ミカエル君の交渉
国家間の関係がそうであるように、ギルド間にも『同盟』という仕組みがある。
その名の通り、ギルド間で同盟を結ぶ事ができるのだ。どのような同盟関係になるかは互いの交渉で決まるのだが、例えば安全保障や軍事同盟的なものであれば『ギルドAが攻撃を受けた場合、ギルドBが参戦しギルドAを支援する』とか、まあそんな感じになる。
他にも互いに戦闘訓練の指導や資金、物資の援助など、同盟の内容は多岐に渡る。特に商業に特化したギルドであれば製品の製造を担当するギルドと経営や販売を担当するギルドに別れ、双方で利益を分け合うなど、まあそういう共生関係にある冒険者ギルドは多い。
とはいえこれは冒険者管理局が公式に制定している制度ではなく、ギルド間で交わされる契約なので法的な拘束力はなく、一種の”紳士協定”のようなものであると思ってくれていい。
だから仮にさっき挙げた例のように『ギルドAが攻撃を受けた場合Bが支援に入る』という契約を反故にしても、ギルドAを見殺しにしたギルドBの責任者が法に則って処罰されるという事はない。
ただしそれによってそのギルドの信用が失墜する事になるし、見殺しにされたギルドAの生き残りやその友好ギルドが報復しにやってくる事もある。この界隈は信用で成り立つ側面もあるので、結んだ同盟関係や契約を反故にするのはご法度、最もやってはならない事とされている。
そりゃあ、平気でギルド間の契約を反故にしているような冒険者ギルドに、管理局を介さない直接契約という形での依頼を持ち込もうとする依頼主は居ないだろう。ギルドにとっては信用を失い、管理局に手数料を取られない事から利益が大きくなりがちな直接契約依頼を受けられる確率が落ちるので、そういう観点からも契約を反故にするのは百害あって一利なし、という事だ。
それがこの界隈での常識で、ミカエル君が冒険者になる前に勉強して得た知識だ。
「……ふむ」
契約書の隅から隅まで、じっくりと視線を走らせながら同盟の内容や契約条件、その他の条項について頭に焼き付けていく。相手のギルド―――Cランク冒険者ギルド『コバルトクラウン』が提示した同盟の内容は、条項を見る限りでは軍事関係での同盟関係を結びたい、という感じのようだった。
「いかがでしょう?」
同盟を持ちかけてきた男性の冒険者―――”レオニート”と名乗った男は、ニコニコと友好的な笑みを浮かべながら言った。
「……お聞きしたいのですが、なぜ我々との同盟関係を?」
冒険者は荒くれ者が多く、言葉遣いが荒くなりがちだが俺はそうはなりたくはない。とりあえず丁寧に、ビジネスライクな感じで接する。
「我々血盟旅団はあくまでも新興ギルド、結成から1年程度しか経っていない新参者です。我々からすればあなた方”コバルトクラウン”は大先輩、以前から中堅に位置し日夜活躍を続ける先駆者です。我らのような新参者と同盟を組んでも旨味はないでしょう?」
謙遜しながらそう言うが、何となくだがこいつらの目的は察しが付く。
条文の内容を要約するとこうだ。
まず、【血盟旅団はコバルトクラウンとの同盟を結び、協力関係となる事】。
そして【コバルトクラウンは血盟旅団に対し燃料や水、生活用品を格安で手配する】。どうやらコバルトクラウンは商業ギルドの一面も持ち合わせているようで、要は『ウチの商品を格安で提供しますよ、割引です。こんなに良い値段は他じゃあお目にかかれませんよ』という事だ。
まあ確かに、各地に拠点を持つコバルトクラウンとは異なり俺たち血盟旅団は各地を列車で転々と移動しながら活動する”ノマド”。列車を使う関係上、その燃料となる重油や石炭、蒸気を作るのに必要不可欠となる真水、そして旅の最中に常に消費する事となる日用品には毎度の事ながら悩まされる事となる。
収入はあるが、運営資金の多くがそういった消耗品の購入費に充てられている事からも、血盟旅団の厳しい懐事情が伺えるだろう……え、強盗やってるから金あるだろだって? しーっ、しーっ!
常に出費に悩まされるノマド諸氏にとって、燃料費や水、その他日用品が格安で手に入るというのはかなり魅力的な話だろう。つまりは損失が大幅に減り、最終的な利益の増加に繋がるからだ。
ちなみに現状、ノヴォシア産の石炭1tで20万ライブルの出費となるが、コバルトクラウンが提示した条件では石炭1tで12万ライブルという破格の値引きである。
正直、これだけを見れば同盟を組んでもいいなとは思った……これだけを見れば。
「いえいえ、ご謙遜を。あなた方血盟旅団の活躍は我らの耳にも届いていますよ。各地で商売をしている関係上、我々も耳聡いので」
「騎士団ですら成し得なかったアルミヤ半島の解放にガノンバルド討伐、東洋からやってきた未知のエンシェントドラゴンの討伐に加え、共産主義者のイライナ地方からの放逐……とても新興ギルドが1年で打ち立てる偉業とは思えません」
レオニートの付き添いでやってきた女性冒険者(さっき”アレーシャ”と名乗っていた)がそう言いながら持て囃す。
「仲間たちの奮戦あってこそです。私は仲間に恵まれました」と謙遜しつつ仲間を持ち上げておく。傍らに控えるクラリスが誇らしげに胸を張り、いつの間にやってきたのかカウンター席で緑茶を飲んでいた範三もすっげえ腹立つくらい誇らしげな顔で胸を張ってる。何だお前いつ来た???
