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ブリーフィング レオノフ家強盗作戦


「ここがレオノフ家の宝物庫よ」


 ブリーフィングルームの立体映像投影装置に、モニカが描いてくれたレオノフ家の屋敷の構造図が表示される。大型のウィンドウに彼女の手が触れると、大きな屋敷の地下にある一室―――レオノフ家の資産が眠るとされている宝物庫の様子がズームアップされた。


 それを見て、俺とクラリスは息を呑む。


「地下、ですか」


 そう、地下だ。レオノフ家の宝物庫は地下にある。


 なかなか理に適った構造だな、と思う。地下であれば逃げ場は制限される。地上にあるフロアのように、窓から逃げるなんて事も出来ない。出入り口の扉をロックしてしまえば宝物庫の中は完全な密室。中に金塊やら宝石やらが眠るだけの牢獄と化す。


 まいったな、どこから侵入するべきか―――とは、思わない。


 侵入経路は正面の入り口のみ。そう思うのは凡人の発想だ。生憎、ミカエル君は違う。


「モニカ」


「なあに?」


「覚えていたらでいい……通気ダクトのようなものはあるか?」


 装置の反対側で腕を組んでいたパヴェルが、やるなあ、と言わんばかりの顔でニヤッと笑ったのを見逃さなかった。


 そう、通気ダクトだ―――地下にあるという事は、通気口のような設備は必ずと言っていいほど用意されている。もしそれを怠れば、極端な話になるが最悪窒息してしまう恐れがある。窓を開ければ簡単に換気できる地上のフロアとはわけが違うのである。


 そしてそれは、大概は立派な侵入経路として利用できる。


「そういわれても……宝物庫の中を覗いたのは4年も前よ? 父上が『お金の山を見せてあげよう』って……。あ、でもなんかそれっぽいのがあったような気がするわ。天井に金網っぽいのがあって……小柄な人であれば中に入れそうなくらい」


「なるほど……ちなみに宝物庫の扉、ロックの方式は?」


「お馴染みの魔力認証ね」


 キリウの屋敷でも見たやつだ。指紋や網膜のように、放出する魔力にも個人を特定する情報が含まれている。正確には魔力の”波形”に個人の特徴が出るので、それを使って認証を行う―――それが魔力認証システムのメカニズムである。


 だから全く別の人間がそれを真似て偽装する事はほぼ不可能。本人に魔力認証をやらせない限り、ロックは開かない。


 そしてその手の認証システムは、大体屋敷の最高権力者の魔力によって認証される。リガロフ家の場合はついついメイドに手を出して気持ち良くなったついでに庶子を作っちゃうおっちょこちょいなパパだったし、レオノフ家の場合はモニカのお母さんなんだろう。


 プランAは通気ダクトからの侵入、つまりはリガロフ家での強盗と同じパターン。ただしあの時は図面の写しまで手に入れ、構造を完全に頭に叩き込んで行ったのに対し、今回はモニカの記憶―――それも4年も前の朧げな記憶に賭けるという、随分と博打じみたプランとなる。


 プランBは強引な手だ。モニカの母親を脅して人質に取り、魔力認証をやらせてロックを解除させる。こっちのほうが手っ取り早く確実だが、下手をしなくても増員された警備兵と戦闘を繰り広げる羽目になるし、屋敷の警備に配備したあのカマキリみたいな機動兵器と真っ向からやり合う事になる。それははっきり言って御免だ。


「俺としては通気ダクトからの侵入を支持したいな」


 腕を組んでいたパヴェルが言った。俺としてもそっちの案の方がリスクは低い……不確定要素が多いが、警備兵との戦闘を回避できるという大きな利点がある。


 まあ、最大の懸念がその”不確定要素”の多さなのだが。


「でも4年も前の記憶よ? そんなの信じるわけ?」


「信じるさ……それでも不確定要素が残るなら、確かめればいい」


 やけに貫禄のある声音で言うパヴェル。彼のヒグマみたいな肩の上に、小鳥のように小型のドローンがゆっくりと着陸した。


 あ、そうか……ドローン使えばいいのか。


「どうするね、ミカ」


 こっちを見ながら、彼は問いかけた。


「時間をくれるならドローンで偵察してくるが」


「……分かった、偵察を任せたい。通気口からの侵入の方向で行こう」


「分かった。では現時点での計画を簡潔にまとめる。まずモニカ救出作戦で使った逃走車両を遠方に投棄、憲兵隊の注意を逸らしている隙にリーネの強盗団から逃走車両を拝借。後はそれを使ってレオノフ家へ向かい、通気ダクトから侵入して宝物庫の中身を頂く……これでいいな?」


