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戦車とAKとスカベンジャー


 列車のハッチが開いた。


 ゆっくりと解放されてくるハッチの向こうには、いつもの私服に防護マスクとキャニスターを身に着けたパヴェルがいて、クラリスが担いでいた発電機を見るなり興味深そうにまじまじと見つめてくる。


 機械いじりをよくやる人間としては、やはり旧人類の技術には興味があるのだろう。実際これには俺も興味がある。


 クラリスの肩の上で、ガタガタと微かに振動しながらもなお稼働する非常用発電機を見ながらそう思った。何せ、おそらくはズメイ(ズミー)の襲撃から約150年間もの間、整備も無しにずっと稼働していたのだ。燃料はいったい何を使っているのか気になるところではあるし、一体どんな技術が1.5世紀間ものメンテナンスフリーを実現しているのか、その正体を探ってみたいという探求心は確かにある。


 そう思う一方で、この発電機の持ち主たちに対しては申し訳ない気持ちもあった。


 この発電機は、主人たちの死後もずっと発電を続け、地下室に備え付けられた排水ポンプを動かし続けていた。その動力源と排水ポンプを持ってきてしまった今となっては、あの地下室もやがて地中から染み出てくる地下水に浸水する事になるだろう。


 墓荒らしのようで大変申し訳ない気持ちで一杯である。せめてこれを活用する事があの家族への手向けになればいいのだが……。


 格納庫のハッチを閉じるなり、パヴェルはマスクを外した。俺たちもそれにならってマスクを外し、機械油の香りが充満した格納庫内の空気を吸い込む。


「こりゃあすげえ、ホントに動いてる」


 子供のようにはしゃぎながら、早速発電機を検めるパヴェル。事前に電話で大雑把に情報は伝えてあったのだが、やはり本当に給油口も燃料計もない事が気になっていたのだろう。パヴェルはそれを確認すると満足そうにニコニコしながら息を吐いた。


「よくやった、コイツは売れば金になるし解析して俺たちの技術にもできる」


「相場はいくらくらい?」


「解析してみない事には分からんが、場合によっては言い値で売れるぞ」


 言い値、か。


 じゃあ値段を吊り上げに吊り上げれば、それこそ札束のバスタブどころか札束のプールで泳ぐこともできるってわけだ。夢が広がる話ではないか。


 まあ、それも無事に廃品回収スカベンジングから戻れればの話ではある……。


 ノンナが格納庫に用意しておいてくれた弾薬箱から弾薬を取り出し、マガジンに5.56mm弾を補充していく。それを済ませてからは今度はダンプポーチ内の使用済みキャニスターを箱に収め、新品のキャニスターを拾い上げてはポーチに収めていった。


 これで3.5時間分。とりあえずこれだけあればいいだろう。


「で、そっちは何か収穫は?」


「ああ、それがな……奇妙な信号を拾ったんだ」


「奇妙な信号?」


「ああ」


 ポケットからスマホを取り出し、地図アプリを取り出すパヴェル。一体どこから拾ってきたのか、壊滅前の旧ツォルオフ市の地図が画面いっぱいに表示される。


 それを開いたまま画面の脇にあるファイル画面をタップ、壊滅前の旧ツォルコフ市の地図に壊滅後のツォルコフ市の地図を重ねていく。


「信号の発生源はここだ」


「ここって……騎士団の旧駐屯地か」


 画面には『Новосианский 7-й гарнизон Имперских Рыцарей(ノヴォシア帝国騎士団第七駐屯地)』という記載がある。かつてはツォルコフ市を守るために駐留していた騎士団の拠点だ。ズメイ(ズミー)襲撃の際も出動したのだろうが、歴史の記録に騎士団についての記載がない事から、彼らがどうなったのかは不明である……願わくば騎士団の犠牲が無意味ではなかった事を祈るばかりではあるが。


 しかし、150年も昔に壊滅した駐屯地の廃墟から……信号だって?


「とはいえ弱々しいものだったから詳細な位置までは絞り込めなかった」


「ふむ……でもまあ、軍事拠点の跡地なら調べてみる価値はありそうだ」


 特に、この恒久汚染地域から資材があまり持ち去られていなかった現状を鑑みるに、もしかしたら駐屯地内部には旧人類の先進的な軍事兵器の類が手つかずの状態で残っている可能性は極めて高い。


 旧人類の技術水準は、現代の獣人たちのそれを遥かに上回っている。というより、獣人たちは旧人類の技術を発掘、複製しそれに頼るばかりであるから、その技術体系は継ぎ接ぎされたような歪なものなのだ。


 テンプル騎士団のホムンクルス兵―――シェリルと名乗ったあの女兵士が、俺たち獣人を『文明の間借り人』と蔑んだ理由も分かるというものである。獣人は技術のサルベージに甘んじ、自ら生み出す事をしない。


 ……と断言するとフリスチェンコ博士に怒られそうだからやめておこう。中にはあのメスガキ博士の如く先進技術を生み出そうと試行錯誤するド変態も居るのだ。


「ミカ、調査を頼めるか」


「言われなくても」


「2人だと負担が大きいだろうから、モニカとリーファも連れて行ってくれ」


 あの2人か……血盟旅団の誇るお金大好き女×2、なかなかカオスな事になりそうである。


 というか現時点でギルドメンバーでまともな人がカーチャとルカ&ノンナしかいないってコレなかなかアレでは?


