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イーランドに到着しても波乱が続く件


 水平線の向こうに陸地が見えた。


 聖イーランド帝国首都、ロードウ―――街のシンボルでもあるロードウ・ブリッジと時計塔がここからでも見える。白黒写真でしか目にする機会がなかったものだから、菜緒葉から借りた望遠鏡でしばらく見入っていた。


 あんな巨大な建造物をよく造り上げたものである。大都市の中に佇むそれらの巨大建造物はさながら西洋の城のようで、何とも言えぬ美しさがある。


 しばらくして、ロードウへ入港しようとしていたラ・ブランフルール号が進路を変えた。何かあったのかと望遠鏡から目を離すと、11時方向から接近してきた巨大な軍艦が迫っていたところだった。艦橋の脇では乗員がこちらに手旗信号を送っており、回避するよう促されたのだろう。


「Dit is 'n redelik groot skip(ずいぶんでっかい船だなぁ)」


 甲板をブラシで掃除していたギュンターが手を止めながら何か言っている。きっと「でかい船だなぁ」的な事を言っているのだとは思うが、彼の言語(菜緒葉曰く”カフリアーンス語”というらしい)は俺には分からん。


 せめて菜緒葉が通訳してくれれば円滑なやり取りができるのだが……しかし今のところ、身振り手振りとその場のノリでなんだかんだで意思の疎通は出来ている。人間とは不思議なものである。


 さて、その接近中の軍艦なのだが、改めて眺めていた俺は目玉が飛び出しそうになった。


 前部甲板に1基、艦橋脇からマストの辺りにかけて左右に1基ずつ、そして後部甲板に2基、合計5基も大口径の連装砲(おそらく30.5㎝砲)が乗っている。他にも速射砲や機関銃が搭載されているのが見えるが、列強国の海軍が保有している従来の戦艦のように副砲や中間砲を搭載している様子がない。主砲と、その他必要最低限の補助兵装のみを搭載した大型戦艦だ。


「ドレットノート……これが、これがそうなのか」


 ごう、とラ・ブランフルール号の左舷を通過していく巨大戦艦を見上げながら呟く。


 聖イーランド帝国海軍の誇る切り札にして、戦艦の在り方を一変させた変革の起点―――ドレットノート級戦艦、一番艦”ドレットノート”。主砲を大量に搭載した事により火力は高く、速力も優秀という、1888年現在では最も優れた戦艦であるとされている。


 この艦の就役が他国に与えた衝撃は大きく、北海の制海権を巡り同国と小競り合いが絶えないノヴォシア帝国もそれに習い、同様の”インペラトリッツァ・カリーナ級戦艦”の大規模建造に踏み切ったとさえ言われている。


 後方へ遠ざかっていくドレットノートの威容を目に焼き付け、誓う。


 必ずペンドルトン・インダストリーの社長の娘との婚約を勝ち取り、倭国にもあんな大戦艦を建造できる技術をもたらすきっかけになる、と。


 やがてはアレよりも大きな戦艦を建造できるように。


 この婚約が、祖国のためになると信じて。


 後続の巡洋艦や装甲艦、駆逐艦の群れを回避しつつ、港へと進んでいくラ・ブランフルール号。これだけの軍艦が出向していくのだから只事ではないだろう。ついにノヴォシアと開戦に踏み切ったのだろうか。


 いや、そんなわけはないか。もしそうならもっと大事になっている……列強国の中でも特に軍事力が突出した2ヵ国の全面戦争だ、この程度(、、、、)で済むわけがない。


 という事はアレか、いつもの北海での小競り合いか。小競り合いでドレットノートを出すのもいかがなものかとは思ったが、奥の方にある軍港の方を望遠鏡で何気なく覗いてみてその理由が分かった。


 今しがた目にしたばかりのドレットノート級戦艦、その同型艦と思われる戦艦が2隻ほど、そこで組み立てられているところだった。片方はもうほぼ完成しており、細かい艤装の搭載を受けているところだった。