「OK」


「ええ」


「まあ、現状ではそれがベストかしら」


 とりあえずはこれで決まりか……パヴェルの偵察次第では、プランに若干の修正が入るかもしれないが。


「分かった、じゃあこっちは早速偵察を始める。お前らはまあ……トレーニングでもして待ってろ」


「了解」


 トレーニング、ねえ。


 ついでに今回持っていく装備の選定もしておこう……。













 人型の的に吸い込まれていく5.56mm弾たち。命中したのは手足などの、被弾したとしても命に別状のない部位ばかり。プロの兵士としては失格かもしれないが、俺は兵士じゃあない。これが俺のやり方なのだ―――そう思いながら、引き金を引いて5.56mm弾を送り出す。


 レティクルの向こうで新しい風穴が開き、人型の的の足が吹き飛んだ。


 マガジンの中身をこれで撃ち尽くし、AK-19が沈黙。ハンドガードに装着したハンドストップに引っ掛けていた左手を離し、空になったマガジンを取り外してダンプポーチへ。予備のマガジンを引っ張り出して装着、左手をハンドガードの下から潜らせて大型化したコッキングレバーに指先を引っかけるようにしてコッキング。薬室へ初弾が装填されたのを確認し、射撃を再開する。


 この動作にもすっかり慣れた。以前のようにもたつくことも無く、スムーズに再装填リロードが行えるようになったのは大きいと言えよう。とはいっても、これができるのはAK系のライフルだけで、他の銃を使うとまだぎこちなさがあるのだが。


 今回の強盗にはこのAK-19も持っていく予定だ。装填するのは実弾―――無論、対人使用よりもあのカマキリみたいな機動兵器への対策として忍ばせておくつもりだ。これが火を噴かずに済むのが一番だが、念には念を入れておくべきだろう。


 AK-19は、特にハンドガード周りを弄った。ハンドガードを従来のやつからM-LOKハンドガードへと変更、マガジンから離れた位置にハンドストップ(アングルド・フォアグリップよりもさらに小さいパーツで、指を引っかけたりして使う)を装着している。


 変更点はこれくらいか。


 ストックをしっかりと肩に食い込ませて射撃していると、後ろで見ていたモニカが腕を組みながら興味深そうに言った。


「凄い銃ねえ、やっぱり。そんなに連発できるのなんて見た事無いわ」


「だろ」


「で、今回の強盗じゃあたしにそれは使わせてくれないって?」


「そればかりは仕方がない」


 空になったマガジンを外し、機関部レシーバー右側面にあるセレクターレバーを上段まで上げる。安全装置セーフティをかけてから薬室の中を確認、弾丸が残っていない事を自分の目で確かめてから、くるりと後ろを振り向いた。


 今回の強盗だが、銃を使うのは俺とクラリスのみ。モニカには銃を支給しない。


 理由は2つ。1つは『銃の扱い方を教える時間が短すぎる事に起因する訓練不足』、もう1つは『モニカは依頼人クライアントでしかなく、ギルドの正式な仲間じゃない事』、この2つだ。


「銃を使った事があるなら分かると思うが、扱い方は身体に叩き込まなきゃいけない。頭で考えるより身体が勝手に動く―――反射的に動くレベルまで叩き込むのが理想だ。でも今からじゃ時間がない」


「そして、あたしはまだミカ達の仲間じゃない」


 どこか寂しそうにモニカは言った。


「扱い方を一歩間違えば暴発して負傷する恐れがある。それに戦闘になって、その最中に操作方法の習熟が不完全だったら危険だ。それとモニカの指摘通り……俺たちとモニカは、ギルドとクライアントの関係でしかない。俺たちからすればこの銃は商売道具、企業秘密だ。そう簡単に渡せないって理由もある。申し訳ないが、それは理解してほしい」


「分かってるわよ、そのくらい。あたしだって子供じゃないんだから」


「でもお互い未成年だけどな」


「ふふっ、それもそうね」


 お互い17歳、成人まで3年足りない。


 まあ……この一件が片付いた後、もしモニカがこのギルドに加盟したいと言うのであれば、しっかりした訓練を経たうえで銃を預けることにもなるかもしれないが。


 もう1マガジン分撃っておくか、と空になったマガジンにクリップで5.56mm弾を装填していく。


「そういえばさ」


「ん、なあに?」


 空になったAK-19のマガジンを手に取り、興味深そうに眺めていたモニカが顔を上げた。


「モニカ、って偽名で呼んでるけど、今後はどっちの名前で呼ぶべき?」


「そうねえ……クリスチーナ・ペカルスカヤ・レオノヴァとしてのあたしは行方不明だし、”モニカ”でいいわよ?」


「そっか。じゃあこれからもモニカって呼ぶ」


「うん、それでお願い」


 クリスチーナ・ペカルスカヤ・レオノヴァ―――レオノフ家の娘としての彼女は、行方不明となった。結婚式という門出の儀式の最中、どこからかやってきた謎の強盗団に連れ去られて。


