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街を散策しよう


「ほい、これ」


「……スマホ?」


 街の散策に出る前にパヴェルが渡してきたのは、スマホを思わせる端末だった。前世の世界でお世話になったスマホと比較するとサイズは一回り大きく、しかし厚さはそれほど変わらない。小さめのポケットからははみ出してしまいそうなサイズのそれを受け取り、試しに画面をタッチ。すると初期設定の画面が姿を現す。


 同じものをクラリスとモニカも受け取り、恐る恐る画面をタッチする2人。初期設定のやり方の説明を受け、今の時刻も合わせて設定を完了する。


「俺が自作した通信端末だ」


「自作した」


「さすがにスマホみたいに便利じゃあないが、通話くらいならできるぞ。後は支援のリクエストとか、作戦に役立ちそうなアプリも入ってる」


「へえ」


 あれか、軍で使われてる作戦用のスマホみたいなものか。


「気が向いたらアプデしたりするからよろしく。あ、あと改善点とか見つけたらどんどん言ってくれ。修正してくから」


「おう」


 コートのポケットに通信端末を仕舞おうとすると、着信音が爆音で響き渡った。


『デェェェェェェェェェェェェン!!!』


 いきなり轟いた着信音にびっくりして、ミカエル君のケモミミと尻尾がピンと伸びる。何だコレと心の中でツッコみつつ画面を見ると、白い画面には黒い文字で”クラリス”と表示されている。


 隣を見ると、ちょっとワクワクした感じの笑みを浮かべるクラリスが。いやいや、普通に喋れよ。手を伸ばさなくても届く距離に居るんだから喋ろうよ。


 とりあえず、無視するのも可哀想なので電話に出る事に。


「も、もしもし?」


『もしもしご主人様? ああ、キュートな声がばっちり聞こえますわ!』


 そりゃあ隣にいるからねえ……。


「え、嘘。本当に聞こえるの!? ちょっ、次あたし!!」


「はい」


「馬鹿、まだ音量の調節してな―――」


『デェェェェェェェェェェェェン!!!』


 ぱ、パヴェルよ、何でこのかなり東側陣営を感じる着信音にしたのだ……? うっかり革命ペレストロイカおこしちゃったらどうすんだ。


『もしもし、ミカ?』


「聞こえるよー」


『あっ、ホントだ! すごいわコレ!』


 そういや、無線機を使った事があるクラリスはともかく、モニカはアレか。こういった通信機器は公衆電話くらいしか知らないのか。それならば仕方がない……スマホっぽい感じの通信端末に生まれて初めて触れる異世界人、なかなかに微笑ましい光景である。


 そう考えてみると、携帯電話ってかなり画期的な発明だよな。ポケットから取り出してすぐ通話できるし、インターネットやらゲームもできる。音楽も聞けるし電子書籍も読める。あとえっちな画像も見れる。ここ重要。


「街を散策するなら必須だろ。ザリンツィクは広いからなぁ……ああ、夕飯とか昼飯は列車チェルノボーグで食うか、外食するかの連絡は各自で寄越してくれ。連絡先に俺のも入ってる筈だ」


「ああ、分かった」


「それじゃあ気を付けて」


 そう言い残し、パヴェルはコートを羽織って工具箱を手に、機関車の方へと歩いていった。今からブレーキの修理(また壊れたらしい)と足回りの点検、復水器の点検を行うらしい。


 まあ、あのサイズの機関車だ。いつの時代もでっかい機械はよく壊れるもの、こまめなメンテナンスは必須である。


 受け取った通信端末を弄りながらキャッキャする女子を2人引き連れ、ホームへと降りた。レンタルホームの番号は17番、これさえ覚えていれば戻って来れる。


 階段を上って通路を進んでいると、窓の向こうにザリンツィク駅を通過していく特急の姿が見えた。AA-20みたいなでっかい機関車だ。これからキリウ方面に向かうみたいで、多くの客車を連結しているのが分かる。


 こうして列車の往来ができるのは10月いっぱいまで。11月に入れば積雪が本格化し、12月になれば身動きも取れなくなる。じゃあ今のうちに行けるところまで行けばいいじゃないかと思うかもしれないが、ザリンツィクから先は峻険な”ガルミヤ山脈”を越えていかねばならず、停車できる駅の数もそれほど多くは無いし、駅と駅の距離も離れている。


