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努力家ミカエル


 パヴェルという男の生態については散々分析したし、何なら作戦行動も共にしたので、そろそろ血盟旅団の他の団員にも目を向けてみようと思う。


 そう思い立ってカメラを片手に、割り当てられた自室を後にしたのは良い。最初に訪れたのは食堂車、だいたいここに行けば誰かがくつろいでいる。特に最近、テーブル席をいくつか撤去して絨毯とコタツが追加された(電力は天井の隙間に設置された発電機から供給されているらしく、時折パヴェルが灯油を給油している)ので、まあ他の季節よりはここに誰かがいる可能性は高いだろう。


 写真家としてみんなの日常を撮影するよ、って感じを装って食堂車を訪れると、案の定そこには何人か団員が居た。


 コタツから顔だけを出してすっかり丸くなってしまっているのは白猫の獣人のモニカ。血盟旅団では機関銃手を務める支援担当だそうだが……ミカエル曰く「生粋のトリガーハッピー」らしい。機関銃や分隊支援火器を選ぶ基準は基本的に”撃ってて気持ち良いかどうか”、サイドアームすらグロック18Cのドラムマガジン付きと聞いて頭を抱えたくなった。


 職業柄、どうしても実用性とか合理性を追求してしまう。もはや一種の職業病と言われても仕方がないが、選択した装備に自分の生死を預ける事は多いので、必要な投資と言えるだろう。


 いや、彼女たちはプロの軍人ではなく民間の冒険者ギルド、前の世界で言うところのちょっと敷居の低くなった民間軍事会社(PMC)といったところか。プロの軍人や特殊部隊ではなく民間の武装組織なので装備の選択の自由度も高く、そういった面では融通が利くのも頷けるが……。


 ちなみに『MG3の試射で快感の余り逝きかけた』という話を聞いた時は卒倒しそうになった。人選ミスじゃないのかこれは。


 しかしそれでも彼女は優秀な水属性魔術師という側面もあり、魔術に関する知識は相当なものなのだそうだ。


「んぁ、カルロスじゃないの」


「ちょっと1枚いい?」


「いぇーい、ぴーす」


 パシャッ、と彼女のグダグダな姿をフィルムに収めた。


 さて、次。


 コタツの反対側にあるテーブル席では、メイド服姿のクラリスが幸せそうな顔で座っていた。彼女の膝の上にはまるで眠るネコのように身体を丸くしたハクビシンの獣人、ミカエルが乗っており、もふもふのケモミミを揉まれて気持ち良さそうに目を瞑っている。


 一応、彼(彼女?)がこのギルドの責任者―――団長であり最高司令官という立場なのだが、なんだろう、こんな姿を見せられたら威厳もクソも無いと思う。事前知識無しでこれを見たらマスコットか何か、肯定的な解釈をしても冒険者見習いのお手伝いさんか何かにしか見えない筈だ。


 さて、そんなご主人様にべったりなクラリスだが、彼女に関しては謎が多い。パヴェルも、そしてミカエルも彼女の過去に関しての情報開示には消極的で、『リガロフ家で雇っているでっかくて強いメイド』という、なんともざっくりとした説明のみだった。


 しかし戦闘に関してはどれもこれも一流で、ミカエルのボディガードとしては申し分ないだろう。


 それはそうとして―――以前に彼女の射撃訓練やCQB訓練を見学させてもらったが、戦い方に前回のパヴェルと共通する点がいくつか見受けられた、という事は欠かせない情報だろう。


 おそらくはパヴェルと何か関係がある……あるいはパヴェルの”前職”との関連が疑われる。


 積極的にヘッドショットを狙うクセは間違いなく彼と彼女特有のものだ。もはや反射というレベルで頭を狙い、敵兵の即死を狙っているように思えてならない。


 仮に敵兵の胴体を撃ち抜いて負傷させたとしよう。もしそれが先進国のような、人命が尊重されるような国家の軍隊であれば、仲間の兵士たちは負傷した戦友を決して見捨てない。是が非でも助けようと救いの手を差し伸べるだろうが、そうしている間にも撃たれた兵士と助けに行く兵士、少なくとも2名は積極的な攻撃に参加できず、その分隊の火力は大きく削がれる事になる。


