呆気の無い幕切れ
《Экстренное оповещение всех охранников!! Подтверждено, что злоумышленник находился у седьмых ворот! Если вы свободны, немедленно спешите на место происшествия и устраните злоумышленника!(警備員各員へ緊急連絡!! 第七ゲート付近に侵入者を確認! 手の空いている者は直ちに現場へ急行、侵入者を排除せよ!)》
標準ノヴォシア語でのアナウンスと共に、いたるところで警報が鳴り響き始めた。
侵入者が第七倉庫付近まで侵入してやっと、施設全体が侵入者の存在に気付いたのだ。あまりにも遅すぎる―――立派な装備ばかり与えられて、肝心な警備兵の警戒心がこれではな、と胸中に悪態を渦巻かせながら、少年の後を全力で追った。
台車を押す奴隷たちを押し退け、曲がり角から飛び出してきた警備兵を殴り倒しながら前へと進む少年。地面に転がる奴隷や警備兵、主の手を離れ佇む台車の上を軽やかに飛び越えながら後を追う。
少年のすぐ後方には、クラリスが操縦する警戒用ドローンが忍び寄っていた。4つのローターで飛行する一般的なタイプのドローン、その下部にはセンサーと一緒にPP-19機関短銃がぶら下げられていて、レーザーサイトは少年の背中へとぴったり当てられている。
けれども一向に発砲する様子がないのは、周囲に従業員がいるからだ。
従業員たちは奴隷であり、人権がない上に元は凶悪犯罪者なのだから別に殺してもいい……とはならないのだ。ここで思い出してほしいのは、奴隷たちは人権がなく、購入した主人の”財産扱い”されるという事。つまり所構わず銃を乱射して奴隷を殺傷するという事は、クライアントの財産を破壊する事と同義なのだ。
奴隷の値段はピンキリで、特に綺麗な女性であればその値段は跳ね上がる傾向にあるが、安い奴隷でも20万から30万ライブルはする。冒険者にとっては結構な大金だ……罪を犯し人権を剥奪された罪人とはいえ、その命にはそれだけの値打ちがある。
そういう事もあって、迂闊な発砲は憚られた。なるほど、警察組織が流れ弾や貫通した弾丸などによる周辺への被害を嫌い、射程の短いショットガンや貫通力の低いSMGの使用を好む理由がよく分かるというものだ。こうなる事が分かっていたなら俺もPP-19を携行してきたのだが、今更後悔してももう遅い。
逃走する少年は大きな通路を通過、『склад №7(第七倉庫)』と記載された建物の裏口のドアを思い切り蹴破ろうとする。しかし勢いを乗せた蹴りでもびくともしなかった扉に苛立ちを覚えたようで、背負っていたHK416でドアノブを撃ち抜き強引にこじ開けて中へと入っていきやがった。
俺も同じように大きな通路を全力ダッシュで横断、右からやってきた大型トラックに轢かれそうになりながらもギリギリ回避しつつ、武器をAK-19からグロック17Lに持ち替える。ブレースとフラッシュマグ、マガジンエクステンションの採用で43発入りとなったマガジンを採用するピストルカービンを構え、俺も倉庫の内部へと突入した。
先に逃げ込んだ少年は通路を歩く従業員たちにぶつかりながらも、奥へ奥へと進んでいった。
「みんな逃げろ! 逃げるんだ!!」
屋内で仕事をする従業員たちは比較的薄着だから、首輪がはっきりと見える。それを見て彼らが奴隷だと分かったのだろう、活動家である少年は奴隷たちに逃走を促すが、しかしその通りに動く奴隷たちは皆無だった。
それもそのはず、仕事中にいきなり乱入してきた部外者に「逃げろ」と言われてすぐさま逃走しよう、こんな場所から逃げ出そうと行動を起こす人間はそういないだろう。彼らの顔にあるのは救世主の到来を待ちわびる弱者としての顔ではなく、ただただ困惑するような、そんな感情だった。
奴隷たちの間をすり抜け、先ほど少年とぶつかって尻もちをついていた奴隷が持っていたバールを拝借。背後から「ああっ、ちょっと!」と制止する声が聞こえてきたが、構わずそのまま追いかけた。
右へと伸びる曲がり角を曲がる少年。俺も後を追って飛び出そう……としたところで、嫌な予感がした。飛び出したらアカン、と本能で理解し立ち止まった直後、バヂバヂンッ、と数発の5.56mm弾が壁を打ち据える。
考えるまでもない、あの少年のHK416による射撃だった。
