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虎穴に入らずんば虎子を得ず


「はぇー、アンタまーたこんなヤバそうな奴倒しちゃって」


「さすがですわご主人様!」


 駐屯地内の通路まで強引に突っ込んできた(おい馬鹿やめろ通路崩れる)Ⅰ号戦車から降りてきたモニカが撃破した戦闘人形オートマタを見下ろしながらそう言い、クラリスはと言うとまるで自分の事のように誇らしげに胸を張る。


 称賛されるのは嬉しい事ではあるが……しかし。


「……でも、入り口でこれだぞ」


 そう、地上でまだコレなのだ。


 パヴェルの話では、信号は地下から発信されているという……地下にはより厳重に守られた区画があるであろう事を考慮すると、まだ序の口だというのにはしゃぐ気にもなれない。


 短くそう言うと、クラリスとモニカも険しい表情になった。


「まあ、確かにそうよね……」


「ところでそっちの成果は?」


「ええ、こちらも大漁ですわ」


 ご覧になられますか、と輸送用カーゴまで案内してくれるクラリス。彼女の後に続き中を覗き込んでみると、確かに廃品回収スカベンジング用に持ってきた輸送カーゴの中はもうパンパンだった。


 機関銃に予備パーツ、保管されていた弾薬に後装式の単発銃が1ダース。中には銃剣付きのものもあり、状態が良い個体はストックに埋め込まれたプレートのシリアルナンバーがはっきりと読み取れるほどだ。こういうのはその手のコレクターに高値で売れるし、そうじゃなくても騎士団が装備の足しにしたり技術研究のために高値で買い取ってくれる。買い手が誰にしろ、冒険者にとっては美味しい(、、、、)代物なのだ。


 とはいえ一番高値がつくのは電気部品。基盤でも配線でも何でもいい、電気関係のスクラップはとにかく高値で売れる。だからダンジョンでは常に冒険者は電気部品を狙い撃ちにし、冒険者同士での争奪戦が繰り広げられるのも珍しい事ではない。


 まあ、今回はあくまでも廃品回収スカベンジングに来た目的は資材の確保なので、無理に単価の高いスクラップを狙う必要はない。旅の最中に応急修理や兵器の改修に使えそうなものを選んで持ち替えればいい。


 そのカーゴの中に、新たに例の独眼の戦闘人形オートマタが加わる。どさり、とクラリスがカーゴに黒騎士をぶち込むが、バイザーの中に収まっていたセンサー(制御ユニットか何かだろうか?)を割られた彼はもう動く事はなかった。


「ところでコレ、似てないか」


「奇遇ですわね、ご主人様」


 以前、リビコフ貯蔵庫で交戦した一つ目の戦闘人形オートマタ―――”サイクロプス”と呼称する事となった前文明の自立型兵器にそっくりなのだ。


 おそらくはアレの発展型か何かなのだろう。素人目にも同一の技術的なルーツを持つ事が窺い知れる。


 小説家や漫画家の作風が過去に影響を受けた創作のそれに似てくるように、どんな最新の技術でも、必ずその参考になった過去の技術に似てくるものだ。ミリオタ的にはARライフルやAKシリーズ、古い時代であればマキシム機関銃などが特に分かりやすく、どれもその起源となった兵器によく似ている。


 それは軍事兵器に留まらず、ありとあらゆる技術にも見て取れる要素だ。無から生まれた完全最新鋭の技術など稀有なものである。


 この戦闘人形オートマタには、あの時戦ったサイクロプスと同系列の技術体系が見て取れる。


 という事は、コイツはテンプル騎士団が密かに放った刺客でも何でもなく、旧人類が駐屯地の警護のために保有していた”番人ガーディアン”である可能性が高い、という事だ。


 そしてそれは、どことなくではあるがテンプル騎士団の保有するあの黒騎士に―――テンプル騎士団製の戦闘人形オートマタに似ている。


 おそらくは連中はコイツを参考にしてあの黒騎士を作ったのだろう。まあ、まだ解析も済んでいないので結論を出すには早すぎるが、可能性としては十分あり得る話だ。前文明から未知の技術を奪えるだけ奪い解析したテンプル騎士団が、それを自軍の戦力として軍事転用した可能性は否定できない。


 人類誰しも、新技術を得ればそれを軍事利用できないかと一度は考えるものだ。有史以来、人類が背負った深い業である。


 これだけの業、重ねてきたのは誰だ?