 艦橋の付け根のところには『Juggernaut』と刻まれているプレートがあるが、アレなんて読むのだろうか。


「菜緒葉」


「はい坊ちゃま」


「アレなんて読むんだ」


「?」


 望遠鏡を彼女に渡し、指差しながら「ほらアレだよアレ、あの奥の」と場所を教える。


「……”ジャガーノート”ですわね」


「意味は」


「意訳すると”徹底的な破壊”という意味になります」


 随分荒々しい名前だが……30.5㎝連装砲を5基10門も搭載していればそうもなるだろう。あんなものを戦場に投入すれば敵艦は海の藻屑となり、艦砲射撃を受けた大地は焦土と化すに違いない。


 あの力、ぜひ倭国に。


 やがて、ラ・ブランフルール号が港へと入っていった。周囲にまるで小魚のようにタグボートが群がってきて、コンクリートで塗り固められた港へと船体を押し始める。


 錨が降ろされ、昇降用のタラップがかけられると、いよいよこの船やカレン船長、そしてクラーケンを仕留めた名砲手ことギュンターともお別れだ。向こうもそれを悟ったのだろう、カレン船長はギュンターを連れ、ニコニコしながらこっちにやってきた。


「Je vais te dire au revoir maintenant(これでお別れね)」


「これでお別れだそうです」


「ああ、世話になった。ありがとう船長。ギュンターも達者でな」


「Merci pour votre aide, Capitaine. merci.(お世話になりました船長、ありがとう)Meneer Gunter, ek wens u sterkte toe op u reis(ギュンターさんもお元気で)」


 すげえ、複数の言語を通訳してるよ菜緒葉……なんだコイツ有能か?


 彼女が翻訳した言葉を耳にした2人は、親しげな笑みを浮かべつつ手を差し出した。


「Je prierai depuis la mer pour un mariage réussi(結婚、上手くいくと良いわね。海の上から祈ってるわ)」


「Wees 'n wonderlike bruidegom, ek wortel na jou, Rikiya(立派な花婿になれよ。応援してるからな力也)」


「なんて?」


「お二人とも結婚が上手くいくよう祈っている、と仰っています」


「あはは、ありがとう」


 カレン船長、それからギュンターと固い握手を交わす。


 2人と、それから世話になったラ・ブランフルール号の乗員たちとはこれでお別れになるが、彼等も時折倭国とかイーランドを訪れているそうなので、もしかしたらまた会う機会もあるだろう。その頃にはお互い土産話も色々とできているだろうし、そういった話に花を咲かせるのも悪くなかろう。


 もう一度挨拶してから、菜緒葉と共にタラップを降りた。


 ラ・ブランフルール号の乗員たちに手を振って見送られつつ、港を後にする。


 さて、これから目指すはペンドルトン・インダストリー本社だ。


 ペンドルトン・インダストリー……速河重工がそうであるように、ペンドルトン・インダストリーもまたイーランドという大国の軍需産業の一翼を担う大企業である。


 機関銃や軍用車の製造も行っているようだが、特に強みを持つのは造船技術だ。徹底して合理化された造船工程と高い技術力は国内外でも極めて高い評価を受けており、特に国内においては軍艦建造のリーディングカンパニーであるとされている。


 創設者はビショップ・カッシン・ペンドルトン。貴族でありながらも自ら捕鯨船に乗り込んでいたことで知られるが、ある日巨大なクジラとの衝突事故で乗っていた捕鯨船が沈没、自分を除く乗員全てが溺死した出来事から「絶対に沈まない船を作る」という確固たる信念の元、造船業へと転じた経緯を持つのだそうだ。


 イーランドは海洋国家であり、軍事力に力を入れるとなれば当然海軍が優先される(そしてその海軍は伝統的に”ロイヤルネイビー”と呼ばれている)。彼の抱いた信念と海軍増強を優先したい祖国の利害は見事に一致し、堅牢堅実をモットーとする経営方針もあり、帝国内で彼の造船所は瞬く間に信頼を勝ち取り規模を拡大、そして今に至るというわけだ。


