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独眼ノ戦士


 



【На территории подконтрольного объекта подтверждено присутствие неопознанного злоумышленника(管理施設内に未確認の侵入者を確認)】




【Проверка данных...Соответствие не подтверждено(データ照合……一致は確認できず)】




【Признать цель в качестве приоритетной цели устранения(対象を優先排除目標と断定)】




【Исправлен выход генератора в соответствии с боевым стандартом(ジェネレータ出力を戦闘規格で固定)】




【Свободное использование всего оружия, разрешение на применение(全兵装使用自由、交戦許可)】




【Избавьтесь от злоумышленника, сделайте это изо всех сил(侵入者を排除せよ、全力を以て排除せよ)】














【Подтверждение цели. Начало стирания(ターゲット確認。排除開始)】





















 今まで、ヤバい奴は何人も見てきた。


 素手で銀行の金庫の扉をぶち抜く馬鹿力メイドにアッパーカットで人間を吹っ飛ばし、天井に首から上をめり込ませる拳法使いパンダ。元特殊部隊指揮官、家事に研究開発、諜報から戦闘まで何でもござれの副業同人作家に、伝説の龍に刀一本で挑んで勝利した剣術バカ。


 まあ、全員身内なんだが。


 とにかくこれに匹敵するヤバい奴はいるとは思うが、これを上回る奴なんてそうそう現れる事はないだろう―――ハイレベルな仲間たちのおかげで慣れてしまったのだろう。その常軌を逸した力が当たり前だと、いつの間にか自分の中の基準を引き上げてしまっていたのだろう。


 高を括っていた―――自分の認識の誤りを痛感させられるが、しかし。







 ―――消えるってなんだよ?







 フッ、と唐突に姿を消した黒騎士に、俺は驚愕する一方で後ろへ飛び退いていた。


 頭で考えるよりも先に身体が動いた……とでも言うのだろうか。今までの経験や記憶、自らの知識から行動すべき事を脳が算出するよりも先に、身体が勝手に動いたのだ。このまま立っていたらヤバい、下手をしなくても命にかかわる。最悪死ぬ、だから逃げろ……身体が走り出しの鈍い脳に苛立ち、その支配権を上書き(オーバーライド)したかのような現象。


 長々と述べたが、きっとこれが”本能的”というやつなのだろう。


 人間としての本能に加え、食物連鎖の中では割と下位に位置するハクビシン、その遺伝子を持つ獣人としての第六感。臆病であるが故に周囲の敵意や危険な状態に鋭敏なそれが、今ばかりは有利に働いた。


 ヒュ、とすぐ目の前を何かが薙いだ。


 今までに何千、何万、何億回も刀剣を振り回した剣術の達人が、紙一重で剣の切っ先を外したような、そんな感じの音だった。それが相手のブレードを薙ぎ払う音で、後ろに飛び退くのがあと一瞬遅ければ飛んでいたのはミカエル君の生首であったのだと、本能で理解する。


「ダンチョさん!」


「気を付けろ、コイツ速いぞ!」


 イリヤーの時計に命じ時間を停止、更に後ろに飛び退きながら、与えられた僅か1秒というインターバルの中で冷静に周囲を観察する。


 が、しかし。


 ―――敵の姿が、やはり見えない。


 どこにいるのか全く分からないのだ。あるのは旧人類の騎士団、その駐屯地の崩壊した通路ばかりで、どこにも例の黒騎士の姿はない。


 ただ分かったのは、あの姿が見えないのは決して超スピードが過ぎて目で追えないとか、そういう代物ではないという事だ。もし仮にあれが極限まで追求したスピードの到達点であったのだとしたら、この時間停止の最中にその姿が克明に見える筈である。


 しかし、それがない。前後左右、360度どこを見てもあの独眼の黒騎士の姿はなく、ただ俺とリーファ、それから頭を潰され転がる死体以外には崩壊した通路が広がるばかりである。