 ここで無理をして先へと進み、小さな駅や道中で冬を越す羽目になったら最悪だ。何度も言ったとおり、積雪が本格化すると全ての往来が停止するので、冬が訪れる前に買い込んだ食料や燃料で過酷な冬を乗り切らなければならない。


 だからパヴェルも、この街で冬を越す判断を下したのだろう。ザリンツィクはキリウほどじゃあないが大きな街、食料や燃料であれば比較的簡単に手に入る。


 レギーナは元気にやっているだろうか、と遠くの故郷へ帰った母の身を案じつつ、改札口を通過した。冒険者のバッジを見せるだけで、改札口の通過は出来る。レンタルホームを借りている冒険者ノマドの特権だ。


 改札口を通過して駅を出ると、やはり視界に入ったのは無数の煙突だった。


 100m以上の高さを持つぶっとい煙突がいくつも屹立し、空へと向けて勢いよく煙を噴き上げている。いかにも工業都市と呼ぶに相応しい風景で、思わず息を呑んでしまう。


「本当に大きいな」


「ご主人様、最初はどちらへ向かいましょう?」


「そうだな……最初は管理局に行こう。モニカの加入申請を出しとかないと」


 冒険者ギルドに新しい仲間が加入した場合、管理局へなるべく早めに届け出なければならない。ギルドランクの再評価もあるためだ。ギルドランクは所属する冒険者のランクの平均値で決まり、ギルドランクと同ランクまでの依頼であれば、仲間の同伴という条件付きで、低ランクの冒険者でも依頼を引き受ける事が可能になる。


 ちなみに後から聞いたのだが、モニカの冒険者ランクはCなのだそうだ。血盟旅団のギルドランクはD(パヴェルがSランク、俺とクラリスがEランクだ)なので、彼女の加盟申請が受理されれば血盟旅団のギルドランクはDからCへ昇格する事となる。


 いいじゃんいいじゃん、と思いながら雪道を歩く。今のザリンツィクの気温は-2℃、頬にひんやりとした風が当たるが、もふもふのコートとウシャンカを身に着けているおかげであまり寒さは感じない。今のミカエル君はもふもふミカエル君である。


 歩道を進んで冒険者管理局へと入る。ちょっと厚着が過ぎたかな、と思ってしまうほど、建物の中は暖房が効いていた。テーブルには仕事帰りと思われる冒険者たちの姿が見えるが、思ったよりもその数はまばらだった。てっきり、空席を見つけるのが難しいくらいの冒険者が居るものと思ったのだが。


 冬だからかな、と思いながらカウンターへ向かい、受付嬢を呼んだ。すると口元をマスクで覆った受付嬢がやってきて、笑顔で対応してくれる。


「はい、本日はどのようなご用件で?」


「新しい仲間がギルドに入ったので、その申請に」


「かしこまりました。ではこちらの用紙に記入をお願いします」


「わかりました。モニカ」


「はいはーい」


 記入用紙を受け取り、彼女に渡す。


「……風邪ですか?」


 マスクを付けている受付嬢に問いかけると、彼女は首を横に振り、苦笑いしながら返答した。


「実は最近、この街で疫病が……」


「疫病?」


「そうなんです。お客さん、外から来た人でしょう? なら知らなくて当然だと思うんですが……感染すると高熱が出て、皮膚がどんどん赤く変色していくんです。だからみんなそれを”赤化病”って呼んでるんですよ」


「赤化病……」


 そういえば、と思い、席についている冒険者たちの方を見た。よく見ると彼らも口元をハーフタイプのマスクで覆ったり、布製のマスクで覆っている。


 もしかして、冒険者の数が少ないのはこの疫病のせいなのか? みんな感染するのが嫌で、この街を離れたとか?


