物理攻撃ガチ勢
人間に対しての最大の冒涜とは、一体なんだろうか。
相手の存在を、生まれた意味を否定する事―――それも確かにそうだ。今を生きる人間から、その生きる理由を奪う行為ほどの冒涜は他にはあるまい。
そしてそれは生者だけでなく、死者に対しても例外ではない。
ガラスの容器の中、薄黄緑色の培養液の中に浮かぶのが、まさにその象徴とも言えた。現実から目を背けたような表現をするならば、ピンク色のメロンパンのようにも見えるそれ。しかしそれは決して甘いパンなどではなく、ぷるぷるとした脳味噌そのものであり、紛れもなく人体の一部である。
いたるところに電極棒を突きさされ、ケーブルに繋がれて、しかし収まるべき人体はどこにもない剥き出しの状態の人間の脳味噌―――死者に対する尊厳の片鱗も感じられない冒涜的な仕打ちに、胸の奥に波紋が生じる。
どうやら、旧人類に倫理観というものは無かったらしい。あるいは現代でいう奴隷制度のように、何か重罪を犯し人権剥奪、あるいはそれに準ずる刑罰を言い渡された犯罪者のものなのだろうか。
リーファもさすがにあんな代物を目にするのは初めてらしく、ただ単に殺すとか、弾丸で相手の頭を叩き割るとか、そんなものとは次元もベクトルも違うおぞましい光景に顔を強張らせているところだった。
頷き、広間の中へと一歩を踏み出す。
床が俺たちの体重を感知したのだろう、床に足を突いた途端に広間に警報のようなものが響き渡り始めた。ノイズ交じりの、さながら壊れたラジオが発する音のようにも見える死にかけの警報ではあったが、しかしそれが侵入者の存在を守り手たちに伝えるには十分だったのだろう。
クソが、と悪態をついているうちに、広間の天井にあるダクトがぶち破られ―――そこから5体の黒騎士が、次々に降りてきたのである。
ドンッ、と床に着地するや、そのバイザーをゆっくりと開いた。騎士の兜を思わせる頭部、その顔を覆うバイザーの奥から眼球状の球体型センサーがせり出してきて、ギラリと紅く輝く。
さっきの黒騎士1体だけでも脅威だったのに、今度は5体もか……最深部まで到達した侵入者に対して容赦をするつもりはないらしい。向こうは本気モードってところか。
AKのセレクターレバーをフルオートに入れ、気付いた。
先ほど交戦し撃破した黒騎士―――アイツの武装はブレードと小型盾だった。至ってオーソドックスな、いかにも騎士、あるいは剣闘士といった感じの装備であったが、しかし彼らの武装はよく見ると異なっているのが分かる。
両手が鈎爪になっている個体や、大型のメイスを肩に担いでいる個体、右腕が巨大な杭を装填したクロスボウになっている個体もいれば、身の丈以上のドリルを装備している個体もいる。
奴らの腕は、戦闘目的に応じて換装可能なのだ。
さっき戦ったのは基本型、つまるところ”可もなく不可もない”モデルでしかなく、今ここに急行したのは装備の換装を受けた重装兵……そんなところか。
増援はカーチャと範三、狙撃を専門とするカーチャはともかく、血盟旅団最強クラスの戦力、その一角を担う範三が来てくれれば数的不利を覆せるか。
とは強がったものの、いけるだろうか。
いや……いけるかどうか、ではない。
”やる”のだ。そうじゃなきゃ、後は死ぬだけである。
やられる前に、先に仕掛けた。リーファに目配せし手榴弾を掴み取るや、それをアンダースローで連中の頭上に投擲する。
次の瞬間、パンッ、という銃声と共に手榴弾が軌道を変えた。俺が放り投げた手榴弾をリーファがAK-2000Pの射撃で弾き、軌道変更を強いたのだ。
文字通りの唐突な変化球は黒騎士たちも予想外で、あの光学迷彩を使うよりも先に手榴弾が頭上で炸裂、爆風と破片が黒騎士たちに牙を剥いた。
とはいえ相手も機械、疲れを知らなければ死も恐れず、痛みも感じない―――与えられた命令を淡々とこなす兵器に、人間相手に使うような牽制や威嚇は何ら意味を成さないのだ。ならば下手に様子見するよりも確実に潰しに行った方が効果的であろう。
