突入、死の大地
『ターシャリウェポン』、という概念がある。
基本的にアサルトライフルやショットガンなどの『プライマリウェポン』と、それが弾切れした時用のバックアップとして持っていくハンドガン、あるいはマシンピストルなどの『セカンダリウェポン』、この2つが一般的に携行する装備である。
ではターシャリウェポンとは何なのかというと、セカンダリウェポンが弾切れ、あるいは戦闘中に紛失してしまった場合に備えたバックアップだ。つまるところ”最後の砦”とも呼べる武器であり、小型のリボルバーやハンドガンなどが選ばれるが、極端な話ナイフなどもこれに分類される事もあるのだとか。
今回、そのターシャリウェポンを持つことにした。
汚染地域では何が起こるか分からない。騎士団も汚染地域を封鎖・監視し必要とあらば内部の定期的な調査を行っているが、それでも人の手の及ばない汚染地域は未知の領域だ。特に今回のような恒久汚染地域ともなれば、吹き荒れる腐敗の瘴気が生態系にどんな影響を及ぼしているのかさえも不明で、何が潜んでいるのかも分からない。
何が起こっても良いよう、自衛のための選択肢は多く持っていくに越した事はない―――備えあれば憂いなし、とはよく言ったものだ。
パンッ、と軽い銃声が響き、人型の的に9×19mmパラベラム弾が命中する音を響かせる。
続けて発砲、シリンダーに収まった7発の9×19mmパラベラム弾を使い切ってからシリンダーを左側へとスイングアウト、ムーンクリップで連なった7発分の薬莢を排出する。
ポーチから予備の9×19mmパラベラム弾を取り出し、ムーンクリップごと装填。シリンダーを戻し再び発砲していく。
ターシャリウェポンとして選択したのは、アメリカの『S&W M986』だ。
リボルバーといえば大口径のマグナム弾を使用する強力な拳銃、というイメージがあるが、コイツは拳銃弾として一般的な9×19mm弾を使用する。弾数はリボルバーの中では少し多めの7発、銃身は2.5インチのコンパクトタイプを採用した。
シルバーだった塗装を艶の無い黒に塗装したミカエル君仕様である。
他にもグロックのコンパクトモデルなどの選択肢もあったが、敢えてリボルバーを選んだのにはちゃんとした理由がある。すなわち『構造上、どうあっても弾詰まりは発生しない』ためである。
そもそもターシャリウェポンとは最後の砦、メインアームもサイドアームも撃ち尽くし、あるいは戦闘中の混乱で喪失した際に頼る武器だ。つまりこれを使う時はそれほどまでに追い詰められているかガチの非常時であり、そんな時に万が一でも排莢不良などのトラブルに見舞われたらそれこそ終わりである。
信頼性の高い拳銃は数多く在れど、しかしトラブルの発生確率はゼロではない。もちろん排莢不良とは無縁なリボルバーでも他のトラブルに見舞われる事はあるので”リボルバーは絶対”と言うつもりもないのだが、しかしトラブルの発生率を限りなく避け確実な動作を期待するという意味では、間違った選択ではない筈だ。
M986の射撃を終え、安全装置をかけてホルスターに収めた。
とにかくコイツは最後の砦、出番がない方がいいのだ(とはいえこれは全ての武器に言える事ではあるのだが)。
他の武器も撃っておくか、と思ったが、しかしポケットの中で振動するスマホが訓練終了を告げた。スマホを引っ張り出してチェックしてみると画面にはクラリスからの着信があり、マナーモードに設定していたスマホがぶるぶると振動している。
「もしもし」
『ご主人様、そろそろ突入しますので警戒車まで』
「わかった」
もう本番か。
早いもんだと思いながらも武器庫へと向かう。中からAK-19……ではなく、AK-101を引っ張り出す。5.56mm弾に対応した輸出仕様AKだが、パーツはかなり弄られていてもはや別の銃に見えてしまうほどだ。
ハンドガードはM-LOKハンドガードとし、下部にはハンドストップを装着してある。ミカエル君はハンドガードを左手で横から握り込み、手前側に引き寄せながら撃つスタイル―――いわゆる『Cクランプ・グリップ』を多用するので、それに最適化した装備である。
レシーバーカバーは純正品からイスラエルのFABディフェンス製のレール付きレシーバーカバーに変更。これなら揺れもなく光学照準器の精度をフルに生かせるよ、というパヴェルからの入れ知恵もあり採用した。既にリューポルド社製ドットサイトのLCOとD-EVOを乗せてある。