「感染源とか分かります?」


「それが分からないんですよ。貴族の方々は工場から出た廃液が原因だ、って言ってるんですけどね……」


「公害ですか……」


「ええ、でも違う可能性もあるからまだ分からないんですけど。帝国議会も”調査は行う”って言ってるんですが、なかなか動いてくれなくて」


 ……なんかきな臭いな。


 まあいい、何か分かったらその時に動こう。


「はい、書いたわよ!」


「はい、ではこちらに……はい、結構です。では手数料として200ライブルいただきます」


 財布を開け、100ライブル硬貨を2枚差し出す。受け取った受付嬢はそれをレジの中に仕舞うと、「赤化病にお気をつけて」と言って送り出してくれた。


 赤化病、ねえ……。


「一旦列車に戻ろうか。マスクあるし」


「その方が良さそうですわね」


 ここで冬を越す事になるとは……ちょっとタイミングが悪かったな。街を散策するのも良いが、疫病を貰って仲間に感染させてしまうのもアレだしなぁ、と思いながら管理局の建物を出た。


 さて、列車のホームに戻ろうか……そう思ったその時、どんっ、と誰かとぶつかってしまう。


「いてっ」


「あっ、ごめんなさい……」


 ぶつかってきたのは真っ黒な頭髪にくりくりとした目つきの獣人だった。狸……じゃないな。何だこれ、ビントロングか?


 気を付けなよ、と声をかけ、走り去っていく彼を見送る。


 これだけで終われば良かったのだが―――手癖の悪いミカエル君、さっきの手口に何だか身に覚えがあったので、慌てて上着のポケットの中に手を突っ込んだ。


「……ない」


「え」


「財布……あァンのガキ!!」


 財布をスられた、間違いない。


 肉食獣もびっくりな瞬発力で地面を蹴り、さっきのビントロング君(仮)を追うミカエル君。クラリスとモニカが慌てて呼び止めるが、先に戻っててくれ、と大声で返事を返してから彼を追う。


 さてさて、随分とナメた真似してくれるじゃあないかビントロング君。同じジャコウネコ科の獣人として悲しい限りだ。


 向こうも俺がスリに気付いて追ってきている事を察知したらしい。雪の降り積もった道を走っていたビントロング君は唐突に左へと曲がり、クッソ狭い路地裏へと入った。


 負けじと俺も路地裏へ突入。乱雑に積み上げられた樽やゴミ箱を華麗に飛び越え、ビントロング君との距離を詰めていく。


「!」


 唐突に、逃げていたビントロング君が壁を蹴った。左側の壁を蹴った反動で右側の壁に爪を立て、そのまま窓枠に指をかけて屋根の上へとよじ登っていく。


 なるほど、向こうもパルクールはそれなりに得意だと……。


 考えてみりゃあ納得のいく話だ。ハクビシンがそうであるように、ビントロングも木登りを得意とする動物。獣人としてその特性が反映されているとするのであれば、身体能力が高いのも頷ける。


 それに―――。


「逃げ慣れてるな」


 とにかく相手の視界から外れようとする逃げ方のビントロング君を見て、随分と”慣れている”ものだと確信する。きっとああやって財布を盗み、追手を撒いてきたのだろう。見た感じ年齢は15歳未満、まだ中学生くらいの歳なのに随分と肝が据わってるものだ。


 壁を思い切り蹴り、窓枠に指を引っかけて屋根の上へ。さすがにここまで追ってくるとは思っていなかったのか、走るペースを落としていたビントロング君がぎょっとした顔でこっちを見ているのが見え、ミカエル君はこれ以上ないほど真っ黒な笑みを返す。


「にゃあああああああ財布返せにゃあああああああああ!!」


「ぎにゃああああああああ!?」


 ハクビシンVSビントロング、ジャコウネコ科同士の財布を賭けたバトルが始まる。


 着地と同時に屋根を蹴り、姿勢を低くして飛びかかる。が、ビントロング君は驚異的な反射でそれを右へとジャンプして回避し、隣の建物へ飛び移ろうとする。


 渾身のタックルを回避された俺はと言うと、そのまま身体をくるりと一回転させて屋根を蹴り、ビントロング君よりも一回り高く跳躍。ジャンプ中の彼を上から押さえつける形でがっちりとキャッチし―――そのまま、2人仲良く路地裏へ。


「「にゃあああああああああああ!?」」


 空中で身体を捻り、上下を入れ替えた。俺が下になるように、だ。


 さすがに年下を下敷きにして着地するなんて、ちょっと鬼畜が過ぎる。


 幸いにも落ちた場所は開けっ放しになっているゴミ箱の中。これでもかというほどパンパンに詰め込まれたゴミ袋が良い感じのクッションとなってくれたようで、ボフッ、という音がしただけだった。痛みは無い。