 伝統ある名門一族へと婿に出されたわけだが、それを言わせたらこっちだって平安時代から続く刀鍛冶職人の一族だ。戦国時代は鉄砲鍛冶にも事業を拡大、舞台裏で戦国乱世を渡り歩いてきた速河家の男である。胸を張らなければ。


 などと緊張しながら歩いていたその時だった。


 石畳できっちりと舗装された道の向こうから、1台の車がやってきた。丸いメガネみたいなライトと角張ったボンネットに銀色のグリル、流線型のシャーシに箱型の車体が乗ったような、角張りたいのか流線型でいきたいのかよく分からない外見の車だった。


 後ろにはスペアタイヤが乗っている。


 偉そうな人が乗ってる車だなぁ、と思いながら見ていると、その車はこっちに幅寄せしながらぴたりと停車した。


 なんだなんだと身構え、菜緒葉もそっと前に出る。すると運転席の扉が開き、中から立派なスーツに身を包んだ黒豹の獣人の男性が出てきた。


「Are you Mr. Hayakawa? Please come welcome(ハヤカワさんですね? ようこそお越しくださいました)」


「Who are you?(あなたは?)」


「I was picked up from Pendleton Industries. The president and the young lady are waiting for you, come on(ペンドルトン・インダストリーの者です、あなた方をお迎えにあがりました。さあどうぞ、社長とお嬢様がお待ちかねです)」


「……なんて?」


「ペンドルトン・インダストリーから迎えに来てくださったそうです。社長とお嬢様がお待ちかねである、と」


「お、おう……それじゃあ、よろしくお願いします」


「Thank you for coming to pick me up. Please take us to the headquarters(お迎え感謝します。それでは申し訳ありませんが、本社までお願いします)」


「Please take a ride(ええ、それではお乗りください)」


 せんきゅー、とすっげえ酷い発音のイーランド語で感謝の意を伝えながら車の後部座席に乗り込んだ。シートベルトを締めるとすぐに車が走り出し、石畳で舗装された車道の上をすいすい進んでいく。


 やがて、フランシス共和国とイーランド帝国の間に広がる海峡―――”ウィルバー海峡”を一望できそうな場所に屹立する巨大な建物が見えた。表側は貴族の屋敷のようにも見える豪華な建物だが、しかしその裏庭はそのまま造船所へと繋がっているようだった。


 ラ・ブランフルール号の甲板から見えたドレットノート級戦艦の同型艦『ジャガーノート』の後ろ姿がここからでも見える。後部甲板に2基、背負い式に搭載されている30.5㎝連装砲の迫力は圧巻だった(ちょうど砲塔の上に速射砲がクレーンで乗せられているところだった)。


 正門のところで一旦車が停まり、銃を持っていた警備兵に運転手が何やら告げている。お客様をお連れしたとか、そんな感じの事を言っているのだろうが、しかし力也さんには何をしゃべっているのかさっぱりだ。菜緒葉から一ヵ月間、寝る間も食べる間も、そして鍛錬の時間も惜しんでイーランド語の勉強を受けたというのに全く分からない。


「菜緒葉」


「はい、坊ちゃま」


「俺なんだか不安になってきたよ」


「だからあれほどお勉強は大事だと申し上げた筈」


「はい……ごめんなさい」


 もっと真面目に勉強すればよかった……筆回して遊んでる場合じゃなかったわコレ。


 これでもし粗相があったりして婚約破棄になんてなったりしたら切腹モノだ。まず間違いなく生きて祖国の土を踏む事は叶わんだろう……戦場いくさばで死ぬなら名誉の戦死と言えるが、これはさすがに末代まで続く恥になる。


 大丈夫かなコレ、と思いながら待っていると、見張りの兵士が後部座席の窓の外からこっちを覗き込んだ。客人とやらの顔を拝もうというのだろう。とりあえず失礼の無いよう、笑みを浮かべながら「は、はろー」と引きつった声で手を振って応じると、警備兵は「何だコイツ宇宙人か?」みたいな感じの顔でそっと後退りしていった。


