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さらばリーネ


 第六感というものは、どうやら実在するらしい。


 ミカエル君の場合は背筋に冷たい感触が走った。理屈では説明できないが、このままここに居たらヤバい、とか、アイツこのままだと危なくね? という思いが脳まで一気に込み上げてくる。これを第六感と言わずして何と言うのだろうか?


 とにかく、気付いた頃にはイリヤーの時計に時間停止を命じていた。バンの窓の外の景色が凍り付いたように制止する。凄まじい速度で前方から後方へと押し流されていた窓の外の景色もぴたりと止まり、運転席でハンドルを握るクラリスの動きも完全に止まっていたが、そんなことを確認している暇はない。


 何もかもが静止した世界で、自分だけが動ける絶対的な権利。それを使い、1人の少女を救わねばならない。


 モニカの手を掴み、こっちへと引き寄せた。彼女が座っていた椅子からモニカの尻が離れ、身体がミカエル君の身体にぶつかった瞬間に時間停止が解除され―――先ほどまでモニカが座っていた場所の天井を、戦闘人形オートマタのブレードが見事にぶち抜いた。


「きゃっ……え? きゃああああああ!?」


「おっと失礼……っ、わあ、暴れんな暴れんな!」


 危なかった……嫌な予感に従っていて本当に良かった、と心の底から思う。もし単なる思い込みだと断じて何もしていなかったら、今頃目の前でモニカは串刺しになっていただろう。


 この時間停止能力は、ある意味で”運命を変える力”なのかもしれない。


 ズッ、と戦闘人形オートマタがバンに突き刺さったブレードを引き抜く。その直後、今度は車体を激しい揺れが襲った。何が起きたのかは分からないが、バンが大きく右にずれ、路地の壁面に車体を盛大に擦り付けているのだ。右側のサイドミラーが弾け飛び、銅板が擦れて激しい火花が散るのが窓の外に見える。


 俺の上に乗っているモニカにそっと退いてもらい、天井に空いた大穴から外を見た。あの針みたいな細く鋭い機動兵器の脚が、バンの上に乗っている。戦闘人形オートマタの奴、バンの上に馬乗りになっていやがるのだ。このまま壁に擦り付けてこっちを潰すつもりか、それともあのブレードで虱潰しに串刺しにしていくつもりか、それはプログラムを見てみなければ分からない事だが―――このままではやられる、それは確かだった。


「フィクサー!」


 天井の大穴からカマキリ野郎を銃撃しつつ、ヘッドセットのマイクに向かって叫んだ。


「奴の回路の定格電流は分かるか!?」


『待ってろ……28Aだ。待て、お前まさか』


「一発キツいのお見舞いしてやる!」


 スリングで背負っているAK-19から手を離し、バンの後部座席にあるドアから車外へと躍り出た。天井の縁を掴んでぐるりと縦に半回転、バンの思いのほか狭い天井へ無事に着地する。


『カルルルルルルルル……』


 鳥みたいな唸り声を発し、こっちを見下ろすカマキリ野郎。眼球のようなセンサー部からは真っ白でどろりとした、まるでヨーグルトみたいな質感の人工血液が溢れ出ている。人間とも魔物とも違う、機械特有の―――それも生物の身体の構造を模した、有機物と無機物の中間。今までにないタイプの禍々しさを放つ化け物に、容赦などする必要もない。


 針みたいな足を持ち上げ、串刺しにしようと踏みつけてくる戦闘人形オートマタ。それを躱してジャンプ、逆に足の上に乗って、カマキリ野郎の機体を一気に駆け上がっていく。


 胴体に乗ったところで一気にジャンプ。背骨のようなパーツから左右に突き出ている肋骨っぽいパーツに着地して更に跳躍、損傷した頭部まで上り詰める。


 ぎょろ、と銃撃を受け損傷した眼球状のセンサーと目が合った。どろりとあふれる人工血液はまるで、やめてくれと懇願する涙のようにも思えたが、ミカエル君は容赦しない。


 バチッ、と両手に蒼い電撃が踊る。


 コイツの定格電流は28A―――果たして、属性適性Cランクのミカエル君ではどこまでいけるか。魔術についての知識と理解はあったが、雷属性の魔力を純粋な電撃として、しかも限界まで放出するなど今までにない試みだ。ここから先は賭け(ギャンブル)になる。


