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鋼鉄の戦士たち


 ハッチを開け、コクピットへと滑り込んだ。


 操縦席の目の前にあるハンドル、その下にある鍵穴にキーを差し込んで捻ると、シート越しに確かな振動を感じた。機体の背面、腰の後ろに搭載されたパワーパックが目を覚ましたのだ。


 動力が供給され始め、暗かったコクピットの中にもモニターの明かりが燈る。ブロック状のノイズが去った後に映し出されたのは格納庫内部の様子で、ツナギ姿のルカがせっせとタラップを片付け、進路上の障害物を撤去しているところだった。


《Добрий вечір. Завантажте основну систему(こんばんは。メインシステムを起動します》


 見慣れたイライナ語の羅列と共に、目を覚ましたばかりの機体―――機甲鎧パワードメイル、【PM-01A デュラハン】が目を覚ます。


 立ち上がったばかりのシステムと機体のステータスをチェックし、コクピット上面にあるスイッチを右から順番に弾いていった。


 火器管制システム(FCS)、オンライン。新しくインストールしたソフトウェアに異常なし。各所回路、駆動系に異常なし。パワーパック、オールグリーン。


 一通り機体をチェックし、左右にあるグローブ型コントローラーに手を通した。フレキシブル・アームでコクピット後部のシステムと繋がっているそれをしっかりと握り込むと、メインモニターの向こうで機体の腕が俺の手の動きをしっかりとトレースしているのが見えた。


 手を握り、指を伸ばし、腕を曲げる。多少の誤差ラグはあるが許容範囲だ。同じように左腕も各種動作をチェックし問題がない事を確認する。


 ルカが操作するクレーンがゆっくりと降りてきた。アームで掴まれていたのは、ピストルグリップとストックの追加でアサルトライフル風の外見に仕立て上げられたブローニングM2重機関銃。それを右手で受け取り、続けて降りてきたもう1丁も左手で受け取った。


 右肩には”ブッシュマスターM242”25mm機関砲を、左肩にはその砲弾が入った大型タンクとベルト及び金属製ガイドをそれぞれ搭載。ちょっとした歩兵戦闘車(IFV)並みの火力だ。


 チェックが一通り終わったところで、機内に持ち込んだラジオのスイッチを入れた。


 流れてくるのは随分とノリのいいテクノだった。1800年代後半に既にテクノが流行っているとは、これも転生者が持ち込んだものか。誰の仕業かは分からないがいいセンスだ、そこは褒めておこう。おかげで前世とそう変わらない娯楽を享受できるというわけだ、ありがたい話じゃあないか。


《CPより各員へ。機甲鎧パワードメイル隊発進後、警戒車はロケット弾による支援砲撃を実施。機甲鎧パワードメイル隊はその隙に敵との距離を詰め急襲、侵攻中の敵を殲滅せよ》


「ミカエル了解」


『モニカ、了解』


『カーチャ、了解』


 ごう、と格納庫のハッチが開いた。


 薄暗い外の風景が露になる。どこまでも続く平原、ここから見れば何の変哲もないノヴォシアの田舎の風景ではあるが、しかし機甲鎧パワードメイル―――パヴェルの手により徹底的な改修を受け、『PM-01A』という型番と『デュラハン』という名前まで貰ったこの新型のセンサーには、その平原で今まさに集落を呑み込もうとする敵の姿がはっきりと映っている。


《よし、各員出撃許可! 英雄ヒーローになってこい!》


「了解! 2人とも、先に出るぞ!」


 そう告げてから、足元のクラッチとアクセルを踏み込んだ。


 パワーパック(パヴェルの手で魔改造されたとはいえ元は車用のガソリンエンジンである)が唸りをあげる。教習所で学んだ技術と前世の感覚を頼りに半クラからアクセルを踏み込んでクラッチから足を放し、機体を前進させる。


 左手でシフトレバーを操作、ギアをどんどん上げて機体を加速させる。ある程度加速が乗ったところでシフトレバーから手を放し、サイドブレーキの脇にあるレバーを引いた。


 俺の機甲鎧パワードメイル―――初号機は現在、下半身が通常の二脚タイプから蜘蛛のような四脚タイプに換装されている。先端部にはオフロードタイヤを更に巨大化させたような感じのタイヤがあり、後輪駆動式となっている。


 機甲鎧パワードメイルがその足をピンと伸ばし、上半身を深く沈みこませる。これで正面投影面積を極力狭くし、重心を低くすることで機体をより安定させることができる。更にこの四脚タイプのみ、オフロードタイヤを用いた高速移動が可能となっており、重武装と機動力を両立できる事から切り込み隊長的な運用に適していると言える。


