ミミック・ハント
『ミミック』という魔物については、今もなお不明な点が多い。
図鑑に記載されていた情報は決して多くは無かった。生態、起源、どういった進化を辿ったのかも不明。弱点属性についても情報はなく、ただ判明しているのは『肉食性である事』、『ダンジョン内の宝箱など、人間の欲望を刺激するものに擬態する事』、そして『打たれ強い事』だ。
他の魔物、例えばハーピーやアラクネ、ラミアと言った魔物には明確な起源がある。いずれも旧人類たちによる遺伝子操作によって生まれた生物の成れの果てで、誕生の経緯は俺たち獣人と同じなのだ。
しかしミミックは旧人類の手によって生み出された生物ではなく、どのようにして誕生、進化していったのかが不明となっている。ただ、旧人類の記述にも登場しその危険性が周知されている事から、少なくとも前文明の古い段階で既に存在していたことが明らかになっている。
というわけで、今回の標的はそんな何もかもが正体不明の生物を5体も討伐しろ、というものだった。
依頼主は冒険者管理局。こういった仕事を管理局が冒険者向けの依頼として発注するのは珍しい事だが、Cランクの仕事の中では金払いはなかなかに良い方だったので受けることにした。それに交戦経験のない魔物との戦いなので、良い経験にもなるだろう。
依頼主の話ではツォルコフ市郊外にあるフリーダンジョン内にミミックが5体ほど住み着き問題になっているらしい。
フリーダンジョンはその名の通り、ダンジョン内への入場にランクの制限がない比較的安全なダンジョンだ。内部の脅威が取り払われた事により、初心者でも気軽に入場できる場所として解放されており、周囲には管理局の監視もないほどだ。だから初心者にとっては肩慣らしにちょうどいいダンジョンとされているのだが、ミミックが住み着いたのがよりにもよって経験の浅い冒険者が数多く訪れるそのフリーダンジョンだったという。
既に今週に入って7組、入場したパーティーが行方不明となっているというが……いつ魔物の餌食になるかも分からないこの業界、行方不明者の人数がそのまま殉職者の数としてスライドしてしまう事も珍しくなく、消息を絶った彼らの生存は絶望的であろう。
経験を積んだ冒険者ならばまだしも、経験の浅い冒険者ではミミックの擬態を見破れるはずもない。うっかり宝箱を開けた瞬間には目の前に無数の触手と牙が並んだでっかい口が……その後は言うまでもないだろう。
『Впереди Уфарская электростанция. Нет записи, за исключением связанных сторон(この先ウファール発電所。関係者以外立ち入り禁止)』という掠れた看板が窓の外に見えた。
旧人類の建設した発電所―――今となってはフリーダンジョンとされているその場所が、本日のミミック狩りの舞台のようだった。記録によるとウファール発電所は黎明期の火力発電所であり、ヴォルガ川にある水力発電所と連携し電力を富裕層に提供していたのだそうだ。
フロントガラスの向こう、鉄条網付きのフェンスがすぐ目の前まで迫る。しかしハンドルを握るクラリスは減速させるどころかアクセルを目一杯踏み込むや、そのままヴェロキラプター6×6をフェンスに激突させた。
長年雨風に晒され劣化していたフェンスを、”パワフル”という単語を形にしたかのようなアメリカ製のピックアップトラックが豪快に撥ね飛ばしていく。ごしゃあっ、とグリル前方に取り付けられたスパイク付きグリルガード(※血盟旅団のトラックは相手に突撃しダメージを与える事も想定している)がフェンスを突き破り、突破口を切り開いた。
ギャギャギャ、とそのままハンドルを切りドリフトで停車。こういう粗い運転が目立つからクラリスの運転する車両に乗る際はシートベルト必須なのだ。さもないと外に投げ出されかねないし、そうじゃなくても三半規管が悲惨な事になる。可能であれば酔い止めと、我慢できなくなった時のための袋かバケツを車内に備え付けておくのが理想であろう……まあ、その前に安全運転できるドライバーに運転してもらうのが一番だとは思うんだけどね???
