地下からの脱出
どうも皆さんこんにちは、こんばんは、作者の往復ミサイルです。
お気付きの方もいらっしゃると思いますが、この「ミリオタが異世界転生したら、没落貴族の庶子だった件(※略称:ミリオタ庶子)」ですが、この話でついに500話を迎えました。
作者こんなに続けてどーすんだ暇なのかというご指摘はさておき、ここまで続ける事ができたのも読者の皆様に支えられたからだと思っております。本当に感謝しております。次は1000話を目標に(!?)更新を続けていく所存ですので、何卒お付き合いくださいませ。
それでは、今後ともよろしくお願いいたします。
『同志シェリル、弱さとは罪だ』
AKの分解整備をする私に、あの人は―――”同志指揮官”は背を向けながらそう言った。
無機質な壁の一角には、少し昔のプロパガンダポスターが貼り付けられている。本当に少し昔―――前任の同志団長がテンプル騎士団を率いていた時代。この軍隊が、紛れもない世界最強の軍隊だった黄金時代。その時に発行されたプロパガンダポスターだという。
大地に穿たれたいくつもの足跡。その先には、迷彩服にヘルメット、そしてAKを持った兵士の後ろ姿が描かれ、兵士の歩む先には花が咲き乱れ、人々が笑いながら手を取り合う平和そうな世界が広がっている。
―――【Дea au owe owe вancёгя(一歩一歩、平和が訪れるその日まで)】。
私たちテンプル騎士団にとっての平和とは、祖国を脅かす外敵が全ていなくなる日の事を差す。だから敵は全て殺さねばならない。根絶やしにしなければならない。女だろうと、幼子だろうと一切合切容赦なく。
物心ついた時からそういう教育を受けてきた。敵は殺せ、仲間は守れ。相手がどのような姿をしていようが関係なく根絶やしにしろ……そういう教育と、鉛筆よりもAKを手にする事の方が多かった幼少期。だからなのだろう、人を殺す事に何の躊躇もなかった。
だって、それは”同志団長”の命令だから。
そして同志団長は言うのだ。『力こそが全てだ』と。
勝者こそが歴史を作る権利を得る。己の都合の悪い事実を揉み消し、相手がいかに卑劣で私利私欲に塗れたファシストであるか。強ければ最高の栄誉と安寧を得て、弱ければ汚名を着せられ搾取される。だから勝たなければならない、常に勝者であって当たり前。
弱さとは罪―――確かにそうだ、と私も思う。
弱ければ何もできない。何もかもを奪われ、惨めに死んでいくだけなのだから。
―――そして今、私はその罪を犯している。
コクピット内に鳴り響く警報音に神経を逆撫でされながら、コンソールやキーボードを操作して機体の再起動を試みる。予備の回路に切り替え、断裂した燃料弁を閉止し、エラーを起こすOSを手動で書き換える。
ギギギ、と装甲を軋ませながら、この機体―――”機甲鎧”は再び起き上がった。
「馬鹿な……まだ動くのか」
連携で私をここまで追い詰めたエミリアが、大破したにも関わらず再起動した私の機体を見て目を見開く。
当たり前だ―――むしろ、ここまで追い詰められたことを私は恥ずべきなのだ。言うならば最新のテクノロジーで武装した一流の兵士が、文明の何たるかも知らぬ原始人に追い詰められ死にかけているに等しい。
我々テンプル騎士団にとって、この世界の獣人はまさに原始人だ。自ら文明を生み出す事を知らず、旧人類の遺した遺産に縋って、胡坐を掻き日々を食い潰す文明の間借り人。私から見ると、自ら火を起こす事も出来ず、木や骨を削った槍や石器で武装した原始人と何ら変わらない。
こちらは世界の最先端をひた走るテンプル騎士団なのだ。二度の世界大戦に勝利し、裏切り者に天誅を下した英雄、同志セシリア・ハヤカワの意志を受け継ぐ軍隊なのである。それがこんな、異世界の原始人共に後れを取るとは何たる不名誉か。
こうなったら、とコクピット内にある自爆システムの起動レバーに視線を向けた。機密保持用に、この機体はメタルイーター(※活性化すると金属を食い尽くし錆びた粉末だけを残す微生物だ)の他に強力な爆薬を搭載している。機体を完全消滅させることは容易いが、それだけの威力があれば道連れにする事も可能だろう。
このような醜態を晒し、同志団長からお預かりした兵器も大破させたとあっては、組織に戻っても私の席は残っていないだろう。こうなった以上、死して同志団長にお詫びを……。
未練はない。元より私もホムンクルス兵の1人、兵士の1人として戦い組織に身を捧げるために生み出された”造られし生命”の1つに過ぎない。
それに、同志指揮官の手元にはオリジナルの細胞もある。それを培養して増やせば、私の代わりなどいくらでも用意できるのだ。
願わくば……次の私がこのような醜態を晒さない事を願うばかりである。
同志団長、お許しを。
私は―――。
【やめたまえ、同志シェリル】
自爆レバーを掴み、今まさに引こうとしたその時だった。
頭の中に、同志指揮官の声が響いてきたのは。
「……しかし、私は組織の品位を」
【そんなものはどうでもよい。それよりお前の命だ】
「……申し訳ありません」