ストックはマグプルのUBRストックに変更し、塗装は全て黒で統一してある。マガジンもプラスチック製で、ここまで弄るとソ連製アサルトライフルの面影はもはや残っていない。西側の新型ライフルと言い張ればワンチャン騙せそうなほどだ。
銃口にサプレッサーを装着し、マガジンに5.56mm弾を装填していく。30発入りのマガジンには長期の作戦行動を想定し、装填は25発くらいで止めておいた。フルで装填したまま放置していると弾丸を押し上げるスプリングが弱まってしまい、いざという時に給弾不良を起こす可能性があるからだ。
その代わりマガジンはチェストリグのポーチいっぱいに詰め込んだ。25発装填のマガジンを11個、それに加え100発入りのドラムマガジンを最初にライフルに装着しておく。
一番怖いのがゾンビや突然変異した魔物の群れの中で弾切れになる事だ……そうなったらターシャリウェポンが自決用の得物になってしまう。それだけは避けたいし、こんなところで死んでゾンビの仲間入りをするのは御免だ。
サイドアームはグロック17L、それにフラッシュマグとブレースを組み込んでピストルカービン化したものを選んだ。マガジンはマガジンエクステンションを組み込み43発入りにまで拡張したものを5つ。最初に装着したものとフラッシュマグに装着しているものも含めると7つ……かなりの大弾数である。
そして今回から装備したターシャリウェポン、S&W M986。弾数7発、予備の弾丸はムーンクリップにまとめたものが1セットのみ。
あとは手榴弾を3つ掴み、ポーチに押し込んだ。
自作したナイフ(カッターナイフを逆向きにしたデザインとなっている)を腰のベルト、触媒である仕込み杖を提げているホルダーの隣に差し込んだ。とりあえずこれだけ武器を持っていればいいだろう。
ベルトにその他必要なポーチを通し、背中にバックパックを背負おう。バックパックの中身は空だが、これは汚染地域で拾った廃品を収めるためのものだ。そのため伸縮性と耐久性に優れたバックパックとなっている。
その他空いたポーチには回復アイテムなどを押し込んで、余剰となったポーチには火炎瓶をいくつか押し込んでおいた。ゾンビにはあまり効果はない(むしろ炎上しながら突っ込んでくるので逆に危険度が上がる)が、その他の魔物には効果がある筈だ。
装備を整え武器庫を後にした。とにかく装備が重い。戦闘中での弾切れを警戒し過ぎたせいなのだろうが、それにしても重い。弾切れにビビッた結果ヘルニアになりましたなんて羽目になったら洒落にならんぞコレ。
炭水車の側面にあるキャットウォークを通過し、機関車で運転していたルカに「気を付けてね」と心配する言葉をかけられながら、機関車側面の整備用足場(しかしクッソ狭い)を通って警戒車へ。
連結器を飛び越えてハッチを開け、戦闘室へと入った。
運転席には既にシスター・イルゼがスタンバイしていて、俺の姿を見るなり笑みを浮かべながら席を立った。
「ミカエルさん、こちらを」
彼女が差し出したのはパヴェルが作成したマスクだ。大きく丸いレンズが2つ付いており、口元からはまるで妖怪のように長いホースが伸びている。その先にはバルブとキャニスターがあり、キャニスターには残量計が取り付けられていた。
腐敗の瘴気から身を守るためのマスク、必需品である。
前回は口元だけを覆うタイプだったが、砂塵から眼球を保護するという目的もあってフルフェイスタイプとなったのだろう。マスク本体に加えて予備のキャニスターも受け取り、試しにマスクを装着して感覚をチェックしておく。
緩過ぎたら隙間から腐敗の瘴気が入ってくる恐れがある。とにかく、肺だけは腐敗の瘴気から守らなければならない。
「それとこれを」
「これは?」
シスター・イルゼが差し出したのはタンプルソーダの瓶に入った液体だった。グレープジュースのような色合いをしていて、口のところは王冠ではなくコルク栓がしてある。タンプルソーダのラベルは剥がしてあり、巻き付けた紙に手書きで”ホーリードリンク”という記載があった。
「聖水と薬草を調合して作りました。もしゾンビに噛まれたり、腐敗の瘴気を誤って吸ってしまった場合はすぐにこれを飲んでください。5秒以内であれば助かります」
