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対空戦闘


 ノヴォシア帝国の冬は過酷だ。


 9月から始まる気温低下。10月になれば雪が降り始め、11月にもなれば積雪がヤバい事になる。どれだけ人員を動員して除雪作業をしても追い付くレベルではないため、冬の間はあらゆる物流がストップしてしまう。


 馬車に列車、商人や労働者の往来。これらがすべてストップするのだ。だから冬場は夏と短い秋の間に蓄えた食べ物で何とか凌がなければならず、備えを怠るという事は死を意味する。ノヴォシアの冬は人を殺すのだ。


 なんでこんな過酷な場所に帝国を築いたのかというのは、この帝国の歴史を見てみれば良く分かる。200年前の”フラシア王国”との戦争では、この苛酷すぎる冬がノヴォシアに味方をし、彼らの侵略を退けたとされている。ノヴォシアの冬は人を殺す、と述べたが、それは自国民だけでなく侵略者も例外ではない、ということだ。


 まあ、考えてみれば分かる事でもある。広大な国土と過酷な冬。侵略を行う際は兵站、つまりは補給ルートの確保が必須で、これが伸びれば伸びるほど防衛が難しくなり、維持も困難になっていく。そこに国内の物流もストップするレベルの積雪と過酷な寒さが重なれば、敵も悲惨な事になるのは想像に難くない。


 まあいい、そんなことはどうでもいいのだ。


 全ての物流がストップするとは言ったが、冒険者は年中無休。依頼をこなせばこなすだけ収入が入り、サボればサボるほど収入が無くなっていくという、ある意味で資本主義の極致みたいな職業。だから冬だろうと夏だろうと春だろうと秋だろうと、基本的に仕事は無くならない。


 強盗で莫大な収入があったからと、胡坐をかいてはいられない。ミカエル君は意外とストイックなのである。


 というわけで、ザリンツィクに到着してから早速仕事を引き受けた。


《さーて、一稼ぎしてもらうぞ》


 ヘッドセットから、微かにアルコールが残ったような呂律のパヴェルの声が聞こえてくる。あの野郎また酒飲んでやがったなと思いつつ、持ってきたヴェープル12モロトのセレクターレバーを下段まで下げた。


《依頼内容をもう一度確認しておく。クライアントはザリンツィク郊外の農民、内容はハーピーの討伐だ。知っての通りハーピーは飛行型の魔物で肉食、農村では家畜が襲われるなどの被害が後を絶たないのだが……中には空腹のあまり人を襲う個体も多い。今回討伐依頼が来ているのもそういう連中だ。油断するな》


 ハーピーは人と鳥を足したような姿の魔物だ。両腕は鳥の翼のようになっており、足も人間のそれとは形状が異なる。3本の指に鋭い爪、関節も鳥のような形状になっており、その爪による斬撃の鋭さはナイフにも劣らない。


 そんな化け物がヒトの肉の味を覚えればどうなるか。そう、人を襲って味を占めた群れが郊外の農村を飛び回っていて、雪かきを終えて家に戻ろうとした女性や子供を襲ったそうなのだ。幸い犠牲者は出なかったが、そのハーピーたちが家の近くを飛び回っていては雪かきにも出かけられないという事で、冒険者に依頼するに至った、という。


 Eランクの依頼で、報酬は5800ライブル。なんだろう、あのダッフルバッグいっぱいに詰め込まれた札束の山を見た後だとはした金にしか思えないのは気のせいか。これが金銭感覚の麻痺という奴なのかもしれない、恐ろしいものだ。


 ざくざくと雪を踏み締める音を聞きながら、鈍色の空に目を向けた。


 これから年が明けるまで、青空が顔を覗かせることは無いだろう。しばらくはこの殺風景で、どこが空と大地の境界線なのかも分からない、そんな曖昧な色合いの空との長い付き合いになる。


 それにしても、寒い。


 防寒着から少しでも肌が露出していようものならば、まるでドライアイスでも押し付けられているような冷たさが大挙して押し寄せてくる……そういうレベルだ。だからみんな服装は厚着でもふもふになる。


 例外はクラリスのみか。


 ちらりと彼女の方を見て、猛烈な違和感を覚えた。


 俺もモニカも厚着だ。どっちももふもふモードである。ハクビシンと猫がもふもふになっているというのに、同行している竜人のメイドさんはというと―――相変わらずいつものメイド服。なぜだ。


 半袖の上着に二の腕までを覆う白い長手袋、脛の辺りまであるロングスカートに、その下は白タイツ。メイド服の生地もそんなに厚いわけではなく、防寒着としては期待できない程度なのだが……いつものメイド服に身を包む彼女の表情に、寒そうな様子は全く見られない。


