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エントリー


「エントリーありがとうございます。では5日後、午前10時までに受付を済ませてください」


「分かりました」


 マズコフ・ラ・ドヌー闘技場の受付でエントリーを済ませると、受付に居たライオンの獣人のお姉さんからエントリーナンバーの書かれた紙を人数分渡された。


 受付の前を離れ、仲間たちにエントリーナンバーを渡しておく。当日はこれを受付に持って行って10時までに受付を済ませる事で、その日の試合に出場できるというわけだ。当然、紛失したら再発行はないし棄権扱いになるので、厳重に管理しなければならない。


 血盟旅団からエントリーするのは俺、クラリス、モニカ、範三、リーファの5名。それぞれ出場する部門も異なっており、対人戦では俺、範三、モニカ、リーファの4人が、そして対魔物戦ではクラリスが出場する事となった。


 何でクラリスだけ対魔物戦なのかという事だが、俺や範三、モニカにリーファならば手加減すりゃ死人は出ないので何とでもなるが、クラリスの場合は話は別である。変に手加減して不完全燃焼になるよりも、魔物相手に思い切り暴れた方が彼女も精神衛生的に良いだろうし、良いストレス解消になるだろう。


 そういう計らいもあり、彼女だけは魔物とのガチンコ対決という事となった。


 逆にそれ以外の4人は他の出場者とランダムで当たり、勝敗に応じてファイトマネーが出る事になる。ファイトマネーの金額は観客がどちらの冒険者に賭けるかで上下するそうだが……。


「あ、ご主人様。あそこにクワスが」


「ん」


 闘技場の正面ゲート付近には出店がいつも出ている。ピャンセとかドラニキはよく見るが、真冬でもクワスって売ってるのか……夏に売ってるのはよく見るのだが。


「飲む人~?」


「あたしはパスかな」


「うむ、某も」


「ワタシもやめとくネ」


 おう、クラリスだけか。


 出店の前の列に並び、待つ間場内に設置されたポスターや横断幕に目を向ける。冒険者ランクの中でも中堅程度のギルドの名がずらりと並んでおり、おそらくは今日出場するのであろう冒険者たちの試合の案内がアナウンスされていた。15時からはAエリアでギルド『ブラッド・ムーン』の冒険者が、16時からはBエリアでギルド『暴風戦狼』の冒険者が魔物と戦うらしい。この暴風戦狼は中華系の冒険者ギルドなのだろうか。


 ノヴォシアは中華ジョンファ帝国と国境を面しているので、向こうからこちらに出稼ぎにやって来る労働者や冒険者は多い。中堅ともなるとかなりの実力者たちなのだろう。


 試合の行われるAエリアの選手用ゲートの方では、これから団体戦を控えているのであろう冒険者たちが肩を組んで円陣を組み、お互いを鼓舞し合う姿も見える。


 5日後は俺たちもああやるんだろうな……とは思ったが、出場する部門はいずれも個人戦だ。団体戦ではない。


「はい、ご注文は?」


「ええと、クワスのLサイズを1つ」


「味はどうしましょう?」


「ええと……」


 何味にする、と目配せすると、クラリスはハチミツ味を指差した。


「ハチミツ味のLサイズで」


「かしこまりました。はい、どうぞ。300ライブルです」


「はーい」


 財布から300ライブル取り出し、販売員のお姉さんに手渡した。代わりに大きめの紙コップに並々と注がれたクワスを受け取り、仲間たちのところへと戻る。


 試合会場の中からは、防音性の壁でも吸収しきれないほどの大歓声が響いている。


「……ねえミカ、せっかくだし少し試合見て行かない?」


「あー、そうだな。見ていくか」


 今日は受付だけ済ませて帰るつもりだったが、せっかくだし少し試合を見ていくのも悪くない。


 案内板から観客席を探し、2階へと移動する。どうやら試合を立って見るだけであれば無料だけど、どちらの冒険者が勝つか否か賭ける場合は入場料を支払う必要があるらしい(その代わり座席に座れるようだ)。