 まあいい、4人いればこっちの負担も減るし、より効率的な調査ができるというものだ。


 ……できればいいけど。





















 クレーンアームから解放されたⅠ号戦車が、履帯を回転させながら荒野を進んでいく。


 血盟旅団が保有するⅠ号戦車はいくつか存在するバリエーションの中でも最速を誇る”C型”だ。新規設計の車体の上に、機関銃と対戦車ライフルを搭載した砲塔を乗せた代物である。


 とはいえ車体から武装に至るまでパヴェルの手が入っており、足回りとエンジンは強化され整地で100㎞/h、不整地でも75㎞/hという爆速戦車と化し、武装もあくまで自衛のためと割り切り74式車載機関銃を2基、それから最近では逃走時に相手の視界を遮るための発煙弾発射機も追加装備されており、とりあえず装備はそれなりに充実している。


 車体後部に輸送カーゴを牽引したⅠ号戦車(血盟旅団仕様)が、だいたい60㎞/hくらいの速度で荒野を行く。乗り捨てられた車の隣を横切り、路上で魔物か何かの肉を食い散らかしていたゾンビを豪快に踏み潰しながら、かつては騎士団の駐屯地があった場所へとぐんぐん進んでいった。


「いやー、楽しみネ」


 砲塔後部に追加された取っ手に転落防止用のフックを固定した状態でタンクデサントしていたリーファが、マスクの中でニコニコしながら言った。


「凄い兵器、拾ったらお金なるヨ。皆大金持ちネ」


「それに俺たちの技術力も間違いなくアップする。リスクを冒す価値はあるって事さ」


「”虎穴に入らずんば虎子を得ず”、ジョンファでも昔から言うヨ」


「まさにそれだなぁ。俺、そういう昔の故事を引用するスタイル結構好きよ」


 ポロっと本音が出た。


 なんかほら、よくあるじゃん。中国の昔の故事だったり偉人の言葉を引用するアレ。ああいうの見てると知的と言うか、先人の教えをしっかり守ってる感じがしてなんかこう良いじゃん。ああいうの好きなのよね俺。いつかやってみたい。


 何て感じで口にした何気ない言葉に、リーファはちょっとびっくりしたような様子だった。


 少ししてからちょっと照れくさそうに視線を逸らすリーファ。顔が紅かったように見えたけど、きっと気のせいとか見間違いではないだろう。俺はそこまで鈍感じゃあない。


 このついポロっと本音が出てしまう癖、何とかしないと。


《こちらパヴェル、聞こえるか》


「聞こえるよ、どうした」


《信号の発生源に順調に近付いているようだな。さて、駐屯地の件だが……ミカが拾ってきたこの発電機からも分かるように、駐屯地内部のセキュリティはまだ稼働状態にある可能性が高い》


『ちょっと待ってよ』


 Ⅰ号戦車の砲塔内で機関銃手をやってるモニカが驚いたように言った。


『まだ稼働状態って……150年前のセキュリティでしょ?』


《ああそうだ。だがこの発電機、ざっと見たところ民生品のようだ。民間用グレードで1.5世紀も整備無しで稼働状態だった……これの軍用グレードならあり得ない話ではないだろう》


 息を飲む。


 確かにそうだ。多くのダンジョンにおいて、旧人類のセキュリティシステムは未だに稼働状態にある。中には獣人を旧人類の後継者と見做して迎え入れてくれる場所もあれば、旧人類とのデータの不一致を根拠として外敵と判断、積極的に排除しようと攻撃してくる代物もある。


 いずれにせよ、セキュリティも経年劣化で稼働を停止しお宝手に入れ放題……なんて異世界転生モノのようなご都合主義展開は期待できない、という事だ。


 気を付けろよ、という警告を最後に、パヴェルからの通信は終わった。


 まあいいさ……そのために銃を持ってきたんだ。


 旧市街地から離れるための道路には、車両が殺到した形跡があった。案の定それは渋滞となって多くの市民の退路を塞き止めてしまったようで、塗装は剥げ落ち、錆び付いていくばかりの車の残骸が街の出口へと延々と続いている。


 車体前方に取り付けられた障害物排除用の衝角ラムが、乗り捨てられたクーペの横っ腹を豪快に突き上げた。ごしゃあっ、と殴り飛ばされたようにクーペが吹っ飛び、大通りの向こうを闊歩していたゾンビの一団を押し潰す。