 殺すよりも救出のために手間をかけさせてやった方が、相手によっては効果的だったりするのだ(そして後方に移送されたら移送されたで負傷兵のために医療品や食料を消費せねばならず、敵軍の兵站に負担を強いる事も出来る)。


 もちろん、これは人命が尊重されている国家の軍隊である事が大前提だ。テロ組織とか、人間の命が軽いような軍隊と戦う場合はこの限りではない。


 そういった戦術を意図的に選択せず、敵の命を奪う戦い方―――いったいどこで学んだ?


「うふふ、気持ちいいですかご主人様?」


「きゅ~……♪」


 甲高い声を発しながら、気持ち良さそうにクラリスの膝の上で丸くなるミカエル。こうしてみると主人とメイドというよりは完全に飼い猫(※ハクビシンである)と飼い主に見えなくもないが、主従関係は逆だ。


 さて、今度はそのミカエルについて。


 ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ。1870年9月21日生まれ。イライナ地方の都市キリウにて、リガロフ家の当主”ステファン・スピリドノヴィッチ・リガロフ”と屋敷のメイド”レギーナ・パヴリチェンコ”の間に生まれてしまった(、、、、、、、、)没落貴族の庶子だ。


 上に腹違いの兄姉が4人おり、彼も姉弟としてカウントするならば末っ子の三男。とはいえその出自から幼少期より軟禁状態だったようで、しかしひねくれずに育ったのは母親の影響が大きいと思われる。


 そんな環境を抜け出し、自由な冒険者ノマドになろうとした理由も頷ける。


 ついにはクラリスに喉を撫でられ、いよいよ飼い猫みたく喉をゴロゴロ鳴らし始めたミカエル。しかし彼の傍らをふよふよと浮遊する空薬莢の存在に気付いた瞬間、彼がただのマスコット的なキャラではない事を痛感する。


 浮いているのはアサルトライフル用の弾薬として、主に西側諸国で幅広く運用されている5.56mmNATO弾の空薬莢。射撃訓練で使ったものなのだろう。


 よく見ると他にも、ロシアやウクライナで使用されている5.45×39mm弾、中国独自規格の5.8×42mm弾までふわふわと浮いていて、さながら惑星の周囲を周回する衛星のようにミカエルの周りをくるくると回っている。


 傍から見ればサイコキネシスとか、そういう類の能力に見えるかもしれないが―――違う。


 あれが雷属性の魔術だ。


 雷属性には、大きく分けて”電撃”と”磁力”、2つの特性と呼ばれる分類がある。あれは磁力特性―――すなわち、魔力を体外に放出し周辺の空間に磁界を形成、それを魔力と素質の許す限り自由自在に操る事ができるという。


 つまりあの薬莢はサイコキネシスでも何でもなく、ミカエルの発する魔力とそれが生む磁界の中を浮かんでいるのだ。


 ふっ、とクラリスがミカエルのケモミミに吐息を吹きかけた瞬間だった。やはり獣人のケモミミは敏感なセンサーでもあるので弱いのだろう、びくりと身体を震わせたミカエルの周囲を浮遊していた薬莢がごとんと床に落ち、膝の上で丸くなっていたミカエルが身体を起こした。


