ショットガン
ショットガンの歴史は古い。
その起源を遡るとマスケットの時代にまで達するのだが、その後も主に狩猟用として発展を遂げたショットガンが軍用銃の一角として戦争の歴史に華々しく姿を現すのは、第一次世界大戦を待たなければならない。
第一次世界大戦といえば塹壕戦。お互いの銃撃や砲撃でミンチにされるのが嫌だからと、あらゆる軍隊が地面に穴を掘り、そこに機関銃やら迫撃砲やらを据え付けて要塞化、簡単には突破できないほどの防御力を獲得するに至る。そんな塹壕にあらゆる軍の将兵たちがニートの如く引きこもったわけだから、とにかく戦闘は泥沼化。戦線の突破に大量の物資、兵器、兵士の犠牲が費やされる事となる。
そんな泥沼の塹壕戦で輝いたのが、アメリカ軍が本格投入したショットガンだった。
クッソ狭い塹壕の中では接近戦が頻発し、従来の長いライフルは使い物にならなかった。だから他国の兵士たちは拳銃を使うか、穴を掘るのに使ったスコップ、家から持ってきたナイフ、手作りの棍棒、その辺の角材、果てには石に素手……武器になりそうなものは何でも使うという有様だった。
さて問題です。そんなところに至近距離で極悪な殺傷力を誇るショットガンが登場したらどうなるでしょうか?
そりゃあもう一方的な虐殺だった。アメリカ軍と交戦した当時のドイツ帝国は「ちょwおまwwwwそれチートやんwww使うなやwww」と抗議したが、勢いに乗っていたアメリカ軍はそれをガン無視。持ち前のフロンティアスピリットとショットガンで塹壕をどんどん制圧していった。
今では塹壕戦は殆ど発生しないし、野外での戦闘で用いられることも減ってしまったショットガンだが、警察とか特殊部隊では貴重な近距離銃器として運用され続けている。
特に警察の場合、”犯人の射殺”は最終手段となる。可能であれば生け捕りにしたいし、周囲の民間人を巻き込む事は避けたい。だから殺傷用の散弾にスラグ弾、低致死用のビーンバッグ弾、岩塩弾など、多種多様な弾丸を発射できるショットガンはまさにその条件にマッチしていた。暴徒の鎮圧にも使えるしね。
ミカエル君がショットガンに目を付けたのもそういう理由だった。特に低致死性の弾薬が充実しているところが実にいやらしい……いや、素晴らしい。
さて、ミカエル君が用意した低致死性の弾薬は3種類。
1つ目は『ビーンバッグ弾』。布製の小さなバッグの中にゴム弾を詰めたものを撃ち出す弾丸で、まあこれ自体は前に使った9mmパラベラム弾のゴム弾に近い性質を持つ。相手を悶絶させたりして動きを封じる用途に使われるが、殺傷力を限界まで落としてあるとはいえ当たり所によっては死に追いやる可能性もあるので、手足を狙うのが理想だ。頭はもちろん危ないし、胴体もちょっと赤信号。扱うには慣れがいる。
2つ目は『岩塩弾』。その名の通り、岩塩を弾丸として発射する。通常の弾丸と比べると殺傷力が低く、暴徒の鎮圧にもよく使われるのだそうだ。
そして3つ目。個人的に一番可能性を感じているのがこの『テーザーXREP』。何と弾丸なのに内部に電源を内蔵しており、着弾した対象に電撃を浴びせて無力化するというスタンガンみたいな弾丸なのである。
これ便利じゃね? と個人的に思う。銃にサプレッサー付けて、電撃の強さを弄って人間が気絶する程度に調整できれば、潜入する時とかにドチャクソお役立ちウェポンと化す可能性を秘めている。
強盗やる時とか、相手を殺さずに無力化したい時に役立ちそうだ。
そんな事を考えてニマニマしつつ、自分の能力でカスタマイズを終えたばかりのヴェープル12モロトを準備。RPKがベースになっているからなのか、バレルの長いこいつは分隊支援火器みたいな迫力がある。
傍から見たらRPKなのかショットガンなのか判別し難いのも評価ポイントかもしれない。まあ、敵にそんな知識ある奴が居るとは思わないが……居ないよね?