さて、問題はここからだ。
血盟旅団に同盟を申し込むにあたり、コバルトクラウンは破格の待遇というカードを切ってきた。おそらくはこれが今回の契約の目玉、ノマドにとっては死活問題でもある燃料と日用品の購入費大幅削減という餌をちらつかせ、自分たちの要求を呑ませるつもりなのだろう。
一番の問題が、その要求なのだが……。
破格の値引きに踏み切ってくれたコバルトクラウンに対し血盟旅団はどのような見返りで応じればいいのかと言うと、条文では”安全保障面”という事になっていた。
条項には【コバルトクラウンが攻撃を受けた場合、血盟旅団は武力介入や武器の供与、物資輸送の代替手段として列車による輸送を行うものとする】と明記されている。
武力介入―――それはつまり、コバルトクラウンが商売敵とか盗賊団との戦闘に巻き込まれ独力で対処不能となった時に戦闘に介入、支援せよという事だ。
無関係の第三者との抗争に巻き込まれる事になるが、まあ別にそれは良い。そういう契約だし、俺自身も殺しに慣れてしまった(本当は殺したくないが)。身を切ってこちらに尽くしてくれる相手に、こちらも身体を張って応じるのが仁義というものであろう。
物資輸送の代替手段としてこの列車を使わせてもらう、というのも別に構わない。専用の貨車を連結すればいいし、最悪の場合機関車をもう1両用意して重連運転でも何でもすればいい(機関士をどうするのかという話がここで浮上するが)。
まあいい、それは別に良いのだ。
問題は条文の中ほどにある一文……『武器の供与』という部分だ。
これはつまり、『有事の際にはウチにお前らの持ってるすげー武器を無償で寄越せ』と言っている事になる。
冗談じゃない、と言いたい。今の血盟旅団の強み―――この世界の技術水準を遥かに超えた技術で生み出された現代兵器を、見ず知らずの赤の他人に無償で供与するなど出来るものか。
血盟旅団の優位が失われるし、彼らは商業ギルドの一面もある。供与してもらった後にその事実を有耶無耶にして転売でもされたら大変なことになる。誰が好き好んで商売道具を供与するものか。
どうせそういう意味なのだろうな、と半ば確信しながら、念のため問いかけておく。
「ところでこの一文、武器の供与に関してですが」
「ええ、はい」
「これは我々が第三者から武器を調達してそちらに供与するというわけではなく、我々が保有する兵器の供与、という解釈でよろしいですか?」
「ええ、その通りです」
この野郎、さらりと言いやがった。
「噂になっていますよ、『血盟旅団は先進的な兵器を数多く保有している』とね」
「なるほど……」
ちょいと派手にやりすぎたかな、とパヴェルの方を見た。パヴェルはと言うと窓から入ってきた小鳥さんにパンくずを与えて戯れてるんだけど何アイツ?