クソッタレめ、と意を決し顔だけ曲がり角から出してすぐに引っ込めた。直後、ミカエル君の顔がさっきまであった空間を数発の弾丸が突き抜けていき、甲高い跳弾の音を響かせる。
「君みたいな小さな子が、なぜあんな連中に肩入れする!?」
射撃しながら、少年が問いかけてきた。
「奴隷たちがどういう待遇を受けているのか分かっているのか!? 彼らは富裕層に搾取され、使い捨てられているんだぞ!?」
射撃が途切れるのを待ち、俺も飛び出してグロックを撃ち返す。パパパン、パパン、と軽快な銃声が響くが、しかし少年はすぐに遮蔽物に隠れてやり過ごした。反射的に隠れたというよりは、たまたま隠れていたところを銃撃しただけらしい。
43発という大弾数にものを言わせ、そのままガンガン撃ちまくる。同時に前方に磁界を傘状に展開、反撃の銃弾を受け流しつつこちらの弾丸で応戦しつつ前進した。
9×19mm弾が磁界を通り抜け、後方からの磁力の反発を受けてさらに加速。ちょっとした『リニアガン』のように弾速を大幅に強化された弾丸が遮蔽物を貫通、その向こうで少年が悲鳴を上げた。
「ギャァァァァァァァァ!!」
今だ、と前に出る。
磁力魔術の副産物だ。相手からの攻撃は受け流し、こちらからの攻撃は磁界通過の際に後方から”押す”事により弾丸を加速させる―――攻防一体の不可視の盾である。
これにより、相手が磁力の影響を受ける金属を使用している場合に限って俺は絶対的なアドバンテージを得ることができるのだ。
欠点を挙げるとすれば、肝心なミカエル君本人が魔力量にも適正にも恵まれておらず、”稼働限界”にそれほど余裕がない事か。
しかし今はまだ魔力に余裕がある。これならばゴリ押しで何とかなる―――そう判断し、積極的に前に出ながらガンガン撃った。
少年は銃だけを遮蔽物から出しながら弾丸をばら撒いてきたが、しかし5.56mm弾の鋭利な先端はミカエル君を捉える事はなく、着弾するよりも手前で上へ下へ、左へ右へと、何も無い空間を滑っていく。
少年が動いた。
遮蔽物を飛び出し、血が溢れ出す左肩を押さえながら走って逃げていく。床にはぽつぽつと紅い雫が流れ落ち、彼の逃走経路を教えてくれた。
まだやるのか、と悪態をつきながらマガジンを交換。まだ中身の残っているマガジンを外し、フラッシュマグに装着されている予備のマガジンを装着、先ほどまで使っていたマガジンをフラッシュマグに差し込んで彼の後を追う。
「阿呆だなお前は」
周囲に奴隷たちがいない事を確認し、逃げる少年の背中へとグロックを撃ちながら言った。
「”郷に入っては郷に従え”って言葉を知らないのか」
「何を!」
通路は肌寒くなってきた。おそらくだが、大規模冷凍庫が近いのだろう。
積み上げられた木箱の陰からHK416で応戦し、少年も負けじと叫ぶ。
「可哀想だとは思わないのか、彼らが!」
「思わないね」
磁界で弾道を逸らし、撃ち返す。
「彼らは罪人だ」
「だからってあんな非人道的な行いが許されていいのか!?」
「奴隷たちは死刑判決が下っていてもおかしくない大罪人だ。人権の剥奪という刑法には厳格な規定がある、恣意的な運用は有り得ない」
「君は見た事があるのか、女性が尊厳を踏み躙られているところを! 男性が強制労働を強いられているところを!」
「ああ、クソほど見てきた」
「だったらなんで―――」
「―――それが”法の支配”によるものだからだ」
逃げながら銃を撃っていた少年は、やっと逃げ場が限定されてきた事に気付いたらしい。
事前にクライアントから渡された図面で、倉庫の中がどういう構造になっているかは把握している。作業員用のこの通路の先は大規模冷凍庫―――大量の水産加工物が冷却剤によって-60℃まで冷却され、出荷されるその時を待っているのだ。
後ろからバタバタと足音が聞こえてきた。ちらりと視線を向けると、レバーアクションライフルを抱えた数名の警備兵が走って来るのが見える。
彼らとてパルコフ水産の専属警備兵。元軍人や傭兵崩れ、冒険者を経験したベテラン揃いだ。仕事で成果を出すために多額の出資を受けている彼らが雇われの冒険者に後れを取ってなるものかと息巻くのも分かるが……。
「Где злоумышленник!?(侵入者は!?)」
標準ノヴォシア語で問いかけてくる警備兵。彼等にも伝わりやすいよう、慣れ親しんだイライナ語やイライナ訛りのノヴォシア語にならないよう気をつけながら言った。
「Я просто загнал его в угол. Пожалуйста, на всякий случай защитите выход на противоположной стороне(冷凍庫に追い込んだところです。念のため反対側の出口を固めてください)」
