殲滅戦
まったく、派手に暴れてくれる。
慌てて迫撃砲の発射準備に入った砲手と装填手を狙撃し、マガジンを交換。コッキングレバーを引いて初弾を薬室に装填していく。
パヴェルの奴、もっと静かにやるものだと思っていたが、まさかのフラッシュバンを投げ込んで突入するとは―――いや、だからこそ戦車に細工をしてきたのだろうが、それにしても大事なところのやり方が騒がしすぎる。
伏せたまま狙撃地点を移動、別の狙撃地点まで這って進む。ヒュン、と銃弾が頭の上を通過していったが、おそらく当てずっぽうの射撃だ。どこにいるか分からないから、とりあえず敵が居そうな場所に発砲しているのだろう。
大丈夫だ、まだこちらの場所は割れていない。
雪を口の中に少し押し込み、口から吐き出す息の温度を下げながらスコープを覗き込んだ。
案の定そうだった。50口径についた兵士が、何かを叫びながら明後日の方向に弾丸をばら撒いているのが見える。
息を止め、撃った。
弾丸は兵士の腹部を直撃。被弾した兵士が、地面に降り積もった雪を真っ赤に染めながら崩れ落ち、仲間に助けを求め始める。
大急ぎで止血をすればまだ助かるが、しかし何も処置をしなければアイツは痛みの中で死んでいく―――無処置では助からないが、しかし助けられないわけでもない微妙なラインを狙った。
案の定、そんな仲間を助けようとHK416をぶっ放していた兵士の1人が大慌てで駆け寄っていく。
今度はそいつ目掛けて引き金を引いた。
負傷した兵士を運ぼうとしていたソイツの脇腹に、6.5mm弾の矛先が食い込む。肋骨をへし折り、内臓をズタズタに引き裂いた弾丸の激痛に、助けに入った兵士も同じように崩れ落ちた。傷口を押さえながら必死に何かを叫び、雪の上でのたうち回っている。
もう1人くらい行けそうか、とは思ったが、やめた。欲を出すとロクな事がない、というのが前職で学んだ教訓だ。冷静で全体の見えている兵士は引き際を弁え、無能は功を焦り欲張ろうとする。
その結果が生きて次の朝日を拝めるか、それとも国旗をかけられた棺に覆われ家族の元へ送り返されるか、その2つの結果の分岐点となってくる。
名残惜しいが、潔く退いた。
伏せたまま、雪の中をゆっくりと這う。敵兵の制圧射撃に加え、ついには迫撃砲の砲撃まで始まったらしく、工場の向こう側に広がる雪原が迫撃砲の砲撃で”耕されて”いるところだった。
先ほどの狙撃地点から十分に離れたところで、さっきの苦しんでいる敵兵の方を見た。狙撃が途切れた今が好機と言わんばかりに、2人の兵士が苦しむ仲間を引き摺って土嚢袋の陰へと連れ込もうとしている。
その彼らを、撃った。
太腿と腹、それぞれに被弾した兵士が雪の上に転がる。他の兵士が射撃しながら助けに入ろうとするが、しかしそんな事は許さない。
世界のどこに、釣り針に用意した餌を掠め取る魚を許す釣り人が居るものか。
あの負傷兵たちは餌だ。ああやって、仲間を助けようと飛び出してきた兵士を狙撃の餌食にするための餌なのだ。
パヴェルは敵兵を殺す術に長けている―――そこはまあ、認めよう。アイツの能力は異様に高いが、しかしこういった合理的な戦術を取るような男ではない。
そんな暇があるならばとっとと皆殺しにする―――アイツはそういう過激な男だ。
優秀な”戦士”である事は認めよう。しかし奴は、俺たちとは根本的な部分からして何かが違うような、そんな感じを覚える。
殺し屋か、それとも命の軽い敵(被弾しても捨て置くのが当たり前とかそんな感じだ)を相手にしたのか、あるいはそういう思想的教育を受けて今までやってきたのか。
雪の上に腹を押さえ、もがき苦しむ兵士たちを量産したところで、ブォン、と重々しいエンジン音が響いた。
「戦車か」
野外に駐車されていたT-55だ。石灰石の積み上がった山の脇を迂回したところで、しかしエンジンに何かしらの不調をきたしたようだ。排気口から変な色の煙を発しながら、何も遮蔽物がないど真ん中で動かなくなってしまう。
パヴェルのイタズラが効いたのだ。
