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対戦相手



 1889年 3月3日


 闘技場エントリーから5日後




「それじゃあ、行ってくるよ」


 列車の留守番をする事になったカルロスとカーチャにそう告げると、カルロスはこっちにやってきてそっと肩に手を置いた。


「……まあ、楽しんで来い。ベストを尽くした時、結果は自ずとついてくるものだ」


「ああ、ありがとう」


「ミカ、怪我には気を付けてね」


「ありがとうカーチャ、行ってくるよ」


 ぐっ、と互いに拳を突き合わせ、踵を返す。


 さて、と。


 ―――行きますかね。


 車両が格納されている第一格納庫へ向かうと、既にそこではガントラックに改造されたウラル-4320がエンジンを吹かしていて、最後の1人である俺の到着を待っていた。


「参りましょう、ご主人様」


「ああ、行こう……歴史に名を刻みに」


 到着した俺を、ロングスカートの裾を摘まみ上げてお辞儀しながら出迎えるクラリス。彼女にそう告げながら歩く俺の左手には、既に名工パヴェルの手によって姿を変えた新たな触媒の姿があった。


 以前までのものは”慈悲の剣”―――身長150㎝のミカエル君が振り回すには長大で、しかしそれに見合う重量は持ち合わせぬ異色の剣だった。斬った対象の意識のみを攻撃する事から、相手を殺さず無力化できるノーキル・ウェポンとしてそれなりに使用していたのだが、最近では相手を殺す事の方が増えてしまい無用の長物となっていた。


 そこでパヴェルに依頼し、触媒の改造をしてもらった。


 より運用しやすい形状への変更、およびノーキル効果の排除である。


 今、俺の左手にあるのは剣ではなく―――1本の、何の変哲もない”ケイン”だった。


 魔術師が触媒に用いる事もある杖(むしろこういった杖の類を触媒化する魔術師が多く、『魔術師=杖or魔導書』というステレオタイプの形成に繋がっている)のようにも見え、柄頭には紅い結晶が装飾品として埋め込まれている。


 賢者の石の結晶だ。


 魔力損失率0%を誇る、触媒としては理想的な素材。使用者の魔力を1%たりとも無駄に損失させる事なく、ダイレクトに魔術発動へとつなげる事が可能な、全ての魔術師が喉から手を出すほど欲する希少な代物である。


 魔力量に秀でるわけでも、適正に優れるわけでもない―――”可もなく不可もなく”を地でいくミカエル君にとっては、魔術使用時の心強い味方になってくれるだろう。


 新たに『天使の杖』と名付けられた触媒と、肩回りを覆うケープもあって、今のミカエル君は勇者のお伽噺に登場する魔術師のようでもあった。


 トラックの荷台に乗り込み、キャビン側の壁をトントン、と叩く。それを出発OKと受け取ったパヴェルがクラクションを鳴らすと、格納庫側面のハッチが左へとスライドし解放、雪の降り積もった外の景色が露になった。


 行ってらっしゃい、と大きく手を振るノンナとルカの2人に手を振り返している間に、キャビンの天井に連装型ブローニングM2重機関銃を乗せ、スパイク付きの世紀末感満載なグリルガードを装着したウラル-4320が線路へと解き放たれた。


 降り積もった雪を豪快に跳ね除けながら、列車の来ることが無くなった線路の上を爆走したウラル-4320は踏切から車道へと入った。


 クラクションを鳴らしてくる車には中指を立てつつ、トラックを闘技場へと向けて走らせるウラル。お前何やっとんねん……。


 にしても、緊張する。もちろん勝つつもりではあるし、今日出場するのはたった1試合のみ。対戦カードもエントリー完了次第組まれるので対戦相手が誰になるかは会場に到着しない限り分からない。


 なんだか、転生前に習ってた空手の試合を思い出す。やる事は分かっているのに、試合前になると緊張するものだ。小1に始めた頃から、死んでまさかの異世界転生を果たす直前までそれは変わらず、結局はいつも半ばヤケクソになって対戦相手と殴り合っていた事を思い出す。


 じんわりと足の裏に汗をかいてきたところで、闘技場が近くなってきたのが分かった。歓声がここにも響いてくる―――これ防音壁の意味あります?