「とりあえず、俺とリーファは奥に進むよ」


 Ⅰ号戦車の車体後方に備え付けられた補給物資用のコンテナを開け、中から取り出した5.56mm弾をドラムマガジンに継ぎ足しながらクラリスに言う。彼女は不安そうな顔をしたが、しかしこれもパヴェルからの頼みだ。


 それに、中国にも古くから『虎穴に入らずんば虎子を得ず』という諺がある。結局のところ、ローリスクローリターンに甘んじていてはダメで、勝利を望むのであれば高いリスクを冒さなければならない、という事だ。


 個人的に、先人の言葉は重んじるべきだと思う。


 所詮は昔の人の言葉だとか、今は時代が違うとか、そうやって過去を軽んじるから『人は過ちを繰り返す』のである。


 リーファに5.56mm弾の弾薬を渡して一緒に補充しつつ、メニュー画面を開いて新たな装備をスタンバイする。


 重装備にさらに装備分の重量と弾薬の重量が加算されて悲惨な事になりそうだが、あの独眼の黒騎士の同型、あるいはより重装備のタイプが待ち受けているであろう事を考慮すると妥当な判断ではないかと思う。


 新たに召喚したのは、3つの銃身を束ねたショットガンだった。


 『チアッパ・トリプルスレット』―――単純かつ堅牢、それでいて目に見えて分かりやすく圧倒的破壊力を秘めた、水平二連式ならぬ三銃身式の中折れ型ショットガンである。


 従来の水平二連式ショットガンにもう1本銃身を追加したようなもので、単純ではあるがシンプルな中折れ式ショットガンに1発弾数が増えるというのは大きい。


 様々な口径にも対応している汎用性の高さも魅力だが、今回はオーソドックスな12ゲージを選択した。


 それに加え、本来はスポーツ用または狩猟用の銃ではあるが、室内での使用を想定し銃身及びストックの切り詰めを施した。いわゆる”ソードオフ・ショットガン”というやつである。


 こうすることで取り回しが向上し携行しやすくなるのだが、同時に銃身が短くなって精度も劣悪になり、更に銃口にある”チョーク”と呼ばれる散弾の拡散を調節するパーツまで排除されてしまうので散弾がより広範囲にぶちまけられるようになり、”狙って撃つ銃”というよりは”至近距離でぶちかます必殺の銃”という性格の武器に様変わりしている。


 突っ込んでくるであろうあの黒騎士を黙らせるには、これ以上ないほど的確であろう。


 予備の散弾をいくつかホルダーに収め、バンドを右の太腿に巻いて固定する。再装填リロードの際にもたつきそうな配置だが、既に腰回りや胸周りはこれでもかというほど取り付けたライフル用マガジンのポーチやサイドアームで占領されているので仕方がないと言えばそうだ。


 古風なピストルのような外見になったそれを腰の後ろのホルダーに収め、リーファの作業終了を待って先へと進む事にする。


「ご主人様、お気を付けて」


「ありがとう、行ってくる」


 クラリスこそ気を付けて―――そう言い残し、リーファと共に先へと進んだ。


 先ほど黒騎士の餌食となった冒険者の死体の傍らに跪き、そっと目を瞑って彼の死を悼む。名前も知らない赤の他人ではあるが、しかし人の死には想いを寄せるのがせめてもの手向けになる筈だ。