車を降りると、もう既に血の臭いが風に乗って流れてくるのが分かった。
討伐規定数は5体ではあるが、それ以上いる可能性も考慮しなければならない。5体討伐して調子に乗ってたら6体目が出てきて喰われました、なんて事になったら笑い者もいいとこだ。個人的に、墓石には老衰で死んだ以外の死因を刻んでほしくはないので気をつけたいところである。
スリングで背負っていたライフルを手に、安全装置を解除した。
今回のメインアームは、珍しくAKではない。そして強盗で使っている時のようなMP5やキャリコでもない。
ミミック討伐のために用意したのは、第一次、第二次と二度の世界大戦を戦い抜き、冷戦まで狙撃銃に転用され運用が継続されたボルトアクションライフルの傑作―――イギリス製”リー・エンフィールド”、その系列に連なる小銃『イシャポール2A1』だ。
イギリスのリー・エンフィールドをインドが改良した小銃で、使用弾薬は西側標準規格の7.62×51mmNATO弾に改められている。弾数は10発、原形となったリー・エンフィールド譲りのコッキングの素早さは健在である。
ミミックは防御力が高いという特徴を考慮し、装填したのは7.62mm弾の強装弾。パヴェル監修の下、安全に運用できる範囲でギリギリまで装薬を増量、威力の強化を図っている。
カーチャも同じものを装備した。今回は交戦距離が比較的近い事を想定しスコープは無し、アイアンサイトで狙いを定める従来の方式となっている。
ピックアップトラックから降り、荷台の箱から武器を取り出したクラリスも合流。彼女の手には機関部上部にマガジンがぶっ刺さった古風な機関銃が握られているが、あれもイギリス製だ。
イギリスが第二次世界大戦で運用した軽機関銃”ブレンガン”、その使用弾薬を7.62×51mmNATO弾に改めた『L4A4』だ。第二次世界大戦に続き冷戦でも運用されている。
サイドアームは3人ともグロックではなく、イギリス製のウェブリー=フォスベリー・オートマチックリボルバー。使用弾薬は.455ウェブリー弾、弾数6発。汚れには弱いが威力とお手軽な連射、命中精度を両立した拳銃だ。きっと助けになってくれる。
それから手榴弾を各員3つ、同じくC4爆弾を3つずつ。
血の臭いが濃くなっていくのを感じながら、建物の中に入った。
ボイラー室なのだろうか。大きな窯が部屋の中に佇んでおり、随分と近代的な風景が広がっている。ボイラーには圧力計や温度計、水面計などが取り付けられているがいずれも機能を停止しており、0か、あるいは変な数値を指し示した状態でぴたりと止まっている。
明らかに、いかにもダンジョンの中でっせと言った感じの宝箱があるような場所には思えないのだが……思えないのだが……。
「「「……」」」
機能を停止し、実質的に廃炉となったボイラーの前。
そこにポツンと、置いてあるのだ―――宝箱が。
「えぇ……?」
いや、いやいやいや。
いやいやいやいやいや。
なにこれ、なにこれ?
困惑しながら視線をクラリスとカーチャの方に向けるが、2人も困惑しているようだった。
普通、こういう宝箱は何というか……もうちょっとこう、いかにもダンジョンっぽいところに置いておくのが普通ではないのだろうか。なのにこんなボイラー室のど真ん中に、何の考えもなく置いておくなんて……こんなのに引っかかる奴っているのか。
とりあえず、「わぁ☆お宝だぁ☆」的なノリで開けるバカはいないと思う。ウチではモニカとリーファ辺りが怪しい(それでもリーファは鋭い方なのでそう簡単に引っかからないだろう。問題はモニカである)。
なんだろ、今モニカのくしゃみが聴こえた気がしたがツッコんだら負けだと思うのでスルーしておく。
「……どーするよ、コレ」
「どーするもなにも、するんでしょ? 討伐」
「そりゃあそうだけどさ……」
撃つか、と銃を構えた。カーチャも同じくイシャポール2A1を構え、クラリスはL4A4のコッキングレバーを引いて初弾を装填し始める。
目配せし、引き金を引いた。
ズドン、と重苦しい銃声が2つ、ボイラー室の中に響き渡る。薬室に装填された7.62mm強装弾が目を覚ますや、薬莢を脱ぎ捨て銃身内で急加速、燃焼ガスの圧力を十二分に受けながら銃口を飛び出し、空気を引き裂きながら疾駆した。