「あら、失敗ですわね」


「うーん……」


「何だ、鍛錬中か?」


「まあね」


 てっきりメイドに甘えてるものと思っていたが……。


「ご主人様はどんな状況でも魔力のコントロールをつつがなく行えるよう鍛錬を行っていたのですわ」


「傍から見れば飼い猫にしか見えなかったがそんな事やってたのか」


「むふー」


 誇らしげに胸を張るミカエルだが、何も知らない第三者が見たらどう見てもメイドの上で丸くなって甘えるペットか何かにしか見えないと思われる。


 それにしても、磁力操作ねぇ……。


「ということはアレかい、その気になればローレンツ力とかフレミングの左手の法則とかそういうのも真似できると?」


「できない事はないけど……」


 薬莢を拾い集めながら、ミカエルは難しそうに言う。


「俺の適正じゃレールガンの真似事は無理だよ」


「やっぱり負担が大きいのか」


「うん……無理をすればできるかもしれないけど、やったら一発で重篤な魔力欠乏症になるだろうし、威力も普通に銃で撃った方が強い程度だと思うよ」


「やった事はない?」


「ない。さすがに危ない」


 俺は魔術についてはあまり専門的な知識は持ち合わせていないが、魔力欠乏症が危険なもの、という事は知っている。


 魔力は生命エネルギーの一部で、魔術はそれを動力源に、信仰の対象としている英霊や精霊、神の力の一部を借りて発動する奇跡……というのがこの世界の魔術なのだそうだ。


 そして生命エネルギーたる魔力を使い過ぎれば、当然それは死に直結する。


 生命維持に必要な魔力量は、概ね自分の最大魔力量の11%。個人差はあるそうだが、だいたい20%を下回ってきた辺りから脈の乱れや発汗、倦怠感などを覚え始め、それが更に進行すると目や鼻、耳からの出血など、より重篤な症状が現れる。


 ミカエルの適正と魔力量では、レールガンの真似事は無理だという。もし仮に再現する事ができるならば大きな戦術的優位となるだろうが、しかし術者にかかる負担も相当なものである事が分かる。


 もう1回、と再びクラリスの上で丸くなり、空薬莢を浮遊させ始めるミカエル。クラリスに頭を撫でられたりケモミミをモフモフされたりしながらも磁界の展開に意識を集中する彼の姿を、俺はそっとカメラに収めた。














 さて、パヴェルの戦い方が普通の兵士のそれとは根本的な部分で異なる、という話は以前にしたと思う。


 ではそんな彼を師とし、戦い方を学んでいるミカエルはどうなのかというと―――まあ、当たり前だが弟子は師の背中を見て育つものであり、その動きは彼の生き写し……とまではいかないが、パヴェルという男を知る者が見れば誰から学んだ戦い方かが一発で分かるレベルだった。


 人型の的の頭に、次々にヘッドショットを決めていくミカエル。天井にぶら下げられたスコアボードの点数が凄まじい勢いで伸びていき、やがて構えたライフルのマガジンは空になる。


 彼が使っているのはいつものAK-19……ではなく、中国軍の最新型アサルトライフル、QBZ-191だった。


 これまでのAK/SKSを土台ベースとした設計から脱却し、AR系のライフルに限りなく近い内部構造を持つ、中国では珍しいライフルだ。標準モデルの他、カービン型やマークスマンライフル型のバリエーションがあり、特にマークスマンライフル型はフルオート射撃が可能である事、ドラムマガジンも用意されている事から分隊支援火器にも転用可能である事が特徴である。


 使用弾薬は中国独自規格の5.8×42mm弾。5.56mm弾よりも若干サイズが大きく貫通力に優れ、半端な遮蔽物ならば貫通して敵兵を殺傷する事ができるとされているが、その貫通力の高さと小口径の組み合わせは、5.56mm弾や5.45mm弾と異なりタンブリングを起こさない観点からも、ソフトターゲット……つまり人体に対する殺傷力には少々不安が残る。


 とはいえ優秀な小銃であり、優秀な弾薬である事に変わりはない。


 その中国製の新型ライフルにリューポルド社のドットサイト『LCO』と、同じくリューポルド社の固定倍率スコープ『D-EVO』をマウント。ハンドガード下にはレールを搭載し、そこにハンドストップをマウントしている。


 以前に転生者殺しと交戦していた時も思ったが、ミカエルはハンドガードの前部分を横から握り、銃床ストックをぴったりと肩に押し付けながら射撃を行うスタイル(いわゆる”Cクランプグリップ”と呼ばれる射撃方だ)を多用するようだ。