「クラリス、あんた寒くないの?」


 やはり猫は寒いのが苦手なのか、声を震わせながらモニカが聞くと、クラリスは平然と答えた。


「クラリスは別に……」


「ウソ……ウソでしょ……?」


 一応、この世界のドラゴンは変温動物に分類されている。蛇やトカゲのように、気温が低くなると動けなくなってしまうのだ。だから多くの場合は巣の中で冬眠して冬を越す。


 竜人である以上、クラリスの身体にはドラゴンの遺伝子も含まれていると考えるのが自然だ。そして多くの獣人がそうであるように、その動物の習性が獣人にも反映される。木登りが得意なハクビシンの獣人である俺が、パルクールを得意としているようにだ。


 だからクラリスも寒さに弱い、あるいは一定以下の気温になると活動できなくなるなどの弱点があるのではないかと懸念していたのだが……そんな事は無いようだ。-3℃の雪原のど真ん中でも、彼女はピンピンしている。


 彼女とは長い付き合いになるけど、確かに今まで彼女が寒さで動けなくなる、という事は一度もなかった。ドラゴンの習性より人間としての身体機能が優先されているのか、それとも体内にあるドラゴンの遺伝子が特別なものなのか……謎は尽きない。


《そろそろ作戦展開地域だ。頭上に注意しろ》


「了解」


 息を吐きながら、グリップを握る手にそっと力を込める。


 図鑑で読んだ程度の情報だが、ハーピーの攻撃で厄介なのは急降下からの奇襲だ。降下する勢いを乗せ、足の爪で切り付けてくる。信じがたい事に、金属製の鎧すらぶち抜いたという事例も報告されており、喰らえばひとたまりもないのは明白だった。


 幸い空は鈍色、純白とまではいかないが、それでも動いているものがあれば判別しやすい……それは向こうも同じ事か。周囲は一面の雪原、そんな中でコートを身に着けた人間が3人も歩いていれば格好の的である。


 ウシャンカを手に取り、ケモミミを外に出した。モニカも同じようにウシャンカを頭から取り、ネコミミを出して風の音を聞き分けている。


 獣に近い姿の第一世代型獣人とは異なり、人に近い姿の第二世代型獣人には耳が4つある。人間としての普通の耳と、頭から伸びるケモミミの4つだ。基本的に日常生活で使うのは人間の耳の方であり、ケモミミはより高い精度で周囲の音を拾いたい時に使用する。


 とはいっても常時使っていると流石に疲れるし、普通の耳との精度の差の関係で余計なノイズになったりするので、ケモミミまで使うのはいざという時だけだ。


「……来たな」


 ピクリ、とハクビシンのケモミミが反応。風の音に微かに、翼の音が混じったのを感じ取る。鳥よりも明らかに体重の重い何かが飛んでいるような、どこかずっしりとした音だ。


 ヴェープル12モロトを構え、銃口を空へ。


 どこまでも続く、地平線との境界すら曖昧な鈍色の空。その中にポツリ、と黒い点が見える。


 最初は鳥かと思った。実際、それがただの鳥で済んでくれていれば多くの人が助かっただろうに。


 しかしそれは、人々に害を成す恐ろしい魔獣だ。ヒトと鳥を融合させたような姿の魔獣―――魔物なのだ。


「2時方向!」


「!!」


 敵の位置を仲間に知らせると共に、モニカに弾幕を張るよう目配せする。


「任せなさい!」


 ジャカッ、とHK13を構えるモニカ。左手でバーティカル・フォアグリップをしっかりと握り、G3よりも大型のストックをしっかりと肩に食い込ませた彼女は、訓練通りの動作で銃を構え―――ドラムマガジンの中身を、盛大に空へとばら撒いた。


 ガガガガガガッ、とHK13の銃口が煌めき、エジェクション・ポートから凄まじい量の薬莢が吐き出される。火薬の熱を帯びたそれは瞬く間に雪の中へと沈み込んで消え、雪の降り積もった地面にいくつも穴を穿った。


 5.56mm弾の集中豪雨が、群れの真ん中を飛んでいたハーピーを穿った。人間と鳥を足したような姿の魔物が瞬く間に穴だらけになり、鈍色の空に紅い飛沫が舞う。


 狙いを付けた筈の獲物に、逆に襲われる―――ハーピーたちもさぞ困惑している事だろう。地面を歩く獣人たちは弱い、自分たちに対抗する手段が無い。食物連鎖的に言えば、自分たちの方が上位に位置する、と。


