バトンタッチ
そろそろ交代時間かな、と思いながら待っていると、メインゲートのある方向から冬季迷彩で塗装された1台のピックアップトラックが走って来るのが見えた。
大きなボンネットに武骨なグリル、そして巨大な車体を支える6つのオフロードタイヤ。血盟旅団が所有するヴェロキラプター6×6である事が分かる(というかこんな車両持ってるのウチだけだろう)。
ウラル-4320の隣に停車したピックアップトラックから、新しい食料と燃料の入ったジェリカンを持ったモニカ、範三、リーファの3人が降りてくる。運転席で爆睡中だったクラリスに代わってロックを解除しつつ、後部座席に設けられたドローンの操作パネルをタッチしてドローンをスリープモードに。バッテリーにはまだ余裕があるから帰投させなくても大丈夫だろう。
「カーチャ、お仕事終了だ。戻ってきて」
《了解。このままじゃ私まで凍りそう》
無線でカーチャにお仕事終了を告げていると、荷台に物資を積み込んだモニカが後部座席に乗り込んできた。
「お疲れ様ー。どう?」
「なんもなかったよ」
そう言いながら、第七ゲートを通過していったトラックの入場、退場記録のファイルを彼女に見せた。依頼内容は第七ゲート周辺の警備であり、このゲートを通過していく車両は全て検査の対象になる。トラックの運転手が本人かどうか、入場許可証は持っているか、荷台にある積み荷は搬入リストに則ったものであるかどうかをチェックしなければならない。
そう言った傍からゲートの向こうからトラックのライトが見え、一旦モニカに退いてもらってから外に出た。こういう引継ぎの最中に来られるのクッソ迷惑なんだけど分かる人いる?
手を振りながらトラックの前に立ちはだかり、AKをいつでも撃てるように準備しながらトラックを停車させる。運転手は不満そうな顔でこっちを睨んできたが、これも仕事なので仕方がない。クライアントからは「検査に応じない者、または本人と一致しない者、搬入リストにない物資を持ち込もうとする者は容赦なく射殺して良い」という許可を貰っている。
できる事なら穏便に済ませたいし、この一週間流血も何もなく済む事を願ってやまないのだが……最悪の場合は、覚悟してもらおう。
「血盟旅団です、社長から第七ゲート近辺の警備を依頼されています。入場許可証並びに搬入リストをお見せ願えますか」
「はいよ」
入場許可証からチェック。間違いなくこれはパルコフ水産が発行している入場許可証だ、登録番号もしっかりと記載されている。そしてそれに添付されている白黒写真と運転手の顔を見比べてみるが、本人のようだ。
《ミカ、運転手には狙いを定めてる。荷台の確認を》
「はいよ……ちょっと積み荷を検めさせてもらいますね」
視線だけを左へと向けると、フェンスの向こうに並ぶ何かのタンク(冷却剤か何かか?)の上にあるメンテナンス用足場のところで、白いギリースーツ姿のカーチャがステアー・スカウトのバイポッドを展開、運転手へ狙いを定めているところだった。何か不審な動きがあればすぐさまぶち抜くつもりらしい。
警戒しながら荷台の幌を開けた。トラックのこういうところには人を隠すのにうってつけだ。もちろん搬入リスト通りの物品を積んでるのかもしれないが、中に活動家の連中が紛れ込んでいるかもしれない。こういうところにまで目を光らせておかなければ……万一敵の侵入を許してしまったらこちらの責任問題になる。
荷台の中へと入り、中をチェック。
中身は木箱がいくつか積まれているくらいだった。
太腿に巻いている工具用ホルダーから小型のバールを取り出し、木箱を1つずつこじ開けていく。これは魚肉の冷凍ブロック、こっちはエビの冷凍ブロック、こっちは鰤、こっちは大量の冷凍ザリガニ。搬入リストに記載のある物品だし、分量も一致する。
積み荷には異常が無さそうだが……。
箱の蓋を戻し、荷台から飛び降りる。
これで終わり……ではない。
ホルスターからグロック17L(ブレースとフラッシュマグを搭載したピストルカービン仕様)を取り出してライトをスイッチオン、しゃがんでトラックの車体の下を覗き込む。
こういうところに不審者が貼り付いていたりとかしそうだが……どうやら何もないようだ。