 座席にもクラスがあり、VIPエリアなんてものもあるのだとか。貴族とか富裕層向けで、豪華で広々とした空間にルームサービス付きというなんとも贅を凝らしたもんである。


 ただ試合を見て帰るだけなので、とりあえず試合場の入り口に立っていた警備員に賭けはせず試合を見ていく旨を伝えると、警棒とピストルで武装した警備員はすんなりと通してくれた。


 試合場の扉を開けると、一気に熱気が流れ込んでくる。


 闘技場が割れんばかりの大歓声。殺せ、殺せ、という物騒なコールにアナウンサーの実況。格闘技の世界大会みたいなノリだが、格闘技と違うのはレギュレーションの範囲内であればルール無用、冒険者同士のガチンコ対決が見れるという点だろう。


 闘技場の中は擂り鉢状になっていて、客席や観戦エリアはその壁面に沿ってぐるりと配置されていた。ちょうど底の部分には円形の広間があり、魔術や弓矢などの流れ弾から観客を守るためのグラスドームで覆われている。


 グラスドームの中では、ちょうど冒険者同士が鎬を削り合っているところだった。メイスを手にした虎の冒険者が大剣使いの冒険者に殴りかかるが、しかし大剣使いはそれを紙一重で回避。逆にメイスを空振りした虎の冒険者の鳩尾みぞおちに強烈なボディブローを見舞う。


 うげぇ、と息を吐き悶絶する虎の冒険者。観客の多くがあの大剣使いに賭けているようで、彼が有利になる度に観客席は沸いた。


《おぉーっと、バスカヴィルの強烈な一撃がニコライの鳩尾に突き刺さるゥーッ!》


 バスカヴィル、という名前には聞き覚えがあった。


 『ロイド・バスカヴィル』……聖イーランド帝国からやってきたという冒険者で、”魔犬”の異名を持つ異名付き(ネームド)。大剣と炎属性の魔術の使い手で、その適性はC+であるという。


 特定のギルドには属さず、単独ソロで行動する凄腕の冒険者……まさか度々その名を目にするような男の試合が見られるとは。


《ニコライ踏ん張ったァーッ! しかし劣勢は劣勢、打つ手はあるのかぁーッ!?》


 ニコライ、と呼ばれた冒険者は片手で腹を押さえながらも立ち上がった。第一世代型、ヒトよりも獣に近い骨格を持つが故に肉体が強靭とされるタイプの獣人である事もあのタフさに寄与しているのだろう。


 空手をやっていた経験(寸止めではなくガチで殴る方だ)があるので分かるが、鳩尾にボディブローを喰らうととにかく苦しい。呼吸がマジでできなくなる。


 それでも何とか体勢を立て直し、メイスをぶん回しながら突っ込むニコライ。少しでも格上の相手に喰らい付こうという意志の強さが感じられるが、しかし実力差は歴然だった。


 たぶん、あのバスカヴィルは本気を出していない。


 ニコライはとにかく距離を詰めようとしている。彼の持っているメイスとバスカヴィルの大剣を比較すると、バスカヴィルの大剣の方が長大でリーチがある。どの道、ニコライは懐に飛び込まなければ勝機はないのだ。


 多少の被弾は生まれつき持った打たれ強さに物を言わせ、我武者羅にでも突っ込まなければならない―――彼のやりたいことは分かる。


 しかし、バスカヴィルがそれを対策していない筈も無く―――。


「!!」


 次の瞬間だった。


 バスカヴィルの大剣が、唐突に炎を纏った。


 グラスドームに覆われた試合会場、その内側での出来事だというのに、心なしか場内全ての空気が震えたような気がした。


 それでもなお、怯まずに突っ込んでいくニコライ。


 それに対する返答は、無慈悲な爆風による殴打だった。


 試合場の石畳に大剣を突き立てるバスカヴィル。まるでそれが引き金だったかのように、大剣が纏っていた炎が一気に開放、爆風と化し全てを薙ぎ払っていく。


 ボディブローにも耐えたニコライの肉体も、これには耐えられず石畳から強靭な脚が浮く。爪先が床から離れた後はもう、全ては成すがままだった。石畳に叩きつけられ、転がり、何度もバウンドを繰り返しながらグラスドームに激突するニコライ。