基本的に、砂糖は燃料に溶け混ざり合う事はない。そんなものがエンジンに入り込めば、もうそのエンジンは使い物にならなくなる。内部の砂糖を全て洗い流すまでは二度と使えない。
雪の中を、姿勢を低くして移動した。次の狙撃ポイントに到達するや、雪を掘って中に埋まっていた保温ケースを取り出す。
蓋を開け、中から対戦車戦闘の頼れる相棒を引っ張り出した。
対戦車ミサイル『ジャベリン』―――歩兵が戦車を撃破するための、最強の矛である。
左側にあるグリップのボタンを押し、敵戦車をロックオン。どうやら相当慌てふためいているようだが、しかし戦車兵が戦車を放棄し脱出しようとする様子はない。
安らかに眠れよ、とミサイルを放った。
「Скорее запускайте двигатель!(急げ、エンジン始動!)」
響き渡る警報を聞くや、ヘッドギアを装着した戦車兵たちがT-55の車内へと滑り込んだ。操縦手がエンジンを始動させ、車内にもエンジンの唸り声が入ってくる。
一体いつの間に侵入を許したのか。警備兵はいったい何をやっていた―――つきたい悪態は山ほどあるが、今は基地に侵入したという”ウェーダンの悪魔”を始末する事が先決だった。
ウェーダンの悪魔―――彼らの総統が繰り返しその脅威を話していた転生者。一説によると現行最強の転生者であり、これまでに数多の転生者を葬ってきた正真正銘の”転生者殺し”、”転生者ハンター”であるという。
そんな男が、たった1人で喧嘩を売ってきた―――部下も仲間も引き連れず、たった1人で、だ。
主力を喪失したとはいえ、こちらには戦車3両を含む歩兵部隊が配備されている。航空戦力こそ無いものの、対抗するにはそれなりの戦力が必要になるだろう。
余程イカれた奴でもない限り、単独で挑もうなどとは思わない筈だ。
しかし戦いを挑んできた男は、その”余程イカれた男”だった。
「Вперед! Уничтожьте врага!(前進! 敵を殲滅する!)」
重々しい唸りを高らかに響かせ、T-55が前進する。
が、しかし―――。
「что случилось?(な、なんだ?)」
がくん、と唐突にその歩みが止まった。
何事か、と車長は操縦手を問い質すが、しかし操縦手からは「分かりません」という返事が返ってくるのみだ。
それもそのはず、T-55の燃料には一袋分の、それこそ子供たちが目にすれば大喜びするほどの砂糖が混入されていたのである。
いくら戦闘用の重装甲車両とはいえ、心臓部たるエンジン、そこで燃焼される燃料に細工をされればそれまでだ。瞬く間にエンジン内部で詰まりの原因を引き起こした砂糖により、T-55は走り出して僅か数分で、それも工場の敷地内の他に遮蔽物がない見晴らしのいい場所で孤立する羽目になったのである。
「Эй, что происходит! ?(おい、どうなってる!?)」
「Не знаю, двигатель неисправен!(分かりません、エンジンが!)」
「В такое время! Что делают солдаты технического обслуживания(こんな時に故障か! ええい整備兵の連中め……何をやって)」
次の瞬間だった。
T-55のお椀を逆さまにしたような砲塔上面を、唐突に何かが突き破ってきたのである。流体と化した金属によるメタルジェットを引き起こしたそれは砲塔内部にいた車長の肉体を貫くや、車内に積み込まれていた砲弾と装薬にまで達した。
正面投影面積を少しでも小さくするべく、車内を窮屈にしてまで実現した車高の低さ―――ソ連の乗り手に優しくない戦車の、お世辞にも広いとは言えない狭い車内で生じた爆風は瞬く間に乗員たちの肉体を焼き尽くす。
それだけでは飽き足らず、ハッチから火柱を芽吹かせた。さながら大量の花火に一斉に火がついたかのような、あるいは火山の噴火のように火を吐き出したT-55がそのまま動きを止めると、車内で更に誘爆した砲弾と装薬による二次爆発に砲塔を押し上げられ、巨大な火柱と化した。
その火柱はここからでも見えた。