 AKを使っていた時もそうだったし、今もそうだ。


 射撃訓練の終了を告げるブザーが鳴り、スコアが表示される。1085ポイントという数値と、それが新たにランクインした事が告げられるが、ミカエルはあまりそれに興味が無いようだった。ただ淡々とマガジンを取り外し、薬室内に残った残弾を排出。安全を確認してから安全装置セーフティをかけ、完全に無害化したQBZ-191を台の上に置く。


「銃を撃ち始めてどのくらいになる?」


「9年だよ」


 弾薬箱から取り出したクリップを使い、淡々と弾薬をマガジンに装填していくミカエル。「初めてAKを握ったのは9歳の頃かな」と言いながら装填を終えたマガジンをポーチに収め、次のマガジンに取り掛かっていく。


 確かにAK系の小銃の扱いには特に慣れているようだった。とはいえ、彼の”前世”が軍人だったというわけではないようで(本人曰く「広告会社に勤める平社員だった」との事だ)、当初は”多少は銃に関する知識がある一般人”程度だったのだろう。


 そこから自分の限られた知識で試行錯誤しながらとにかく扱い方を覚え、パヴェルに出会ってから本格的な指導を受けた……そんなところか。


 彼の姿を何度かカメラに収め、レーンに向かうミカエルから少し距離を取る。


 最初に転生者殺しの襲撃があったあの時、ミカエルは敵兵を殺す事を最後まで拒否していた―――パヴェルからそれを聞いた時は驚いたものだ。そんな甘い覚悟で銃を手に、戦場へ踏み込んだのかと。


 確かに相手を殺さずに撤退に追い込む事は出来るだろうが……しかし殺すよりも殺さないよう加減しながら戦う事の困難さは、彼だって知っている筈だ。


 それがやっと相手の命を奪う決意をしたのがつい最近。あのホテル・リュハンシクでの決戦の直前だったという。


 今までは致命傷になり得ない部位ばかり狙っていたミカがいきなりヘッドショットを狙い始めた―――パヴェルはたいそう驚いた様子で語っていた。


 ミカエルもまた、パヴェルのように容赦なくヘッドショットを狙うスタイルだ。それを裏付けるように、さっきの射撃訓練も全て標的の頭ばかりを狙っていた。


 しかしミカエルの場合は、パヴェルとは異なる部分がある。


 それは『彼のような積極的な殺しはしない』という点だ。


 パヴェルは敵を積極的に殺しに行く。それが彼のやり方で、何十年もそれを繰り返し、もう身体に染み付いてしまっているからだ。しかしミカエルの場合は違う。殺しは必要最低限とし、殺す際も「なるべく相手を苦しませたくない」という慈悲の心で頭を狙っているのだと本人から聞いた。


 休憩用のベンチに腰掛けたところで、またミカエルの射撃訓練が始まる。


 何度も何度も同じ動作を繰り返し、とにかく身体に覚えさせる―――今日も既に4時間、ずっとここで射撃訓練を繰り返している。ランチを食べてからずっとだ。


 魔術の鍛錬といい、射撃訓練といい、ミカエルは随分と努力家であるようだ。


 借り物の力の上に胡坐をかいているだけの男ではないらしい。


 このまだ未熟で、しかし努力を怠らない1人の転生者がどこに行き着くのか、それが少々楽しみになってきた。




 


 

おまけ


ミカエル君のフルネームをウクライナ語で書くと『Лігалов Михайло Стефанович』になる模様。この場合「ミカエル」ではなくウクライナ語読みの「ミハイロ」になります。

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― 新着の感想 ―
[一言] ミカエルくん、そんな小銃弾の薬莢じゃ足らん!75mm戦車砲の薬莢なんでどうだい?いや、大和の主砲弾の薬莢がちょうどいいと思うんだ! というかいつの間にかミカエルくんも18かぁ…それじゃちょ…
[一言] こういう日常パートも悪くないですね。 ミカエル君、もう血盟旅団の公認マスコットで良いのでは…? 多分グッズ化したらかなりの売上になりますよ、きっと。 ところで、雷属性ということはもしや静電気…
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