 ……賭け(ギャンブル)


 いやあ、そんなの性に合わねえよなあ。


 勝つか負けるかの賭け(ギャンブル)、運なんて不確定要素の塊に、この俺は頼らない。


 どんな手(イカサマ)を使ってでも勝利を掴んできたのだ。


 だから俺は、勝つ!


「負けらんねえんだよ俺は!!」


 両手で戦闘人形オートマタの頭を掴み、ありったけの魔力を放射。両手の手のひらに力を込めるイメージを思い浮かべ、体内にある雷属性の魔力をとにかく、全力でこのカマキリのバケモノに叩き込む。


 爆竹が破裂するような乾いた炸裂音が連鎖し、火花が散る。蒼い電撃が幾重にも踊り、空気の焦げる臭いが溢れては後方へと置き去りにされていった。


 4㎞くらい走った時のような疲労感が身体中に滲み、呼吸が乱れる。心臓の鼓動が大きく乱れ、身体中の筋肉が悲鳴を上げているのがはっきりと分かった。


 魔術とは神、精霊、あるいは英霊の力の一部。その設計図を得て、自分自身の魔力を素材に”再現”しているに過ぎない。


 そしてその魔術の発動に欠かせない魔力は、この世界の獣人たちの生命エネルギーそのものである。だから酷使すれば身体に大きな影響が出るし、負荷が大きい魔術を使えば自らの寿命を削る結果にもなる。


 さすがに今くらいので寿命が縮んだりはしないだろうが……。


『ギ、ギ……ギ』


 ぐらり、とカマキリの機体が揺れた。全力疾走するバンを踏み締めていた足からも力が抜け、路地の壁面に機体を激突させて一気に体勢を崩していく。


「うおっと!?」


 疲労感に苛まれる身体に鞭を打ち、跳躍した。路地の壁面を蹴ってバンの屋根の上に戻ると、仰向けに倒れていくカマキリのバケモノが大きな音を立てて路地に落下、盛大な土煙を舞い上げる。


 天井に空いた穴から車内へ戻ると、その一部始終を見ていたモニカが目を輝かせていた。


「え、今のやったの!? すごいすごい!!」


「いや、倒したわけじゃない。電気回路をトリップさせただけだ」


「鳥……?」


「トリップ」


「ダンジョンとかにある罠の事?」


「それはトラップ」


「大きな荷台がある車?」


「それはトラック」


「つまりどういうこと?」


「ええと……ああいう電気で動いてる機械には流せる電流に限度があるの。OK?」


「OK、続けて」


「んで、それ以上の電流を流すと回路に負荷がかかって電気が遮断される。これをトリップっていうの」


「へー……あたし電気には全然詳しくないの、勉強になるわ」


「ありがとうございます」


 パヴェル曰く、奴の定格電流は28A。つまりはそれ以上の電流を流してやれば、あのカマキリのバケモノの回路はトリップするというわけだ。


 とはいえあくまでも回路の安全装置セーフティを意図的に発動させて電流を遮断させただけに過ぎない。回路を電撃で焼き切ったわけじゃあないから、ちょっと整備してやるだけですぐ復帰できるだろう。


 これで分かった事がある。ミカエル君が本気を出すと少なくとも28A以上の電流は出せる、という事だ。


 ちなみに1Aでも人は十分死ねるレベルの電流なので、皆さんも電気の取り扱いには十分注意してください。


 とりあえず、危機は乗り切った……次だ。


 クラリスの運転するバンは路地を抜け、大通りへと出る。クラクションを鳴らしながらブレーキを踏む対向車を紙一重で回避し、走行中の車の前に多少強引に割り込むという煽り運転待ったなしの危険運転をぶちかますクラリス氏。運転の安全性はともかく、本当に免許持ってないのだろうかこの人。車の運転に躊躇がないように見えるのだが。


 ブチギレてクラクションを鳴らす後続車両にとりあえずジェスチャーで謝り、憎しみを和らげておく。ミカエル君、争いキライ。ボク平和主義者、ラブアンドピース。OK?


