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討伐任務を終えて


「ふぅむ……ロッカーに擬態するミミックねぇ……」


 薄暗いパヴェルの研究室ラボの中、ついこの前まで黒騎士の解体や解析を行っていた手術台の上に並べられた肉片に照明を当て、ピンセットで摘まみ上げた肉片を顕微鏡で見ながらパヴェルが呟いた。


 結局、ウファール発電所には合計で7体のミミックが確認された。他にもこのロッカーに擬態しているミミックがいる可能性を考慮し、同系のロッカーやちょっとした工具入れ、挙句の果てにはドアに対してもとにかく銃弾を叩き込んだり、部屋に入る際には手榴弾を投げ込んだりしてチェックしたが、7体以上のミミックは確認できなかった事から討伐は終了と判断。死体は火炎瓶などを用いて焼却処分した。


 規定数よりも2体多かった事を考慮し、パヴェルが管理局を通して報酬額の増額を打診した結果、最終的に報酬金額は1.2倍の増額という結果で落ち着いた。


 懐に入る金の額が増えたのは嬉しい事であるが、しかしそんな事よりもコイツだ。


 討伐した7体のうち、死体を焼却処分せずに持ち帰った1体―――手術台の上に置かれている肉片は、あの例のロッカーに擬態していたミミックのものだ。


「聞いた事ないか、こんな事例は」


「ないね」


 顕微鏡を覗き込み、ピンセットで器用に肉片を摘まみながらパヴェルが言う。


「俺も昔ミミックとやり合ったが、いずれも宝箱に擬態した奴らばかりだった。潜伏先も古城だったり地下墓地だったり……とにかく、なんというかこう、宝箱が置いてありそうな場所に潜んでたな」


「という事は、コイツが初の事例ってわけか」


「そうなりそうだ」


 ピンセットで肉片を小皿の上に戻し、今度はロッカーに似た外殻が付着したままの肉片を観察し始めるパヴェル。レンズの倍率を弄りながら彼は「魔物たちも進化してるのかね?」などと呟いた。


 進化、ねぇ……。


 生物は進化と適応を繰り返す。環境に適応できなければ、待ち受けているのは種の根絶だ。遥か昔、それこそ原始の地球に海ができ、海中に生命の起源が生じたその日から、全ての生命いのちは苛酷な生存競争を経て地球環境に適応・進化を繰り返してきた。


 そういった地球環境が全ての生命いのちに科した試練を、俺たち人類は知恵を振り絞り道具を使う事で乗り越えてきた。かつては猿だった人類は石器を使い、火を用いて身を守り、やがてヒトとなっていった。


 魔物たちもその例外ではない。


 記憶に新しいのはヴォジャノーイだ。彼らの中には工業廃棄物から漏出した化学物質を吸収し、体内に毒を持つに至った亜種も存在する。


 それらと同様に、ミミックも進化したというのだろうか。


 より相手の意表を突き、確実に獲物を喰らうための進化―――相手を欺くためにその特徴をより一層強化したのだとしたら、かなり厄介な話である。


 こんな亜種が増えたら犠牲者がもっと増えるだろう……最悪な未来を想像しゾッとしていると、パヴェルがちょいちょいと手招きした。


「なんだ」


「見てみろ」


 言われた通り、顕微鏡を覗き込んだ。


 レンズの向こう、プレパラートの上に乗った肉片が拡大されて見える。こうして見てみるとただの肉片……正確に言えば金属片がぶっ刺さった肉片にしか見えないのだが……。


 しかしパヴェルがピンセットで肉片に刺さった金属片を引っ張ろうとした時、俺は目を見開いた。


 刺さっているのではない―――まるで人間の身体から皮膚を剥がそうとしているように、ぐにぃっ、と金属片につられて肉片も引っ張られたのである。


「……融合してる?」


 信じられない。


 肉と金属―――有機物と無機物の融合という、普通では考えられない光景が目の前で広がっている。


「もしかしてと思って、お前らがどさくさに紛れて持ち帰った廃品スクラップも調べてる」


 ほら、とパヴェルが視線を向けた先には、ビーカーに充填された薬液に漬けられた別の金属片がいくつかあった。ミミックが擬態していたロッカーとの比較を行うために無作為に選んだサンプルなのだろう。


「パヴェル……もしかしてミミックって」


「ああ、俺も同じ仮説に至ってるよミカ」


 今まで、ミミックは宝箱などに擬態する魔物であるとされてきた。


 そうやって、餌食とする人類にとって欲望を刺激するものに擬態し、欲に負け無防備に近付いてきた人間を餌食とする魔物である―――それが多くの冒険者にとっての、生態の多くが謎に包まれたミミックという魔物に対しての認識だった。