「ありがとうシスター」
5秒以内、か。万が一の事があったらすぐに服用しよう。
《各員へ通達、各員へ通達。これより恒久汚染地域へ突入する。各員マスク装着》
指示された通りにマスクを装着、さっきチェックしたばかりだから緩くはないが念のためもう一度確認。ホースの先にあるバルブを少しだけ解放しキャニスターからの吸気を開始する。
装着を終えてからスマホを取り出し、タイマーを30分にセット。キャニスターの寿命は30分だ……すぐに交換すれば何とかなるが、気付かずにそのまま使い続けていたら大変な事になる。
廃品回収に同行するクラリスと、警戒車でサポートを行うシスター・イルゼもマスクの装着を完了したのを確認してから、砲塔のハッチから身を乗り出した。
事前に通告していたからなのだろう、恒久汚染地域のゲートを警備していた騎士団の警備隊はこちらの列車がバックで戻ってくるなり、すぐにゲートを開けてくれた。
線路の分岐点が切り替わり、恒久汚染地域を横断するルートになる。それを確認するや、後進していた機関車が前進し始め、俺たち血盟旅団の列車『チェルノボーグ』は進路を恒久汚染地域へと向けた。
ゲート通過の際、警備兵たちが敬礼で見送ってくれる。彼らに敬礼を返し、荒涼とした大地を見つめた。
ズメイの襲撃で壊滅したツォルオフ市……壊滅前は鉄道の中継地点として栄えていたそうだが、それがただの一晩でこうなったというのだから驚きである。
そして何より、この惨状を作り出した張本人たるズメイはあくまでも”3つある首の1つを切り落とされ封印された”だけであり、未だ死んではいないというのだから恐ろしい。
いつか復活しないだろうな、と思いながら空を見上げる。鈍色の空、この大地に晴れ渡った空が姿を現す事は二度とないのだろう。
遠くの空では灰色の煙のような瘴気が渦を巻き、巨大な竜巻を形成しているところだった。北方から吹き下ろしてくる風と、ズメイの襲撃で変わってしまった地形が生み出す気流によりあんな竜巻が疑似的に形成されるのだそうだ。
「止めてくれ」
無線機に向かって言うと、列車がゆっくりと停車した。
「ご主人様?」
「あれを」
以前に廃品回収を行った地点よりも奥に来たところで、反対側にある線路の待避所に小型の機関車と客車1両、貨物車両1両で構成された列車が乗り捨てられていた。騎士団の偵察隊だろうかと思ったが、エンブレムがないところを見るにおそらく同業者の列車なのだろう。
機関車からは煙が出ておらず、既に窯の火は消えているようだ。車体には砂塵が大量に付着しており、それなりに長い事ここに捨て置かれている事が分かる。
「調べよう。クラリス」
「はい、ご主人様」
QBZ-97を装備したクラリスと共に警戒車を降り、反対側にある列車へと向かった。俺たちの列車よりもずっと規模が小さく、おそらくは小規模なギルドのものなのだろう。中からはヒトの気配はしないが……何やらくちゃくちゃブチブチと肉を噛み砕く音、引き千切る音が聞こえてくる。
AK-101のセレクターレバーをフルオートに入れ、客車へと踏み込んだ。
中には3体のゾンビがいて、床に転がっている腐乱した死体を喰い漁っているところだった。腐って変色した肉に臓物をお構いなしに口へと詰め込んでいく、干からびた亡者たち。もう食べる必要もないというのに、一体何が彼らにそんな行為をさせているのだろうか。
そんな疑問を抱きながら、引き金を引いた。
シュカカカカッ、とサプレッサーで減音された銃声が響き、5.56mm弾の弾雨がゾンビの頭を吹き飛ばす。干からび、既に体液すら出る事の無くなった死体の断面が露になった。
脳味噌はスカスカで、まるで搾れるだけ搾った後に放置して乾燥させた雑巾を思わせた。
頭を砕いたゾンビに、クラリスが死んでいるかどうか確認の意味も込めて心臓に2発ずつ、的確に弾丸を撃ちこんでいく。
「……あとはいかがいたしましょうか」
「列車の安全を確保した後、使えそうな資材は全部持って行こう。列車そのものも分解すれば補修用の部品にはなる」
墓荒らしのような真似をするのは気が引けるが……しかしこれも生きるためだ、仕方がない。
AKのセレクターレバーをフルオートからセミオートに切り替えながら、そう思った。




