は付き物だけど、目の前にある強化ガラスで覆われた装置の中、無数のケーブルに繋がれた仲間を見ていると、彼らの気持ちが少しは理解できるような気がしてならない。


 埃一つない清潔な部屋の中には無数のケーブルが張り巡らされている。大樹の根のように広がったそれは部屋の中央にある装置へと集束していて、そのガラス張りの装置の中には、これまた大量のケーブルやコードに繋がれた人間が……人体の胸から下と右腕を大きく欠損した状態のシャーロットが眠っている。


 鼻から下は大きな酸素マスクで覆われていて、傍らに設置された心電図やオシロスコープの波形は正常値を示していた。


「……まさか貴女まで負けるなんてね、シャーロット」


 静かに言うと、装置の中で無数のケーブルに繋がれ、透明な培養液の中に沈んだ状態で眠っていたシャーロットが瞼を開いた。


 彼女の首から下は機械で、残った生身の部位も期待するほどのスペックを発揮できない弱い部位は自分で機械に置き換えた、と聞いている。だから今のシャーロットの身体は実に9割5分が機械で、生身の部位は1割にも満たない。


 今の彼女を果たして『人間』と呼んで良いものか。


 作戦前に読んだSF小説と同じテーマが現実でも繰り広げられている事に、私は少しばかり戸惑った。創作フィクション創作フィクションとして第三者目線で見ていられるから面白いのであって、その創作フィクションがふとした拍子に垣根を越えて現実リアルになると、そんな事も感じられなくなってしまう。


 仮に世界中全ての人間に今のシャーロットの姿を晒し、彼女は果たしてヒトか機械か、と問うたら何人が機械だと答えるだろう? 何人が彼女を人間だと見てくれるだろう?


《―――侮り難い連中だったよ、血盟旅団は》


 気泡の浮かぶ培養液の中、目を細めながらシャーロットはそう言った。


 正確には彼女の声ではあるけれど彼女の声帯が発したものではない。装置の外部に設置されたスピーカーが、彼女の思考を読み取ってそれを言語に変換、彼女の肉声を模して出力しているだけに過ぎない。だからその音声には若干のノイズが含まれていて、さながら壊れかけの無線機を通じて話をしているようだった。



「でも、貴女が生きてて良かった」


《フッ……この有様を見てまだ()()()()()なんて言えるなんてね。

随分と優しくなったものだねぇ、同志シェリル?》


 嘲笑癖があるシャーロットが、珍しく自嘲した。


 彼女の身体がこんなにも機械に置き換えられ、ついには首から下には全く人間の血が通わなくなったのは幼少の頃だと聞いている。フライト138、テンプル騎士団の次期正式採用を睨んだ最新鋭戦闘用ホムンクルス兵として生み出された彼女たちは、しかし設計段階での無茶が祟り遺伝子に不調をきたし、生まれてきた子供たちの実におよそ9割が障害を抱えており、開発陣の期待通りのスペックを発揮できたのは僅か1割弱にしか過ぎなかったという。


 そしてシャーロットもまた、その9割に分類される。


 下半身不随のせいで自力で立つ事も出来ず、身体中の筋肉も貧弱。消化器官も弱く口にできるものには大きな制限があり、更には視力も悪く色盲のおまけつき。他者の思考を読む特殊能力を持って生まれたと言っても、とてもテンプル騎士団が期待するホムンクルス兵とは言えない。


 だから彼女は、生身の身体の大半を捨てた。


 立って歩けないなら機械の足にすればいい。神経がダメなら電気回路に置き換えればいい。筋肉が脆弱なら強力な人工筋肉に、内臓が弱いなら機械の臓器に、そして視力が弱いなら義眼のハイエンドモデルに。


 そうやって生まれ持った肉体の大半を捨て、機械の身体を持つ人間として生まれ変わったシャーロットは、今のテンプル騎士団には無くてはならない存在だった。


《ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ》


 今のテンプル騎士団が警戒している転生者の名前―――私も一度、あの害獣とそのメイドに負けた。


 最初は単なる弱小ギルド、取るに足らない存在だと思っていた。身の程を弁えない駄犬が獅子に吼えた程度の事だろう、と思っていた。


 けれども、今はどうだろうか。


 奴らは力をつけ始めた。今となってはもはや、無視できないほど大きな存在になりつつある。同志ボグダンも血盟旅団を脅威と認識し対策と計画の成就を急いでいるようだけど、今のところ成果は見られない。