事実、機械相手の戦闘ではここを間違えて命を落とす冒険者というのが結構多いらしい。例えば人間相手であれば脅したり、威嚇射撃や制圧射撃をかけることで怯ませたり、隙を作ったりする事ができるが、しかし機械にそれはない。威嚇射撃だろうと制圧射撃だろうと、相手を殺すという命令をこなす事しか考えないのだ。機械とはそういう相手であり、ヒトと機械の違いを正しく認識して戦術を立てない限りこっちはいくらでも意表を突かれてしまう。
爆風で舞い上がった埃が落ちるよりも先に、こっちから仕掛けた。今の手榴弾で多少は損傷してくれていると嬉しいのだが、しかしそう簡単にはいかないだろう。そんなヤワな兵器、旧人類が用意しているわけがない。
煙の中へ、5.56mm弾のフルオート射撃を見舞った。シュカカカカカッ、とAK-101のサプレッサーが減音した銃声を響かせ、煙の中で確かに何かに命中しているような音を発する。
これは当たっている―――このまま押し切ってしまえば、と一歩前に出た俺が空気の流れの変化を感じたのと、頭上から光学迷彩を起動し、鈎爪らしき得物を振りかぶりながら急襲してきた黒騎士を、リーファの正拳突きが豪快に殴り飛ばしたのは同時だった。
腰を入れ、肩を捻り、身体のバネを使った本気の一撃。ただの一発のパンチのために身体中のありとあらゆる部位を総動員したそれは、パンダの獣人として生まれたリーファのパワーとも相まって破滅的な破壊力へと昇華したらしい。
メキュ、とフレームが折れ曲がるような音が聞こえた気がした。
マスクのレンズ越しのリーファの目は、本気だった。さっきまで寝転がりながら笹喰ってたパンダが急に起き上がり、全てを喰い尽くし破壊の限りを尽くす大魔神と化したかのような、そんな感じだ。少なくとも書物連鎖の下位で果物もぐもぐしているハクビシンにはあまり縁のない話だが……というか縁があってたまるか。
今の一撃で光学迷彩にも異常が生じたらしく、首をありえない方向にへし折られた戦闘人形はそのまま床に激突しバウンド、スパークを発しながら小さな爆発を何度か起こして動かなくなった。
ドン、と後方で生じた爆炎を吹き飛ばすほどの勢いで、目の前の空間が微かに歪み空気が揺れる。何かが来る―――そこまでは分かったが、しかしその見えざる槍の穂先がミカエル君を刺し穿つ事はなかった。
それは相手にとっても、想定外の出来事だったのだろう。
ぐんっ、と槍の穂先がブレるや、そのまま丸い何かの輪郭を滑るかのように右へと受け流されていく。
先ほど姿を見せたのが仇になったな―――そんな金属製の得物を俺に見せるとは。
相手の得物が金属で、なおかつ電気を通す物質であれば、それは雷属性魔術師にとっては最高のカモなのだ。
電磁防壁で槍を受け流された黒騎士が、すぐさま左手を伸ばしてくるのが分かった。何の得物を持っているのかは分からないが、とにかくこの距離で槍を振り回すのは得策じゃないと判断したのだろうが……。
いずれにせよ、もう遅い。
《―――》
「ぶっ飛べ」
ジャカッ、と突きつけられる銃口。
AKの保持をスリングに任せ、代わりに引き抜いたのは先ほど用意したばかりのソードオフ・ショットガン―――チアッパ・トリプルスレット。3つの銃身を持つそれを切り詰め小型化した、攻撃的という言葉を具現化させたような得物である。
銃口を突きつけ、引き金を引いた。
バガンッと割れるような銃声が響き、頭に被弾した黒騎士が身体を大きく揺らす。
続けて二度目―――12ゲージの散弾を至近距離で叩き込まれ、ジジジ、とテレビに走るノイズのように光学迷彩が解除される。被弾の影響なのか頭部のバイザーも割れ、ぎょろりとした紅い眼球型センサー兼レーザー砲発射機が露になった。
それを爛々と輝かせ、最後の足搔きとばかりにレーザーの発射態勢に入る黒騎士。が、しかし発射前に充填しなければならないような得物に縋った時点で、もう勝敗は決まったようなものだった。
ガッ、と突きつけられるトリプルスレットの銃口。一瞬、その独眼に宿る光が命乞いをするように揺れたような気がした。
錯覚だろう―――危害が命乞いなど。
引き金を引いた。
ドパンッ、と散弾が弾ける。
弾丸を安定させる長銃身も、そして散弾の拡散率を調整するチョークもこのソードオフ・ショットガンにはない。暴れ馬のような反動と、弁え無しに拡散していく散弾の組み合わせは凶悪の一言に尽き、そんなものをまともな防護装備もない頭部センサーに至近距離から叩き込まれて、相手が無事で済む道理もなかった。