前々から思っていた。
なぜ、同志指揮官は私の事をこんなにも大事にしてくれるのだろうか。
ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ一行にも負け、そして速河力也やエミリア・ペンドルトンにも負けたこの私を、何故まともに処罰もせず傍らに置いてくださるのだろう。
何故、何故、何故。
疑問がいくつも頭の中で顔を上げたけれど、とにかく自分の命を優先しろという命令ならば従う他ない。
左手でコンソールを操作しタイマーを変更、ロックを解除しレバーを引いた。
《Сomption. дhis amoёг au ёжploceiч(警告。自爆システムが作動しました)》
聞き慣れたクレイデリア語のアナウンスを聞き流しながら、頭上にあるレバーを操作して爆裂ボルトを点火、戦闘の影響で切り裂かれたり歪んだりして動作が期待できなくなった正面装甲を排除、機内に持ち込んでいたサバイバルキットの中からPPK-20と予備のマガジンを引っ張り出して機体から脱出する。
大破した機甲鎧からパイロットが出てきた事に、力也もエミリアも、そして後方でジョシュアの治療にあたるエリスも警戒しているようだった。
私は……私はこんな連中に……!
「―――この屈辱、私は忘れません」
そう言い、フルオート射撃を彼らに見舞った。腕の動きと筋肉、目線、そして何より指の動きで発砲のタイミングは見切られていたようで、放った9×19mmパラベラム弾は全て刀や剣で弾かれてしまう。
これから銃の全盛期に入っていくというのに、未だに刀剣で戦う野蛮人共―――この敗北を私は忘れない。いずれ必ず力をつけて、この雪辱を晴らす。
今はとにかく退こう、そう言い聞かせながらポケットに手を突っ込み、安全ピンを外したスタングレネードを投擲。投げ込まれたそれに力也とエミリアの注意が向いている間に踵を返し、全力で突っ走った。
壁を蹴り、思い切り跳躍して頭上の換気ファンのあった穴の中へ。
その直後、ドパンッ、という派手な炸裂音と共に猛烈な閃光が生じ―――地下空間の全てを、飲み込んだ。
「逃げた……のか……?」
閃光が晴れ、エミリアが呟いた。
既に目の前にはあの、エミリアに瓜二つな(まんま同じというわけではなく、少し東洋人の血も入っているように思えた。合いの子というやつだろうか)女の姿はなく、ただ主を失った機械の騎士だけが残されている。
あれだけ攻撃を叩き込んでもなお再起動したその防御力には、軍需産業大手でもある速河重工の長男としては興味をそそられる。一体どんな技術を用いているのやら……それにあの女が使った銃も、倭国で採用されている単発銃とは比べ物にならないほど小ぶりで軽量、それでいてガトリング砲の如き速射に驚かされた。
随分と先進的な技術を持っているようだが……。
まあいい、この置き土産を解析すればすべてが分かるだろう。
そこで、嫌な予感がした。
あれだけの先進技術の塊を、むざむざ敵である俺たちの前に置いていくだろうか? そんな事をすれば残骸を回収されて解析、技術力の向上に一役買う羽目になるのは目に見えている筈だ。
「さて、コイツを検める算段を……」
「―――待て、エミリア」
「え?」
内臓にぶっ刺さった肋骨の痛みに呼吸を粗くしながらも、彼女を制止して機体の傷口を覗き込んだ。内部では紅いランプが点灯していて、何やら数字のような文字が秒読みを始めているのが見える。
あれはもしや……。
「力也、どうしたのだ?」
「なーんか、とっとと尻尾巻いて逃げた方が良さそうだぞこりゃあ」
「え?」
まったく、とんでもねえ玉手箱を残していきやがった。
あの秒読みがゼロになったらどうなるか―――しかもこんな密閉空間で。
エミリアの手を引いて、ジョシュアたちのところへと戻った。幸いジョシュアはまだ息があるようで、エリスが傷口を魔術で凍らせて止血を行っているところだった。
「力也くん、あいつは?」
「エリス、逃げよう。このままここに居たら拙い事になる」
「え、え?」
動かせるか、と菜緒葉に問いかけ、彼女の手を借りて床の上に横になっていたジョシュアを背負った。傷口を凍らせて止血していたからなのだろう、彼の体温は異様に低く、まるで死体でも背負っているようだった。
とはいえ本当に死んでいるわけではない。耳元で微かに、彼の息遣いが感じられる。
「急げ、撤収だ!」
「ちょっと、怪我人をそんな―――」
「”アレ”が爆発する!」
「……え?」
ぎょっとしながらエリスが後ろを振り向いた。胸に大穴を開けた状態でその内側を晒し、仁王立ちで佇む機械の騎士。そのコクピットの中では紅いランプがいくつも点灯して、異国の言語で何やら警告を促しているようだった。
爆発までの時間を意味する数字は読めないが、先ほどよりも猶予が無くなりつつある事は分かる。
「……おいてけ」
ぼそっ、と耳元でジョシュアが呟いた。
「馬鹿を言うな」
負けじと言い返す。お前を死なせてなるものか。せっかく助かった命なのだ、こんなところで無駄にする必要がどこにある?
