ブリーフィング パルコフ水産第一工場警備
『パルコフ水産』は、マズコフ・ラ・ドヌーを拠点とする水産加工会社である。マズコフ・ラ・ドヌーの南西に広がるアラル海で獲れる豊富な水産資源を加工し販売する企業で、イライナ地方アレーサ方面でもちらほらとその名前を耳にしたものだ。
なるほど、今回のクライアントはその大企業の社長か……って待て、社長?
オイオイオイこれマジか、と思いながら視線だけをクラリスの方に向けた。今までは騎士団とかから直接契約での依頼があったが、まさかここに来て大企業を経営する貴族からの直接契約とは予想外だ。闘技場の一件がよもやここまで響いたか。
まあ、おそらくは一番効果を発揮したのはパヴェルの売り込みだとは思う。下心を隠すつもりのない、怪しげでにんまりとしたチェシャ猫スマイル。あんなんでもしっかり売り込んで顧客をゲットしてくるのだから驚きである。
コイツは金になるが―――間違いなく真っ当な仕事ではないだろうな、とは思った。
直接契約のメリットは色々あるが、依頼を受ける側として一番デカいのは『報酬の一部が管理局に”手数料”としてピンハネされず全額懐に入る』という点だ。掲示板に貼り付けてあるような依頼は、依頼を掲載し冒険者にそれを斡旋する管理局側に手数料を支払ったうえでの掲載となるのだ。
だから管理局を介さない直接契約は、掲示板から依頼書を剥がして受注する依頼と比較すると報酬金額は割高になっており、冒険者側としても非常に旨みがある。
そして依頼する側にもメリットがあるのだが、これが直接契約に汚れ仕事が多い所以となっている。
依頼する側は管理局を介さずに依頼を持ち込めるので、『第三者の検閲が入らない』のだ。
だからこれを利用して汚れ仕事や、公にできない真っ黒な仕事を冒険者にやらせようとするクライアントは多い。報酬が割高なのも実質的な”口止め料”という事なのだろう。
まあ、問題点を挙げるとすれば管理局が介入しない形での契約となるので、両者の間に何かしらの問題が生じたとしても管理局は一切仲介や介入はしない、という事となる。だから報酬の支払いを相手がゴネ始めたとか契約の不履行で問題が生じた場合、両者の間で問題を解決しなければならないのだ。
そしてその問題解決に流血が伴う事も珍しくはない。
一体どんな汚れ仕事をやらせるのか。血盟旅団のイメージを失墜させるようなものでなければいいのだが、と思いながら視線をテーブルの上の契約書に移す。
契約書には『工場警備』とだけ記載があった。
「警備?」
「その通り。君たち血盟旅団には、我がパルコフ水産の保有する第一工場を警備してほしい」
煙草はいいかね、と問いかけられたので、構いませんよとだけ返答しておく。葉巻を取り出すパルコフにすかさず傍らのメイドがライターを差し出し、いかにも高級そうな、パヴェルが好むキツそうな葉巻とは違ったそれに火をつけた。
次々に鞄から書類を取り出し、テーブルの上に並べていく羊のメイド。彼女から資料を受け取りつつ礼を言い、資料に目を通していく。
パルコフ水産第一工場―――マズコフ・ラ・ドヌー市内にある水産工場だ。主な業務内容は文字通り水産加工で、水揚げされた魚や貝類の加工に、この世界では最先端となる大規模冷凍庫での冷凍保存まで行っているのだそうだ。
そして従業員の大半は奴隷……予想した通りだ。何となくだが、今回の話が読めてきた。
「憲兵隊から聞いたよ。我が社で働いていた従業員3名が雪原で迷子になっていたのを君たちが保護してくれたそうだね」
「……ええ」
「どこまで知ってるかは知らないが、実は以前に我が社は謎の勢力の襲撃を受けているのだ。おそらくは奴隷解放を掲げる血気盛んな活動家共の仕業なのだろうが……その3名はその際に脱走した連中だ」
「彼らはどうなったんです? 業務に復帰したんですか?」
「男2人については色々と余罪が見つかったのでね、今朝死刑判決が下ったところだ。女の方もそうなる筈だったんだが、アレはなかなか使い心地が良かったのでね。憲兵隊の知り合いに頼んで引き渡してもらったのさ」
わーお、ここの当局もなかなか腐敗してらっしゃる。
いったい札束をいくら積んだのかは知らないが、まあ奴隷たちに関してはご愁傷さまだ。
「まあいい、話を戻そう。それでまあ、自分が助けた奴隷がまた工場に送り返されたとあっては、襲撃者も黙ってはいないだろう。再度の襲撃が予想される」
