ダンジョンの擬態者、その名はミミック
「なあパヴェル、ミミックの耐久性とか交戦に関する情報って売れないかな」
スマホでパヴェルと通話しながら、ポーチから取り出したC4爆弾をいかにもお宝入ってまっせと言わんばかりの、どこからどう見ても宝箱な代物の表面に貼り付けていく。幼稚園の頃とか小学校低学年の頃によく遊んだ粘土を何となく思い出した……懐かしい思い出だが、しかし今手の中にあるのは小さい子供向けのオモチャなどではない。適切な手順でなければ起爆せず、そして起爆させたらさせたで障害物を簡単に吹き飛ばす高性能爆薬だ。
設置後、容器に同梱されている受信アンテナをC4爆薬にセットした。パヴェルお手製のアンテナだ。これがアクティブになっている状態でこのアンテナに対応する番号にスマホで電話をかけるとドカン……という寸法だ。
つまり何が言いたいかというと、血盟旅団仕様のC4爆弾はスマホで起爆できるのだ。いつもみんなとメッセージのやり取りをしたり、ソシャゲで時間を潰したりしているスマホで戦車を吹き飛ばせるのだからまあなかなか恐ろしい。日常と非日常の境界線が曖昧になる。
とりあえずは1個、反対側にももう1個セットしていると、スマホの向こうでパヴェルがノートパソコンのキーボードをタイピングする音が聴こえてきた。
《あ~……ワンチャン売れるかもな。クライアントではなく第三者になるけど》
「第三者」
《具体的には学術都市の魔物の研究者とか学者だな。ミミックは脅威だが、遭遇し交戦したという事例は実はそれほど多くはない。交渉次第にはなるが言い値で売れるんじゃないか?》
「そいつはいい」
さて、今しがたパヴェルが言った『ミミックと遭遇し交戦したという事例はそれほど多くない』という話だが、これは別にミミックが希少な魔物であるという意味ではない。
その辺にホイホイ生息しているありふれた魔物という意味でもない。希少かどうかと言われると疑問符がつくが、彼が言った『交戦事例の少なさ』はそういう意味ではないのだ。
ただ単に、『擬態を見破れず餌食になった冒険者が多い』という事である。今回の俺たちはダンジョンと宝箱のデザインがあまりにも不自然過ぎた(とはいえこっちの世界の人にはあまり違和感がないのかもしれない。俺の場合前世で異世界転生モノに慣れていた事が功を奏したか?)し、何よりクライアントからミミックが生息しているという事前情報があったおかげでこうして先制攻撃しているわけだが、事前情報もなく、こういう宝箱が置いてあってもおかしくない古城のようなダンジョンであったならば騙されていてもおかしくはないだろう。
そういう意味であれば、ミミックという魔物の脅威度は段違いに高くなる。
「設置完了」
後ろに控えているクラリスとカーチャに声で知らせ、部屋を出た。
元々は従業員の詰所であったであろう部屋の中、どどんと置かれた宝箱には電波受信用のアンテナがぶっ刺さっており、仄かに紅く点滅しているのがここからでも見える。
「んじゃ起爆するしそろそろ切るわ。教えてくれてありがとう」
《はいよ、気をつけてな……ああ、それと今日の夕飯グラタンにするけど他に何か食べたいものある?》
「肉類」
《肉類了解、んじゃ》
部屋を出て扉を閉め、L4A4をスタンバイするクラリスの後ろに隠れて両耳を塞ぎ口を開ける。ケモミミもぺたんと倒してしっかりと聴覚を保護、爆発をやり過ごす体勢を整えたところで、クラリスがカーチャに向かって頷いた。
それを「やれ」という正しい意味合いでとらえたカーチャが、手慣れた手つきで素早くスマホの画面をタップ。電話番号の一覧の中からC4爆弾起爆用の連絡先を選択するや、彼女のスマホから微かに呼び出し音が聴こえてきた。
プルルルル……というお馴染みの呼び出し音が2秒ほど続いたその時だった。どう、という猛烈な圧力を感じたと同時に、しっかりと閉じた扉が豪快に吹き飛び、そこから噴出した埃と土煙が土石流の如く飛び出してきたのは。
パラパラと天井から埃や微細な破片が降り注ぎ、辛うじてぶら下がっていた照明が今の爆発に敗北、千切れかけの配線が完全に断線して床に落下してくる。
遠ざかっていく爆音に紛れ、部屋の中から微かに苦しむような声が聴こえてきた気がした。
そっと両耳から手を放し、ウェブリー=フォスベリー・オートマチックリボルバーを片手に部屋の中を恐る恐る覗き込んでみる。