 確かにそれは合っている。


 しかし―――もし、ミミックにとって宝箱やロッカーが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 長年生態が謎に包まれていた魔物の解明に繋がるかもしれない。


 驚異的な魔物ではあるが、謎の生態を解き明かすヒントのようなものが見えた気がして、にわかにではあるけれども高揚感を覚えた。


 やっぱり、探求心のある人材ほど冒険者という職は向いているらしい。


「それとコイツについてだ。()()を介してボロシビルスクの学術都市(アカデムゴロドク)に連絡を取ってみたが、コイツの死体を是非研究用のサンプルとして買い取りたいとの事だ。値段については交渉中だが……」


「お高く頼むよ」


「分かってるさ、搾り取れるだけ搾り取ってやる」


 ……なんだろ、人相が裏社会の人のそれであるパヴェルが言うとなんかこう、危ない意味に思えるのは気のせいではない筈だ。もちろんサキュバス的な意味ではなく、純粋なバイオレンス的な意味で。


 顔を引きつらせながら笑みを浮かべていると、視線の中にふと奇妙なものが入り込んできた。


 研究室ラボの片隅―――照明も当たらず闇に沈んだその一角に、例の黒騎士の上半身が安置されているのである。


 解析に用いる様子もなければ、解体している様子もなく……むしろ逆だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 とはいえ完成度はまだ40%といった感じだろう。下半身はなく、上半身と言っても胸から上だけだ。それに外装は一切取り付けられておらず、回路やフレームが剥き出しになっている。


 しかしこうして見ると、あの黒騎士も、そしてテンプル騎士団の戦闘人形オートマタも人間の身体的構造を機械的に模倣した存在である事が分かる。フレームとなる金属骨格の構造なんかほぼそのまま人間で、胸骨を思わせる部位に重要な回路やパーツ、動力源がしっかりと守られている。


「あれは?」


「……出来上がってからのお楽しみさ」


「パヴェルまさかお前」


 まさか、まさかね……まさかあの黒騎士を……。


 そこまで考えが至ったところで、しーっ、とパヴェルはお茶目な笑みを浮かべながら人差し指を唇に当てる真似をした。皆には内緒だぞ、と言わんばかりの仕草に呆れつつ、同時に彼の技術力に驚かされる。


 もし実用化したら”アレ”はどういう扱いになるんだろうか……。


 内緒とは言われたが、しばらくはアレが気になって仕方がない日々を送る事になりそうだ。


















 パヴェルが書いてくれた手書きのマニュアルを参照しながら、安全装置セーフティの解除やレバーの操作、装填の動作を一通りやってみる。


 結局のところ、武器というのは頭で考えなくても身体が扱い方を覚え、半ば反射のレベルで操作できる域に至ってこそ『使いこなした』と胸を張って言えるものだと、俺はそう考えている。目を瞑っても、別の事に意識を向けていても身体が勝手に操作を実行できるレベルになって、武器の性能を限界まで引き上げることができるというものだ。


 どんなに高性能な武器(ハードウェア)でも、それを制御する人間(ソフトウェア)が使いこなせていなければ無用の長物、張子の虎である。


 続けて実際に射撃を行うため、レーンの前に移動した。手元にある台の上に弾薬の収まった箱を置き、その中から弾丸を5発分、機関部レシーバー右側面にあるローディング・ゲートへと滑り込ませていく。


 弾丸は.45-70ガバメント弾。アメリカで生まれた弾薬で、狩猟用に用いるライフルの弾薬として人気がある。もちろんその秘訣は十分な威力を持っている事で、猛獣相手を黙らせるにはうってつけだ。


 動物にも通用するという事は、それと同じように魔物にもまた十分な威力が見込めるという事になる。弾数よりも一撃の重みを重視したい時には選択肢に入るだろう。


 とりあえず5発、.45-70ガバメント弾をチューブマガジン内に装填した後、引き金を覆うように配置されたレバーを下げる。これで薬室内にチューブマガジンの弾丸が1発装填され、空きができたチューブマガジンに.45-70ガバメント弾を1発継ぎ足しで装填しておく。


 これで6発、弾丸がこのライフル―――『マーリンM1895ダーク』に装填されたわけだ。


 レバーアクションライフルで有名なウィンチェスターと同じく、マーリンもこの種の銃器の老舗メーカーだ。残念ながら軍用小銃として採用されたレバーアクションライフルはロシア帝国仕様のウィンチェスターM1895のみとなってしまい、レバーアクション小銃自体が軍用では用いられなくなってしまったが、だからといってこの歴史ある銃が廃れたわけではない。