「そこで血盟旅団に警備せよ、と仰るわけですね」
「その通り、話が早くて助かるよ」
すっ、とメイドが灰皿を差し出すと、パルコフは葉巻の灰を豪快にその上に落とした。
「とはいえ我が社の工場は、自慢ではないがかなり広大だ。さすがに君たち血盟旅団だけでは全域をカバーできないだろうから、警備は我が社の私兵部隊と共同で行ってもらいたい」
出たよ、私兵部隊。
貴族、特に財力に余裕のある一族は専属の私兵部隊を持っている事が多い。ベテランの元軍人や冒険者崩れ、裏社会で生きてきた者などを金にものを言わせて募集、スカウトし戦力化した私設軍。その多くは高価で最新鋭の装備を与えられており、内外に一族の財力をアピールする意味合いもある。
こういった私設部隊が背後に控えているうえ、当局ともパイプがあるからこそ貴族は強気でいられるのだ。
「君たち血盟旅団が担当するのはここ、第七ゲート付近だ。ここに布陣し一週間ほど警備してほしい。何か質問は?」
「武器、魔術の使用に制限は?」
「特にないが、くれぐれも工場を破壊しないでくれたまえ。設備の破損が認められた場合、報酬から損害額を差し引かせてもらうのでそのつもりで」
「わかりました」
「他には?」
「……襲撃者を発見した場合の対処は? 注文があれば生け捕りにしますが」
結構踏み込んだが、ここが重要なポイントだ―――あくまで個人的には、だが。
しかし生け捕りにするのとただ殺すのとでは難易度が全然違う。殺すならば加減はいらないが、殺さず生け捕りにするならば急所を外したり、手加減をしたりと上手く戦わなければならない。
「どちらでも構わん、そこは君の采配に一任する」
「かしこまりました」
「……メル」
「はい、ご主人様」
メル、と呼ばれた羊の獣人のメイドが、傍らに置いていたもう1つの鞄をそっとテーブルの上に置いた。ジッパーをゆっくりと開けたその向こうに覗いたのは、鞄いっぱいに詰め込まれたライブル紙幣の山だ。
「さて、報酬だが……前払いとして200万ライブル。警備期間終了後には後払いで300万ライブル支払おう。合計で500万ライブルとなる」
悪くない―――目を細めながら顔を上げると、パルコフはこちらが依頼を受けるのを見越しているようににんまりと笑った。
「この200万ライブルは契約が締結された時点で君たちのものだ。とはいえ、持ち逃げのような真似は許さん、途中でのリタイアや手抜きは認めないのでそのつもりで」
「なるほど、分かりました」
そっと席から立ち上がり、クラリスに目配せする。
「私個人としては是非とも引き受けさせていただきたい事案ではあります」
「何か問題が?」
「いえ、これは私個人が引き受ける依頼ではなく、ギルド全体で引き受ける依頼となります。団長である私の一存では決められないので、もう少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか。仲間と協議する時間が欲しいのです」
「ああ、そういう事か。別に構わんよ」
短くなった葉巻を灰皿の上で潰し、パルコフは笑みを浮かべたままティーカップへと手を伸ばした。
「ここのギルドの紅茶は美味だからねぇ」
「……それは光栄です」
それでは、と言い残し、クラリスを引き連れて部屋を後にした。外で待っていたカーチャはたぶん話を聞いていたのだろう、視線を向けると「私も構わないわよ」と言いながら親指を立てて見せた。
引き続き彼女に警備とクライアントの世話をお願いしつつ、食堂車へと向かう。
まあ、これだけの報酬を用意してきたクライアントだ―――みんなの意見も決まったようなもんだが。
「―――というわけで、警備のローテーションについて説明していくぞ」
1号車の1階に設けられたブリーフィングルーム。いつもの立体映像投影装置……ではなくホワイトボードに、パヴェルは水性ペンを走らせていった。キュキュキュ、と小気味の良い音と共に、段々と今回の依頼で実施するローテーションについての図解が完成していく。
「クライアントのパルコフ氏からは、警備期間は一週間と言われている。もちろんこの間全員で担当区域を警備するのは現実的ではないため、三交代制で警備を実施する」
キュキュッ、と図解に記号やら何やらを書き足していくパヴェル。やがて完成したそれをペンで指し示しながら、彼は説明を始めた。