 だからクリスチーナは行方不明で、今の彼女は”モニカ”なのだ。貴族の娘としてではなく、自由な冒険者としての自分、それがモニカ。それで良いではないか。


 20発くらいマガジンに装填したところで、射撃訓練場のドアが開いた。いつものメイド服に身を包んだクラリスがやってきて、ぺこりとお辞儀をしてから要件を口にする。


「ご主人様、パヴェルさんの偵察が完了したとの事です。すぐにブリーフィングルームへ」


「分かった、すぐに行く」


 マガジンから手を離し、AK-19を背負ったまま射撃訓練場を後にする。レディファーストを心掛けているミカちゃんなので、モニカを先に行かせたのだが……彼女は自分の胸を見下ろしてから、どういうわけか溜息をついていた。


 あー、何となく察しがついた。


 やっぱり気にする人は気にするのかな……するんだろうなぁ、クラリスは身長もおっぱいも超弩級だし……。


 クラリス本人はそれの自覚がないのか、それともわざとなのかは分からんが、寝る時ミカエル君を抱き枕にするのヤバいからやめてほしい。理性がヤバい、童貞にそれは効く。


 なーんて事を考えながらブリーフィングルームへと向かう。いつもの立体映像投影装置の向こうで、パヴェルはいつも通りに酒瓶を片手に待っていた。


「通気ダクトの入り口が分かった」


 装置の上に大きなウィンドウが開き、空中から撮影したものと思われる映像が再生される。ドローンからの映像なのだろう。映像には屋敷を厳重に警備する警備兵たちや、庭を巡回する例のカマキリみたいな機動兵器が映っている。


 ドローンはそんな事を気にも留めないかのように、まるで自分の家のように堂々と塀を飛び越え、敷地内へと飛び込んでいった。そのまま真っ白な屋敷の周囲を何周かして、北西にある金網の前で停止する。


 真っ白なレンガで造られた壁面、その一角に鉄格子が埋め込まれている。その向こうには真っ暗なダクトが広がっていて、屋敷の中―――特に地下へ、新鮮な空気を送り届けているようだった。


 ドローンの下部が展開し、2本の作業用アームが姿を現す。そのアームを使って器用に鉄格子を留めているボルトを外したパヴェルのドローンは、ダクトの中をライトで照らしながら進んで行った。


 まっすぐ進んでから下へ2m、そのまま進んでからT字に分かれているところを右折、そこからさらに下へ3m。L字に曲がったカーブを曲がってしばらく進むと、明るい光が下から照らしつけてくる金網が映像に映った。


 ドローンがその金網の上でホバリングし、部屋の中の様子を映像に映してくれる。


 やはりそこは宝物庫で間違いないようだった。


「うお……」


「こんなに……」


「わあお金ぇ☆」


 モニカの声音と目つきが変わった。まるで恋する乙女のようにニコニコしながら手を合わせ、目を輝かせている。目にお金のマークが浮かんで見えるのは多分気のせいじゃないだろう。


 レオノフ家の宝物庫は、はっきり言うとリガロフ家の宝物庫がちっぽけに見えるほどだった。金塊の山に宝石の山、奥の方には芸術品らしきものもあるが、そっちは相場が分からんからはっきり言って手を出したくはない……だが、それ以外にも黄金のマスケットとか派手な装飾が施された宝剣らしきものもあって、豪華絢爛な博物館のような空間となっている。


 ここにあるものを全部金に換えたら、一生遊んで暮らせるのではないか―――口の中に涎が溢れるような錯覚を覚えたが、これは確かに大物だ。飛びつきたくなるのも分かる。


「ただ、セキュリティもノーガードじゃない。魔力センサーに圧力感知システムを搭載した床もある」


「何その床」


「床に人間の体重がかかったのを感知すると、監視室に警報を送るんだ。それだけじゃない」


 パヴェルがそう言うと、ドローンからの映像が切り替わった。唐突に宝物庫の中に紅いレーザーのような光が姿を現し、複雑に絡み合うそれを目にした俺たちは息を呑む。


 アレに触れたら身体が切断……というわけではなく、光が遮られたのを検知して警報を発するセキュリティシステムの1つなのだろう。人体切断はいくら何でもグロすぎる。


「こんなに……!」


「だが安心しろ、魔力波形は把握している」


「どうやって?」


「現役の警備員が不倫してるらしくてな。それをネタに”交渉”したら色々と教えてくれた」


 怖っ。そこまでやるのかパヴェル。


「というわけで、ハッキングで数分間だけ奴らのセキュリティを無効化できる。多分5分……短くて3分、それくらいが限界だろうが」


「それだけありゃあ十分さ」


 最短で3分……なるほど、さすがにこの宝物庫の中身を全部盗んでいくのは無理か。


 金になりそうなのを狙い撃ちで盗んでいくしかあるまい。


 まあいい……ここまで情報が揃ったのだ、後は実行あるのみ……!




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