 後続車両に謝罪の意を必死に伝えていると、パヴェルの冷静な声が聞こえてきた。


『各員、憲兵隊も動いた。そっちに向かってる。2ブロック先に検問所を確認』


 パヴェルがくれる情報や指示はいつも的確だ……その精度には何度も何度も救われているのだが、ヤバい報告まで淡々と告げるものだから、良い報告かなと思って聞いてたら悪い報告だった、なんてことが結構ある。


 それだけ俺たちを信頼してくれているのか、それとも逆境でも揺るがない彼自身の練度の高さの表れか……多分両方だろう。クラリスといいパヴェルといい、血盟旅団ウチのメンバーは得体の知れないやつばっかりだ。


「バウンサー、迂回できるか」


「お任せを」


『次の信号を右折しろ。精肉店の前を通過したら左折、それで元のルートに復帰できる』


「了解」


 できれば憲兵隊とは遭遇せずに逃げ切りたいものだ。


 パヴェルの指示通り、次の信号を(赤信号なのに)右折して検問所を躱すクラリス。危うく角張った車体のセダンとぶつかりそうになったが、もう一度ミカエル君お得意の謝罪の意をジェスチャーで……そういや異世界に土下座って概念有るのかな? 無さそうだな……広めてみようか、ワンチャン流行りそう。


 などと日本の負の概念を広めようというなかなか闇が深い事を考えていると、パヴェルが笑いながら言った。


『暇だろ? 憲兵たちの電話を傍受した。カーラジオ代わりに聴いとけ』


 どうやったんだろ……?


 マジで何なんだアイツ、と思っている間に、ヘッドセットの左側から切羽詰まったような男たちの怒鳴り声が聞こえてきた。


【犯人は現在第二商業地区へ向け逃走中!】


【花嫁を連れ去った奴らと同一犯か!?】


【ブラックレイダーズの連中だ! あのバンは間違いない!】


 ブラックレイダーズ……あの強盗団そんな名前だったのか。


【今までは証拠不十分で逮捕に踏み切れなかったが……ドブネズミ共め、ついに尻尾を掴んだぞ!】


【阿呆、とっととドブネズミくらい捕まえろってんだ! これで逃げられたら首が飛ぶぞ!】


【うるせえぞ3号車! 金時計眺めながら年金暮らししたかったらとっとと飛ばしやがれ!!】


【第一班より本部、第一班より本部。該当車両らしき車両は確認できず】


【こちら第二班、路地裏で大きな物音がしたと住民から通報が】


【カマキリのバケモノが歩き回ってるってマジか?】


【宇宙人の侵略でも始まったんじゃねーの?】


 なんというか……かなーり混乱しているのが分かる。


 こっちの目論見通り、犯行を強盗団の仕業と思わせることには成功しているようだ。これで無事に逃げおおせた後、容疑の目が血盟旅団に向けられることは無くなる。


 それはそれでいいのだが……あのカマキリのバケモノ、レオノフ家の警備兵スタッフが独断で配備したものらしい。当局に届け出を出してなかったのか。おかげで城郭都市リーネの防壁の内側は、逃走中の強盗犯と謎のカマキリのバケモノという2つの事件が並行して同時進行中という、かなーりカオスな状況になっている。