ライトを切って運転手のところへと戻り、入場許可証と搬入リストを返却する。
「ご協力ありがとうございます。何も問題がない事が確認出来ましたので、どうぞお通りください。お時間をとらせてしまい申し訳ありませんでした」
「おう、仕事ご苦労様」
ぶっきらぼうに言い残し、運転手は第七ゲートの方へとトラックを進めていった。どこかで監視している係員が居るのだろう、トラックがゲートに近付くや、周囲にある機械から蒸気が漏れ出し、巨大な歯車が軋むような音を立てながらゆっくりとゲートが解放されていった。
第七ゲートの向こうは駐車場になっていて、こちらに開示された情報によると第七倉庫には巨大冷凍庫があるそうだ。カーチャが今いるタンクに充填されている冷却剤はそこで使うためのものなのだろう。
海産物は鮮度が命なので、とにかく早めに冷凍してしまわなければならない。もたもたしていたらすぐに腐ってしまう。
トラックが第七ゲートの向こうに消えていったのを確認し、踵を返してトラックに戻った。
「……えーと、どこまで話したっけ?」
「何もなかったってところまで」
「そうそう、んでアレだ、トラックが来たら今みたいにチェックして。運転手が本人と一致しているか、搬入リストと積んでいる物品が一致するか、それと車体の下も念入りに確認する事」
「拒んだら撃ち殺していいか?」
リーファがさらりととんでもない事を聞いてくるが、「そういう指示だよ」と短く返しておく。
安い賃金で使い潰せる便利な奴隷、それを解放しようと過激な手段に訴えかけてくる自称活動家の襲撃。パルコフ社長も色々と気が立っているのだろう。
パルコフ水産にとって、奴隷は貴重な労働力である。
一応はノヴォシア帝国で施行されている法律で最低賃金の金額は定められているが、奴隷はその対象外だ。最低賃金以下、子供の小遣いが大金に見えるほどのやっすい金で、1日20時間以上働かせることができる。もちろん残業代はナシ、福利厚生にも金を割かなくて良く、賃金アップの抗議にも耳を貸す必要はない。何故ならば彼らは奴隷で人権がないのだから。
本当に不憫なもんである(とはいえ奴隷も犯罪者なので自業自得だが)。稀に優しいご主人様に買ってもらえて寵愛を受けることができる奴隷もいるそうだが、そういうのはほんの一握りの勝ち組なのだ。
大半はこうである。
会社としては売り上げの大半を利益として懐に収め、あるいは設備の拡張や事業の拡大に出資できる。「人件費を削りたいなら奴隷を買え」とまで公言する経済学者もいるほどだ。
日本人からすれば歪に見えるが、この国の経済はこうして成り立っている。
とりあえず必要な情報は全部引き継いで、俺たちは戻ってきたカーチャを連れてヴェロキラプター6×6に乗り込んだ。運転席にはクラリス……ではなくカーチャが乗り、俺は後部座席に、助手席にはクラリスが乗って早くも爆睡し始める。
最初に巡回に行く準備をしていた範三に大きく手を振り、第七ゲートを後にした。
ここからマズコフ・ラ・ドヌー駅はそう遠くない。車で3分程度だから、救援要請があったらすぐに駆け付ける事ができるだろう。
とりあえずこれから12時間はフリーだが、大半は食事と休息、それから睡眠に充てられる事になるだろう。さすがに12時間、-30℃の中での警備は重労働だ。合計500万ライブルの報酬は確かに美味しいが、それ相応の労力が必要になってくる。
メインゲートで交代した旨を警備兵に知らせ、工場を離れた。
「ミカ、チャイルドシートは?」
「 い ら ね え 」
アメリカ人サイズに造られている車、ヴェロキラプター6×6。後部座席に乗っているミカエル君はミニマムサイズの150㎝なので、どう頑張ってもね……チャイルドシートがあった方がいいのではないか、という風に見られてしまうのは仕方のない事だとは思う。
とりあえず、尊厳破壊やめてもろて。
信号を通過、しばらくして線路が見えてくる。
踏切のところから線路に入り、そのまま列車の脇にピックアップトラックをつけた。こちらの接近を察知したノンナがハッチを解放、中からクレーンアームが伸びてきてヴェロキラプター6×6が鷲掴みにされる。
