誘惑
「それでこの発電機の動作原理について説明するわけだが」
「いいから上着着ろ」
何で前から引き続き上半身裸なんだ……せめてこう、上着を羽織るとかなんかしたらどうだ。
などと上半身裸のまま説明を始めようとするパヴェルを咎めようとするが、しかし彼はどこ吹く風だ。上着よりも早く説明したいという欲求の方が強いのだろう、俺の指摘にはウインクを返すばかりでそのまま強引に説明を始めた。
小型のドローンが天井から降りてきたかと思いきや、機体下部に搭載した装置から光を発し、映像を壁のスクリーンに投影し始めた。映し出されたのは図面のようだが、見た事もない記号や単位が細やかに書き込まれ、綿密に描かれた発電機内部の様子には息こそ呑むが、それが何を意味しているのかはさっぱり分からない。
パヴェルとか、こういう技術開発に関わっている人ならば分かるのだろうが……。
「通常、非常発電機は燃料を使用するもんだ」
「ガソリンとか灯油とかだな」
「その通り。だがコイツはそれらを一切使用しない……150年間、1.5世紀に至るまで壊れる事無く稼働を続けていた。その秘密がコイツの動力源にある」
そう言うと、映像がズームアップされた。
発電機上面にある吸気口のような部分がズームされたかと思いきや、静止していた図面が動き出す。アニメーションだ。まさかこれ全部手書きなのかとは思ったが、いずれにせよものすごく滑らかに動いている。いやいやこんなところで神作画見せつけられましてもね……?
「……まさか、コイツ大気を動力源に?」
信じられない話ではあるが……おそらくはそうなのかもしれない。大気を吸入し、内部で風力発電的な何かで電気を作り出す……とか?
「いや、違う。半分不正解だ」
首を横に振ると、パヴェルは答えを教えてくれた。
「……コイツは【大気中の魔力】を動力源にしている」
「大気中の……」
「魔力……?」
信じられない、とでも言いたげな表情で俺の途切れた言葉を引き継いだのはモニカだった。魔術に関しての知識量はこのギルドではモニカがトップである。だからなのだろう、現代の技術力では実現不可能な代物を目の当たりにして一番驚愕しているようだった。
「一般的に、魔術を発動するとそれに使用した魔力は霧散、大気中へと急激に拡散していく。まあ要するに搾りカスだ。この非常発電機はそれを大気と共に吸入、内部で収縮し電力に変換してるって事だな」
「待て待て待て、待ってくれ」
説明を遮らずにはいられなかった。
「なんだ」
「大気中の魔力って……あんな搾りカスをいくら集めたところで、濃縮できたとしても雀の涙程度だぞ?」
そう、一般的にはそういう事になっている。
魔術は宗教とか信仰心とか、そういう要素と強い結びつきがあるという説明は何度もしたので割愛するが、ざっくり説明すると『神や精霊、英霊の力を借り、魔力を動力源に発動する』のがこの世界の魔術だ。
まあつまり、信仰心を示したり洗礼を受けたりしても、肝心な魔力がなければお話にならない。どれだけ高性能なスーパーカーでも燃料がなければ走れないのと同じだ。
そして魔術の発動には魔力が必須になるわけだが、発動のために消費された魔力はどこへ行くのかというと、大半は魔力から魔術への変換の過程で燃焼し、消費され、燃え残りが大気中に霧散していく事になる。
この際、大気中に霧散するのは消費した魔力のうち僅か0.3%程度と見積もられている。
そんな極少量の魔力で、しかも肝心な中身はスカスカだ。それをどれだけかき集めて濃縮したところで、機械を動かすほどの電力は得られない―――霧散した残留魔力を再利用しようという試みは以前から何度かあったが、いずれもエネルギー変換効率の圧倒的悪さを解決できずに頓挫、白紙化していったと負いう話はこの手の発明の試みが挙がる度に何度も繰り返されたと聞いている。
一応、この世界の植物も酸素と一緒にごく少量の魔力を放出しているというが……それをかき集めたとしても、効率の悪さはどうしようもない。
やはり環境にいいからとソーラーパネルで走る車よりも、ガソリンエンジンで走る車の方がずっと効率的だし、乗ってる側も安心できるというものだ。
それが、今までの常識だった―――少なくとも、俺の中では。
しかし、それがどうだ。今目の前にある図面と現物、それは紛れもなく150年間も休まず稼働を続け、しかも整備不要で、延々とポンプを動かし続けていた。発電効率が悪いだの何だのボロクソに叩かれ、発明の歴史に埋もれようとしていた”魔力濃縮式”の発電機、その成功例が今目の前にあるのだ。
旧人類は既に、それを実用化していた……前文明との技術力の差を、改めて意識させられる。
「いったいどうやって効率の悪さを改善したんだ」
「それについてだが、ミカ……放射される魔力には指向性があるという事は分かるな」
「ああ」