 私ももっと強くならねば。


 もう二度と、誰にも負けないように。


《悪いけど、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフはボクの獲物だよ、シェリル》


「……どうぞご自由に」


 そう言い残し、踵を返した。


 シャーロットもあそこまで話せるのだから、とりあえずは問題なさそう。幸い彼女の身体に使われている技術は全て、”同志大佐”―――ウェーダンの悪魔と呼ばれたテンプル騎士団最強の兵士、速河力也大佐が用いていた義肢のデータを参考に開発されたものばかりで、今のテンプル騎士団ではありふれたものだ。あそこからの”治療”は容易で、おそらく2日もすれば元通りの身体になるとは思う。


 部屋を出て外に出ると、テンプル騎士団の制服に身を包んだ黒い騎士のような機械人間―――戦闘人形オートマタが待機していた。手には水の入ったコップと錠剤がある。


『お疲れ様です同志シェリル。食事の栄養サプリメントをお持ちしました』


「ありがとう」


 栄養サプリメントを口へと放り込み、水でそのまま胃の中へ流し込んだ。


 手間暇かけて食材を調理して、その風味や味を楽しむ食事という行為が、この組織で贅沢なものとされ始めたのは私が入隊する前の事。同志指揮官、ボグダンの計画が始動してからの事だった。


 私もそれは合理的だと思う。特に、今のテンプル騎士団には時間がないのだ。計画成就のため、一刻も早くこの国のどこかに眠っているという超兵器”イコライザー”を探し出さなければならない。


 血盟旅団もいずれはこちらの計画に気付くだろう。そんな時に、悠長にナイフとフォークを使い、ビーフステーキを口へと運んでいる余裕はない。


 必要な栄養素とカロリーを供えた、このサプリメントで十分なのだ。


 コップをトレイの上に置くと、戦闘人形オートマタは無言で去っていった。


 さて、私も強くならなければ。


 次は負けない―――あの女、初期ロット個体のクラリスには。
















 テンプル騎士団の脅威は、日に日に大きくなりつつある。


 グロックのマガジンに9mmパラベラム弾を装填、拳銃に装着し初弾を装填してから、射撃訓練場のレーンで銃を構えた。


 パヴェルの話が本当ならば、連中はとんでもない事をこの世界で始めようとしている。


 かつて旧人類を滅亡させた超兵器―――【イコライザー】。


 その中で唯一、動作の際にトラブルを起こし炸裂を免れた不発弾が1発だけ、未だにこの世界のどこかで眠っているのだという。


 連中がそれを使い、何をしようとしているのかは俺には分からない。しかしその気になれば、今度は旧人類ではなく俺たち獣人をこの世界から消し去り、痕跡さえも拭い去る事が出来る……という事だ。


 今までは旅のため、道中で降りかかる火の粉を払い除けるために力を振るってきたが―――しかし、もしテンプル騎士団がそんな事をしようとしているならば、こちらも本気で対処するほかあるまい。


 多少の戦乱はあれど、旧人類の完全消滅で放棄される筈だった文明を何とか維持し、今日まで繋いできたこの平和な世界を、あんな自己中心的で傲慢な侵略者に好きにさせるわけにはいかない。


 それだけじゃない―――母さんや妹のサリーたちが生きていく世界を、皆がいるこの世界を、連中の魔の手から守らなければならない。


 もはや、テンプル騎士団との全面衝突は回避できなくなった。


 ここから先は完全な戦争状態―――どちらかが先に力尽きるまでの殴り合いになる。


 連中に大義があるのかどうかは定かではないが、こっちにも絶対に譲れないものがあるのだ。


 どうしても譲れないものに対し相手が武力をちらつかせ譲歩を迫ってきたならば、こちらも毅然と立ち向かわなければならない。対話でどんな武力衝突も回避できる、というのは絵空事に過ぎず、結局のところ人類は武力を手放せない―――手放してはならないのだ。


 そしてそれを振るう時は、刻一刻と近付いていた。


 もっと強くならなければ。


 みんなを守れるように―――みんなの足を引っ張らぬように。


 腹を括り、引き金を引いた。


 グロックの銃声と金属製の的に命中する音が、いつもよりも重々しく聴こえた。






 第二十四章『泥濘の大地、鈍色の空』 完


 第二十五章『旅路は東へ』へ続く



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― 新着の感想 ―
[一言] 読者視点では分かっていましたが、パヴェルが元テンプル騎士団スペツナズ指揮官と自分の口で語り、テンプル騎士団が絶滅戦争を企図していることが判明し、一気に物語が進みましたね。何故テンプル騎士団が…
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