そのまま格納庫内部まで引き込まれ、クレーンから降ろされるのを待って車外へと出た。
「おー、お帰り」
Ⅰ号戦車を整備していたツナギ姿のパヴェルとルカが出迎えてくれた。万一、活動家の連中が工場を襲撃、今現場に展開しているBチームでは対処不能となった場合、即応部隊としてパヴェル率いるCチームが増援に出る事になる。
そうなった場合に出番が回ってくるのが、このⅠ号戦車だ。
今回の仕事はあくまでも警備、万一戦闘になった場合はこれを撃滅する事が求められるが、同時にクライアントであるパルコフ氏からは「可能な限り設備の損壊は避けるように」という注文も出ている。
実力行使であればこちらもBTMP-84-120を出すという手段があるが、戦車砲では周辺への被害は必至だし、下手をすれば報酬金額よりも差し引かれる金額が上回ってしまい多額の借金を背負う羽目に……なーんて事になったらシャレにならない。
だから武装を74式車載機関銃に置き換えた日独ブレンドのⅠ号戦車が脚光を浴びる、というわけだ。パヴェルの魔改造により整地で100㎞/hという爆速を発揮でき、武装も周辺に極力被害を及ぼさない程度の威力の機関銃×2。今回の任務にはちょうどいいと言える。
「何もなかった?」
「何も。ただ寒いだけだったよ」
このまま、何も無く一週間過ぎてくれればいいんだけどね……。
武器庫に武器を返却しようと3号車へと向かうと、武器庫の前にはカルロスがいた。俺たちがここに立ち寄ると見抜いていたのだろう。
写真家―――そして一流の狙撃手でもある彼には何度も救われた。転生者殺しの一件で加勢してくれた際、その実力は何度も目にしている。
「ミカ、工場を襲った襲撃者についてだが」
「何かわかったのか」
武器庫にAK-19を返却しながら問いかけると、腕を組みながら壁に寄り掛かっていたカルロスは淡々と話を始める。
「襲撃当時、工場で勤務していたという警備兵たちとコンタクトをとって証言を集めてみた。複数の警備兵からの証言を統合すると、襲撃者はどうやら”連発できる銃”で武装していたらしい」
「連発? どの程度なんだ?」
連発できる銃と言われると、現代人の頭ではSMGとかアサルトライフルがパパっと思い浮かぶ。こっちの世界にも一応は連発できる小銃は存在するものの、その多くがレバーアクションライフルのような手動による連射か、そうでなくてもまだまだ実用性の低い黎明期の連発銃、と言った感じの代物ばかりだ。
レバーアクションライフル程度であれば警備兵も持っているし、希少ではあるが手に入らないものではない筈だ。それなりに資金力があるか、それともどこからか”調達”すれば手に入る代物である。
「それがな、機関銃みたいに連発してきたんだそうだ。夜間だったからはっきり見えなかったそうだが、少なくとも水冷式の機関銃みたく嵩張るものではなく、歩兵が携行できるコンパクトなものだったらしい」
「……という事は、襲撃者は転生者?」
ステアー・スカウトを返却していたカーチャが問いかけると、カルロスは小さく「その可能性は濃厚だな」と言った。
まあ、銃を持っていたからそれが直ちに転生者である、と決めつけるのは早計だ。転生者じゃなくても現代兵器を保有している可能性は、例の転生者殺しの一件で散々目にしてきた。
「で、前回襲ってきた襲撃者はどうなったって?」
「撃退されたそうだ。死んではいない」
「個人なのか?」
「証言ではそうだな。だが次回の襲撃では仲間を集めてくるかもしれない……俺は引き続き、情報面でサポートする。くれぐれも油断はしない事だ」
「わかった。ありがとうカルロス」
それだけ言い残し、カルロスは親指を立ててから食堂車の方へと歩いていった。
なるほど、転生者ねぇ……。
奴隷などなく、人権剥奪という刑罰も無い日本から転生してきた転生者―――気持ちは分からんでもないが、こっちの世界ではこういう仕組みで回っているのだ。
”郷に入っては郷に従え”の言葉通りだ。自分の尺度で測った”当たり前”を他人に押し付け強要するなど傲慢にも程がある。
もし攻め込んでくるならば、その辺しっかりと再教育してやろう。