 いや、これでいいのだ。これだけ混乱してくれれば……俺たちまでバグらなきゃ、もうそれでいいや。


 情報通り、精肉店の看板が窓の外を通り過ぎていった。可愛らしくデフォルメされた豚が笑顔で手を振っているイラストも添えられた何とも微笑ましいデザインだが、最近ああいうの見るとなんかちょっと複雑な心境になる。君、自分の肉を売られてるのにそのスマイルは何なんだ? と。


 とはいえ豚の獣人でも牛の獣人でも、肉は食うし牛乳は飲む。もちろん共食いだがそれに抵抗があるかは個人差があるのだ……前にも言ったけどハクビシンだって中華料理じゃ立派な食材、献立が万博状態となっている血盟旅団ウチの食卓にいつ並んでもおかしくはない。


 精肉店を通過してから左折、残るは城壁に穿たれたトンネルのみ。


 ここが最大の関門だ。トンネル内であるから進路も限られる。ここがもしバリケードなんかで封鎖されていたらチェックメイトだ。憲兵隊(向こう)の対応が遅れている事を願いたいが……。


『フィクサーより警告。トンネル内に検問所』


「あークソッタレ」


『大丈夫、バリケードは木材を積み上げた程度のやつだ。フルスロットルで突っ込め、それで蹴散らせる』


「強引だなァ」


『時に繊細に、時に強引に、だ。これは仕事にも女にも言える事さ』


「さすが、既婚者は言う事が違う」


 謎の説得力。


 聞いたな、とバックミラー越しに目配せすると、クラリスはアクセルを思い切り踏み込んだ。リーネの大通りを突っ走るバンがエンジンを唸らせながらさらに加速、エンジンの回転が5000rpmまで上昇し、一瞬だけ後ろにグイっと引っ張られる感覚を覚える。


 前方の車両を次々に追い越し、赤信号の交差点にフルスロットルで突入(オイオイ嘘だろ)したバンは、幸運にも横から激突される事無く通過。大混乱とクラクション、ドライバーたちの怒号だけを置き去りにトンネルへと直進していく。


 ジャカッ、と左手でハンドルを握りながら、クラリスはQBZ-97を手に取った。セレクターレバーを弾いてフルオートにし、その銃口をフロントガラス越しにバリケード―――いや、検問所を警備している憲兵たちに向ける。


 おいまさか、と思った頃には、彼女のライフルは火を噴いていた。


 マガジン内の5.56mm弾を撃ち尽くすまでの時間はあっという間だ。100発入りのドラムマガジンとかベルトが有る機関銃、あるいは分隊支援火器と比較すると、アサルトライフルの制圧射撃というのはとにかく息が短い。


 しかしそれでも、80㎞/hでバリケードへ突っ込んでいく間であれば十分だった。


 フロントガラスが砕け散り、弾丸が爆ぜる。警備兵たちが慌てて車両の影とかドラム缶の陰に隠れて難を逃れ、銃撃する暇すら与えない。その隙にバンのフロントバンパーが積み上げられた木材を粉砕、周囲に大量の木片を撒き散らしながらトンネルを突っ切っていく。


 後部のドアを開け、とりあえず驚かせた憲兵の皆さんに謝罪の意をジェスチャーで―――。


「煽るな煽るな」


「あ、バレた?」


 調子に乗ってくるとイキリたくなるのが陰キャのさが……許されよ。


 何やら検問所に備え付けられている仮設の固定電話で応援を要請しているようだが、もう遅い―――盗品をたっぷりと乗せた俺たちのバンは、とっくに城郭都市リーネの外。星明り以外に光源もない、うっすらと雪の降り積もった道にテールランプの灯りだけを残して走り去っていくだけだ。


 リーネの防壁が針葉樹に遮られて見えなくなったところで、俺はドアを閉めた。


「ねえミカ」


「ん」


「これって、さ」


「ん」


「やったって事……よね?」


「ん」


 すっ、と握り拳を差し出す。モニカはまだ信じられないといった表情で、けれども達成感と希望に満ちた笑みを浮かべながら、その拳に自分の拳を打ち付けた。


 俺たちの勝利だ。




 

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