「понял!(了解した!)」
さてと。
銃撃がぴたりと止んだ。こちらの期待する通り、冷凍庫へと逃げ込んでくれたのだろう。点々と続く血痕は確かに冷凍庫の中へと続いているようだ。
ハッチの開閉レバーのところには、べっとりと紅い血糊が付着している。
壁を伝ってくる冷気でシャーベット状になった血で覆われたレバーを引き、冷凍庫のハッチを開けた。
中はまるでこの世の終わりのようだった。氷河期さながらで、吐いた息すら瞬時に凍てつくほどの極寒。床に付着した血痕は完全に凍り付いていた。
ヒトの気配を感じ、左へと飛んだ。直後、足元から弾丸が跳弾するような音が聞こえてきたが、何も考えずにそのまま海産物の入った木箱の陰へと滑り込む。
「金をどれだけ積まれたかは知らないが、今すぐこんな事はやめるんだ!」
「この世界にはこの世界のルールがある。それを自分の尺度で捻じ曲げようなんて傲慢だとは思わないか?」
「黙れ悪党め!」
悪党、ね。
心外だな。こっちは財産を守るために仕事を引き受けたんだが。
しかし、このまま長ったらしい銃撃戦に付き合うつもりはない。被害が拡大する前に早いところ済ませたいが……。
先ほど奴隷から拝借したバールを頭上へと放り投げた。反射的なものなのか、少年がそれを5.56mm弾で撃ち抜く。
銃口が上を向いている間に、俺は身を乗り出してグロックを撃った。
少年は慌ててコンテナの陰に隠れたが―――彼の頭上、ちょうどコンテナの上を走る配管に目をつけたミカエル君は、報酬が減額されるのを覚悟の上でそれに9×19mm弾を撃ち込んだ。
ガンガンガンッ、と3発ほど撃ち込んだあたりからだろうか。金属製の配管に穴が開いたかと思いきや、中から加圧された真っ白な液体が勢いよく吹き出して、少年の隠れていたコンテナを覆い尽くした。
「うわ……あ……ぁ……!」
「……」
冷却液だ。
この学校の体育館の4倍から5倍くらいは面積のある大規模冷凍庫を-60℃に冷却している冷却剤―――外にあった複数のタンクから供給されていた代物、おそらくはその原液であろう。
それを頭上から浴びたのだからひとたまりもない。少年の小さな悲鳴が聞こえたかと思いきや、ドライアイスのような煙の中から、真っ白に凍り付こうとしている少年が這い出てきた。
まるで救いを求めるように手を伸ばす少年だったが、それもすぐに動かなくなって―――彼の手から銃が消失、死亡を確認した。
「……馬鹿野郎」
感情で動くからだ。
活動家にはまともな奴はいないのか、と思いながら、無線機のスイッチを入れた。
「……こっちは終わった。そっちは?」
《こっちは特に侵入者ナシ》
「じゃあコイツ単独での犯行か」
ならいい、これが集団での犯行だったらもっと面倒な事になっていた。
クライアントに報告に行くか、と踵を返そうとしたその時だった。ちょうど俺が入ってきた入り口とは反対側のハッチが音を立てて開き、向こうから厚着姿のクライアント―――パルコフ氏が、カメラを手にした警備兵と共にニコニコしながら入ってきた。
グロックをホルスターに戻し、一礼する。
「パルコフさん」
「やあやあリガロフ君、終わったようだね? で、こいつが犯人かね?」
「はい、仕留めました。それから申し訳ありません、設備に多少の損壊が……」
「いやぁ、構わんよ」
パルコフ氏がそう言う間にも、厚着姿の警備兵が近くにあった大きなバルブを3人がかりで回し始める。先ほど撃ち抜いた配管から漏れ出ていた冷却液がぴたりと止まった(おそらくは閉止バルブを完全閉止したのだろう)。
警備兵からカメラを受け取り、凍死した少年の写真を撮り始めるパルコフ氏。記念撮影のつもりかと彼の倫理観には驚きを覚えたが、しかしこれも仕事だ。向こうは雇い主、こっちは雇われ。元々直接契約という第三者の検閲が入らない形での仕事なのだから、こういう事になるのは覚悟していた事である。
「ははははは、いやー……なかなか面白い余興を見せてもらった。この写真は額縁に入れて保存するよ」
「はあ」
「設備の破損だが、まあ面白いものが見れたから報酬からの減額はナシだ。ありがとうリガロフ君、君たちを雇って正解だった」
手を掴まれブンブンと握手されるミカエル君。それに何とも言えぬ心地の悪さを感じたのは、きっとこの場にいる人の中では俺だけだろう。
後味の良い完全勝利とは、つくづく稀有なものである。




