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1889年1月1日


 えー皆さん、新年明けましておめでとうございます。ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフです。


 こっちもね、おかげさまで無事に年を越す事が出来たというわけでね、ハイ。初日の出を拝む事が出来て一安心してます。


 ただ元旦を迎えたとはいっても世界が違えば文化や考え方もまた違うというわけで、ノヴォシア帝国では特に初日の出を神聖視する風習も無ければ「あ、年明けたね。うんおはよう。朝ごはん食べようか」的な軽いノリなので、ハッピーニューイヤーだのなんだのではしゃいだり、初詣に行ったりとかそんな事は特にない。


 血盟旅団でなにか変化があったかといえばそうでもなく、範三と2人で初日の出を眺めながら合掌したくらいだ。


 そして冒険者にオフシーズンなどない。


 パパパンッ、と乾いた音が連鎖し、クラリスの銃撃でゴブリンが崩れ落ちる。オリーブドラブの肌に仕留めた動物の毛皮を防寒着代わりに着込んだゴブリンが仲間の仇を討たんと突っ込んでくるが、しかし復讐が叶う事はなく、次の瞬間には眉間に中距離からの狙撃を受け、雪の中に沈む事になった。


 後方に控えているカーチャのライフル、”SVCh”による狙撃だ。


 SVCh―――ソ連が誇るスナイパーライフル(あるいはマークスマンライフル)、SVD……ドラグノフ狙撃銃の後釜として生産されているセミオートマチック式狙撃銃だ。ロシア伝統の7.62×54R弾の他、輸出も見込んでいるのか7.62×51mmNATO弾、.338ラプアマグナム弾にも対応している。


 カーチャが装備しているのは、その.338ラプアマグナム弾仕様だった。


 隙を彼女の中距離狙撃に埋めてもらいながら前に出た。


 半壊した納屋の壁に隠れ、向こう側を見渡す。とっくに枯れ、雪の中で凍てついた井戸の周囲にはやはりゴブリンたちが居て、こっちの気配を察知するや身の丈以上も長さがある槍を投げ放ってきた。


 すぐに納屋の陰に隠れ事無きを得る。ドッ、と重々しい音と共に納屋の壁面にぶっ刺さったのは、木の棒の先端部に鋭く研ぎ澄ました石器を括りつけた原始的なものだった。かつては進化する前の人間もこれでマンモスを狩っていたのだと思うと、何というか文明の進化を実感せずにはいられない。


 ゴブリンは魔物の中では知能が高く、少なくとも原始人レベルの知能はあると思われる。言語を話しているところは確認されていないが、少なくとも数パターンの鳴き声での個体間のやり取りやジェスチャーらしき仕草は確認されているが、しかし人類をエサ、あるいは繁殖のための種族と認識している以上は共存は有り得ないだろう。


 そういう事もあって、こっちも容赦はしない。


 攻撃の気配がないと知るや、先ほど納屋の向こうを覗いた時よりも頭を下げながら身を乗り出し、手にしたSMG―――PP-19のセミオート射撃をガンガン叩き込んだ。


 AKをベースにしたSMGで、ハンドガード下部全体を覆うほどの、傍から見れば何かの砲身にも見えなくはないヘリカルマガジンが外見上の特徴だ。本来は9×18mmマカロフ弾を使用する銃器だが、弾薬の互換性を考慮し9×19mmパラベラム弾仕様に(機関部、銃身、ヘリカルマガジン含めて)コンバートしており、ヘリカルマガジンには53発の9mmパラベラム弾が殺意と一緒に詰め込んである。


 機関部レシーバー上にマウントしたPK-120を覗き込み、ゴブリンを撃った。


 装填してあるのはただの9×19mmパラベラム弾ではない。魔物を確実に仕留めるため、装薬を可能な限り増量した強装弾だ。これの運用に合わせ、銃身はヘビーバレルに換装、マズルブレーキも大型のものを装着し、各所の強度も強化してある。


 アサルトライフル用の中間弾薬には及ばないとはいえ、装薬と殺意をぎゅっと詰め込んだ心温まる贈り物はゴブリンのハートにしっかりと届いたようで、9mm弾(ミカエル君の魅力)にハートを射抜かれたゴブリンはまるで転んだように崩れ落ち、事切れた。


 飛んできた槍を避け、2体いるゴブリンの片割れ―――まだ棍棒を手にし、こちらに飛びかかる素振りを見せた方を先に撃ち抜いた。セミオート射撃を連続で受け、頭、肩口、胸板を順番に撃ち抜かれたゴブリンが後ろへ叩きつけられるように崩れ落ち、そのまま凍てついた井戸の中へと落ちていった。