部屋の中には肉塊があった。
胃や腸といった生命の維持に必要な臓器……消化器官の塊と言うべきだろうか。爆発で抉られ見るも無残な姿と化しているが、しかし未だ辛うじて臓器と分かるレベルの形状を維持している辺り、ミミックの打たれ強さが窺い知れる。
見た感じは人間の臓器に酷似しているが、違いは2つある。
まず1つはサイズが明らかに人間のそれではなく、人体の腹に収まるような代物ではない事。そしてもう1つは、臓器類の隙間から紫色の触手が生えて蠢ている事だ。
あれがミミックの”中身”なのだ。
なかなかに気色悪い。
千切れかけた細い腕をバタバタと動かし、なおもこちらに近付こうとするミミック。カーチャがイシャポール2A1を構えて引き金を引き、7.62×51mmNATO弾、設計の許容範囲ギリギリまで装薬を増量した強装弾を1発叩き込んだ。
胃に相当する器官に直撃したそれが、ミミックの中身に引導を渡す。胃が裂け、中から消化液と消化しかけの人体の一部(恐らく犠牲になった冒険者のものだろう)、それから剣の一部と思われる金属片が溢れ出た。
朝食のスープを危うく吐きそうになったが、とりあえずこれで3体目。
最初の1体目以降は相手の耐久力を検証するかのような感じで攻撃しており、爆薬を用いての攻撃はこれが二度目だ。一度目はC4爆弾1個で試してみたのだが、外殻の半分を吹き飛ばしそれなりのダメージを与えるに留まっている。
C4二つでは致命傷を与えるも絶命には至らず、か。この生命力の高さはいったいどこから来ているのだろうか……あの宝箱に擬態するための外殻によるものか、それとも……?
死骸の様子をスマホで撮影し、さて燃やすかと火炎瓶を取り出したその時だった。
「うわあすっご、本物のミミックじゃん!」
後ろから声が聴こえた。
振り向いてみると、そこには腰にサーベルを提げた冒険者がいた。単独ではない、後ろにも何人か仲間が控えている。装備は店でそれなりの金を積めば手に入るもので構成されており、装備の質から下の中くらいの連中である事が何となくだが分かった(強者特有の”圧”のようなものも感じない)。
「ちょっと、悪いけど私たちミミック討伐の最中なの。危険だから離れて」
「えぇ? いいじゃん。だってお姉さんたち、今コイツ殺したんでしょ?」
カーチャの制止にも聞く耳を持たず、3名の冒険者パーティーは部屋の中に入り込んできた。
「ねえメイドさん、その武器何? 銃……にしてはでっかいねぇ、めずらしー」
「……」
あからさまにクラリスが不機嫌そうになる。やめろよ、手を出すなよと視線で訴えるが、果たしてクラリスがどこまで我慢できるか。ダンジョン内は実質的な治外法権、仮に何かあってもダンジョン内で魔物に襲われ犠牲になりましたと言い訳すればすべてを闇に葬る事も出来るが、俺たちはそこまで堕ちてはいないつもりだ。
ステイステイ、とクラリスを視線で制止しつつ、俺も血盟旅団団長として彼らに呼び掛ける。
「申し訳ありません、今から死体の焼却処分を行いますので離れてください」
「はーい。生真面目だねぇ」
「お嬢ちゃん、ずいぶん小さいけど見習いさん? あまり堅苦しい子に育っちゃダメだよ~」
やめろ、そういうのマジでクラリスの地雷だから。
恐る恐るクラリスの方を見た。頭につけているヘッドドレスからは、竜人の角が覗いている。
彼女の頭には角があるのだ。普段は頭髪の中に埋もれてしまうほど小さいものだが、感情が昂ると伸びるという特徴がある。戦闘中に高揚したり、単純にブチギレたり、えっちな妄想で興奮したり……角が伸びる要因は様々だが、今ばかりは彼女の角が伸びている理由は明白である。
「というかお姉さんたちさぁ、ミミック討伐だからって俺らを締め出して何? ダンジョン独り占めするわけ?」
「あのね、私たちはそういうつもりじゃ……!」
「そういう態度感心しないなぁ、ダンジョンはみんなで分かち合わないとさぁ」
うわあコイツ殴りてえ、と思っていた目の前で、履歴書に『趣味はナンパ』と書く事を推奨したくなるほどチャラい冒険者の男が詰所内のロッカーに手をかけた。
中に何か、金目のものが残っていないか物色しようとしたのだろう。しかしロッカーを開けた次の瞬間、覗いたのは金属製のロッカーの中身などではなく―――無数の触手と異様に長く細い腕、そして無数の牙が不規則に生えた大きな口だった。