ズボッ、と目の前の宝箱に2つの穴が開く。これが単なる宝箱であれば反応は無し、改めて中身を漁るのも良いが、しかしこんなボイラー室にRPGの世界から出てきたような宝箱が置いてあるなど不自然にも程がある。
ミミックってのは厄介だが、知能はそれほどでもないのだろうか。相手に呆れていると、宝箱に穿たれた風穴からじわりと血が滲み出た。
変化が起こったのはそれからだった。
『ギュゲァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!』
苦しそうな咆哮と共に、宝箱がガタガタと揺れ始める。蓋が勢いよく開き中身が露になるが、その中に詰まっているのは金銀財宝でも何でもなく、無数の触手と不規則に映えた不揃いな、しかしナイフのように鋭利な牙が何本も生えた怪物の口だった。
粘液に塗れた触手が飛び出し、グネグネと暴れ狂う。一気に血と生臭い悪臭が周囲に立ち込めたかと思いきや、今度は口の中から異様に長い”手”が4つ伸びた。
人間の腕に似ているが、しかし表皮は粘液に塗れていて青白く、生気は感じられない。爪は異常なほどに伸び、さながら妖怪の腕を思わせる。
ぺた、と床についた手を使い、正体を現したミミックは俺たちの方へと突進してきた。先制攻撃を受け怒り狂っているのか、それとも擬態が通用しなかった以上は実力行使に出る他ないと判断したのかは分からない。
ホラー映画やモンスターパニック映画に登場するクリーチャーさながらに、ぺたぺたと湿った音を響かせながら迫ってくるミミック。確かにその勢いとおぞましい姿には背筋が凍りそうになったが、しかし……それがどうしたというのか。
―――こっちには機関銃があるのだ。
「―――クラリス、参りますッ!!」
キッ、と標的を睨むや、クラリスの構えていたL4A4が火を噴いた。
イギリスの傑作機関銃、ブレンガンの使用弾薬を西側標準規格の弾薬に適合させたそれが、猛然と7.62mm弾の弾幕をミミックへと射かけた。グネグネと揺れる触手が半ばほどから千切れ、宝箱に擬態した身体の外殻が削れ、2、3発まとめて被弾したミミックの腕が千切れ飛ぶ。
が、しかし。
「硬い……!」
被弾してもなお、ミミックは止まらない。
赤ワインみたいな鮮血を迸らせ、己の血に塗れようともミミックは止まらない。口の中にも弾丸が何発も飛び込み、ぬるりと長い舌が千切れ、牙がへし折れようともミミックは俺たちを喰らおうと突進してくる。
俺とカーチャもとにかく弾丸を撃った。引き金を引いてはボルトハンドルを捻ってから引いてコッキング、薬莢を排出し次の弾丸をすぐに放つ。
そろそろL4A4の弾丸が尽きる―――背筋に嫌な予感が過ったが、しかしその最悪の未来が訪れるよりも先に、どう、とミミックが崩れ落ちた。
『グゲ……ゲ……ゲ………』
さすがに7.62×51mmNATO弾を十重二十重に射かけられてはたまったものではなかったのだろう。まだ1本残った腕を振るわせながら床を這い、なおもこっちに向かって来ようとするミミック。打たれ強いという記述があったが、確かに恐ろしい生命力である……これでは腕利きの冒険者でも対処できず食われてしまうというものだ。
銃があってよかった、と安堵しながら、ホルスターからウェブリー=フォスベリー・オートマチックリボルバーを引き抜いた。安全装置を解除しフレームの上部を後方へと引いてコッキング、撃鉄を起こし虫の息となったミミックに銃口を向ける。
そのまま引き金を引いた。
1発、2発、3発。
被弾の度にミミックは体を震わせ、呻き声を発した。
4発、5発、6発。
ついには呻き声も、微かな痙攣すらも見られなくなった。あんなに蠢いていた触手もぴたりと動きを止め、完全に”死んだ”事を確認する。
これでまず1体……それは良いのだが、しかし1体のミミックに3人がかりであんな量の弾薬を費やす事になるとは思わなかった。7.62×51mmNATO弾があれば十分だと思っていたが、こりゃあ50口径が欲しくなる。
討伐規定数まであと4体……他にもいる可能性を考慮すると、コイツは大仕事になりそうだ。