 時間停止の効果時間が終わった直後、ギュアッ、と床に火花が走った。高速で移動する物体が掠めたようで、それは下から上へと振り上げるかのような軌道でまたしてもミカエル君のすぐ目の前を通過。天井からだらりとぶら下がっていた照明を真っ二つに叩き斬ってしまう。


「ぅぃっ!?」


 二度目の、紙一重にまで迫った死の気配。


 その驚きと恐怖に、思わず変な声が漏れた。


 もし仮に死があるのだとしたら、それは自らの死どころか痛みすら知覚する暇もない、あまりにも呆気の無い幕引きになるのだろう―――だが、そんなのはこりごりだ。俺は生きるのだ。老人になるまで生きて、命を次の世代に繋げて、椅子の上で揺られながら天寿を全うしたい。それ以外の死は到底認めないし受け入れない。


 相手が死を強いるのならば、それこそ力を振るう時であろう。


 それこそが武力の正しい使い方である。


 理性がそんな哲学的な結論を述べる一方で、相手のトリックにも見当がついた……とはいっても何の根拠もない推論でしかなく、それを根拠に戦うにしてはあまりにもふわっふわでゆるゆるな、実態が内に近いものなのであるが。


 しかし今は藁をも掴みたい。ならば賭けてみてもいいだろう―――雲のようにふわっふわな仮説に。


《ミカ、視覚にばかりに頼るな》


 耳に装着したヘッドセットからパヴェルの声が聴こえてきた。


 いつもの飄々とした声ではない。今までに何度も、それこそ俺なんかとは比べ物にならない程の回数の修羅場を、限りなく死に近いどす黒い地獄を潜り抜けてきた、百戦錬磨の兵士としての貫禄を感じさせる声だった。


 ああ、そうだ。俺たちにはこの人がついている―――そう思うだけで、焦りが不思議と消えていくのが分かった。


《五感を研ぎ澄ませ。今は嗅覚は役に立たないが、空気の微かな振動や音でもヒントになる》


「……OK、ありがとパヴェル」


 ふう、と息を吐く。


 視野が狭くなっていた。


 相手の脅威を見せつけられると、人間とはとにかく視野が狭くなる。何も考えられなくなる。これ以上ないほど行動の選択肢が狭められ、柔軟な思考が失われる。


 なるほど、心理的に追いつめられるととにかく有益な事はないな。常に余裕を持っていたいものだ……立派な屋敷の窓際から、ワイングラス片手に平民を見下す貴族くらいの余裕は常に欲しい。事実、今の脳内に居る二頭身ミカエル君ズもみんなそうしている。スーツ姿でワイングラスを揺らし、苦戦する本体の戦いぶりを見下して愉悦を……何お前ら???


 ともまあ、おかげで視野は再び広くなった。


 微かな空気の揺れ―――何かが来る、と察し後ろへ飛び退いた。若干右へと角度をつけて後退したのが幸いしたようで、俺のすぐ左隣を何かが弾丸のような速度で突き抜けていくのが分かった。


 ごう、と突き抜ける空気に引っ張られそうになりながらも、今の読みが正しかったことを痛感する。


 一度目、二度目とも右手のブレードを薙ぎ払う、あるいは振り下ろす攻撃だった。相手が戦闘用の機械だというのならば、一度ならず二度までも同じ方法で回避された攻撃は繰り出すまい。より効率的に、俺を仕留めにかかる筈だ。


 攻撃手段があのブレードのみと仮定した場合、再三に渡り後退して斬撃を回避しようとする俺を仕留めるのに適した攻撃はただひとつ―――深く踏み込んでの刺突である。


 今しがた突き抜けていったのはそれだ。三度目の正直を狙ったのだがお生憎様、『二度あることは三度ある』という言葉も覚えておくべきだったな。


 至近距離でAK-101を構え、腰だめで撃ちまくった。


 相手の姿が見えず、しかしすぐ目の前に攻撃を空振りしたばかりの相手がいるというのであれば狙いをつける必要もない。とにかく、どこにでもいい。攻撃を叩き込んで機能停止に追い込めばいいのだ。