 ビントロング君が逃げないように左手で胸倉を掴み、立たせてそのまま壁に押し付ける。


「さあて、財布を返してもらおうかァ?」


「な、なんのことだよ」


「とぼけんな、さっき盗んだろ」


「ししし、し、知らないよっ」


「ほほーん、そうかそうか……それじゃあ”身体検査”といくかァ、ん?」


 容赦なく右手を彼の上着のポケットへ。するとやっぱりビンゴだったようで、中からは随分と見覚えのある財布が。


「これ、なんだ?」


「あ、あれえ……?」


「これはちょっとアレだなぁ、憲兵さんに突き出さないとなあ」


 憲兵、というワードが出た瞬間、ビントロング君の目つきが変わった。これで開放してもらえると思っていたのか、それとも憲兵に突き出されるとは思っていなかったのか。


「お兄ちゃん!」


 唐突に響いた幼い女の子の声。


 ビントロング君を押さえる手をそのままに振り向いてみると、そこには薄汚れた服に身を包んだ少女が立っていた。背は俺よりもさらに小さく、140㎝半ばといったところか。頭髪は灰色で、頭からはジャコウネコ科っぽいケモミミが伸びている。


 多分、パームシベットの獣人なのだろう。ハクビシンやビントロングの仲間で、同じジャコウネコ科に属する動物である。


「ノンナ、何でここに……」


「お願い、止めて! お兄ちゃんを離して!!」


「……」


 さーて、どうしてやろうか……。


 これもアレだろ、どうせ「俺にはこんな小さい妹が居るんです仕方なかったんです許してください」的なアレなんだろ、情に訴えかけるようなアレなんだろ?


 許せん、憲兵に突き出してやる。













 皿の上にある料理が凄まじい勢いで減っていくのを眺めながら、ミルクと砂糖多めのコーヒーを口へと運んだ。


 よっぽどお腹が空いていたのだろう―――向かいの席に座る獣人の兄妹は、先ほどまでお皿の上に山のように乗っていたピャンセを口の中に放り込むというよりは詰め込み、ボルシチへ手を付けている。


 まあ……お腹空いてたなら仕方ないよね。


 ボルシチまで平らげたビントロング君は、どこか申し訳なさそうな声音で言った。


「ごめんなさい……財布盗んだうえにご飯までご馳走になっちゃって……」


「いいんだって。それより、これからはもうスリなんてするなよ」


「はい……」


「お前、名前は? 俺はミカエル」


「え、男?」


 コイツ……あれか、俺の事たった今まで女だと思ってたのか。そうかそうか。


「俺は”ルカ”。こっちは妹の”ノンナ”……妹って言っても、血は繋がってないけど」


「ミカエルさん、ごちそうさまでした」


 ぺこり、と頭を下げるノンナに微笑みかけ、コーヒーカップの中身を飲み干した。


「俺たち、スラムで暮らしてたんだ。お金もないし、ご飯も買えないから……それでつい」


「そうか……ルカ、お前歳は?」


「14。ノンナはまだ11」


 11歳……。


 キリウに居た頃を思い出した。キリウのスラムにも、この2人のような少年や少女が暮らしていた。盗みだろうと何だろうと、生きていくためにはそれしか手がない―――そうして追い詰められた彼らには、大概理不尽な結末が待ち受けている。


「とにかくルカ、スリはやめろよ? 俺だったからコレで済んでるが……冒険者や貴族だったらお前、殺されてても文句言えないぞ」


「わ、わかったよ……でも、これからどうしたら……?」


「日雇いの仕事とかないのか? 工場のゴミ捨てとか、清掃業務とか」


「うー……わかんないよ」


 ルカたちは世界を知らない。


 きっと、生まれた時から、スラムがこの2人にとっての世界の全てだったのかもしれない。


「まあいい、俺たちもしばらくはこの街にいる。もしいい仕事を見つけたら紹介するよ」


「本当か!?」


「ああ。それと、食う飯に困ったら駅の17番ホームに停まってる列車に来るといい。俺の名前を出せばきっとみんな察してくれるだろうし、俺の方からも話を通しておくから」


「ごめんなさい、ほんとうにありがとう……!」


 礼に笑みを返しながら、思った。


 やっぱり俺、残酷にはなりきれないや、と。


 こういう弱い立場で苦しんでいる人を見ると、どうしても見捨てられない。


 お人好しが過ぎるってのは分かるんだけどな……。





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