 PM-01A”デュラハン”―――血盟旅団で以前から運用していた機甲鎧パワードメイルを、機体サイズの均一化や部品規格の統一などの運用面から見た最適化を主軸に、パヴェルの持ちうる技術を全てぶち込んで近代化改修を施した機体だ。


 首無し騎士、デュラハンの名を冠しているのはその外見が由来であり、その名の通りコイツには”頭”にあたる部位がない。その代わり74式車載機関銃を連装で搭載した”プロテクターRWS”が右にオフセットした状態で搭載されており、コイツの射線はパイロットの視線をトレースする事で操作される。


 冬季中は人目につく事もあり起動試験すらできなかったが、冬季封鎖が解除され都市間の往来が解禁された今ならばやりたい放題だ。まあ、その記念すべき第一回目のテストが実戦とはなかなかアレではあるのだが。


 頼むから初期不良なんて起こさないでくれよ、と祈っていたその時だった。


《Над головою пролітає ракета. Це атака підтримки союзників(頭上をロケット弾が通過。友軍の支援攻撃です)》


「ん」


 システム音声を聞き、視線を上に向けた。


 日の出を銃数分後に控え、紺色に染まりつつある未明の空を、液体燃料を燃やす輝きをこれ見よがしに煌めかせ、光の尾を曳きながら飛んで行く流星のような何かが見える。ロケット弾だ。出撃後、俺たちを支援するために発射するとパヴェルが予告していた支援攻撃。


 それは瞬く間に俺たちの頭上を通過すると、さながら宇宙の彼方から旅をして、その終着点に地球を選んだ隕石のように平原へと着弾。複数の閃光が迸り、平原を進軍する異形の怪物たちの姿を浮かび上がらせる。


 無数の足と巨大なはさみ、ナイフのように大きく尖った頭―――巨大ザリガニたちだ。


 そう、ザリガニだ。冬の間、そして昨晩のディナーにも塩茹でやスープの具材として食卓に並んだあのザリガニである。


 こっちの世界、というかノヴォシアに生息するザリガニは、正式名『ノヴォシアオオザリガニ』という。元は旧人類が品種改良だか遺伝子操作だかの果てに生み出した品種で、研究所から脱走し野生化、元々ノヴォシアに生息していたザリガニを絶滅まで追いやり生態系を滅茶苦茶にしたとされている。


 そしてこいつらの寿命は異様に長く、旧人類の手により適切に飼育されていた個体は1世紀以上を経ても未だに生きている。何度も脱皮を繰り返し巨大化していくため、年齢を重ねた個体は魔物に分類され討伐対象となる事もあるのだそうだ。


 今回の相手はそういう連中だった。


 肉体が大きくなるにつれ、普通の餌では空腹を満たす事が出来なくなる。やがては鳥を、次は小動物を、やがてはヒトを、そして大型の動物さえも餌食とする危険な存在なのだ(だからまだ常識的なサイズのうちに捕獲し調理するのはある意味で奴らから身を守っているのと同じなのである)。


 しかし稀にその消費の均衡が崩れ、このような群れを形成して居住地を襲う事がある。


 こうなったら、もう殲滅するしかない。


 アームレストに折り畳まれていたレバーを起こし、右肩にマウントされたブッシュマスターをスタンバイ。火器管制システム(FCS)の火器選択が機関砲に移りアクティブとなったのを確認してから、レバーに備え付けられたスイッチを押し込んだ。


 ドフ、と機関砲が吼え、装填されていたAPDSが放たれる。


 無数の足をわさわさと蠢かせ、ロケット弾で吹き飛ばされた同胞の死体を踏み越え居住地を狙う巨大ザリガニ、その背中の上を砲弾が通過していった。


 命中せず―――狙いが甘かったか。


 ならば、と続けて撃った。ドフドフドフッ、と銃声には無い重々しい砲声を高らかに響かせ、100㎞/hで吶喊とっかんする機甲鎧パワードメイルがザリガニの群れの中へと突っ込んでいく。


 距離が縮まったからか、それとも今度は正確に照準を合わせたからかは定かではないが、発射されたAPDSは立て続けに巨大ザリガニの横っ腹を撃ち抜いた。


 連中の外殻は今まで重ねてきた年齢にもよるが、概ね80年を超えた個体は銃弾を容易く弾き、剣すらも逆に叩き折ってしまうほどの外殻になるとされている。しかし敵装甲車両の撃破を主眼に設計されたAPDSにそんな道理は関係ない。相手が硬いならばそれ以上の貫通力でぶち抜いてしまえばいいのだ。