「―――へっ?」
がしっ、と男の身体を腕が掴む。
咄嗟にイリヤーの時計に時間停止を命じ、左手を腰の仕込み杖へと伸ばした。抜刀する勢いのままに杖の中から現れた細身の剣を振り上げ、よりにもよってロッカーに擬態していたミミックが冒険者を喰らおうと伸ばした腕に力任せに叩きつける。
皮と肉の中の骨を断つ手応えを確かに感じた。
ミミックが伸ばした腕の切断を確信すると同時に冒険者を出口の方へと蹴飛ばし、俺も床を蹴ってミミックから離れる。
僅か1秒の時間停止―――しかし、1人の命を救うには十分すぎた。
「うわっ!?」
「み、ミミック!?」
「ご主人様!」
腕を切断され苦しむミミック。口から飛び出した触手が暴れに暴れ、周囲に粘性のある唾液を撒き散らす。
「さっさと逃げろこの馬鹿!!」
余計な事をしやがって、という怒りを含めた声で怒鳴りつけると、冒険者たちは情けない声をあげながら逃げ出していった。
仕事が増えたがとりあえずこれでいい……少なくとも、犠牲者は出ずに済んだ(とはいえ厄介な状況になってしまったが)。
伸びてきた触手が左手に絡みつく。ぎち、と骨をへし折りかねない程の力で締め付けてくるが、すぐに再度時間停止を発動。仕込み杖を空中で手放し(時間が止まっているので仕込み杖は空中で静止し続ける)右手をポーチの中へと突っ込んで、手榴弾を取り出した。
何とか安全ピンを引き抜きそれをミミックの口の中へと投擲。口腔の奥の闇へとソ連製手榴弾が消えると同時に杖をキャッチ、触手を切断して後方へ飛び退く。
時間停止の効果が切れると同時に、叫んだ。
「伏せろぉ!!」
「!!」
カーチャもクラリスも、今の一言で何が起きたのかを察したらしい。
安全ピンが床に落ちる金属音だけで何が起こったのかを察する辺り、この2人の練度は相当なものだ―――仲間の練度に感心しながら俺も伏せると、クラリスが上から覆いかぶさってくれた。全身を外殻で防護し終えた直後、ダムッ、と内側に爆音が籠っているかのような音がして、周囲に血飛沫や肉片が舞い散った。
恐る恐る顔を上げる。
先ほどまでミミックがいた場所には、血だまりと肉片だけが残されていた。
驚異的な打たれ強さを誇るミミックではあるが、しかし体内への攻撃に対しては極めて脆弱らしい……というか、それが道理であろう。どんな生物も筋肉や骨格で重要部位を防護しているとはいえ、体内への攻撃は想定していない筈だ。そういう設計なのだから。
これで体内も防御力が高い、なんて事になったら発狂モノだ。神様にアプデでの修正をお願いしたくなる。
「まさかロッカーに擬態しているなんて……」
クラリスが俺の上に覆いかぶさりながら呟いた。それは良いのだがせめてケモミミから離れて喋ってくれないだろうか。耳がその、ケモミミに……ね? ケモミミ敏感だからそういうのやめて。ひゃうん。
「ご主人様、お怪我は?」
「大丈夫……ありがとうクラリス、助かったよ」
「ご無事ですね、よかった……」
ダンジョンの中だというのにそのままぎゅっと抱きしめてくれるクラリス。それほどまでに想ってくれていたのかと嬉しくなって、俺もそっと彼女の事を抱きしめ返す。
「おほん……ねえお2人さん、そろそろお仕事を再開するべきじゃなくて?」
「「アッハイ」」
カーチャの咳払いとちょっと呆れた感じの声に我に返り、素早く立ち上がる。
とりあえずはスマホを取り出して写真撮影、ロッカーに擬態していたミミックを撮影する。
「とりあえず最初に仕留めた方は燃やすが……こっちはどうする」
「うーん……というかミカ、ミミックが宝箱以外に擬態した事例ってあったっけ?」
「聞いた事がない」
仮にもし、これが宝箱以外に擬態したミミックを討伐した初の事例なのだとしたら。
情報と死体をサンプルとして、ボロシビルスクの学術都市の研究者に売りつければどれだけの利益になるのか……考えるだけで欲望が刺激される。パヴェルの言う通り、交渉次第では言い値で売れるかもしれない。
そう思う一方で、新たな脅威の出現に背筋が冷たくなった。
宝箱以外への擬態……より効率的に獲物を喰らうための進化を果たしたのだとしたら、もう迂闊にダンジョン内で物を触れなくなる。
新たな脅威の誕生に直面した俺たちの胸中には、複雑な思いが渦巻いていた。