 歯を食いしばりながら立ち上がろうとするニコライだが、それよりも前に目の前に突き付けられた大剣が、試合の終了を告げた。


《試合終了ぉー!! 勝者は”魔犬”バスカヴィル!!!》


「強い……」


「あれが魔犬バスカヴィルですか」


「はぇー……待って、コレ中堅の試合よね?」


「ああ」


 そう―――マズコフ・ラ・ドヌー闘技場は中堅クラスの冒険者が数多く集まる闘技場である。なので初心者を脱出したばかりの新参者から中堅クラスで燻ってる連中に至るまで幅広く参加している。


 さすがに上位陣ともなるとモスコヴァとか、もっと大きな闘技場に姿を現すのだそうだが……。


 いずれにせよ、あれで中堅クラスなのだ。


 あんなハイレベルな試合を見せつけられると自信が無くなるものだが、だからこそ冒険者という職業は苛酷なのだ。


 上位陣の試合はさすがに見た事がないが、『挑戦者が試合前に棄権した』という事例が多発している事からも、挑戦者の心を対戦前にへし折る程のものだったのだろう。そういった絶対強者たちが上位に君臨し続けているため、冒険者ランクは長年停滞を続けている。


 結局、上を目指して駆け上がっていっても超える事の出来ない壁が立ちふさがり、それに打ちのめされた冒険者たちは中堅クラスで燻り続ける―――上位陣の壁に穴をあけた冒険者は、今のところ1人もいないと聞いている。


 力だけが物を言う業界。


 ―――面白いじゃないか。


「クラリス」


「はい、ご主人様」


「―――俺らで大穴、開けてやろうぜ」


「ええ」


 窮鼠が猫を噛むように、ジャコウネコだって猛獣を噛むのだ。


 











「本当に良いんだな?」


「ああ、頼む」


 3号車1階、パヴェルの工房。


 作業台の上に置かれた俺の触媒、”慈悲の剣”を前に、パヴェルに向かって頷いた。


「……わかった、試合までには間に合わせる」


「頼む」


 そう言い、工房内の椅子に腰を下ろした。


 彼に依頼したのは触媒の改良だ。


 慈悲の剣は刀身だけで1mを超える大型の剣だ。片刃の直刀を思わせる形状で、しかしそのサイズとは裏腹に重量は1㎏未満、非力なミカエル君でも片手で振るえる重量だ。


 それほどまでの軽量化を実現する事が出来たのは、素材として使っている魔力損失率0%の”賢者の石”による恩恵が大きい。


 魔力損失がなく、100%の魔力を攻撃に回す事ができ、加えて軽さと耐久性を両立した夢のような素材。多くの魔術師たちが喉から手が出るほどこれを欲し、富のある者は大金を積む。


 希少極まりないそれを素材に使った俺の触媒”慈悲の剣”―――それには、ある特殊な効果が付与されている。


 それは『斬った相手を殺さない』ことだ。


 これで相手を斬りつけても、肉体そのものにダメージはない。しかし斬撃は相手の意識にのみダメージを与え、最終的には気絶に追い込む。


 ノーキル用の武器というわけだ。


 しかしサイズ的に嵩張る点と、ミカエル君も相手を殺す覚悟を決めた以上、もうそんな情けも不要ではないかと思い至り、パヴェルに改造を依頼したわけである。


 改良点は2つ―――『より運用に適した形状、サイズとする事』と『ノーキル効果の排除』である。


 パヴェルが本当にいいのか、と聞いてきたのは、後者についてだろう。


 今まではコイツで直接斬りつけたり、磁力操作で相手に飛ばし遠隔操作で攻撃する事で意識だけを奪い殺さずに済ませてきたのだが―――転生者殺しの一件以降、むしろ不要な効果だと思う事が増えてきた。


 これは今までの甘さとの決別でもある……最初に依頼した時、俺はパヴェルにそう言った。


 元より後戻りできない道を全力疾走しているのだ。


 後ろなど、振り向くつもりは元よりない。













 1889年 2月26日


 ノヴォシア帝国 帝都モスコヴァ


 帝国騎士団本部 西棟






 暇だ。


 何だろう、ものすごく暇だ。


 任務は最近回ってこないし、書類仕事は午前中に全部片づけた。アレだ、任務が回ってこないのは一昨日ゴブリン討伐とゾンビ殲滅に本気を出したせいだろう。徹底的に殲滅して死体もきっちり処理したので、あの辺は農民たちが丸腰で出歩けるほど安全な場所になった。