 安らかに眠ってください―――そう祈り、彼のポーチに残っている回復アイテムを拝借した。


 死者には申し訳ないが、俺たちにはこれが必要だ。


 既に地下で何度か使ったようで、ポーチの中には市販のエリクサーの瓶が2つ残されているのみだった。中には風邪薬のような白い錠剤が半分ほど入っている。


 たっぷり残っている方をリーファに渡し、俺は中途半端に残っている方を使う事にした。


「ダンチョさん、こっちたくさん。そっち少ないヨ。交換するか?」


「いや、いいよ」


 さらりと言い、ポーチから発煙筒を取り出した。


 安全ピンを引き抜き、地下へと続く階段の吹き抜けのところから下へと放り投げてやる。ピンク色の光を発しながら落ちていったオレンジ色の筒が、カツーン、とコンクリートの床に当たって地下の空間で光を放ち続けた。


「俺、どっちかというと中距離戦専門だし。接近戦が専門のリーファの方が使う機会は多いだろうから」


「ダンチョさん……」


「……それに、俺……ほら、団長だし。組織の長がそんな事できないでしょ」


 戦場に一番乗りする栄誉は俺のものだ。


 そして、戦場から一番最後に去るのもまた俺でなければならない。


 それはパヴェルの理念で、現役の時の彼もそうだったという。その甲斐あってか彼の指揮する分隊から負傷者こそ出たものの、戦死者は1人も出なかったのだとか。


 だから俺は、それに倣おうと思う。


 もちろん、パヴェルほど立派には出来ないだろうけど……いつかは、その足元には辿り着く事ができると信じて。


 AKを構え、ハンドガード右側面に装着したシュアファイアM600を点灯させた。左手でハンドガードを左側面から保持、指をハンドストップに引っ掛けながら手前側に銃を引き、ストックをしっかりと右肩に押し付ける。


 いわゆる”Cクランプグリップ”と呼ばれる構え方だ。ミカエル君が多用するスタイルでもある。


 足元にトラップはないか、不自然なワイヤーが設置されていないか―――罠の類を警戒しながら降りること3分ほど、ようやく発煙筒が光を放つ地下へと降りてくる。


 地下には色々と部屋があった。中には崩落して中に入れそうにない部屋もあるが、一番手前にある部屋は何とか中を確認できそうだ。


 地上と比較するとやはり薄暗く、視界はお世辞にも良いとは言えない地下空間。けれどもハクビシンは夜行性の動物なので、暗所で視界を奪われるという事はほぼないのだ。これとパルクールを得意とする身体能力については、ハクビシンの獣人として生まれた事に感謝したい。


 おかげでこの程度の暗闇であれば、本格的な暗視装備が不要になるくらいの良好な視界が俺にはある。


《……ミカ、お前コレ見えてるのか?》


 無線機から聴こえてきたのは困惑するパヴェルの声だった。


「ああ、バッチリ見える」


《マジか、俺全然見えねえぞ》


「そりゃあ俺ハクビシンの獣人だもん」


《ちぇっ。羨ましいなぁ夜行性は》


 とはいえ、さすがに見落としがあったら怖いので要所要所でシュアファイアのお世話になるわけではありますが。


 手前側の部屋はどうやら熱源室のようだった。ノヴォシアはご存じの通り極寒の雪国で、冬になると各地との往来が雪で完全に遮断されてしまう。そんな地獄のような寒さを乗り切るために暖房設備も充実しており、ここに連なる大型ボイラーたちの群れもそうした設備の1つだ。


 ノヴォシアの施設、あるいは裕福な貴族の屋敷の地下にはこういったボイラーが所狭しと並ぶ『熱源室』という部屋が必ずと言っていいほど用意され、ここで石炭の火力でお湯を沸かして蒸気を作り、施設各所に供給しているのだ。だからボイラーが稼働している限りは暖かく、防寒着を着込んだままだとじんわりと汗をかくほどである。


