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発展の秘訣


 刀と剣が、激しくぶつかり合う。


 より深く、以前よりも更に一歩先へと踏み込んで振り払ってくるエミリアの剣は重い。刀で受ければずしり、と押し込んでくるような重みがある。


 刀の角度を傾けてそれを受け流し、反撃に刀を振るう。右から左へ、左から右斜め下へ、そのまま軌道を変えて右斜め上から左斜め下へ。流れるような連撃は、しかしエミリアを捉える事は叶わない。するりするりと躱され、あるいは剣で受け流され、決定打にはなり得ない。


 やるな、と心の中で思いながら前に出た。


 エミリアは強い。今まで努力を積み重ね、何度も逆境を跳ね除けてここまで上り詰めてきた女だ。だからちょっとやそっとの揺さぶりには動じない。むしろ、多少の実力差があろうとも、やれるものならばやってみろと言わんばかりにどんどん前に出て打ち込んでくる。


 だからこそ、彼女とやり合うのは面白い。


 こういう相手だ。


 こういう相手とずっと戦いたかった。


 腰を捻り、体重を乗せて思い切り刀を振るう。ギャォッ、と空気が引き裂かれる音が響き、直撃馳せず掠めただけにもかかわらずエミリアの身体がぐらりと揺れた。


「!?」


 ここだ。


 体勢を立て直そうとするエミリアが、なりふり構わず剣を突き出してくる。崩れた態勢で咄嗟に放った一撃だから、勢いも何もあったものではない。少しでもこっちの攻撃を遅らせようと苦し紛れに放った一撃に過ぎず、首を傾けるだけであっさりと回避する。


 次の瞬間にはエミリアの首元に大太刀の切っ先が突きつけられ、彼女は目を見開いた。


「ふ……私の負けか」


「……」


 そっと刀を退け、鞘に収めた。


 普段はこちらも鍛錬用の剣でエミリアと戦うのだが、今日は彼女から「いつも使っている刀で戦ってみてほしい」という要望があり、その通りにした。


 結果、いつもは良いところで毎回鍛錬用の剣が折れてしまい敗北というお決まりのパターンには陥らず、こうして王手をかけることができたというわけだ。


 結局のところ、鍛錬用の剣では耐久性が不足していたのだ。これはイーランドに来てからに限った話ではないのだが、その辺の刀剣では本気で振るっただけで簡単にポッキリと折れてしまうのが悩みの種で、だからこそこの刀は特注品だった。


「いや、驚いた。その刀……少し見せてもらっていいか」


「どうぞ」


 剣を鞘に納めたエミリアにそう言われ、大太刀を彼女に渡す。


 大太刀であるためサイズ(刀身だけで1mほどある)は大きく、しかし受け取ったエミリアの顔には驚きの表情が浮かんでいた。ずっしりと重いというよりは―――想像していたよりも軽くて驚いているような、そんな感じだ。


 そして彼女が口にした感想も、思った通りのものだった。


「軽いな」


「だろ」


「片腕でも振りやすくするためか」


「それもあるが……」


「ん、他に理由があるのか?」


「まあ、一番は耐久性だろうな」


 ほう、と呟いたエミリアが刀身の方に触れようとしたので、俺は少し慌てて彼女の手を止めた。


 彼女も刀身が発する熱を察知したようで、慌てて手を引っ込める。そのまま何も知らずに刀身に触れていたら火傷では済まない……指先の皮が熱で貼り付いて大変なことになっていた筈だ。


「前から思っていたのだが、この熱は何なんだ」


「本気で刀を振っているうちにこうなってる」


「魔術とかではなく?」


「ああ。前も言ったろ、俺のは適正F-だって」

 

 そんな適正じゃあ何も使えないよ、と自嘲気味に笑う。


 昔は本当に苦労した。どん底から努力で這い上がるのは速河家のお家芸、歴代当主もそういった素質に優れた人物ではなく、誰もが幼少の頃から一点特化で努力を続け高みへと這い上がっていった人ばかりだと聞いている(そういう意味では二重属性の適正を持つ信也は異質だ)。


 特に魔術の適正ばかりは生まれ持った素質であり、努力でどうにかなるものではないから早々に見切りをつけた。中にはそれが認められず、努力や何かしらの後天的な要素で適性を手にできると信じ生涯を無駄にしてしまう者も多いのだそうだ。


 菜緒葉から水筒を貰い、中に入ってた水を刀身にかけた。じゅう、と灼熱の鉄板の上に落とされたかのように水が蒸発し、むわっとした湯気が周囲へと広がる。


 湯たんぽほどの熱さにまで冷えた刀を鞘に納め、背伸びをした。


 やはり食事の後は戦いに限る。


 最近だが、やっとイーランドの食事にも慣れてきた。ローストビーフとフィッシュアンドチップスは冗談抜きで美味い。しかしウナギゼリーは勘弁……。


 どうする、もう一回やるか、なーんてエミリアと話していると、ドレス姿のエリスがこっちにやってきた。


「あら、2人とも。今日もまた剣術の鍛錬?」


「ああ、姉さん」


 うふふ、といつもの優し気な笑みを浮かべてこっちにやって来るエリス。手には小さな鞄があるが、これからどこかへ出かけるところなのだろうか。


「外出か?」


「ええ。あ、そうだ。エミリア、ちょっと付き合ってくれないかしら?」


「はぇ?」


 意外だった。


 公務や仕事での外出ならばまだ分かるが、エミリアはあまり屋敷を出ない。いつも中庭か地下庭園に籠って剣術の鍛錬に精を出すか、自室で恋愛小説(可愛いなオイ)を読んでいる程度のものだ。意外とインドア派なのかもしれない。