「暇だなヴォロディミル」


「ですね」


「一発芸でも見せてくれ、裸踊りとか」


「お断りします」


「じゃあせめてほら、他の部隊に演習の申し込みとか」


「あのですね、お言葉ですが”中将閣下”。貴女が暇潰しに演習で他の部隊をボッコボコにするせいで我々”ストレリツィ”がどれだけ恐れられてるかご存じないので?」


 うん、さすがにあれはやり過ぎたと私も思う。だが練度の向上には一役買ったし、それにあの程度の攻勢も防げないようでは帝国騎士団を名乗ってはいけないだろう。貴様ら全員辞職しろ、騎士団名乗るな雑兵共が。


 おっといかん、本音が。


「じゃあアレだ、クワスを買ってきてくれ」


「勤務中の飲酒はダメですよ」


「真面目だな貴様は。少しくらいいいではないか」


「ダメったらダメです、規則ですから」


「ちぇっ」


 はぁ……退屈だ。


 そういえばミカの奴、今頃どの辺に居るのだろうか。冬になる前にリュハンシクでなにやら大立ち回りを演じたらしいが、今頃ノヴォシア地方に入ってるのだろうか。マズコフ・ラ・ドヌー辺りとか。


 もし時間があったら会いたいな、私の可愛い妹に……ん、弟だったか? まあいいや、可愛いから性別など関係ない。


 アイツの頭からは乾いたばかりの洗濯物みたいな良い匂いがするし毛並みがふわっふわのもっふもふなので、とにかく遭遇したら吸うようにしている。ああダメだ、思い出したら禁断症状が。モフモフ欠乏症がァァァァァァァァ!!!


《―――それでは次のニュースです。マズコフ・ラ・ドヌー闘技場の新規参加者が本日発表されました》


 ラジオから流れてくるニュース。内容はマズコフ・ラ・ドヌー闘技場に関連する話題のようだ……闘技場か。暇だし、有休とって行って来ようか。ファイトマネーも出るから小遣い稼ぎにちょうどいいし、ストレス発散にちょうどいいだろう。


 私も無能な上官に振り回されるのはもう嫌なのだ。何より実家に帰省したくない。帰ったらまーたあのクソ上(おっと失礼本音が)に『アナスタシア、お見合いの件が』なーんてお見合いの話になるのは目に見えている。


 何度も言っているが、私は強い男にしか興味がないのだ。このアナスタシア・ステファノヴァ・リガロヴァを打ち負かす程度の実力者でなければ伴侶とは認めん、絶対にだ。


《―――エントリーした冒険者の中には、最近注目度を上げているイライナ出身のミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ率いる血盟旅団も名を連ねており、団長のミカエル氏も3月3日の試合に出場予定という事で、会場には来月3日のチケットを求めて多くの観客が押しかけ―――》


 ガタッ、と席を立った。


 退屈そうに紅茶を飲んでいたヴォロディミルがびくりとこちらを振り向き、何やら嫌な予感を抱いているような、そんな感じの顔になる。何だ貴様その目は。


「あの、閣下?」


「ちょっと有休申請してくる」


「待ってください、貴女まさか……」


「勘違いするなよ貴様。私は別にミカに会いたいとかモフりたいとか抱きしめたいとかそういうのじゃないぞ。アイツが我がリガロフ家の名を汚すような無様な試合をしないか見に行くだけだ。べ、別にミカが怪我しないか心配だとかそういう事はないからな、勘違いするなよ」


「は、はぁ……」


 そうかそうか、ミカも闘技場に出るのか。


 よーしいいぞ、だったらお姉ちゃんも応援に馳せ参じなければ……むふふ。




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― 新着の感想 ―
[一言] 実家がそんなに嫌だと、母上にいつか《不慮の事故》が起きてもおかしくないですねぇ… アナスタシアお姉さまが来るのか…ミカエル君逃げて、超逃げて!あ、手遅れですかそうですか。 そういや銃じゃ…
[一言] うん、これあれだ妹にいいとこ見せようと張り切ってドン引きされるやつだ。
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