 キリウの屋敷にもあったなぁ、と昔を思い出す。こっそり部屋を抜け出して熱源室を覗きに行った事があったが、真冬だというのにそこは灼熱地獄だった。安全作業の観点から薄着で作業する事も出来ないボイラー担当者たちが、真冬だというのに汗だくになりながらスコップで安物の石炭をボイラーにぶち込んでいたのは今でも鮮明に覚えている。


 もちろん、駐屯地内のボイラーはどれも稼働を停止していた。圧力計の針もゼロを指し示していて、残圧もすっかりと抜けているようだ。


 まあ、そりゃあ150年も前に稼働を停止しているのだ……この様子だと燃料は石炭か重油なのだろう。


 部屋の中には何かが燃えた形跡があった。ズメイ(ズミー)のブレスがこんなところまで到達したのかと思ったが、おそらくは石炭の自然発火による火事でもあったのだろう。石炭は管理を誤ると火災の原因になるので、今後取り扱う予定のある方は本当に注意してください火災マジで怖いので。


 ここには特に何もない―――スコップくらいだ、持って帰れそうなのは。


 いや、もちろんここにある稼働停止中のボイラーも立派な資材足り得るし売却すればいい値段になるとは思うのだが、如何せん大物が過ぎる。こんなの解体して持って帰るとなったら重機を持ってくるか、要所要所を溶断して少しずつ解体していくか……いずれにせよクッソ時間がかかるので推奨できないねこれは。


 ここはいいか、とリーファにハンドサインを送り、辛うじて燃え残った握り拳くらいの石炭を回収していたリーファ(お前それ何に使うんだよ)と一緒に奥へと進んだ。


 崩落し通路を塞いでいる瓦礫を飛び越え、散らばっている金属片やら配管の切れ端やらを回収して先へと進んでいく。


《……信号が強くなっている》


「判別はできるか」


《やってるが、該当データなしだ。前文明の信号か?》


 少なくとも、テンプル騎士団のものではないのだろう。


 崩落したコンクリートの瓦礫を飛び越え、リーファに手を貸して上に引き上げた先には、今までの通路とは打って変わって広大な空間が広がっていた。


 巨大な円筒状の空間、とも表現するべきだろうか。照明がないにも関わらず部屋の中が明るく感じられるのは、壁面が発する様々な色の光のせいだろう。何を意味するのか分からないランプやメーターが表示され、壁面に埋め込まれたオシロスコープのような画面は何やら意味ありげな波形を表示し続けている。


 さながらオールドフューチャー映画に登場する、悪の天才科学者のコンピュータールームを思わせるような……大昔の人が想像した、レコードや街頭テレビが登場するような世界に迷い込んでしまったような、そんな錯覚を覚える。


 部屋の中央には大樹の如く、巨大な何かが屹立していた。ケーブルだ。耐熱ゴムの被覆で覆われた大蛇のようなケーブルが複雑に絡み合い、途中で金属製ボックスの分岐点で細いケーブルに枝分かれしながら天井へと伸びている。


 機械の大樹、とでも言うべきだろうか。


 その機械の大樹の幹には、異様なものが埋め込まれていた。


「あれって……」


「……!」


 機械の大樹、その根元にある空間。


 金属製の小さなテーブルの上に、無数のケーブルとプラグを介して繋がれた楕円形のガラス瓶が置かれている。中には半透明の薄黄緑色の培養液を思わせる液体が充填されているが、目を奪われたのはその液体の中に沈んでいる物体だ。


 ―――脳だ。


 人間の脳味噌が、電極棒に繋がれた状態で培養液の中に佇んでいるのだ。


「まさか、まさかあれが……」


「信号の……発信源……?」







 なんだ。







 あれは、なんだ。







 

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― 新着の感想 ―
[一言] アサルトロンドミネーターそっくりなガーディアン、そしてロボブレインめいた巨大コンピューター…確かに盛大に「過ちを繰り返した」痕跡がしっかりございますね。これは。
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