「お前には生きていてもらう。じゃないとお前の実家にも申し訳が立たないし、何より遊び相手に居なくなられたら悲しい」
だから死ぬな、と言った。言い切ってやった。
実際、ジョシュアは強かった。コイツもきっと陰で相応の努力を重ねてきたのだろう―――執念と妬み、負の感情の混じった剣ではあったが、今のコイツにはもうそういった雑念は感じられない。もっと迷いがなく真っ直ぐな剣捌きになる筈だ。
俺はそんな万全な状態のジョシュアとやり合いたい。
「……はははっ、僕も惨めだなぁ」
自嘲するように言うジョシュア。確かにそうかもしれないが、生きていれば汚名を濯ぐ機会もあるだろう。とにかく生きて再起を図るべきだ。少なくとも、コイツはここで死んでいい人間ではない。
大太刀を抜き払い、目の前にある閉ざされた扉に向かって思い切り斬撃を叩きつけた。ヂュッ、と甲高い金属音と共にずるりと扉が傾き、俺たちに道を譲ってくれる。
異国の数字が読めない以上爆発までの猶予は分からんが、とにかく急いだほうがいい。最悪の場合、生き埋めになりかねない。
行け、行け、とこっちを心配するエミリアやエリス、菜緒葉を先に行かせた。我が身可愛さに女を先に死なせたらそれこそ武士の名折れ、こういう時に身体を張って女子供を守るのが男の役目というものだ。
しかし、ちょいとばかり無茶をし過ぎた。相変わらず脇腹は痛いし、それ以外の部位も悲鳴を上げている。
戦って興奮状態になると痛みを感じなくなる(菜緒葉曰く『あどれなりん』とかいう脳内物質の仕業なのだそうだ)そうだが、段々と身体が正気に戻っているようで、両足も胸板も、頭も何もかもが痛む。さながら全身を鉄の棒でひたすら殴り続けられているような痛みが常に続き、目をしっかりと見開いていなければこのままぶっ倒れてしまいそうだ。
階段を駆け上がる。一歩、また一歩と踏み締め、行けそうなところは1段飛ばしてとにかく上へと上がった。
「……力也……なんでそこまで」
「うるせえ喋るな、黙って救われろ」
ぴしゃりと言ってやった。
「お前、散々な目に逢ってきたんだろ。なら生きろ。生きて報われろ」
「……ありがとう」
「力也くん、早く!」
「力也!」
螺旋階段の上ではエミリアとエリスが身を乗り出して、こっちを見下ろしながら必死に呼びかけてくれていた。
もう少し、もう少しだ―――もう、地上の光が見える。
助かったぞ、と思ったところで足元から嫌な振動が響いてくる。
びりびりとした振動の後、階段の下から熱風が噴き上がってくるのが分かった。下を見下ろさなくても分かる、例の機械の騎士が自爆したのだ。そしてその爆風が通路に沿って進み、俺たちのすぐ真下まで迫っているに違いない。
緋色の光が迫ってくるのを感じながら、俺は心の中でジョシュアに詫びた。
怪我人をこんなに手荒く扱うのは申し訳ないが―――生きろよ、と祈りを添えながら。
最期の力を振り絞り、背負ったジョシュアをエミリアたちの方へと放り投げる。冷えた身体に血の気の引いた顔、そこには驚愕の表情が浮かんでいて、やめろと言わんばかりに手を伸ばすジョシュアの姿が確かに見えた。
ばーか、俺がそう簡単に死ぬものかよ。
などと強がってみるが、いくら身体が頑丈でも爆風はちょっとなぁ……。
直後、真下から迫ってきた爆風に俺は飲み込まれた。
音も光も、全てが消えた。