 あはは……はろーえぶりわん。


 そのまま敷地内へと車が入っていく。庭には石畳で舗装された車道があり、正面玄関の入り口辺りには噴水……ではなく、造船業を生業としてきた貴族の家らしく、錨を模したモニュメントが飾られてあった。


 玄関の前で車が停まるや、運転手が降りてきてドアを開けてくれる。せんきゅー、と倭国訛り全開のイーランド語で礼を言いながら菜緒葉と共に降りると、運転手は一礼してから車をどこかへと走らせていった。


 さて、これ入っていいのかな……と少し悩んでいると、玄関の大きな扉が開き、メイドを引き連れた金髪の女性がやってきた。


 海軍の軍服にも見えるデザインの変わったドレスを身に纏い、整った顔には柔和な笑みが浮かんでいる。年齢はおそらく二十歳くらい、俺よりも年上なのだろう。年上の女性が発する包容力と優しさがその笑みからは溢れている。


「Nice to meet you, are you Mr. Hayakawa?(初めまして、あなたがハヤカワさん?)」


「ええと、ハロー。マイネームイズリキヤ・ハヤカワ。ナイストゥーミーチュー」


 通じるかな、と不安になっていると、女性はニコニコしながらメイドに何かを渡すよう目配せした。後ろに控えていたメイドが一礼し、手にしていた小さな機械を俺に渡してくる。


「Could you use the translation device? Your Elandic language has a bit of a strong accent(翻訳装置を使ってくださるかしら? あなたのイーランド語は少し訛りがきつくて)」


「なんて?」


 菜緒葉に問うと、彼女は溜息をついてからどぎつい通訳をしてくれた。


「あなたのイーランド語は下手くそで聞き取れないので翻訳装置を使ってくださいだそうです」


「……お前もう少しこう、ビブラート(、、、、、)に包んで物を言えよ」


「それを言うならオブラート(、、、、、)です坊ちゃま」


「う゛」


 何で俺いつも菜緒葉に頭が上がらないんだろう……主人俺なのに……。


 などと心の中で思っていると彼女に睨まれたので、とりあえずメイドさんから受け取った翻訳装置を耳に到着した。俺の耳には少々小さいが、これでいいだろうか。


「これで言葉は分かるかしら?」


「!」


 先ほどまで異国の言語で話していた彼女の声が、はっきりと慣れ親しんだ倭国語で聞こえた。


 翻訳装置……素晴らしい、イーランドではこんな機械が実用化されているのかと感激したが、それはそうとして俺の一ヵ月の努力が無駄になったような気もして虚しくなった。こういうどっちに転んでもロクな結果にならないのほんと理不尽だと思う。


「初めまして、ミスター・ハヤカワ。私はエリス。”エリス・シンシア・ペンドルトン”よ」


「俺……じゃない、私は速河力也。こっちは付き人の菜緒葉。よろしくお願いします」


「ふふっ、少々ぎこちないけれど、そこもなかなか可愛らしいわね」


 ちょっとドキッとした。


「さあ、こちらにどうぞ。奥で父上もお待ちかねよ」


 そう言い、屋敷の奥へとメイドと共に歩き始めるエリス。


 俺も菜緒葉を連れ、屋敷の中へと足を踏み入れた。


 ところで、俺が結婚する事になる人ってもしかしてこのエリスっていうお姉さんなんだろうか。もしそうだとしたら今回の結婚の話、俺はとんでもない大当たりを引いたかもしれない。


 



 ……にしても、あのエリスと名乗った女性……彼女にはなんだか、初めて出会ったような気がしないのはなぜだろうか?






※史実においてドレットノート級戦艦に同型艦は存在しません。なので今回出てきたドレットノート級戦艦『ジャガーノート』は架空艦です。歴史のIFとしてお楽しみください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 19世紀に弩級戦艦が複数列強で竣工しており、自国では甲鉄艦が精一杯じゃあそりゃ焦りますよね…海賊やモンスター相手に無双できても、軍艦を作るのとは別の才能ですから。 弩級の何がヤバいって波動…
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