 ドドドッ、と立て続けに3つの砲弾が巨大ザリガニの右脇腹に着弾。灰色の外殻に亀裂が生じ、青い血が迸った。


 ギィィィィ、と軋むような声を発しながら崩れ落ちるザリガニ。そこで他の個体も俺の存在に気付くが、しかしその頃には別の角度から飛来したもう1発のAPDS―――ブッシュマスターから発射された25mm弾のAPDSが、俺に向かって鋏を突き出そうとしていたザリガニの頭を精密にぶち抜いていた。


《一匹いただきね》


「ナイス」


 狙撃ポイントに展開したカーチャの支援狙撃だった。狙撃手スナイパーとして活躍する彼女の技術とセンスは、機甲鎧パワードメイルに搭乗していても遺憾なく発揮されているらしい。


 青い血を迸らせながら崩れ落ちるザリガニ。その死体をオフロードタイヤで踏みつけつつ前進、同時に両手をグローブ型コントローラーに通し両手の12.7mm重機関銃をアクティブに。


 前方のザリガニが突き放った鋏の一撃を、パンチを躱すボクサーのように機体を沈ませて間一髪で回避。外付けの煙幕発射機が1基もぎ取られたが、それが何だというのか。


 至近距離でブローニングM2の徹甲弾を叩き込んで黙らせ、そのまま後ろ脚を操って機体をドリフト。俺からの電気信号を受信した機甲鎧パワードメイルがその命令を聞き入れたと思いきや、視界がぐるぐると回り始めた。


 ドリフトしながら両腕を伸ばし、ブローニングM2重機関銃のフルオート射撃。12.7mm徹甲弾が次々に外殻を突き破り、ザリガニたちの死体がどんどん量産されていく。


《попередження. дружні сили починають атаку(警告。味方が攻撃を開始します)》


 ―――言われなくても分かる。


 ブレーキをかけドリフトを停止。乾燥した大地にオフロードタイヤの荒々しいわだちを刻みながら停止し、左手で素早くシフトレバーを操作し後退。左手のブローニングで敵を牽制しつつ、こっちを追ってくるザリガニをブッシュマスターの砲撃でぶち抜いていく。


 そんな俺を追うザリガニたちの一群を、横合いから放たれた無数の12.7mm徹甲弾の弾雨が豪快に薙ぎ払った。南国のスコールを思わせる銃弾の洗礼、情け容赦もなければ血も涙もない暴風雨をもろに受けたザリガニたちが穴だらけになり、青い血だらけになり、細い足や鋏が次々に千切れ飛んでいった。


『あーもう、これもうあたしの獲物いないじゃないの!』


 不服そうに言ったのはモニカだ。


 今の掃射は、彼女の乗る機甲鎧パワードメイル2号機―――それにメインアームとして搭載されたガトリング機銃、”GAU-19/A”だった。12.7mm弾を使用するべく大型化したミニガン、とでも言うべきだろうか。


 一撃で人体を容易く砕く12.7mm弾、それをミニガン並みの速度でぶちまけるのだ。それを向けられた相手は(少なくとも知識がある人間であれば)生きた心地はしないだろう。


 まあ、今回の相手は何かの間違いで巨大化したザリガニ、所詮は食材だ。泥抜きされた後に大さじ1杯の塩とイライナハーブ、それからレモン汁と一緒に鍋の中で煮込まれるのがお似合いなのだ。


 撃破数に拘りガトリングガンを連射するモニカとは対照的に、カーチャはプロを思わせる判断でザリガニを狙撃していた。俺たちとの戦いに意識を向けず、なおも居住地へと向かおうとする個体を精密に狙撃して仕留めているのである。


 ならば俺とモニカでザリガニを殲滅、しかる後に掃討戦に移行するのが一番スマートな戦い方であろう。


「モニカ、終わらせんぞ」


『りょーかい!』


 両手のブローニングM2で弾幕を張り、ザリガニを次々に穴だらけにしていく。


 こりゃあしばらくザリガニ料理には困らなさそうだ……さすがに飽きそうではあるが。






 初の実戦投入となった改修後の機甲鎧パワードメイルの猛攻の前に、巨大ザリガニの群れが物言わぬ肉片と化したのはこの5分後の事だった。




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― 新着の感想 ―
[一言] 前回が輝きの海を彷彿とさせるなと思ったら、今回は正真正銘のマイアラーク軍団ですか。ここはキャピタルか連邦だった…?これほど巨大化した集団が跋扈してるなら、そのうちにクイーンサイズが出てきそう…
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