 シュカカカカッ、とサプレッサーで大人しくなったAK-101が慎ましい咆哮を発し、目の前で火花が散る。5.56mm弾が何かに命中し跳弾、あるいは打撃を与えている音だ。加熱された金属の悪臭がフィルター越しに漂ってきて、前面に展開した電磁防壁の輪郭に沿って跳弾した5.56mm弾や金属片が受け流されていく。


 ガショ、と軽快で金属的な足音が目の前で聞こえ、続く足音が遠ざかっていった。


 予想外の反撃に、一旦距離を取るべきという論理的思考に至ったのだろう。


 さて、ここで俺の仮説を一つ。


 アイツの姿が見えないのは先ほども述べた通り超スピードなんかではない。


 おそらくだが―――あれは光学迷彩的な装備を搭載しており、それで光を屈折させたり、あるいは周囲の空間に溶け込むような擬態を行っているのだ。


 タコの中にはそういう擬態を行う種も存在すると図鑑で読んだ事があるが、まさにそんな感じなのだろう(もし超スピードならば時間停止中にその姿が止まって見える筈である)。


 今の俺と黒騎士の攻防を見て、リーファも同じ結論に至ったらしい。


 こっちに目配せするや、おもむろに足元の少し大きめのコンクリート片を掴み取った。それで何をするのかと思った次の瞬間、ぽん、と手放したそれに本気の正拳突き。バキュ、とコンクリート片がガラスさながらに砕け、鋭角的な破片の散弾が前方へと扇状に広がる。


 これがもし、闘技場のようにいくらでも逃げ場のある開放的な空間であったならば詰んでいただろう。相手がどこにいるかも判別できず、一方的な攻撃を受け続け、疲弊の果てに嬲り殺しにされていた筈だ。


 だが、ここで俺たちの幸運の女神は味方をしてくれた。


 ここは通路の中。前後にしか道はなく、その進路は極めて限られている。


 つまるところ逃げ場がないのだ。俺たちにも、そして相手にも。


 相手がいる場所が限られているならば、前周囲への広範囲攻撃で炙り出してやればよい。単純ではあるが効果的な一手を、リーファはやってのけた。


 ガガガッ、と何かが当たる音。


 その時俺たちは確かに見た―――何もない空間、ちょうど俺たちの向きから11時方向の場所でコンクリート片が跳ね返り、それらが当たったと思われる場所で微かに波紋のようなものが浮かんだのを。


「そこか!!」


 引き金を引き、ドラムマガジンの中身が空になるまで弾丸を叩き込んだ。ガガガガガッ、と5.56mm弾が立て続けに見えない”何か”に命中し、何も無い空間で金属音を響かせ、波紋を立てる。


 ガギッ、と何かが噛み込む音。


 くそ、こんな時にか―――エジェクション・ポートに薬莢が噛み込んでいるのを見て舌打ちするが、しかし今は排莢不良となった空薬莢を強制排除している余裕はない。


 AKの保持をスリングに預け、腰のホルスターから引き抜いたグロック17Lを構えた。ピストルカービン化したそれの引き金を何度も引き、とにかく目の前の空間に弾丸を叩き込む。


 ここぞとばかりにリーファもAK-2000Pのフルオート射撃で弾丸を叩き込むが、しかし唐突に何もない空間に浮かんだ波紋が消えた。


 移動した―――そう理解したのと、頭上に何かの配管がある事に気付いたのは同時だった。


 咄嗟に銃口を上に上げ、引き金を引く。パパパンッ、と軽快に後退するスライド。装填された9×19mmパラベラム弾、その装薬ガンパウダーを増量した強装弾が、崩壊した通路の天井に今もなお残る水管を正確に撃ち抜く。


 かなり圧力がかかった状態だったらしく、穴の開いた配管からはスプリンクラーさながらに冷水のシャワーが噴き出した。


 瞬く間に雨模様と化す通路の中。服もマスクもびしょ濡れになっていく中、降り注ぐ水滴の中にぼんやりと、幽霊のような輪郭が露になる。


 いくら姿を消せても、雨のように水が降り注ぐ中では光学迷彩も意味があるまい。


 足元に溜まった水でバチャバチャと音を立てながら、独眼の黒騎士はなおも襲い掛かってきた。左手の小型盾バックラーで急所を守りながら、槍を携えた騎兵の如く右手のロングブレードを突き出してくる。