魔術発動の際に意識する事だ。例えば前方に魔術を放ちたい時は、手のひらから前方にかけて魔力の奔流が迸る様子をイメージする。多くの魔術師がやっている事だ。そうすることで魔力には指向性が付与される。
魔術の教本の序盤に記載されている事だ。これをモノにできなければ、魔術師は名乗れない……そのレベルの基本中の基本である。
「この発電機には”魔力偏向装置”が搭載されている。それで大気中の魔力をとにかく大量に吸い寄せ収縮、エネルギーに転用していると見られる」
「それでも解せない。同じメカニズムでの残留魔力の再利用は何度も検討され頓挫してきたんだぞ」
「だろうな。だがコイツの出力はそんなポンコツ連中とはワケが違う」
「魔力偏向の範囲を限界まで広げたって事?」
モニカが顎に指をあてながら言うと、パヴェルはぱちんと指を鳴らした。
「その通り」
「とんでもない力業じゃねーか」
今まで頓挫してきた魔力偏向装置の有効範囲はせいぜい2~3m程度。大気と同じく、残留魔力も取り除かれるとすぐに他の場所から流入してくる特徴があるが、しかしその程度の範囲では濃縮できる魔力量にも限りが生じる。
しかし―――スクリーンに映し出されている図面を見る限りでは、コイツの魔力偏向装置の有効範囲は推定50m。要するに”より広範囲から、より強力に残留魔力を吸引して濃縮し、強引に効率を上げる”という力業で問題を解決しているというわけだ。
とはいえ、そんな力業でも現代の技術では実現に至っていないのが事実である。
「複製は出来そうか」
「頑張ればな。この魔力偏向装置周りが最大の問題点になりそうだが」
コイツを転用するメリットは灯油やガソリン代の節約くらいだが……長い目で見れば、大きな経費削減に繋がるのは言うまでもない。ここに投資しておく必要は十分になるだろう。
そしてゆくゆくは車のエンジンの代わりにしたり、機甲鎧の新しい動力源として活用する事ができるかもしれない。
「……必要とあらば、研究開発費は出資する」
「ありがたい」
この手の研究開発にはどうしても金がかかるが……必要な投資だ。
できる限りのサポートはしようと思う。
幼少の頃、冒険者に憧れた。
危険を顧みず剣で魔物に挑み、ダンジョンの謎を解き明かしていく冒険者たち。少なくとも幼い頃の私の目には、彼らこそが”この世界を創る仕事”をしているように見えた。だからこそヒーローのように思えたし、憧れを抱いた。
けれども今―――苦労して剣術をそれなりに身に着け、晴れて冒険者になった私は最大の危機に直面している。
「い゛っ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
走った。とにかく走った。
足が捥げそうなぐらい太腿を上げ、とにかく全力で走った。とんでもない疲労感といつまで耐えられるかという絶望が同時に押し寄せてくるけれど、ここで音を上げたらそれこそ後ろから迫ってくる魔物の群れに殺される。
走りながら、ちらりと後ろを振り向いた。
追ってくるのは白骨化した髑髏たちだった。何も手にしていない個体もいれば、傷だらけの衣服や鎧を身に着けている個体も居るし、何なら錆び付いてボロボロになった剣を手にしている個体もいる。骨と骨がカタカタぶつかり合う音を不気味に響かせ、さながら生者に群がる亡者の如く迫ってくるその髑髏たちの標的は言うまでもない―――私だ。
冒険者になり、薬草採取やキノコ採取、ゴブリン退治の仕事をそれなりにこなし、管理局で知り合った仲間に叱られながらも何とか実績を積み上げて自信をつけ、「そろそろダンジョンに行こうか」という彼の誘いでこの【ツォルコフの地下墓地】に挑んだまでは良い。
最初は楽しかった。石造りの床や壁は絵本で見たダンジョンそのものだったし、棺の中で眠るミイラから一緒に埋葬された金貨を拝借した時なんかは心が躍った。他にもお金になるからと、犠牲になった他の冒険者の装備品を回収してそろそろ帰ろうかというところで、うっかり床に仕込まれたトラップを発動させてしまったのが10分前。
そしてそのまま2人仲良く落とし穴に落とされ、下の階層に蠢いていた髑髏の魔物『スケルトン』たちから現在進行形で逃げ回り、上の階層まで逃げてきて今に至る。
「り、リジーナお前ぇっ!」
「ご、ごめんなひゃい! ごめんなひゃいぃ!!」
隣を全力疾走する狼の獣人―――ワレリーは、私を恨めしそうな目で睨みつけてきた。
今回もそうだけど、危険の原因になるのはいつも私だった。うっかりゴブリンの巣に迷い込んだり、間違った地図を持ってきてしまったり、必要なアイテムを買い忘れてしまったり……いつも気をつけようとしているんだけど、どうしてもうっかりしてしまう。行動にオチがある。
おまけに剣術は習ったとはいえ下の中レベル、魔術に至っては適正ナシ……お荷物もいいところだった。
「だぁっ、クソッタレが!」