 その愚かな思い込みを、モニカの5.56mm弾が完膚なきまでに叩き潰した。


「やった、1体やった!」


「まだ2体いる!!」


 セレクターレバーをフルオートに切り替え、俺もヴェープル12モロトで攻撃を始めた。相変わらず派手なマズルフラッシュが迸り、散弾が空へとばら撒かれていく。


 確かにショットガンは距離が開けば開くほど殺傷力は低下する。中距離辺りからはそろそろ怪しいかもしれない、といった具合だ。しかし瞬間的にとはいえ、”点”ではなく”面”での攻撃を実現できるショットガンは、こっちに突っ込んでくる相手に対しては効果的と言えた。


 派手に火を噴くフルオート改造のヴェープル12モロト。その銃声とマズルフラッシュに怯えたのか、ハーピーの動きが一瞬だけ鈍る。次の瞬間にはその胸板に小さな散弾ペレットが幾重にもめり込み、凶暴な魔物の命を無慈悲に刈り取っていた。


 残り1体。


 群れの仲間を殺された復讐心でも芽生えたのか、残った1体は銃声にも怯える様子はなかった。まるでこれから敵艦へ急降下爆撃を敢行するかのように、随分と急な角度で急降下ダイブしてくる。


 敵機直上、急降下―――嫌なフレーズだ。もし自分が海軍だったら、一番聞きたくないフレーズだった。


 しかしそれも、熟練の兵士が居れば無駄な努力に終わる。


 ドラムマガジンを撃ち尽くし、予備のマガジンに交換しようとしたその時だ。PK-120のレティクルの向こう、今まさに急降下しようとしていたハーピーの頭の辺りで紅い何かが弾けたかと思いきや、その身体から力が抜け、死体と化したハーピーが真っ逆さまに落ちてきたのである。


「うわわわわ!!」


 慌てて横に避けた直後、ズボッ、と雪の中に紅い飛沫を撒き散らし、ハーピーの死体が降ってきた。


「大丈夫ですか、ご主人様」


「あ、ああ」


 やったのはクラリスだろうな、という事はすぐに分かった。彼女がQBZ-97のセミオート射撃で、急降下してくるハーピーの頭を正確に射抜いたのだ。


 恐る恐る、落ちてきたハーピーの死体をチェック。やはり弾丸は頭を撃ち抜いているようで、頭の左上が大きく欠けているのが分かった。断面からはどろりとした、人間よりも小さな脳味噌の一部が溢れ出ていて、うっかり昼食のチーズバーガーを雪原にぶちまけそうになる。


「うわぁ」


「しかしこうしてみると、本当に人間にそっくりよね」


 ブーツの先でハーピーの死体をつんつんと蹴りながら、興味深そうにモニカが言う。


 ハーピーもラミア同様、人間が人為的に生み出した魔物であるとされている。獣人のように人間と他の動物の遺伝子を掛け合わせて生み出された生体兵器、その失敗作。こんな生物を生み出す必要が何故あったのかは疑問だ……戦争のためか?


 少なくとも、自然発生した生物ではない事は確かだ。ラミア同様に進化の理由に辻褄が合わない部分が多すぎる事と、人間たちの研究所跡地から遺伝子改造の研究レポートのようなものが発見されている事も、人為的に生み出された生物である事の裏付けと言っていいだろう。


 いずれにせよ、人間たちの遺した魔物たちはこうして野生化し、彼らの文明をほぼそのまま継承した獣人たちにとっての大きな脅威となっている。


「それじゃ、信号弾撃つぞ」


「ええ」


「早く戻ってあの……ラーメンとかいうやつでも食べましょ。いくら何でも寒すぎるわ」


 そりゃあ、猫はコタツで丸くなるって言いますからねえ。ジャコウネコもコタツで丸くなっていいかな? いいよね? にゃーん。


 胸に装着したホルスターからっフリントロック式のピストルを引き抜き、安全装置セーフティを解除してから銃口を空へと向けた。引き金を引くと同時に撃鉄ハンマーが動作、先端部に装着された火打石フリントが火花を生み出し、火皿の中にある点火用の火薬の上に火花が落ちる。


 ボシュッ、と一気に火が燃え上がるような音がした直後、1秒くらい間を置いてから銃声が響いた。黒色火薬で銃口から押し出された信号弾が空中で赤い光を発し、どこかで見張っているであろう管理局のスタッフへ討伐の成功を知らせる。


 どうでもいいけど、フリントロック式の銃って引き金引いてから実際の発砲までにタイムラグがあるのよね……これも命中精度があんまりよろしくない要因の一つだったりするのだろうか。


 まあいいや、風邪ひく前に帰ろう。


 今夜は豚骨ラーメンらしいし。



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