カスタマイズはまず機関部の上にお馴染みのPK-120を装備。マガジンは通常のタイプから32発入りのドラムマガジンに変更。後はハンドガードにバーティカル・フォアグリップを装備した。
それと―――通常弾を使用した際の火力アップも想定し、本来セミオート限定のコイツにフルオート射撃を追加してみた。さながら東側版AA-12みたいな銃と化したそれを構え、射撃訓練場のレーンへ。
ドパンッ、ドパパンッ、と5.56mm弾の銃声が響く。射撃訓練場にはもう既に先客が居て、射撃訓練に勤しんでいるようだった。
3列あるレーンの右側を使っているのはクラリス。使っているのはいつものQBZ-97で、特徴的なキャリングハンドルを外してピカティニー・レールを装備、ハンドガードもM-LOK仕様に変更しているので、中国の銃というよりはFA-MASっぽいシルエットになっている。
相変わらず高い射撃精度で的の眉間を次々に撃ち抜いていくクラリス。マガジンの交換にも無駄は無く、マガジンを外したかと思いきや既に手にしていた予備のマガジンを装着、コッキングレバーを引いて射撃を再開。なんとこの間僅か1秒という、信じられない速さである。
まだ銃に触れてから1ヵ月も経っていない彼女の動きがアレなのだ。元々才能があったのか、どこかで訓練でも受けてきたのか……いずれにせよ、いいセンスだ。
そしてその反対側のレーンでぎこちない再装填をしているのは、新たな仲間のモニカ。使っているのはMP5―――ではなく、形状は似通っているがそれよりも遥かに大型の銃だった。
『HK13』という、ドイツのG3小銃から派生した銃である。
簡単に言うと”G3の使用弾薬を7.62mm弾から5.56mm弾にスケールダウンしたHK33アサルトライフルをベースに改造した機関銃”である。分類的には分隊支援火器だろう。
ちなみに『分隊支援火器』とは、分かりやすく言うとアサルトライフル用の中間弾薬を使用する軽量な機関銃の総称だ。アサルトライフル以上機関銃未満、といえばいいか。
これは彼女が『いっぱい撃てる銃が良い』とリクエストした事と、モニカの射撃訓練の成績がちょっとアレだったのもあり、とにかく撃ちまくって敵を制圧してくれりゃあいいか、という事でこうなった。俺とクラリスがライフルマン、彼女が機関銃手という役割分担である。
ズガガガガガッ、とドラムマガジン付きのHK13が豪快に弾丸をばら撒く。木製の的が圧倒的弾幕の前にどんどん削られていき、やがては原形を留めぬただの木片と化していくのを見て、モニカは楽しそうににんまりと笑った。
「どう? どう!?」
「お、おお……」
彼女、トリガーハッピーって奴なのだろうか。
使い所を間違えなければ凄まじい破壊力を発揮してくれそうだが、その反面”狙って当てる”ような丁寧な戦い方は苦手そうだ。今後の訓練に期待したい。
というわけで、ミカエル君もレーンに着く。安全装置を解除、セレクターレバーを中段の位置、つまりはフルオートに切り替える。手元のスイッチを押すとブザーが勢い良く鳴り、パタン、と音を立てながら木製の的が起き上がった。
引き金を引いた瞬間、火薬の暴力的なパワーがストックを介し、肩を思い切り殴りつけてきた。ドムッ、と重々しい銃声が響き、対戦車ライフルみたいに武骨なマズルブレーキを飛び出したショットシェルがばらりと分解し、中から小さなペレットが顔を出す。
それはまるで豪雨のように的を直撃、胸板のど真ん中に大きな穴を開けていった。
ショットガンはこのように散弾を撃ち出す武器だが、ゲームみたいに一気に拡散するわけではない。ある程度の距離までは案外まとまって飛ぶ物なので、距離を取れば安心☆というわけではない。皆もショットガンを持った相手と戦う時は気を付けよう。
ちなみに拡散のしやすさとかは”チョーク”と呼ばれるパーツを装着する事によって調整できる。
せっかくのフルオート改造なので、連射も試してみる。バーティカル・フォアグリップを左手で握り込みつつ、ストックを肩に食い込ませる感じでフォアグリップを手前側に引き寄せるように力を込める。
その状態で引き金を引きっ放しにすると―――それはもう、パーティーの始まりだった。
ドムドムドムッ、と銃口が火を噴き、ガツンと強烈な反動がこれでもかというほど肩を蹴りつけていく。歯を食い縛りながら反動を受け流しつつ、立ち上がる的の胴体を片っ端から吹き飛ばしていった。