 マーリンM1895ダークは、その老舗メーカー、マーリン社が製造したライフルにM-LOKハンドガードを搭載するなどして近代化を施したモデルだ。だからなのだろう、ハンドガードのせいなのか間近で見ると最新の軍用銃のような威圧感と近未来感がある。


 今のところアイアンサイトと、ハンドガードにハンドストップを取り付けたのみのシンプルな状態だが、多分上にはいつものLCOとD-EVO乗せる事になりそうだ。なんだかんだであの2つの組み合わせは気に入っている。


 息を吐き、銃を構えた。左手をハンドストップに引っ掛けつつ銃を引き、ストックをしっかりと肩に食い込ませて固定する。


 パタン、とレーンの向こうで的が起き上がったのを確認し、引き金を引いた。


 ドガンッ、と右肩を殴りつけるような―――まるで格闘家が本気の右ストレートを見舞ってきたような反動リコイルに、ほんの少しだけ驚く。


 なるほど、これほどの反動リコイルなら威力もさぞ凄まじいのだろう。狩猟用の弾薬として名を馳せるだけの事はある。納得する俺の視界の先では、ガァンッ、と人型の的の頭に弾丸が命中し凄まじい金属音が生じていた。


 右手でレバーを操作、薬莢を薬室から排出。元の位置に戻しチューブマガジンから次弾を装填、続けて発砲。ジャキンッ、と銃器らしい威圧的な金属音の後に再び暴力的な銃声が轟き、.45-70ガバメント弾が的に吸い込まれていく。


 それを何度も繰り返した。発砲してはレバーを操作し、また発砲してはレバーを操作……薬室に装填した1発とチューブマガジン内の5発を使い果たすや、すぐさま同じように弾丸をローディングゲートへと押し込んでいく。5発全て装填したところでレバーを操作、1発を薬室へと送り込んでチューブマガジン内へ1発継ぎ足す。


 発砲と装填を繰り返し、練習用に用意した弾丸が無くなるまでとにかく撃ち続けた。


「……」


 右肩が痛い。


 そっとライフルを下ろし、安全装置セーフティをかけた。薬室内にも弾丸が残っていない事を確認し、左手をそっと右肩に当てる。これ明日青くなったりしないよな……?


 耐熱手袋をはめてから床に散らばった薬莢を集め、耐熱性の袋に収めてから射撃訓練場を後にした。


 手動で次弾の装填を行う必要がある、ひと手間かかる銃ではあるが、その分アサルトライフルには無い威力がある。今回のミミックのような打たれ強い魔物と戦う時や狩猟の際には役に立ってくれる筈だ。


 ライフルを武器庫に返却していると、ぱたぱたと元気な足音が聞こえてきた。これはノンナかな、と思いながら振り向くと、やはりやってきたのはパームシベットの獣人のノンナで、その顔には他人の幸福を喜んでいるような笑みがある。


「ミカ姉ミカ姉!」


「ん、どうしたノンナ?」


「範三がね、昇級試験受かったって!」


「おー、マジか」


 でしょうね。


 範三ならやりそうだ……というか、負けるところが想像できない(そんな範三をして『手も足も出なかった』と言わしめる化け物が倭国にはいるらしいが)。


 早く早く、と案内してくれるノンナに連れられて食堂車に向かうと、そこには既にウォッカの酒瓶片手に大笑いするパヴェルと、ザリガニの塩茹でをツマミに倭国酒(日本酒)をちびちびと飲む範三、それから他の仲間たちの姿があった。


「おお、ミカエル殿!」


「おめでとう範三、合格したんだってね」


「うむ、まだDランクではあるがいずれ追い付いてみせるぞ。がっはっはっはっは!」


 正直、範三の実力ならとっくにAランクに到達していても良いと思う(ちなみにSランクはパヴェル曰く『ガチの化け物しかいない領域』だそうだが、そんな彼もしれっとSランク冒険者である)。


「まあともあれ、今夜は宴会だな! 豪勢にやるぞミカ!」


「お、おう……良いけどお酒は程々にね」


 もう空のボトルが1、2、3、4、5……いやまて厨房の流し台にぎっしり詰まってるんだけどあの酒瓶is何???


 範三の昇級に喜びつつ、早くも空の酒瓶を大量生産する酔っ払い×2に呆れつつも、とりあえずは仲間の昇級を祝う事にした。




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