 そんな彼女が買い物だとか、プライベートで外出するのはかなり珍しい。実際エリスもエミリアのそういう性格を把握しているから、あまり積極的に彼女を誘おうとはしないのだ。


 ウィリアム氏曰く、姉妹で仲良く買い物に行くのは2人にとって特別な日……例えばエミリアかエリスの誕生日だったりとか、剣術の大会で優勝した時だとか、エリスが魔術学校を首席で卒業した時だとか、そういう祝い事がある時なのだそうだ。


 あれ、なんかあったっけ……?


「まあ……構わないが」


「それはよかった。ちょっとね、エミリアに紹介したい化粧品があるのよ」


「ふむ」


 化粧品、ねぇ……。


 わかった、とエミリアは言うと、腰に提げていた剣を鞘ごと外し、傍らに控えていたメイドのチェルシーに預けた。さすがに鍛錬で汗をかいた状態で外出というわけにはいかないようで、「シャワーを浴びてくる」と一言告げると中庭を去っていく。


 彼女がシャワーを済ませたら、俺も汗を流してくるか。確か午後からウィリアム氏と一緒に造船所の視察があったはずだ。あくまでも護衛として、そして先進技術をこの目で見るための同行ではあるが、身なりは清潔にしていなければペンドルトン家の評判に関わる。


 中庭を去っていくエリスに手を振っていると、いつの間にか隣にいた菜緒葉(お前いつからそこにいた)が手にした新聞紙を差し出してくる。


「なんだ」


「いえ、坊ちゃまにはお懐かしい名前が記事に」


「ん」


 受け取った新聞紙を広げた。


 耳に装着した翻訳装置の恩恵で、新聞記事を構成するイーランド語の羅列は今や未知の言語ではなくなった。確かに目につくのはイーランド語の羅列ではあるが、その文章が意味する内容がさながら母語を読んでいるかのように頭の中に自然に入って来る。


 そこに記載されていたのは、ノヴォシアで『未知のエンシェントドラゴン”マガツノヅチ”が討伐された事』、そして『それを討伐したのが”血盟旅団”という冒険者ギルドと、倭国からやってきた市村範三という侍の手によるものである事』。


 写真はないが、その記事を目にした時にはもう口元に笑みが浮かんでいた。


「……ハッハッハッ、そうかそうか」


 範三、ついにやったか。


 両親と一族の仇、そして薩摩の皆の仇を、ついに。


 異国の地にまで渡り、本懐を遂げたか―――見事だ。


「確か、坊ちゃまがお世話になった剣術の師範もこのマガツノヅチに」


「そうだ。アイツは皆の無念を晴らしたのだ」


 これで、志半ばで散っていった師範や兄弟子たち、そして多くの門弟たちも報われるだろう。


 何度打ちのめされても、何度鍛錬用の刀を弾き飛ばされても折れる事無く挑んできた範三の執念ならばいずれは成し遂げるだろうとは思っていたが、そうか……ついにやったか。


 強くなったものだ、あの男も。


 俺も負けてはいられない。





















 巨大な船体の各所で、溶接の火花が散っていた。


 ペンドルトン家の屋敷、そのウィルバー海峡側に面した造船所の一角。以前は戦艦ドレットノートの建造を行っていたそこではドレットノート級の三番艦”エジンコート”の建造が急ピッチで進められているようで、天井を巨大なクレーンがひっきりなしに行き交っている姿はまるでSF小説の世界にでもやってきたかのような、そんな感じがしてしまう。


 既に二番艦”ジャガーノート”は艤装も含めて完成し、先週には海軍へ正式に引き渡しとなった。完成したばかりのジャガーノートは早くも本国近衛艦隊の旗艦として就役、積極的に大西洋や北海に繰り出しノヴォシア艦隊と砲火を交える一番艦ドレットノートとは異なり、本国に居座り各方面へと睨みを利かせているという。


「大きいですね。倭国ウチの甲鉄艦とは大違いだ」


 先進技術の結晶、その光景に圧倒されてついそんな言葉が口から漏れる。


「はっはっは、それはそうだ。我が国の造船技術は世界一だよ」


 正確には我が国ではなく、ペンドルトン・インダストリーの技術力であろう。


 ウィリアム氏と共に工員たちの詰所へと向かうと、休憩中だった工員たちが挨拶で出迎えてくれた。皆夜通し働いて疲れているのだろう、目元にはクマが浮かんでいる。


 彼らを労いつつ、ウィリアム氏に案内され詰所の奥へと向かった。壁面にあるコルクボードには図面が貼り付けられている。船体を上から見た図と横から見た図、そして正面から見た図が記載されており、傍らには木製の模型も置いてある。ドレットノート級のものだ。