 そんな攻撃で、とグロックで応戦したその時だった。


 何か異常が生じたのか、黒騎士が唐突に光学迷彩を解除したのだ。傷だらけの真っ黒な装甲と、それ以上に傷のついた黒い小型盾バックラーが露になる。


 損傷のせい……だけでは、ない。


 ガギュ、と音を立てて開く頭部のバイザー。そこからせり出してきた紅い眼球状のセンサーの表面には、何やら紅い光をチャージするような光が集まりつつあった。


 これはヤバいのでは、と咄嗟に射撃を中断、リーファの身体を横合いから思い切り突き飛ばした直後だった。


 センサーの前に形成されていた紅いエネルギーボールが膨張したかと思いきや一気に収縮し、一瞬ばかりの静寂が訪れる。


 しかし静けさの後には嵐が待ち受けているのが道理であり、次の瞬間には収縮に耐えかねたエネルギー体が噴出、さながら高圧水流のように迸り、通路を突き抜けていったのである。


 今のは……レーザーカッターか何かか?


 命中した壁は一瞬で融解していた。コンクリートが瞬く間にマグマのようになり、朱色の雫が散弾の如く周囲に飛び散る。無数の火種をプラズマ化した空気が煽り、周囲は一気に灼熱に包まれた。


 いったいどんな原理で撃ち出したものかは分からないが……少なくとも、Ⅰ号戦車では耐えられまい。下手をしなくとも一撃で貫通されてしまう。


 未知の兵器とコンクリート壁すら一瞬で溶断するその威力に驚きながらも、しかし相手が大きな隙を晒したのを俺は見逃さなかった。


 ハイリスクな攻撃だったようで、今の一撃を放った黒騎士の装甲が展開、頭部のバイザーも開きっぱなしで、装甲の隙間から排熱が始まる。降り注ぐ水滴があっという間に蒸気と化し、マスクのレンズが急激に曇っていくが……相手がどこに居るのかは、まだ覚えている。


 相手の大方の形状と身長、それからあのセンサーらしき部位がある場所へと、俺は弾切れになるまでひたすらグロックを撃ち込んだ。ガンガンとコンペンセイター付きの銃口が吼え、スライドが後退する度に硝煙と熱を纏った空薬莢が回転しながら零れ落ちていく。


 死ね、死ね、コレで倒れろ。


 相手の死を願いながらの射撃が天に通じたのかは定かではないが、しかしマガジンエクステンションで43発まで増量した弾丸をグロックが食い潰す頃には、ガシャン、と蒸気の向こうで何かが倒れる音が聴こえてきた。


 はぁ、はぁ、と息を切らしながらマガジンを交換。使い切ったマガジンはダンプポーチに収め、フラッシュマグに刺さっていたマガジンをグリップ底部へと押し込む。


 ゆっくりと警戒しながら先へと進むと、確かにそこに黒騎士が倒れていた。


 バイザーの中に収納されていた眼球型のセンサーは9×19mmパラベラム弾のおもてなしを受けたようで、粉々に砕け散っている。内部からはどろりとした電解液のようなものが鮮血さながらに溢れていて、断面もよく見ると人間の身体の組織を模倣したものである事が分かる。


 生物的な構造で、しかし構成部品は無機物。


 機械に生物のしなやかさを持たせよう、というコンセプトで開発された兵器なのだろうか。確かにあの動きは人間のようだったが……。


《……撃破したようだな》


「……ああ」


《よくやった、モニカたちに回収させる。お前たちは先に進んでくれ》


「了解」


 危なかったな、とリーファに言いながら、得体の知れない兵器とこの駐屯地の警備戦力に畏怖を覚えた。


 まだ地上―――ここは地獄の一丁目に過ぎないのだ。





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