 撃つわよ、とモニカの声が聴こえてきた。砲塔の後ろから身を乗り出してみると、進路上にゾンビの一団がいる。何か惹きつける餌でもあったのか、それともただ単にここに集まっていただけか……彼らの目的が何であれ、次の瞬間にはドイツ製機関銃に代わって搭載された74式車載機関銃が火を噴き、7.62×51mmNATO弾の弾雨が枯れ葉てたゾンビの肉体を吹き飛ばしていた。


 代謝が停まり、血液は枯れ果て、水分がすっかり失われてもなお動くゾンビの身体が銃弾で弾け飛ぶさまは、トマトというよりは乾いた泥の塊のようだった。爆竹で吹っ飛ばされるかのように、乾いた肉片が飛び散る。稀に赤い雫が逸れに混じったけれど、それらは彼等と比較してまだ”新しい(フレッシュな)”個体だったのだろう。


 焼けた石畳の上に崩れ落ちる死体や肉片を履帯で踏み潰して進んでいくⅠ号戦車。これ後で履帯洗うルカが泣きそうだ。俺も洗浄作業手伝おう……。


 ゾンビたちの中には、乗り捨てられた車の運転席に座りハンドルを握ったり、廃墟の中にある本棚(恐らく書店か何かだったのだろう)を眺めるふりをしている個体が見受けられる。


 以前に図鑑で読んだ事だが、ゾンビの中にはおよそ1割くらいの割合で、生前の行動を模倣する個体がいるとされている。脳が壊死し、代謝が停まり、既に魂はその肉体に存在しないにもかかわらず、生前の行動を繰り返そうとするのだそうだ。


 魂ではなく、身体が覚えているとでもいうのだろうか。


 あの人は本が好きだったのかな、とか、ドライブが趣味だったのかな……と想いを馳せてしまうが、そんな事に思考を働かせる度につくづく自分は”兵士”に向かない人種なのだな、と意識させられる。


 こうしてAKを持ってはいるものの、あくまでも身を守る道具としての携行である。俺たちは軍人ではなく冒険者なのだ。祖国のために命を懸ける軍人のような覚悟は、少なくとも俺には無い。


《そろそろだ》


 パヴェルの声が聞こえた。


 Ⅰ号戦車が進路を変更し、溶解したまま放置されていたフェンスを衝角ラムでぶち破った。おそらく駐屯地の正門なのだろう。警備兵らしき軍服姿の白骨死体が、銃剣付きのマスケットを背負ったまま壁にもたれかかるようにして佇んでいる。


 その壁には、剥がれかけではあるが『Новосианский 7-й гарнизон Имперских Рыцарей(ノヴォシア第七駐屯地)』という記載があった。


 間違いない、ここだ。


 旧人類の軍事施設―――未だ手つかずの、前文明の軍事兵器が眠る場所。


《ゾンビがいるな。敷地内を片付けろ》


「了解」


 降車する、と無線で操縦手のクラリスと機関銃手のモニカに告げ、転落防止のフックを取っ手から外した。戦車から飛び降りながらセレクターレバーを弾いてセミオートに入れ、戦闘態勢に入る。


 先に火を噴いたのはリーファの方だった。メインアームとして携行した中国製AK『AK-2000P』を構え、パンパンパン、と小気味の良い銃声を響かせながら、駐屯地の敷地内を徘徊するゾンビの頭を的確に撃ち抜いていく。


 ゾンビの肉体は壊死、あるいは腐敗しており非常に脆いのだが、しかし弱点を的確に狙わなければ仕留めるのは難しい。心臓、または頭を確実に潰さない限り、あの歩く死者たちは生者の血肉を求めて襲い掛かってくるのだ。


 負けじと俺も発砲した。リューポルド社製ドットサイト、LCOの後方にマウントした中距離用スコープ”D-EVO”を覗き込み、シュカッ、シュカッ、とサプレッサーで減音した銃声を響かせる。レティクルの向こうでは酔っ払いのように頭を揺らして歩いていたゾンビに5.56mm弾が着弾、乾燥してすっかり脆くなっていた頭が枯れ枝のように砕け、ミイラのようなゾンビが崩れ落ちていった。


 砲塔を旋回させ、Ⅰ号戦車も機銃掃射を開始。5.56mm弾よりも高威力な7.62mm弾のシャワーが降り注ぎ、射線の向こうでゾンビたちが次々に”砕けて”いった。


 中には俺たちの存在に気付き、何とも言えない声を発しながら走ってくるゾンビもいたけれど、次の瞬間には5.56mm弾の頭を撃ち抜かれてそのまま倒れていく。


 スコープのレティクルの向こうは、瞬く間にミイラ化した死体の山となった。


「……クリア」


「クリア!」


 よし、これで駐屯地の敷地内の安全は確保した。


 あとは駐屯地の内部を捜索、前文明の遺産を回収しつつ信号の発生源を調査するだけだ……。




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