 誘導員に案内され、選手用の駐車場へと誘導されるトラック。同じく出場すると思われる冒険者たちの視線が、突如として姿を現したガントラックに釘付けになる。


「なんだあいつら」


「アレじゃね、血盟旅団」


「ああ、レオニートの奴が同盟断られたって言ってた連中か」


「お手並み拝見ってところかな」


 ざわざわと周囲の冒険者が何やら言葉を紡ぐ中、外野のそういったリアクションには目もくれず、俺たちはトラックから堂々と降りる。


 全員降りたのを確認し、パヴェルは例の端末を取り出した。


 俺たち転生者はこういった現代兵器を召喚する能力を与えられる(もしかしたら他の能力を与えられてる転生者もいるかもしれない)。基本的に目の前にメニュー画面が出現する方式なのだが、パヴェルはどうやらその例外のようだ。


 彼はあのように、スマホを思わせる端末で召喚する兵器を選択する方式らしく、兵器の召喚や召喚解除を選択する。


 唐突にウラル-4320が姿を消した。パヴェルが召喚を解除したのだ。


 唐突なトラックの消失に、周囲でこちらをまじまじと見ながら何かを囁き合っていた冒険者たちが度肝を抜かれる。


 変なところで要らん格の違いを見せつけたところで、俺たちは闘技場の中へと足を踏み入れた。


 闘技場にやってきたメンバーは俺、クラリス、モニカ、リーファ、範三。同伴のパヴェルとシスター・イルゼはサポーターとして、試合の補助(それと富裕層の観客への売り込み)を行う予定である。


 闘技場の受付には、この前と同じくライオンの獣人のお姉さんがいた。彼女は俺たちを見るや、「逃げずに来たか」と言わんばかりの挑発的な笑みを浮かべてきたので、ああ、来てやったよとこちらも同じく挑発的な笑みで応じる。


「お待ちしておりましたリガロフ様。エントリーでよろしいですね」


「ええ、エントリーナンバーもこちらに」


 持参したエントリーナンバーをクラリスが提出すると、それを受け取ったお姉さんは1枚1枚照会し、「確認出来ました」と事務的な口調で答える。


「では、お手数ですがこちらに署名を」


 そう言いながらライオン獣人のお姉さんがカウンターの上に置いたのは、誓約書のような書類だった。


「ご理解いただいているとは思いますが、この闘技場では試合中の怪我や万一死亡してしまった場合につきましても一切責任を負っておりません」


「参加は自己責任で、と」


「そういう事です。こちらに署名いただけない場合、試合への参加をご遠慮いただいております。これは後々法的トラブルや訴訟となる事を回避するための措置である事をご理解―――」


 書類に署名し、カウンターの上にそっと置いた。


 それが引き金になったかのように、他の仲間たちも次々に署名。範三に至っては読ませる気があるのかどうかわからないけど、標準ノヴォシア語ではなく漢字での署名だった。


「……確認しました。それでは試合の組み合わせが決定されるまで控室でお待ちください。完了いたしましたら予定表を控室までお持ちいたします」


 控室はあちらです、と案内された先には、警備員に守られたエリアの奥に『血盟旅団様』と書かれた部屋が確かにあった。芸能人の楽屋みたいな感じなのかな、と思いつつ案内通りに移動し、部屋のドアを開ける。


 何というか、イメージ通りだった。簡素なテーブルとイス、それから試合時間までの暇潰し用に本棚には漫画がずらりと並び、テーブルにはルームサービスのメニュー表まで置いてある。


「ほーん、思ったより立派な場所じゃない」


 そう言いながら早くも本棚のマンガに手を出すモニカ。そのまま近くのソファの上に横になるや、猫の尻尾をぶらぶらと揺らしながらマンガ(多分恋愛モノだ)を読み始める。


 リーファは何故か風水の本(なんで持ってきた?)を読み始めるし、範三に至っては床の上で座禅を組み始める。クラリスはというとルームサービスのメニュー表に飛びついていて、「ドラニキとチェブレキ10人前、それからヴォジャノーイソテーとクワスを」なんて注文し始めている。何だこのメイドは。


 ほら見ろ、みんなマイペースに過ごし始めるものだからシスター・イルゼが困惑してるじゃないか。もちろんミカエル君も困惑している、すごく困惑している。何なんだコイツら。


 まあいいや、俺もお菓子でも注文しよう……と座席に着こうとしたその時、コンコン、と控室のドアをノックする音が聞こえてきた。


 もうルームサービスの料理が運ばれてきたのだろうか。順番的にクラリスのやつからだな……と思いながら出ると、そこには闘技場の職員……ではなく、小さな人影が2つと、やけに目つきの鋭い中年男性が立っていた。