ポーチから火炎瓶を取り出したワレリーは、それに火をつけると後ろ向きに放り投げた。追ってくるスケルトンの一団が火炎瓶の直撃を受け、炎に包まれる。
白骨化した魔物たちが怯んだ隙に、ワレリーは立ち止まって後ろを振り向き―――朱色の紋章が浮かぶ左手を、思い切り突き出した。
「こんなところで死ねるかってんだよ!!」
生への執着を滾らせる雄叫びと共に、強烈な魔力が放射される。
それに呼応するように、左右の壁が動いた。
壁面が巨大な、土で形作られた万力と化す。それは追ってくるスケルトンの群れを左右から挟み込むと、そのままスケルトンたちを完膚なきまでに押し潰してしまう。ペキペキペキ、と枯れ枝がへし折れていくような、乾燥したものが折れるような音がここまで聞こえてきた。
ワレリーの発動した土属性魔術。それの発動が終わり、土で形成された万力がボロボロと崩れ落ちていった後に残っていたのは、完全に粉砕されてカルシウムの粉末と化した粉末だけだった。
「すっ……すごーい!」
いつ見ても、ワレリーの魔術は凄い。
Cランクって言っても、それの威力は一撃必殺級だった。かっれがこうやって魔術を発動するだけで、簡単に魔物の群れは倒れていく。
いいなぁ、私も魔術が使えたらなぁ……。
けれども、その一撃でスケルトンの群れを葬ったワレリーはあまり機嫌が良さそうではなかった。
「……もうさ、やめようぜ」
「……え?」
「限界なんだよ。毎回毎回、お前のせいで死にかけてる」
ぽつり、と彼が声を漏らす。
紛れもない―――ワレリーの本音だった。
今までずっと我慢していた彼の本音。口は悪いけど頼れる兄貴みたいな感じだった彼が、今まで胸の奥に押し込めていた本心。
「……ごめんなさい」
「もうさ、無理だよ。お前に足引っ張られながら仕事するのは」
「……」
「悪いけど……仕事仲間なら他の奴探してくれ。俺にはもう無理だ」
心の中に穴が開いたような、そんな感じだった。
けれども薄々わかっていた事だ―――私がワレリーにとって、これ以上ないほどのお荷物だという事は。
ああ、そうか……私のせいか。
頭の中が真っ白になった。
混乱していたからなのか、どうやって管理局まで戻ったのか、なんで報酬の半分がきっちり私の手元に残されていたのか、何も覚えていなかった。
けれどもワレリーの、私の元を去っていく後ろ姿だけは―――それだけは、鮮明に目に焼き付いていた。
「はぁ……」
これが流行りのパーティー追放って奴なのかな……ははは。
売店で安物のリンゴジュースを購入して、管理局から宿屋までの帰り道を歩いた。
ワレリーとの最後の仕事……地下墓地探索で得ることができた報酬は10万ライブル。報酬はきっちり山分けされて5万ライブルずつの手取りになったけど、このお金で何をすればいいのだろうか。こんなお金、宿泊費や食費ですぐ消えてしまう。
とりあえずアイテムを買いそろえて……ああそうだ、明日から仕事を探さないと。
でも、魔物と戦うのは怖いし……今まではワレリーがいたから魔物に挑む事も出来たけど、私1人じゃどうしようもないし……かといって薬草採取では報酬金が少なくて、細々と食い繋いでいくのがやっと。
どうしよう、どうすればいいんだろう……夜の公園のベンチに腰を下ろして、リンゴジュースのコルク栓を外して中身をラッパ飲みした。これがアルコールだったら嫌な事も全部忘れられるだろうし、津依頼現実から逃げられるのかな、なーんて思ったけれど、きっと私はお酒に弱い。そうに決まってる。
せめて何か、私にも才能があれば……。
そう、ワレリーみたいに魔術が使えれば。
魔術さえ、魔術さえあれば私だって……。
「―――力が欲しいのかい?」
「……ふぇ?」
いつの間にか、目の前に人がいた。
背は小ぢんまりとしていて子供みたい。黒いズボンに同色の、けれども紅いアクセントの入ったコート姿。けれども上着のサイズがあっていないのか手は長くて大きな袖の中にすっぽり隠れているようで、いわゆる”萌え袖”になっている。
髪は黒海の海原のように深い蒼、けれども瞳は血のように紅く禍々しい。どこか人間離れした雰囲気を醸し出す不思議な子供だけど、多分それはこの子の瞳の形が原因なのかもしれない。
まるでトカゲとか……ううん、違う。飛竜だ。この子の瞳は飛竜のような、爬虫類系の形状をしている。
「力が欲しいというなら、ボクが用意してあげよう」
「あなたは……だあれ?」
私の問いかけには答えず、その”蒼い子”はそっと紅い液体の入ったアンプルを私に差し出した。
「これを飲みたまえ。そうすればすべてが変わる……今まで君を馬鹿にした全てを睥睨してやるといい」
「……」
血のように紅く、けれども半透明の液体。
これを飲めば……私も……?
気が付くと、その”蒼い子”はいなくなっていた。
どこかから虫の鳴き声が聞こえてくる、それ以外は静かな夜。
アンプルのひんやりとした感触だけが、私の手の中にあった。