エジェクション・ポートから乾電池みたいな空のショットシェルが排出され、銃が沈黙。ドラムマガジンを外して予備のマガジン(ドラムマガジンはさすがに嵩張るのでこれだけだ。他のは通常のマガジンにしている)に交換しコッキングレバーを引く。
ガギンッ、と心地良い金属音が響き、薬室内に初弾を装填。その状態で引き金を引きっ放しにする。
そのマガジンを使い切る頃に、訓練終了を告げるブザーが鳴った。
「すっご……」
隣でこっちの射撃訓練を見ていたモニカが、目を丸くしながら突っ立っている。
真っ白な煙と熱を纏う銃身をゆっくりと下ろし、安全装置をかけてからマガジンを取り外す。コッキングレバーを引いて薬室内の弾丸を排出、銃から絶対に弾丸が出ない状態に。
ショットガンにしては少々重くなってしまったけど、そのおかげなのか反動はあまり強いとは感じなかった。さすがに9mmパラベラム弾と比較すると重いけれど。
通常弾を使う場合はフルオート射撃は有効かもしれない。ゴブリン程度の魔物であれば、運が良ければ銃声とマズルフラッシュでビビッてくれるかも。逆に対人使用の際はフルオートは封印だ。テーザーXREPの運用を前提とする以上、暴力的なフルオート射撃は必要以上の殺傷力となり得る。
「え、ミカミカ、なにそれ!?」
「 シ ョ ッ ト ガ ン 」
「ショットガン」
低めのダンディな声で、ちょっとねっとりした感じに答える。ミカエル君の声帯には4人の二頭身ミカエル君が住んでてね、それぞれソプラノ、アルト、テノール、バスの4つを担当しているのだ……嘘だけど。
《ご乗車ありがとうございます。当列車はまもなく工業都市ザリンツィクに到着いたします。マリーヤ方面、ガリアグラード方面は乗り換えとなります。お降り口は左側です》
ノリノリでアナウンスするパヴェル。もう到着する頃か、と思いながらメニュー画面を召喚しショットガンを収納、壁に掛けてある自分のコートとウシャンカを身に纏い、ものすごくモフモフした格好で客車へと向かう。
「もふもふご主人様……」
「ん、なんか言った?」
「いえいえ、何も」
後ろから俺の尻尾を触りながらついてくるクラリス。彼女はどうやらもふもふしたものが好きらしい。なるほど、だからか。今の俺はもふもふミカエル君だからか。
いや、でも仕方がないだろ。もう外は雪で真っ白、気温も当たり前のように氷点下。まだ10月なのにこれである。ノヴォシアの冬は人を殺しにかかっている。
客車から窓の外を見た俺たちは、その風景に目を奪われた。
「おお……!」
「なんて大きい……」
「でっか」
イライナ地方最大の工業都市『ザリンツィク』。地元の住民には”煙突の街”とも呼ばれると書物で目にしたが、これは確かにそうなのかもしれない。都市のいたるところに工場があり、そこから巨大な煙突が、まるで空を支える柱のように屹立しているのだ。
煙突からは濛々と灰色の煙が立ち上り、鈍色の雪雲の中へと溶けていっている。空と煙の境界線があまりにも曖昧で、本当に煙突が空を支える柱のようにも見えた。
そういえば、リガロフ家の屋敷にあった絵画にもこういう風景を描いたものがあった。タイトルは確か『天空の柱』だったか。なるほど、あの絵の作者があのタイトルを選んだのも納得である。
《でけえ煙突だろ? デカいところで100m超えの煙突もあるらしい。小さくて50m級なんだとか》
アナウンスで捕捉してくれるパヴェル。あの煙突で100m以上なのかと息を呑むが、やたらと地震の多い事で知られる日本出身の日本人的には、これグラグラ来たらこの街死ぬんじゃないかという不安が頭の片隅に涌き出てくる。ちゃんと耐震構造になってる? 安全基準は満たしてる?
列車が緩やかに減速、駅にあるノマド用のレンタルホームへと入って行く。
俺たちのように列車で各地を移動しながら活動する冒険者も多いので、大体の駅にはこういった冒険者用のレンタルホームが用意されていて、通常のホームと分けられているのだ。通常のホームに停車したら列車の運行に大きな影響が出てしまうからな。
《ザリンツィク、ザリンツィクでございます。お降り口は左側です。当列車は機関車のメンテナンス及び今後の猛烈なドチャクソ積雪のため、来春までここに停車いたします。街を見物しに行くなり、仕事するなりご自由にどうぞ》
「だってさ、どうする?」
「ご主人様、いかがいたしましょう?」
「そりゃあ決まってる」
せっかく見知らぬ街に来たんだ、やる事はただ一つ。
「街を見て回ろう。行こうぜ」