「よお、お嬢ちゃん」


「あなたは……グラニネツ村の……!」


 意外な人物の訪問に、目を丸くする。


 そこにいたのはグラニネツ村から救出した住民の生き残り―――俺たちと一緒にゾンビを迎え撃った猟師のおじさんと、彼らと一緒にいた小さな男の子と女の子だった。


 親子だったのだろうか。2人の子供は恥ずかしそうに猟師のおじさんの後ろに隠れている。


「あの時は世話になったな。おまけに食料と資金の寄付までしてくれたそうじゃねえか」


「い、いえ、当然の事をしたまでです。せっかく助かった命なんですから」


「ガハハハハッ、いやあ、本当に助かってる。ところでここにいるって事は出場するんだろ、闘技場の試合によ」


「ええ」


「恩返し、こんな事でしかできないが……頑張ってくれよな、ガキどもと一緒に応援してるからよ」


「あ、ありがとうございます」


「ほら、アンドレイ、リジーナ、お前らも何か声かけな」


 おじさんに促され、後ろに隠れていたヒグマの獣人の兄妹がおそるおそる前に出た。


「おねーさん、がんばってね」


「おーえんしてるよ」


「うん、ありがとう。頑張るからね」


 笑みを浮かべ、そっと2人の頭を撫でた。


「アンドレイの奴、お嬢ちゃんの戦いぶりを見て冒険者に憧れちまってな。避難所で『大きくなったらあのお姉さんみたいな冒険者になるんだ』って言い出しててな」


「え」


 マジすか、と驚きながらアンドレイ君の方を見下ろすと、恥ずかしそうに顔を紅くしながら再びお父さんの後ろに隠れてしまう。


「お嬢ちゃんは憧れの人なんだそうだ。まあ、確かにお嬢ちゃんみたいに強くて優しい冒険者に憧れるってェなら、俺も止めはしねえ」


「あ、あはは……」


 そ、そうか……。


 なんだか恥ずかしい、ものすごく恥ずかしい。


 こりゃあカッコ悪いところ見せられないな、と思ったところで、おじさんたちの後ろから闘技場の職員がやってきた。手にはファイルがあり、中には対戦表のようなものが入っている。もう既に試合のスケジュールが決まったのだろうか。


「お待たせしました、試合のスケジュールです」


「ああ、どうも」


 差し出された一枚の紙を受け取り、仲間たちの試合予定時間をチェックする。


 一番手はクラリス。魔物相手の試合で、11時30分からAエリアでの試合が予定されている。そこからお昼を挟んでBエリアで13時からモニカ、その試合が終了次第すぐにリーファ、そして15時から範三の試合となっている。


 どの対戦相手も中堅ギルド出身のようだ。簡潔に相手側の経歴が載っているが、一筋縄ではいかない相手だという事は分かる。


 さて、俺はどこ























 ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ




 対戦相手 ロイド・バスカヴィル




 試合開始予定 17時(最終試合)




















 おう、マジか。


 本日の試合の大トリだ。


 しかも対戦相手は―――あの”魔犬”ロイド・バスカヴィル。


 ―――上等じゃねえか。


 闘技場のデビュー戦が異名付き(ネームド)の冒険者、相手にとって不足はない。


 全力でぶつかるのみだ。














「残念ですが、座席のチケットは売り切れです」


「なんだと?」


 ぁえ?


 バッサリと受付の女に言われ、私は身体から力が抜けるのを感じた。え、闘技場のチケットが売り切れ? マジで? せっかく有休をとってモスコヴァからはるばる来たのに?


「申し訳ございません。本日はあの”血盟旅団”が初参戦という事で注目度が上がっておりまして……チケットは売り切れでございます」


「゛ぬ゛ぁ゛ぁ゛ん゛!゛?゛」゛


「で、ですがお客様、座席ではなく立っての観戦でしたら無料ですので、そちらをご利用くださいませ」


「む、そうか。ならそうする」


 ありがとう、と受付の女に言い、受付の前にずらりと出来上がった長蛇の列を離れる。


 まあ、座席のチケットが手に入らなかったのはアキレス腱を切ったかの如き激痛だが、まあいいだろう。私は最愛の妹(弟じゃないよな?)の試合に金を賭けるような趣味はない、ただ戦う姿を見て応援し、その姿を愛で、あわよくばモフったり吸ったりしたいだけなのだ。


 それにミカの注目度が上がっている、というのは彼女の姉として鼻が高い。やはり私の目に狂いはなかった、ミカはいずれ大きな存在になるという予見は当たったのだ。


 さて、お手並み拝見と行こうか、ミカ。


 お前がどれだけ腕を上げたのか―――このアナスタシアに魅せておくれ。



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