 続けて槍を投擲したせいでほぼ丸腰になったゴブリンを狙う。腰に巻いていた毛皮の中から、動物の骨を削って作ったと思われるナイフのようなものを引き抜いて徹底抗戦の構えを見せるが、しかしナイフの間合いとマシンガンの間合いの差はあまりにも残酷過ぎた。ゴブリンの持つ脚力、その瞬発力を加味してもだ。


 ナイフを逆手に持ったゴブリンに間合いを詰められるよりも、PP-19から吐き出された9×19mmパラベラム弾が奴の眉間を撃ち抜く方が早かった。1発の曳光弾がマズルブレーキから飛び出すや、人間の頭よりもずっと小さく、脳のサイズ的に人間並みの知能は期待できそうにないゴブリンの眉間に1つの風穴を穿つ。


 仕留めたという喜びや達成感よりも、曳光弾が出てきた事に対する焦りの方がミカエル君的には大きかった。


 最近始めた事だが、より確実に弾切れを察知するため、マガジンから最後に発射される1発を曳光弾とするようにしたのである。


 一応、ちゃんと撃った弾数は頭の中でカウントしているが、しかし極度のストレスに晒される戦場でちゃんと残弾をカウントできるようになるのには慣れがいる。熟練の軍人や兵士であれば問題はないだろうが、しかしこっちは練度では劣る民間の冒険者。軍人と同じステージに立つのにはまだまだ時間がかかる。


 そこで、パヴェルが”前職”でのテクニックというか、弾切れを素早く知るための裏ワザとしてこれを伝授してくれた。マガジンから薬室へと装填される最後の1発は曳光弾に置き換えろ―――つまり銃口から光る弾丸が出てきたら弾切れ、というわけだ。


 でっかい砲身、あるいは黒塗りの水筒を思わせるヘリカルマガジンを取り外す。が、その最中に廃屋の窓を突き破り、大きな棍棒を両手で抱えたゴブリンが飛び出してきた。


 咄嗟に時間停止を発動、PP-19の保持をスリングに任せて、胸元にある特注のホルスターからグロック17Lを取り出す。フラッシュマグとブレースを装着した事でピストルカービンと化したそれは、本来の拳銃としての姿よりもさらに安定した射撃を提供してくれる優れものだ。まあ、大型化し重量も増加、サイドアームにしては嵩張るという意見には耳が痛くなるが。


 マガジンエクステンションの装着により43発という大弾数を実現したそれを構えようとするが―――武器を持ち替えたばかりのミカエル君の隣を、もこもこのコートに身を包み、頭にウシャンカを被ったノヴォシアスタイルのお侍さんが突っ込んでいったのを見て、コイツの始末は断念する。


 他のゴブリンに9mm弾を射かけている間に、背後から猿叫えんきょうと呼ばれる甲高い咆哮が響いた。


「きえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいッ!!」


 ドン、と空気を震わせる力強い剣戟。


 両断というよりは”叩き切る”という表現が似合う豪快な一撃。薩摩式剣術の真髄、第一の太刀。全身全霊で打ち放つ本気の一撃に勝るものはない。


 小柄なゴブリンの肉体が斜めに両断、雪の上に真紅の飛沫が飛び散った。


 背後の守りは範三に任せ、家畜の柵の向こうへ逃げようとするゴブリンの背中をグロックで撃ち抜く。パッ、とオリーブドラブの肌に紅い小さな花が芽吹き、被弾したゴブリンがまるで躓いて転んだかのように崩れ落ちる。


 そっと銃を下ろし、周囲を確認。動いているものといえば、後ろで足払いで転倒させたゴブリンの喉元に満鉄刀をぶっ刺し止めを刺している範三くらいのものだ。


 ガチャァンッ、と派手極まりない音を発し、廃屋の窓ガラスをぶち抜いてゴブリンが吹っ飛んできた。まだ残っていたのかと反射的にグロックを構えるけれど、しかしそいつの顔面はちょうど拳の形に陥没していて、顔面の骨が滅茶苦茶になっているのは火を見るよりも明らかだった。


 ピクピクと痙攣する指先がなんというか、うん。


 右の拳に付着した返り血をハンカチで優雅に拭き取りながら廃屋から出てきたのは、こんなドチャクソ積雪で気温-44℃というガチクソ寒波にも関わらずいつも通りのメイド服、お前体温調節機能バグってないかと思わずにはいられない、我らがリガロフ家のメイドさんことクラリス氏だった。