 傍らにいた技術者がウィリアム氏を出迎えると、簡単に説明してくれた。


「公爵様、軍から設計変更の要望が」


「聞こうか」


「はい。三番艦は一番艦と二番艦で採用した蒸気タービンを新型のものにアップデートしてほしい、と」


「なるほど、工期への影響は」


「配管周りの配置が大きく変わるので、機関部にかなり手を加える事になります。それと煙突の形状変更も。それに加えてマストの位置も変更してほしいとの事で……」


「ふむ……了解した、予算は確保しておく。設計変更案がまとまったら私のところへ持ってきたまえ」


「かしこまりました」


「それとアーサー、君もそろそろ休暇を摂りなさい」


「はあ……しかしそれでは艦の完成に遅れが」


「それもそうだが、この会社は君たち工員の貢献で成り立っているんだ。工員たちだって人間だ、機械じゃない。休みがなければみんな倒れてしまう」


 分からんかね、身体が資本なのだよ、とウィリアム氏は優しい声音で語り掛けた。


「それに、技術主任の君が休まなければ部下も休みを取り辛いだろう。君が先陣を切りたまえ」


「はあ……申し訳ありません、それではありがたく」


「そうしなさい。そういえば君の班のミッチェル、今度娘さんが生まれるそうだね。私も祝いの品を用意しなければ」


 なるほどな……ペンドルトン・インダストリーが海軍国で大きく発展してきた理由がよく分かる。工員を酷使するのではなく、しっかりと一人一人を気遣い休暇を与えている。しかも工員の事情もよく把握しているともなれば、下で働く工員たちもやりやすいだろう。


 部下を気遣ってくれる上司に部下はついて行く。戦国乱世でも同じだったはずだ。家臣を大切に扱う大名は、いつだって人望が厚かったものだ。それは歴史が証明している。


 2人のやり取りを見て納得していると、テーブルの上に別の模型がある事に気付いた。傍らには何やら戦艦の図面のようなものも置いてあるが、まだ書きかけらしい。


 ドレットノート級の発展型だろうかと思ったが、それにしては大きくかけ離れた大きさと形状だった。艦首は大きく盛り上がり、全長は320mもある。艦首には魚雷発射管を左右に2門ずつ合計4門、前部甲板と後部甲板には60口径44㎝4連装砲を4基16門……ドレットノート級ですら30.5㎝連装砲だというのに、何なのだこの化け物は。


 イーランドはこんなものまで建造しようとしているのか?


「ああ、それは我が社で計画した戦艦だよ」


「え」


 先ほどウィリアム氏に休みを摂りなさいと言われていた、アーサーとかいう技術主任が教えてくれた。


「”ジャック・ド・モレー級計画戦艦”。全長320m、44㎝4連装砲を搭載した海の王……まあ、こんな戦艦を建造するには、まだ我々の技術が足りてないからできないけど」


「ではなぜ?」


「まあ、あくまでも計画だよ。ドレットノート級だっていつかは旧式になる……だからこそ、新型戦艦の在り方を模索しておくのさ。そうじゃないとこの業界じゃあすぐ時代遅れになってしまうからね」


「なるほど……」


 イーランドの強みが分かった。


 先見性もそうだが、一番なのは柔軟性だ。部下を思いやり、現場からの意見にも耳を傾けそれを設計に取り入れる柔軟性は倭国にはないものだ。今の倭国はといえば、弱音を吐けば我慢しろと怒鳴りつけられ、意見を述べれば気合で何とかしろと根性論を吹っ掛けられる。事実、それで乗り切っている部分もあるが、そんな硬直した状態では迅速な成長は望めない。


 倭国へと書く手紙の内容が大体固まってきたところで、やがて造船所を意外な人物が訪れる事となった。


「ああ、ここにいらっしゃったのね父上」


「エリス?」


 造船所を訪れたのは、水色のドレス姿のエリスだった。大人の気品に満ちた彼女は、こんな鉄と機械油の臭いが充満する男だらけの職場を訪れるにはあまりにもミスマッチな人物であったが、しかし問題はそこではない。


 彼女は確か、エミリアを連れて買い物に行ったばかりでは?


「あれ、エミリアと買い物に行ったのでは?」


「私が? いつ?」


「いや、さっき」


「私、さっきまでずっとベイカー家に公務で行ってたのよ?」


「なんだって?」


 



 じゃあ……さっきのエリスは何だ?





 エミリアは何に(、、)連れていかれた……?




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― 新着の感想 ―
[良い点] ペンドルトンインダストリー。産業革命から程ない英国をモチーフにしたイーランド、その最大手企業としては驚くほどホワイト企業ですね。何せ史実の当時の英国の企業の労働環境は… やはり史実でも日露…
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