確かにそうだ、建国記念日の花火のように派手な爆音だ。
PKPブルパップのフォアグリップを握り、弾幕を張りながらそう思った。
右肩に凄まじい反動が襲い掛かってくるが、しかし肩に内蔵されているショックアブソーバーと義手の強化型人工筋肉が、その反動を面白いほど抑え込んでくれる。まるで地面や車両に据え付けた機関銃のように、殆ど反動による跳ね上がりがない状態のPKPブルパップ。歩兵が携行するそれよりも火力の密度が上がった弾幕を、容赦なく敵兵に叩き込んでいった。
土嚢袋に隠れながらHK416で応戦する敵兵の眉間に、胸板に、肩口に、ロシア伝統の7.62×54R弾が立て続けに食い込んだ。数発頭に喰らい、頭蓋を叩き割られて仰臥する敵兵を尻目に、次の敵兵を始末にかかる。
MINIMIで果敢に応戦する敵兵に対して弾丸をぶちまけてから身を隠し、弾切れになったPKPブルパップを投げ捨てた。
身軽になりながら、武器をAK-15に持ち替える。
ロングバレルにM203装備、機関部上にはロシア製ドットサイトのPK-120とブースターを装備。特殊作戦軍時代から変わらないセットアップだ。
意を決し、飛び出した。
たちまちMINIMIの弾幕に襲われるが、どうってことはない。殺しているという事はいずれ殺されるという事で、その摂理は前世の世界でも正常に機能していた。だから俺は死んだのだ。世界最悪のクソ野郎を道連れにして。
ヒュン、と弾丸が左の頬を掠める。数少ない、まだ生身の部位からは微かに血が流れ落ちた。
こんな身体でもまだ赤い血が通ってるんだな―――そんな他人事のような事を思い浮かべ、左手でグレネードランチャーの引き金を引いた。
ポンッ、と間の抜けた音(卒業証書を入れる筒あるだろ? あの蓋を勢い良く開けたような音だ)を発しながら40mmグレネード弾が飛来、ちょうどMINIMIの射手が弾丸を撃ちまくっていた辺りに着弾する。
石灰石の山にもたれかかりながら呼吸を整え、ポーチから予備のグレネード弾を取り出す。M203の砲身を前方へとスライドさせグレネード弾を装填したところで、迫ってくる足音に俺の身体は敏感に反応していた。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「!」
マチェットを手に、敵兵の1人が死角から忍び寄っていたのだ。
斬りかかってきたソイツの腕を掴んで止めるが、勢いまでは殺せずそのまま石灰石の山に押し付けられてしまう。
咄嗟に左手を傍らの石灰石へと伸ばし、それを思い切り敵兵の側頭部に叩きつけた。ガッ、と頭に石灰石が激突し、微かに血が飛び散る。
怯んだ敵兵を組み伏せ、そのまま何度も石で頭を殴り続けた。ガッ、ガッ、という音が段々と変わっていき、ゴチュ、と湿った音になったところで血まみれの石を投げ捨てる。
AKを拾い、石灰石の山から飛び出した。
倉庫の方からエンジン音が聞こえてくる。
まさかな、と振り向くがやはりそうだった。T-55……冷戦期のソ連が生んだ戦車であり、東側戦車のベストセラー。今ではさすがに旧式だが、国によっては近代化改修を施しまだ使っているところもあると聞いた。
エンジンの調子が悪いようで、倉庫を出てすぐの所で立ち止まっているようだった。しかしそれでも砲台代わりにはなると判断したのか、砲塔を回転させながらこちらを睨み、照準を合わせてくる。
やってみろよ、と両手を広げてみせた。
お前じゃ俺を殺せない。
その挑発をそのまま受け取ったようで、T-55の主砲、100mmライフル砲が火を噴―――かなかった。
ドパンッ、と何かが炸裂する音。灰色の煙と火花がT-55の車体を覆い尽くす。
煙の張れた向こうに居たのは、砲身がチーズみたいに裂け、あるいは何かの花のように大きく開いた状態の主砲をこっちに向けたT-55だった。
やはりコンクリートは偉大である。
砲身に詰め込まれ、しっかりと固まったコンクリートが、装填され発射された榴弾の進路を塞いだのだ。砲身内部でコンクリートにぶつかった榴弾はそこで起爆、その結果砲身内部で爆発を起こしてしまい、あんな鋼鉄の花を咲かせる羽目になった―――実に哀れである。