ヘビー級ボクサーの右ストレートがクリーンヒットしたかのごとく、黒騎士が頭を揺らしながら後方へと吹っ飛んでいく。充填されるだけ充填され、しかし発射される事無く行き場を失ったレーザーの光がミラーボールさながらに天井へと照射され、壁面や天井に紅い溶断の痕がくっきりと描かれた。
《いいぞ、ミカ!》
無線機越しに、パヴェルが興奮気味に言った。
《やはりお前だけだ、お前こそが……!》
これで2体―――先ほどの黒騎士には苦戦させられたが、しかし種と仕掛けが分かればこっちのものだ。
一度種を明かした手品は、もう手品とは呼べないのである。
瞬く間に2機も撃破され、残った3機が警戒するように散開する。せめて1機がやられている間に残る1機が相手の隙を突くという、穴を埋めるかのような連携だ。
ドシュ、と右腕に大型クロスボウを搭載した黒騎士から杭のような矢が放たれる。螺旋状に溝を掘られた鉄杭は、複雑な空気の流れを生みながら飛来してくるが、しかし俺には通用しない。電磁防壁の不可視の傘に阻まれ、ミカエル君を撃ち抜く筈だったそれは頭上へと逸れてしまう。
ぐっ、と左手を握る。
それに呼応するかのように、今しがた受け流されたばかりの鉄杭が―――ぴたり、と空中で静止した。
あれも金属製―――電撃と磁力を武器とする俺に、そんなもので挑むとは。
空中で静止した鉄杭が、ゆっくりと180度回転する。
螺旋状の溝が掘られた切っ先が、俺ではなく先ほど自らを放った主の方へと向けられた。
それを目の当たりにし、俺が何をするつもりか把握したのだろう。大型クロスボウを右腕に装備した黒騎士が光学迷彩を起動、逃げるようにその場から跳躍する。
見失った―――だが。
「……」
微かな空気の揺れ、足音、そして床に降り積もった埃に刻まれる微かな足跡。
それらの限られた情報と、姿を消す直前に黒騎士が跳躍した方向から大方の位置を予測。相手の移動速度も考慮して未来位置を予測すると同時に、掲げていた左手をサッと振り下ろした。
磁界の力に乗せられ、鉄杭が急加速する。ごう、とスパイラル状の空気流を作りながら高速で射出されたそれは、左手で次の鉄杭を装填し狙撃しようとしていた黒騎士の顔面を正確に撃ち抜いた。
《―――》
「―――ざぁこ」
バイザー諸共頭部の弱点を串刺しにされ、お粥みたいな液体(電解液なのだろう)を血の代わりに垂れ流しながら、その黒騎士は崩れ落ちていった。
あと2体。
「ほぁたぁ!!」
ゴギン、とすっげえ音がした。
振り向くと、振り上げたリーファの右足が綺麗に黒騎士の顎を直撃、思い切り蹴り上げられた黒騎士の首から上がその衝撃に耐えかね、装甲とフレームを破断させて吹っ飛んでいくところだった。
サッカーボールさながらに蹴り上げられた黒騎士の首。これで4機目だが、しかしリーファの反撃はそれだけでは終わらない。
蹴り上げた黒騎士の生首を追うように跳躍するや、なんと空中でその黒騎士の生首を最後の1体目掛けて蹴り飛ばしたのである。
ヒュゴォッ、と空気を引き裂く豪快な音が響いた。見間違いでなければ、蹴られた黒騎士の首があまりにもの凄まじいパワーに断熱圧縮を引き起こし微かに赤熱化していたように見えたんだが、見間違いだと心の底から願いたい。何で瞬間的に熱の壁を超えるんだよおかしいだろ化け物かあのパンダ。
とりあえずカジュアルに熱の壁を超えるのやめてもろて。
ともあれ、そんな極音速の一撃を黒騎士が躱せるはずもない。
隕石さながらの勢いで突っ込んできたその一撃は、光学迷彩を使い逃げようとしていた黒騎士の左半身をごっそりともぎ取った。胸板に、まるでそういう金型を使いくり抜いたような大穴が開き、残った部位も衝撃波で削り取られていく。
バイザーが削げ、露出した眼球状のセンサーもすっかり割れてしまい、最後の黒騎士も動かなくなった。
「ふぅ~……ちょっト楽しかったヨ♪」
「……ぴえっ」
怖いよウチのパンダ。
まあいい……うん、いいだろ。
とりあえず、セキュリティは退けたしあの脳味噌を調べよう。