「パルコフ水産第一工場の敷地は広大で、全域はカバーできない。そこで施設の大半はパルコフ氏の私設部隊が警備、俺たち血盟旅団は第七ゲート近辺を請け負う。それなりの範囲だが、機関銃があれば十分カバーできる範囲だ」
「で、三交代制って?」
モニカが言うと、パヴェルは待ってましたとばかりに説明を始める。
「現地には物資やら何やらを積載したガントラックで行く。トラックを拠点に三人一組、これを三組作り、12時間ごとにローテーションで警備を行う。例えばチームAが警備にあたっている間、チームBは出撃準備を整えて待機。増援要請に対応できるようにしつつオペレーター業務や補助をする。チームCは休息とし、もしチームBが出撃する羽目になったらチームBに代わり即応体制で待機。これを12時間ごとにローテーションしていく」
確かに、一週間も血盟旅団の人員で担当区域を警備するのは難しい。ヒトとは休息を必要とする生物であり、機械同様にメンテナンスを怠ると容易く壊れてしまう。
それを防ぐためのローテーションなのだろう。
例えば俺がAチームだったとしたら、12時間経過でBチームに警備を引き継ぎ交代、休息をとる。そして12時間後に戦闘準備を整え待機、補助業務をこなす。そしてさらに12時間後には現場へ向かい、Cチームから警備を引き継ぐ……これを一週間繰り返す。
なかなかハードだが、しかし総額500万ライブルはかなりの大金だ。ただでさえ収入が少なくなりがちな冬季にこれだけの報酬を支払ってくれる太っ腹なクライアントだ、仕事はキッチリこなしたい。
なあに、一週間が終われば暖かいふかふかのベッドで熟睡できるのだ。それでいいではないか。
「んで、チーム分けは?」
「Aチームはミカ、クラリス、カーチャ。Bチームはモニカ、範三、リーファ。Cチームは俺、イルゼ、それからルカ」
「待て、ルカを前線に出すのか?」
「ダメか?」
三人一組―――この人数ではそれが妥当だが、しかしルカを前線に、それも直接契約の依頼に出すのはさすがに早いような気もする。パヴェルが同伴という事で戦力的に安心だし、法令的にも問題はないのだが……。
ルカの方をちらりと見ると、「え、俺も行っていいの!?」と目を輝かせていた。俺と目が合ったルカは、俺にもできるよとばかりに胸を張るが、しかし心配だ。今回の仕事は魔物討伐とは違う。相手に攻撃の意思があった場合、ガチの殺し合いになりかねないのだ。
例の転生者殺しの一件は記憶に新しい。
が、しかし、そんな俺の心配を一蹴してみせたのは、意外な事にパヴェルだった。
「まあ、弟分が心配なのはわかるがなミカよ。経験を積ませないとコイツも育たんぞ?」
「それは……そうだけどさ」
「大丈夫だよミカ姉、俺だってパヴェルの特訓を受けてるもん」
「それに最近ピーマン食べれるようになったもんね、お兄ちゃんは」
「こ、こらノンナ!」
ははは、と小さく笑いが起こった。
「……まあ、そう言うなら。ただしヤバいと思ったらすぐに逃げろよ」
「うん、分かってるよ」
「他に異論は? ……なさそうだな、よし。それじゃあAチーム、出撃準備を整え速やかに第一格納庫に集合。ルカ、ノンナはハッチ開放とクレーン操作用意。急げ急げ」
解散、と号令が下され、仲間たちは散り散りになった。武器庫へと急ぐカーチャの背中から、格納庫に向かおうとするルカに視線を向ける。
「……ルカ、戦闘になったら本当に無茶だけはするな」
「もう、心配性だなぁミカ姉は」
「お前が心配だから言ってるんだ」
ははは、と気楽に笑うルカの肩に手を置き、真面目な声で言った。
「約束しろ、絶対に生きて戻るって」
「う、うん……わかったよ」
「……頼んだぞ」
ノンナの傍にいてやれるのはお前だけなんだ。
ポン、と彼の肩を軽く叩き、クラリスと共に武器庫へと向かう。
先に到着したカーチャは既に、自分の分のライフル―――『ステアー・スカウト』を準備しているところだった。
オーストリア製の軽量ライフル。ボルトアクション式で5.56mm弾を使用、命中精度に優れ取り回し易い事から”スカウトライフル”と呼ばれる事もある逸品である。
彼女の隣でAK-19を準備。マガジンに5.56mm弾を素早く装填し、装填を終えたマガジンを次から次へとチェストリグへ収めていった。
何事も無ければいいのだが―――そう上手くはいかないだろうな、この一週間は。