もしアレに花言葉をつけるとしたら、『無様な死』という言葉が実にぴったりだろうな―――そんな俺の頭上を、ヒュン、とミサイルが飛来していった。
ジャベリンだ。カルロスに携行させ、いくつかの発射機を雪の下に事前に隠しておいたのだ。もちろん雪の中に直接埋めたわけではなく、ちゃんと保温ケース(パヴェル印の安心安定品質である)に収めた状態で、更にはスマホで感知可能なビーコン付きだ。見失う事はない。
トップアタックモードで発射されたそれはT-55の砲塔上面を直撃。今まさにハッチを開けて脱出しようとしていた車長を押し退ける形で車内に潜り込むや、そこで信管を起爆、メタルジェットを生じさせた。
ごう、と火柱が噴き上がる。砲塔や車体にあるハッチというハッチ、僅かな隙間から炎が漏れ出したかと思うと、次の瞬間には大爆発を起こし、剥がれ落ちた砲塔がごろんと地面に転がった。
車内に搭載された砲弾に誘爆したのだ。T-55には西側の戦車のような、独立した弾薬庫がない。
残った1両のT-55が必死に機銃を放つ。そういえば機銃に細工してなかったな、と思いながら身を屈め、スライディングしつつ土嚢袋の陰に滑り込む。仲間の仇と言わんばかりに機銃を射かけてくるT-55であったが、しかしそれだけだ。主砲は使えず、エンジンも不調。武器は主砲同軸とハッチ上の機銃のみ。そんなのでどう立ち向かうというのか。
ポーチから大型の手榴弾を取り出した。弾頭に巨大な柄を取り付けただけの、傍から見れば棍棒にも見える対戦車手榴弾―――ソ連製対戦車手榴弾、『RKG-3EM』。
ロケットランチャーや対戦車ミサイルが発達した結果、重い弾頭を人力で投擲するようなコイツは威力とリスクが見合わないという事でお払い箱となった。今では紛争地域くらいでしかお目にかかれない代物だ。
機銃掃射が途切れたタイミングで素早く移動、戦車に肉薄する。T-55は機銃を撃ちながら距離を取ろうとするが、しかし排気口にコンクリートをフェルメールされたT-55はよりにもよってそのタイミングでエンスト、逃げる事も応戦する事も出来なくなってしまう。
そんな敵へ、容赦なく安全ピンを抜いたRKG-3EMを投げつけた。
グリップが外れ、中から小型のパラシュートが顔を出す。やがて安定した弾頭はそのまま砲塔の上面を直撃、メタルジェットで砲塔上面を撃ち抜いた。
威力をもっと増すよう、微妙にサイズアップしたパヴェルさんお手製のRKG-3EMだ。貫通力は原形となったモデルより高められている。
動かなくなったT-55をよじ登り、ハッチをこじ開けた。
「はぁ……はぁ……」
身体中血塗れになりながら、虫の息となっていた車長と目が合う。
彼は苦しそうに息をしながら、途切れ途切れに言葉を絞り出した。
「Сдавайся…… пожалуйста, пожалуйста, остановись. не убивай меня(降伏する……頼む、お願いだ、殺さないで)」
「……нет(……ダメだね)」
彼らの母語である標準ノヴォシア語でそう切り捨て、安全ピンを抜いた手榴弾を戦車内に転がしてやった。ハッチを閉じる寸前、瀕死の戦車兵は悪魔を見るような目でこっちを見てきたが、別にそれでいい。悪魔だろうと何だろうと、俺はやるべき事をやっているのだ。どんな誹りを受けようが知った事か。
T-55から離れたところで、ドムンッ、と戦車内で手榴弾が起爆した。
そこから砲弾や装薬に誘爆、T-55が瞬く間に火柱と化し、炎に飲まれていく。
「―――終わりか」
冷たく鋭い声に振り向くと、そこにはライフルを手にしたカルロスがいた。
「……ああ、終わりだ」
ライターで葉巻に火をつけ、煙を吐き出しながら空を見上げる。
いつの間にか、外は夕日に染まっていた。
血のように紅く、禍々しい夕陽。
雪に飛び散った鮮血がどれなのか、見分けがつかないほど禍々しい色だった。
「終わりだよ、これでな」