「クリアですわ」


「あ、ハイ」


「む、なんと手応えの無い」


 刀に付着した返り血を振り払い、鞘に収めながら暴れ足りなそうな感じに呟く範三。元気なのは良いが、それよりケガも無く無事に仕事が終わった事を喜ぶべきだと思うよ俺は。


 PP-19のマガジンを交換しながらそう思うが、しかしそれも無理のない事だ。


 冬場にも仕事は舞い込んでくるが、しかしその内容は似たり寄ったりだ。今回みたいな冬眠に失敗したり起きる時期をミスったゴブリンの駆除ならばまだマシな方で、他の仕事といえばヒグマの駆除とか、孤立した集落への食料品の配達などだ。


 特に配達に関してはⅠ号戦車くんが大活躍しており、あの走破性の高さと搭載した自衛用の連装機銃により襲ってきた魔物にも対処可能という事で、意外な事に冬季における血盟旅団の稼ぎ頭となっている。


 まさか異世界で、戦車開発のノウハウ獲得と乗員訓練用に開発されたⅠ号戦車が人命のために大活躍するなど、設計に携わったドイツ人たちも想像すらしていないだろう。


 まあ、なので今日の仕事は身体を動かせる分マシなのだ。


 ちなみに本日のお仕事はマズコフ・ラ・ドヌー郊外にある廃村に住み着いたゴブリンの一団の討伐。外敵に襲われたか雪崩に飲まれたか、何らかの事情で住処を移す事は動物や魔物たちにはよくある事なのだが、よりにもよって引っ越し先が街の近くの廃村となると面倒になる。


 ゴブリンと人類の生活圏は絶対にラップしない事。これが覆されれば、たちまち互いの生存をかけた血で血を洗う悲惨な戦いのゴングが鳴るというわけだ。まさに今日みたいに。


「むぅ……ミカエル殿、もっとこう……次は全身全霊で暴れられるような、そんな仕事を所望する」


「んな無茶な」


「こうも手応えがないと某の腕も鈍ってしまう故、何卒」


「う、うん、わかった」


 それは困る、マジで困る。


 しかしなぁ、冬季の仕事ってだいたいこんな感じでは……?


 現実と範三の希望の板挟みに逢いながらも、ダンプポーチに手を伸ばした。とりあえずそこに突っ込んでおいた信号拳銃を手に持ち、撃鉄ハンマーを起こしてハーフコックの位置に。こうすると引き金は引けないので、装填中の不意の発砲や暴発を防ぐことができる。


 支給された黒色火薬を充填、その後に信号弾を銃口から装填し奥までしっかりと押し込む。


 後は残った黒色火薬を火皿の中に充填し、撃鉄ハンマーを起こした。


 イライナの冒険者管理局だと既に装填済みの信号拳銃を支給してくれるんだが、ノヴォシアだと「装填はセルフでお願いしますね」というスタイルだ。いや、暴発とか不意の発砲を防ぐための安全措置だということは分かるんだが……。


 装填を終えた信号拳銃を掲げ、引き金を引いた。


 パシュッ、と黒色火薬が点火し燃焼、それに1秒ちょっとのタイムラグを挟み、ドパンッ、と破裂するような銃声が響き渡る。


 するすると雪雲の真っ只中へ伸びていく信号弾を見送りながら、ああ、こりゃあ火薬の質が悪いな、と思う。


 良質な火薬であればあるほど、点火から発砲までのタイムラグが短くなるのだ。なのに1秒ちょっともかかっているようでは粗悪な火薬であると断じざるを得ない。


 とにかく、仕事はこれで終わりだ。


 発砲した信号拳銃をダンプポーチの中へと戻し、廃村中に転がるゴブリンの死体を見渡す。


 魔物を討伐した後は、その死体の処理もセットで行わなければならない。だからここまで来る際に乗ってきたヴェロキラプター6×6の荷台には、死体処理用の灯油が入ったジェリカンが3つほど積んである。


 ノヴォシアは化石燃料がとにかく豊富に採掘できるので、石炭や油の単価が安いのだ。


 日本には「湯水のように」という言葉があるが、ノヴォシアには残量を気にせずドバドバ大量消費する事を例える言葉として「油を使うように」という言葉がある程である。


 だから貴重な戦略資源……ではあるが、街さえあれば(もちろん質にもよるが)安い値段で大量に手に入るのである。


 とりあえず、管理局の人が来たら討伐確認をしてもらい、それが済み次第死体を井戸に放り込んで焼却でいいだろう。


 どうせ枯れた井戸だし、この廃村を誰かが使う事もないだろう。


 死体処理まできっちりやっていこう。しんどいが、それが仕事だ。




 

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