「まあ、渡したくない気持ちは分かります。あなた方にとって、あなた方の兵器はギルドとしての優位性を担保する強力なカード。1年間での大躍進もその兵器あってこそ……」
実力ではなく兵器の性能のおかげと言いたいのかコイツは。
半分は正解だが、半分は不正解だ。
結局のところ、強力な兵器はそれを扱う人間がなければ満足に機能しない。知識、経験、それらの積み重ねから来る練度。兵器の性能だけを見ているようならばそいつは三流だ。
何となくだが、コバルトクラウンの底が見えたような気がした。
「しかしこちらも身を切ってこの条件を提示しているのです。そこはご理解いただきたい」
「……それで」
「ええ。我々も商業ギルドの端くれ、商売敵には常に狙われていますし、それ以外にも利益を狙う輩や盗賊に襲われる事もあります。冒険者は数多く在籍していますが、彼らだけではとても……」
「だからこちらの軍事力に目をつけた、と」
「ご名答。話が早くて助かります」
結局、ビジネスって下心をオブラートに包んで相手に突き付けるようなものなのだろう。こういう相手を見ていると、そんな気がしてならない。欲望にまみれた下心をいい具合に包み隠し、相手に飲ませて利益を得る……けれども彼の下心は包装が不完全だ、クソの臭いがぷんぷんする。
無駄だとは思うが、すこし譲歩した条件を出して様子を見てみる。これを飲むようであれば交渉の余地あり、ダメであれば交渉の余地なし……そう判断していいだろう。
「―――我々としてはですね、この武器の供与について」
「はい」
「これがですね、あなた方を通して第三者へ流出するのではないかという危惧があるのです。鹵獲されてしまったり、あとはコバルトクラウンが誠実なギルドである事を願いますが……利益に目が眩んで転売されてしまうような事は避けたい」
「そのような事は決して……」
「そうでしょう、ですのでその信頼を担保するための条文に修正させてほしい」
「と、仰いますと?」
「コバルトクラウンへの武器の”供与”ではなく、”貸与”としてほしいのです」
レオニートがあからさまに渋い顔をしたのが分かった。
供与であれば相手に武器をそのまま譲る事になるが、貸与となれば話は別だ―――貸し与える、つまり使い終わったら返却しろ、と相手に申し付ける事が可能になるのだ。
これならば貸与した武器や兵器は返却されるし、もし仮にこっそり転売しようとしてもこちらは貸与品リストを作って厳格に管理すればすぐに発覚するので、その時は同盟の破棄なり報復なり、好きに料理すればよい。
第一、「自分たちが身を切って条件を提示してるんだからそっちも誠意を見せろ」など、頼んでもいない同盟を持ちかけてきたくせに、おこがましいにも程がある。
ならばこちらも条件を突きつけ、相手が信用に足る相手かどうか見定めてもいいだろう。
なんでもかんでも条件を飲むイエスマンだと思ったら大間違いだ。俺は血盟旅団団長として、仲間やギルドの利益を守り抜く義務がある。
「……我々が、信用できませんか」
声を微かに震わせ、レオニートは言った。
「信用を担保する、そのための最低条件です」
「我々は商業ギルドです、商人は信用が第一。決してそのような事は」
「ならばそれを条文として明記してほしい。私はそう言っています」
「しかし……我々は既に破格の条件を―――」
「話を逸らさないでください。条文を追加するのか、しないのか。それ次第で我々も返答が変わります」
論点のすり替え絶対許さないマン、参上。
交渉の主導権がこっちにあるのは、もう誰の目にも明らかだった。
「それとも何か、条文を追加できない理由でも?」
「い、いえ……」
「それでは問題はありませんね。さあ」
じわり、とレオニートの眉間に脂汗が浮かんだ。
懐から”イリヤーの時計”を取り出し、時間を確認する。交渉が始まって既に30分、多分この調子だと平行線だろう。
それにぶっちゃけ、燃料費や水の購入費についてだが、パヴェルが既に格安で売ってくれる独自の商業ルート(とはいえ提示された条件よりは若干高値だ)を開拓してくれているし、それにこっちには強盗で得た巨額の資産がある。
今のところ、あまり金には困っていない。
だからここで彼らに条件を呑ませたとしても、あまり旨味はないのだ。
「……なるほど、よく分かりました」
契約書を手に取り、トレンチライターで火をつけた。
「な、何を!?」
「申し訳ありませんが、そちら側を信用する事が出来ません。今回の件、申し訳ありませんが白紙化という事で」
空中で燃え尽きた契約書が燃え滓となって床の上にふわりと落ちる。すかさずクラリスがそれを箒と塵取で回収、念のため水をかけてからゴミ箱へ投下するのを尻目に、腕を組みながらレオニートとアレーシャを睨む。
「お引き取りを。話はこれまでです」
「待ってください、他にも条件を―――」
「クラリス、客人を出口まで案内してくれ」
「かしこまりました、ご主人様」
こちらへ、と出口の方へ誘導し始めるクラリス。もう説得は叶わないと判断したのだろう、レオニートは悔しそうに唇を噛み締めながら、無言で列車の出口の方へと歩いていった。
レオニートとアレーシャの2人が居なくなり、窓の向こうにとぼとぼと帰っていく後ろ姿が見えたのを待って、俺は息を吐いた。
あ~、緊張した。
ぶっちゃけああいう交渉、転生前の職場で先輩とか上司がやってたのを隣で見ていただけだったんだけど、まさか当事者になる日が来るとは。いやあ緊張した、自慢の肉球が手汗でじっとりと湿っている。
「やるねえミカ」
タンプルソーダの瓶をカウンターの上に置き、「飲みなよ」と言いながらパヴェルが笑みを浮かべた。
そういえば、喉が乾いていた―――それすら忘れてしまうほど緊張してたって事か。
あの2人―――というか、コバルトクラウンの狙いはまさにあそこだったのだろう。武器の供与を受け、有耶無耶にしてから転売し巨額の利益を得る。『結成1年の新興ギルドの大躍進の秘密』と喧伝し売り捌けば、買い手は簡単につくだろうから。
そしてあわよくば、知名度が上昇中の血盟旅団と同盟関係になる事で甘い汁を啜ろう、という魂胆だったのだろう。
これからは、ああいう同盟の申し出には気をつけよう……いや、本当に。




